取引と見返り
前話の「三ツ音警鐘」「三ツ音警鐘2」を統合して13話にしていますのでご注意ください。
「うおう、今日も朝日がまぶしいぜ」
「おは……クシュンッ」
ハルがカードを確認すると、時刻は朝の5時半。
もう住人は起きだしているようで、そこかしこで音がする。
この都市は、とにかく朝が早い。
「5時半で日の出ってことは……しかもこの涼しさ。日本に例えるなら10月くらいかな」
「あんまり、時間なさそうだな」
2人の現在の懸念は、ここの気候だ。
確認したところ、日本のような四季があり、特に夏は長く、暑いそうだ。
街にある建物も、夏を過ごしやすいよう工夫された作りが多い。ただ日本のような湿気がない分、双子には過ごしやすいと思われる。
ところがここ数年、冬の寒さがことのほか厳しくなり、昨年は雪が足首まで積もったそうだ。
今年の冬も、かなり冷え込むことが予想されている。
ゲーム時には当然、季節などなく、たとえ南国や氷の国フィールドに行ったとしても、アバターは暑さ寒さは感じないのが常だった。
なぜなら気温は人間の行動に影響するため、戦闘がメインのゲームでは、ただのマゾゲーどころか、プレイ不可能になってしまうからだ。
ハルがため息をついてから、続けた。
「雪が積もるってことは、零度以下になるってことだ。防寒具どころか毛布一枚ない僕等にとって、ここでの冬は、生死に関わる大問題だ」
なにも北海道に限った話ではない。
関東だって、暖房設備がなければ凍死だってありうる。
白い土壁は、すきま風とか無縁そうだし、夏は実に快適だろう。
しかし窓がいかんせん、ただの穴だ。暖炉の換気用に常時開きっぱなしの小窓もあり、密封性など望めない。
防寒どころか、防犯も心もとないという、ありえない環境なのだ。
「雪で閉じ込められる前に冬ごもりの準備とか、ほんとサバイバルだよなぁ。いよいよ狩りに出て、稼ぐ時がきたってことか」
「でも、相手はこの辺りのモンスター、つまりはナマモノだよね……。なんだろう、嫌な予感しかしない」
「ばかやめろ! 変なフラグ立ったらどうしてくれる!」
朝っぱらから、ディープな問題で寝覚めも最悪。
日本の安全で快適な我が家が、死ぬほど恋しい双子だった。
あの異形を倒してから、2日が経っていた。
異形一体の経験値で、双子のレベルは11まで上がった。例えるなら、初陣でフィールドボスに挑んだようなものだ。もっと上がっていてもおかしくない。
ただ予想外だったのは、それに比例して貢献度もかなり上がったことで、パラメータ的な上昇が双子の体調に一気に襲いかかってきたことだった。
手の甲のカードが震えだしたな、と思った次の瞬間に双子はその場にひっくり返ってしまった。
世界がぐわんぐわん回り、体中が小刻みにプルプル震え、力がまったく入らない。
それこそアドレナリンが切れたための虚脱感かと思ったが、なんだか違う気がする。それよりも迫りくる火の方が問題だった。
せっかく化け物を倒したのに、火に焼かれて終わりだなんて、死んでも死に切れない。
しかし指一本動かせず、這うことすらできず。
倒壊寸前の家屋近くで、声ひとつあげられずにいた双子を見つけたのはクレオだった。
彼は冒険者ギルドの受付事務員だけではなく、こういった災害時には街中を走り回り、索敵を行う優秀な偵察員なのだ。
あのとらえどころのない感じから、さもあらんと双子は妙に納得した。
しかし細身の彼に双子を担ぐのは無理だったため、二人の足を持って無理やり引きずって広場の外に運び出してくれたそうだ。
命の恩人なので感謝の気持ちでいっぱいなのだが、おかげで二人そろって頭部に大きなタンコブができ、回収に来てくれたオウレンによれば、ヘタしたらそれが致命傷になるところだったらしい。もうちょっとこう……いや、何も言うまい。
動けずにいる双子を、オウレンはギルド本部につれて帰り、水責めにした。
間違いではない。
文字通り、本部の前の噴水に放り込んだのだ。
「汚れてて、どこケガしてんのかわからねぇからよ、とりあえず洗っとけと思ったわけだ」
「それで死んだら、シャレにならんだろうがっ!」
「アレぐらいで死ぬような、柔なタマじゃねぇだろ」
起き上がれるようになった後でアキが抗議したら、これだ。悪びれるどころか、ドヤ顔でのたまうこの親父、本気でどうにかしたい。
いろいろと助けてもらってるので、それさえなければ確実にどうにかしてた。
いずれ、人妻ミレイあたりにどうにかされるとイイ。
……あれ、なんだか羨ましいな。その案は却下で。
それはともかく。
煙臭さと汚れを落としてもらったことで、結果的に双子が異形と関わった事を知る者はオウレンとクレオだけとなった。オウレンなど、もはや断りなくアキのギルドカードに触れ、だいたいのことは察したようだ。
その上で二人に、この件については黙っとけ、と言った。
討伐の報酬もださねぇ、と。
その言い様が実に悪い顔だったので、双子は無言で頷いた。こちとらイイ年した大人の身、子供みたいに問い質したりせずともわかる。何かあるな、と。
大人ってキタナイノダ。
「ムチャしやがったツケだ、明後日くらいまでまともに動けねぇだろうし。詳しいことは後で話すから、それまでおとなしく休んでろ」
そして部屋でひたすら爆睡する双子を叩き起こしては、なんやかんやの面倒をみてくれ、女将に食事の手配をしてくれたあたり、感謝し足りないことはないぐらい恩ができた。
……が。
その分の料金をふんだくられたので、チャラだろう。
貨幣について講義してもらったら奢る羽目になった時といい、面倒見がいい割に、実にちゃっかりした親父である。
ただ、こういう時は、酒場の看板娘あたりが食事を持ってきて優しくしてくれるものでは、とつい呟いて「常人の女子供を冒険者専用宿舎に入れる馬鹿がいるか! しかもマリーに手を出す気だったのか!?」と、しこたま殴られた。お約束って。
食事を運んできてくれたクレオがこっそり教えてくれた事によると、ギルドは魔法学園と裏でゴニョゴニョしたらしい。
なんでも、あの街中でデカイ魔法を使った奴が学園の生徒だったとかで、その件をうまく処理するためには奴が英雄になることが必要なんだそうだ。つまりは魔物討伐の功績を、相手に譲ったことになる。
討伐の有無の記録はギルドカードにしか付かず、閲覧もギルドでしか行えないので、ギルドが黙っていればそれが事実になる。
ギルドへの見返りについては双子は尋ねなかったし、クレオも言わなかった。世の中、知らなくていいことはいっぱいある。まぁ、あのオウレンがタダで何かをくれてやることをはないだろう。
そして双子への見返りは、というと。
「ボウズども! 起きてるかぁ」
オウレンが、扉をくぐるのがやっと、という大きなの木箱を持って現れた。
「ほれ、この前”うっかり濡らして”ダメにしちまった装備の代わりだ。使えそうなものを取ってけ」
「よく言うよ、まったく。……お!」
「これは、すごいねー」
オウレンがドサッと置いた木箱には、様々な防具などの装備がギッシリ詰まっていた。ざっと見たところ、靴やら兜やら剣も一緒くただ。その辺にあったものをまとめて突っ込んできたらしい。
「一応聞くけど、出所は?」
手をワキワキさせながら、ハルが聞く。
「ヤバイもんはねぇよ。引退した奴のや、買い替え時のお古、流れた質草とかだ。ギルド倉庫の肥やしだったからな、あんま手入れはしてねぇが、モノはいいぞ」
「じゃ、遠慮なく!」
ワッととびつく双子。それこそバーゲン会場のオバサマの様に、手当たり次第につかみ出してはチラッとみて、使えないものとみるや、ポイポイ投げる。
「お前ら、ちゃんと分かってやってるんだよな? 解説はいいのか?」
「いらねー」
「大丈夫です」
双子は夢中だ。
その様子に呆れるオウレンを気にも留めず、ザカザカと選り分けていく。
「これどうよ?」
「こっちのがステ高い」
「あ、それイイ」
「やっぱこれかなー」
「セグメンタタ(大きめな板金を重ねた鎧。重くて動き難い)とか、誰だよ使ってたの。騎士崩れか?」
「見た目がいいからねー」
「惜しいっ、シリーズ揃ってなかった」
それ以上オウレンが突っ込む前におおよそが終わったらしく、今度は気になる装備を吟味しながら、いらない物を箱に戻し出した。
見かねたのか、オウレンが口を挟んできた。
「その皮鎧はいいのか?」
「土狼の皮は確かに丈夫だけど、重いんだよ。今の俺には無理」
「じゃあその白鷺のローブは? 魔力増の逸品だぞ」
「悪くないけど、耐性なしで防御が紙なんだよねー。しかもズルズルで動きずらいし」
「壁役がいる、多人数パーティならいけるがな」
「今の僕たちを入れるようなパーティはないって」
「……わかった。好きにしろ」
結局、二人の手元に残ったのは。
「黄金虫の鎧」(防具。硬くて小さい黄金虫を縫い合わせたスケイルアーマー。レア。時々虫が動くネタアイテム。斬撃・打撃・火耐性/敏捷増/男性専用)
「ホウバーグ」(防具。チェインメイルの長衣型。斬撃・風耐性。レベル10~)
「銀のカリス」(武器。鍔と刃が一体化した浪刃の銀製ショートソード。斬撃/神聖属性。レベル12~)
「赤眼蛇のペンダント」(装飾品。火耐性)
後は、いわゆる名なしの普通の革製ブーツとマント、布製長衣やズボン、皮手袋、ベルトなど。微妙に左右揃ってなかったりするのだが、どうにか組み合わせて二人分にした。
「なんつーか。持ってきておいて何だが、その選択はどうかと思うがな……特にその鎧」
「性能重視なんで」
「……街中では着るなよ。じゃないと変態扱いだ」
「なんだと!?」
「まぁね。確実に女性に嫌われるからさ、せめてマントで隠そうね?」
ハルにしてもあの鎧はないと思う。自分だったら着ないが、ここは命がかかってるので許容しているのだ。割と気に入っていたアキは、ガックリしているが。
「さてと。面倒なんで、はしょるが」
「「いきなり!?」」
「ボウズどもはだな、レベル酔いを起こしたんだ。普通、貢献度は一気に上がっても2か3だ。それでもかなり堪えるんだがな。一度に貢献度が10上がるとなると、そりゃあ倒れる」
ハルが考えながら聞いた。
「魔物を一体倒しただけで、そんなに貢献度は上がるの?」
「違うな。それまで溜まっていた分を含めて一気に上がったんだ。レベル1のクセして、色々してたんだろ?」
「う、確かに」
「貢献度の管理はベテランでも難しいからな。レベルが上がりそうになったら注意しろよ」
「はい」
「おう」
じゃあ、と立ち去ろうとしたオウレンを、慌てて双子が止める。
「あの魔物は何だったんだ!?」
「だから、説明が面倒なんだって言ってるだろーがっ」
「いやいやいや、そこが一番大事なことだからっ」
譲らない双子に、しぶしぶ向き直るオウレン。
「あー…つまりだな、魔玉だ」
オウレンの話によると、魔玉をギルドを通さずに入手しようとした愚か者がいて、そいつが魔玉の取り扱いを失敗したため今回の騒動が起きた、ということになる。
双子が倒した異形以外にも、街中に4体の魔物が顕れたとのこと。ただし、どれも魔玉から発生したての小型ばかりで、あの異形のように人間に取り付いたのは、他にはなかった。
なぜ、あれだけが人だったのか。
オウレンはあまり詳しくは言いたくないらしく、ボカシながらなので、どうにも分かりづらい。
「その人、魔玉を素手で触っちゃったの?」
「そうかもしれん。だが、魔玉を取り扱うなら、その危険性は熟知しているはずなんだ。簡単に触れるかどうか……わからんな」
「魔玉を売買した冒険者は?」
「身元は割れてる。こういった場合、冒険者ギルドの方で調べればある程度はわかる……どうやってかは聞くなよ? すでに契約破棄になってる。だが本人は行方知れずだ。一応街を出た形跡はないが、もしかしたら……いや、いい。とにかく、この話は終わりだ」
もやっとした思いはあるが、この件はここまでのようだった。
なんとなく落ち着かない雰囲気を変えたくて、ハルが冒険者の冬の過ごし方をオウレンに尋ねた。
この冒険者専用宿舎は、どうみても寒い日を乗り切れる作りではない。
なら、他の冒険者はどうしているのか気になったのだ。
「そういやぁ、ボウズどもはここに来たばかりだったな。冬場の冒険者は、街にはいねぇよ」
「暖かい所に移動するってこと?」
「そうだ。南方の町へ行く奴が多いな。ただ金がかかるし、移動するのにはある程度の強さがないと無理だ。だから、たいていの低レベルの奴らはダンジョンで冬篭りだな」
「「はいー?」」