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三ツ音警鐘


 カーンッカーンッカーン カーンッカーンッカーン!




 警鐘らしき音が街のそこかしこで鳴り響いていた。

 その音の意味がわからず、双子は慌てて周りを見回したが、すでに人影はない。幾人かいた通行人は、早々に姿を消していたのだ。家に篭ったか、避難所に逃げたか。

 言い方はおかしいが、慣れた風で皆の行動に迷いはない。それはつまり、明確でヤバイ事態ということだ。


「なんだろう、火事じゃあない……よね?」

「ハル、ここはマズイ気がする。せめて人がいる所へ移動しないと」


 二人がいるのは市場近くの裏道で、建物が密集している地域だ。情報もなく、何かあれば逃げ場に困るのは明白だった。

 かといってその辺の家に匿ってもらったところで、そこが安全だと言い切れない。


「横丁へ戻るにも遠いか……事情聞きたくても人がいないし、困ったな」

「ねぇアキ、ここで広場に向かうとさ、モロ巻き込まれる気がしない? こう、ゲームイベント的な」

「うへ、確かにアリだな」


 ゲームとは違うが、完全に異なるとは言えないのがこの世界。街中クエストのように、なんらかの突発的な襲撃イベントが発生することもありえる。

 とくに周囲から人が消えた今、その気配は濃厚だった。


 自分たちが通常行なっている業務内容から、こういった初心者が多い街中での戦闘イベントは高くてもレベル10前後でどうにかなる程度に押さえてあった。また設置場所も人通りが多い場所に限定されていた。そうでないと、助けも呼べずに死屍累々(しかばねるいるい)という結果になって、新人プレイヤーのモチベーションが下がってしまう。

 上級プレイヤーが介入しなくても、そこそこの初心者が撃退できる、というのがスタート都市クエストのキモなのだ。

 逆に辺境の最前線近くの都市なら、廃人ですら逃げまくる鬼畜仕様が当たり前なのだが。

 ちなみに、街中で戦闘イベントが始まると、NPCである住人たちは自動的に姿を隠すのがお約束。


 そんなワケで、ここは大人しくしているのが吉だ。

 何しろ二人はレベル1。

 レベル10で倒せる相手とはいえ、レベル1だと出会いがしらに瞬殺だ。


「なら外壁に避難しよう。この街の端には普通、昼間の襲撃イベントを置かないからな」

「うん、北西門あたりならベストだね!」


 ふたりは裏道を西に向かって走り出した。

 中央広場や、冒険者ギルド前の広場付近は最も危険性が高く、北門前広場も同様だ。人間心理をついた北東門付近もまた、襲撃されやすいポイントの一つで、これらの近づかないようにするには、北西へ逃げるしかない。


「こういう時の定番で、美少女の悲鳴が聞こえたりねっ」

「とかいいつつ、逃げ遅れた俺たちが、悲鳴上げるワケだなっ」

「それ、笑えないからっ!!」


 カーンッカーンッカーン カーンッカーンッカーン!


 警鐘はいまだ、鳴り響いている。

 もちろん、美少女の悲鳴はない。

 走る二人以外に人影はなく、焦りばかりが募る。その時、ドドーンッとなにかの爆発音が聞こえた。だれかが攻撃魔法を使ったのだ。


「どこだっ!?」


 ちょうど二人は、ギルド前広場と中央広場を結ぶ大通りへ飛び出たところだった。

 通りの先に上がる土煙を、ハルがいち早く気づいた。


「中央っぽいっ!」


 迷わず足を、反対方向の南へ向ける双子。


「あの音は初級じゃないよ!」

「そんなのに巻き込まれたら、俺たち確実に死ぬって!」

「ヤバイよ~っ! とりあえず、そこの角を……」


 サーッと、大きな影が、走る二人の上を通り過ぎた。

 後ろから、自分たちの前へ。


「えっ!?」


 思わず見上げた雲ひとつ無い晴天を背景に、何かが飛んでいる。

 と、思った時にはもう。

 ズンッ、と地響きをたて、”災厄”が双子の前に降り立っていた。

 

 








 その少年は、逃げていた。


 わけも分からず放り込まれた魔法学園は、下町育ちの少年には退屈な場所だった。

 魔法の授業は楽しかったが、教える先生の方が自分より魔力が低いときた。

 先生ができないことも、自分にはすぐできた。

 おかげで妙に遠巻きにされ、親しい友人もいない。

 しかも、なんだか偉そうな連中に子分になれと強要されて、うんざりする毎日だった。

 国に尽くせと教えられるが、あんな奴らにヘイコラするのは嫌だった。

 弱っちいヤツの子分など御免だ! と怒鳴ったら、貴族に逆らったらここを出ても生きていけないぞ、と逆に怒鳴り返された。


 少年は今年で13才。

 田舎では成人扱いだが、この都市内ではまだ何をやるにも制約がある子供と同じ。

 ただし、一つだけできることがある。


 冒険者ギルドに加入できるのだ。


 他の商人や職人ギルドとは違い、冒険者ギルドは至高神の加護を賜る特別なギルドだ。

 その在り方は各国共通で、神殿と同じく不可侵。

 常人なら相手にできない魔物を狩るため、この世で一番危険な仕事であり、死亡率は信じられないほど高い。しかし成り手がいないと世界が立ち行かない。

 それゆえに、加入には本人の意志が不可欠とされ、何人も意志ある者の加入を止めることはできないとなっている。

 冒険者はすべて自己責任だ。どんな危険な依頼であろうと受けるかわりに、受けるよう強要されることはない。

 簡単に言うと、例え国相手でも建前上、ギルド員に何事も強制できないのだ。


 だから三ツ音警鐘 (みつおとけいしょう)の混乱に乗じて、学園の門をすり抜けた。

 計画も何もあったものじゃないが、冒険者ギルドにさえたどり着けばどうにかなる、と思っていた。

 ただの子供が冒険者になっても、使いっ走りで小銭を稼ぎ、いよいよ魔物を相手にする段になって怖くなりギルドから去る、というのがほとんどだ。

 でも自分は、ただの子供じゃない。

 自分には魔法の才がある。

 できる、と確信していた。


 すでに人々が避難し、閑散とした城下町を少年は走りぬけ、門番がその場を動けないのを良いことに堂々と北門も抜けた。

 冒険者ギルドの場所は、町の子供なら誰でも知っている。

 北門から一直線に南下して、中央広場へ足を踏み入れた時、少年はただ、今後の自分の活躍を思い描いてウキウキしていた。

 もしかしたら、本物の”勇者”になれるかも。


 だから広場に立ち尽くす人影を、すぐに不審だと思いつかなかった。


 かなり近づいて初めて、少年は”あれ? おかしいな”と、気がついた。

 こちらに背を向けてたつその人物は、丸腰だったのだ。

 三ツ音警鐘は魔物の襲撃があった時に鳴らされる警報。いくら騎士でも、魔物は簡単に倒せない。だからこの時、街をうろつくのは武装した冒険者だけとなる。

 目の前のような、上等な服を着た丸腰の人物は、どうみてもそぐわないのだ。

 逃げ遅れたにしては、雰囲気が違う。


 少年はなんとなく、気になって足を止めた。

 結果的に、それが少年の命を救うこととなる。


 相手からは何の予備動作も感じないまま、少年の半歩前を、とんでもなく素早い何かが横切った。

 ジャッ、とすぐ足元の土が横一直線にえぐれた。

 遅れて空を裂く音と、切られた少年の前髪がパラッと散った。


 もし、あと一歩進んでいたら。


「う、ぁ……っ!」


 無意識に下がろうとして、しかし手足が動かず、少年は尻餅をついた。

 その痛みが、ますます少年を駆り立てた。敵が何をしたかもわからず、相手が人間かどうかも頭になかった。もうただ無我夢中で、生き残るために両手を振り上げ思いつく言葉を、呪文を必死に叫んでいた。

 震えながらも掲げた両手の間に、大きな火炎弾が発生する。


 「爆裂炎弾エクスプロード・ファイア!」


 火炎弾は、一直線に対象へ向かって放たれた。

 うまくすれば村ひとつ消す火招術ランク4の中級魔法だ、当たっていれば相手を倒せたかもしれない。しかし少年の未熟な腕では、速度も焦点も甘い。相手は一瞬早く、高く飛び上がることでこれを回避。

 火炎弾は対象の足元で着地した途端に"ドドーンッ"と轟音をあげ炸裂、高温の火炎を爆風と共に撒き散らした。

 広場を囲む建物や、あの水精霊の噴水が破壊され、焼かれていく。


 少年は近すぎたために爆風に煽られ吹き飛んだが、広場の茂みの中に頭から突っ込んだので、火傷も怪我せずにすんだ。

 しかし衝撃で動けず、ただボンヤリとした視線で、広場の上空を標的を探して飛ぶ”異形”を見ているしかなかった。








「ぎもぎもぎもぉぉぉぉぉっギモイィィィィッッ!!」

「うわうわうわっ、グロイグロイグロイ!! グロぉぉぉ」


 双子は絶叫していた。

 品がないのは致し方ない。とにかく、相手が悪かった。あまりに狼狽したため、避けねばならない方角へ全力で逃げてしまったのもマズかった。

 背後の”異形”の、ギシャー、とかゲヒャーとかそんな感じの叫び声が、逃げる二人を追う。


「口がぁっ牙がぁっ! ドロドロぉっ キモイキモイキモイッッ」

「無理無理、マジ無理だからぁっ!! 腹から口が腹から口が生えてたぁっ!」

「宇宙人だなんて、聞いてないよぉぉぉっ!!」


 モンスターや怪獣というより、それはまさしく”地球外生命体エイリアン”だった。

 人間とおぼしきカタチは全体的に灰緑色で、ヌメッとしてゴツゴツっとした肌に紫色の静脈が浮きだっている。時々その静脈がボコリボコリと蠢く。

 その腹から、ワニ3匹分の顎が花びらが開く様に重なって生えていた。どれも小さいが鋭い牙がびっしりと並んでいる。それが黄色いヨダレを垂らしながら開閉する様は、まさにSFホラー映画に出てくる悪夢が実体化したかのようだ。

 卵を産み付けれて、生餌にされそうな。あの感じだ。

 炎に焼かれたのか、それの下半身は焼け爛れて衣服と皮膚が血でドロドロだった。両手も肘あたりからなく、血と黄色い液体がボタボタと滴っている。

 そして何よりも、その異形の顔だ。

 人の男性の顔は、とんでもなく太く長い舌が出ているため大きく開いた口に、押し上げられ歪んでいた。

 太い、太い舌だった。

 双子にとって幸いだったのは、その先端は本来は先細りでとても長く、鋭い切れ味のものだったが、なぜか大半が焼き切れていた。おかげでそうと知らない双子まで攻撃が届かず、二人は逃げることができたのだ。

 双子が逃げおおせたことに苛立ったのか、怪物は背筋が凍るような奇声を腹から数度上げると、その背に生えた半透明の幕を数度バサバサ羽ばたかせると、一気に空へ飛び上がった。


「ヒィッ! 飛んできたぁぁぁぁっ」

「来るな来るなぁぁぁっ!!」


 空を飛ぶ異形に気づいた双子が、なんともモブっぽい悲鳴をあげる。

 それ以前に主人公っぽい悲鳴ってなんだ。

 ともかく、双子は全速力で走り、気がつけば一面燃え盛る、炎に囲まれた中央広場へと足を踏み入れていた。


「燃えてるよっ! アキ、通れないっ」

「クソ! イベントど真ん中じゃねぇか! 倒すしかないのか!?」

「来たっ!」


 双子のすぐ上空を、異形が旋回した。今にも突撃してきそうな勢いだ。


「ハル、バトンだっ! あれを投げろ!」

「は?……あ、そうか!」

 

 ハルは今日買ったばかりのシルバーバトンを取り出すと、勢いつけて異形に向かって投げた。

 バトンは綺麗に回転しながら、今まさに下降しようと体制を変えた異形の肩に、軽く当たった。バシュ!と緑色の風魔法が発動。タイミングがよかったのか、異形は大きく体制を崩したまま落下し、地面に激突。片足が叩きつけられて、千切れ飛んだ。

 バトンはそのまま回転を続けながら、ブーメランのようにハルの元へ戻り……足元にブッ刺さった。


「ちょ、危なッ!」


 ハルがあわててバトンを回収する。

 シルバーバトンは魔力増の杖だが、他に風属性の投擲魔法武具でもある。主に飛行するモンスターに有効で、しかも攻撃力は魔力依存。非力な魔法使いでも使えるのが魅力だ。

 さすが、ネタアイテム。

 その間、アキは取り出した木刀を素早い動作で振っていた。


「よし、きたぁ!」


 型を正確に振ることで、片刃剣術スキルが発動。小さな真空刃が、クルクルと木刀の周りを舞う。


「く、もうMPが足りねぇ!」

「これを!」


 ハルがなけなしのマジックウォーターを投げつけた。アキに当たると同時に砕ける。

 レベル1に使うなんてもったいないが、今はしかたない。


「ギリで一発か。当たれよ!」


 目の前には、両手も片足も失い、いまだ起き上がれずにいる異形。

 アキはグッと腰を落とし、居合い抜きの要領で腰溜めにした木刀を構える。

 そして気合一閃、30度傾斜で抜き放ち、振り上げた。


飛燕斬スラッシュ!」


 その名のごとく、低い位置から斬撃が一直線に走り、異形の首と肩の一部をスパッと刎ねた。

 血が勢いよく噴出し、金臭い匂いが一面に広がる。


火炎弾ファイア・ボール!」


 転がる頭部を、すかさずハルが燃やす。

 あれだ、エイリアンなら、刎ねた頭から足が生えてきそうだったからだ。


 「やったか!?」


 案の定、ベキベキッという音と共に、口が生えた胴体から肋骨と思しき部分が、いっせいに飛び出してきた。

 そしておもむろに、体をひっくり返そうともがきだした。


「あっちが本体かよ……」

「や、やだよ、あれでシャカシャカ走るとかさっ」

「どうみても走るだろうが! 逃げるぞ!」





 

 双子は手近の、倒壊をまぬがれた家屋の窓から飛び込んだ。

 間一髪、伸ばした肋骨を足代わりにして、シャカシャカーッとすさまじい勢いで突撃してきた異形が、壁に衝突。

 ドガンッ! と衝撃で家屋が激しく揺れる。


「うわわっ!」


 壁一枚へだてているのに、その衝撃だけで床に転がされ、双子のHPが3割も消えた。

 獲物を見失い、ガリガリッと壁を苛立たしげに引っかく音が、とてつもなく怖すぎる。


「どんなホラーだよっ。これファンタジーじゃなかったのか!?」

「あれって、目とかどこさ? どこで見てんのっ!?」


 これには、さすがの双子もなかばパニックだ。

 打つ手がない。

 かすっただけで即アウト。まかり間違って近接攻撃しようものなら、打ち合った衝撃でこっちが昇天だ。レベル1は伊達じゃない。

 唯一効果的なのは、遠距離攻撃でしかないのだが。


「せめてMPが回復すればなぁ」

「マジ水ラストあるけど、アキ使う?」

「うーん……なぁ、これって半分飲むってありか? レベル1なら、半分でもオツリがくる」

「そっか、ゲームじゃないもんね。いいかも」


 二人でマジックウォーターを分け合って飲んでみる。


「全快じゃないけど、8割ってとこか。微妙に足りねぇ」

「小技で攻めればイケルんじゃないかな。とにかく距離をかせがないとっていうか、ここって……」


 ハルは手についた粉を見て、ハッとした。

 双子が座り込んでいる床は、慌てた住人によるものか、粉が一面に散っていた。

 よくよく見れば、粉袋がいくつか散乱している。双子が逃げ込んだのは、広場の西端にあるフェークライン・パン工房だったのだ。


「これ、小麦粉っ。ここパン工房だよっ、すぐ逃げなくちゃ!」

「小麦粉がなんだよ? 粉ってことは……粉塵爆発かっ! で、出口はどこだっ!!」


 双子の動きに伴い、粉がどんどん巻き上がっていく。

 火事場の粉塵爆発は、空気が乾燥しているため通常時より出やすい。しかもここは一応屋内にあたる。周り中が燃えていて、火花が舞っているのだ。たとえ製粉技術が低くて粉の精度が悪くても、ほどよく乾いた小麦粉はよく舞い上がり、よく燃える。本来はかなり難しいのだが、条件さえ満たせばあっという間だ。


「奥、燃えてやがるっ こっちは無理だ!」

「アキ、扉があった!」


 おそらく店舗側へ通じる扉を見つけたハルが飛びつくが、鍵がかかっていて開かない。


「もうなんでっ!」


 扉に二人がかりで体当たりするが、13歳の体格ではどうにもならかった。

 他に出れるところは最初の窓だが、そこに双子が目を向けた途端、ニュッと牙のような、長く尖った骨が飛び込んできた。


「ヒィッッ」

「きたぁぁぁっ!」

「ヤバイヤバイっ! どっか、隠れるとこっ! 丈夫そうで硬そうな」

「えっとえっと、あの台の下!」


 おそらくパンをこねる為であろう、ガッシリとした石作りの台が乗った、幅広い台の下が引き戸になっていた。この部屋で一番頑丈そうだ。

 双子は迷う間もなく、引き戸の中に飛び込んだ。狭かったが、こんな時だけ役立つ13歳コンパクトボディ、万歳。


 それと同時に異形が、ついに壁を突き破ってなだれ込んできた!

 ノシッ、と巨体が台の上に乗っかり、骨というか足というか爪が、ガリリッと台をえぐる。


 ブワッと舞う小麦粉。


 奥の部屋を嘗めまわしていた炎の舌が、それらをすかさず捕らえた。

 瞬時に引火、ボボォッと連鎖反応が起こる。


「ギシャァァァァァッッ」


 爆発の炎は、粉が舞う中空を激しく燃え広がり、一気に天井へとぬけた。

 その中心にいた異形を、盛大な炎で包みながら。

 魔法を撃たれたかのごとく、全身を炎に焼かれた異形が、燃え盛る床をのたうちまわる。

 その蹴りが、双子が隠れている台にヒット。


「「うわぁっ!」」


 台が飛び、棚の木枠がはじけ散った。

 棚に入っていた道具類やスパイス入りの保存ビンごと、双子も揃って外へ投げ出され、その勢いのまま屋外へ転がり出てしまった。

 遮るものがない二人に、燃えかけの危険物がバラバラと降りそそぐ。


「アダダッ! うぉ、なんか刺さったっ」

「ゴホッゴホッ! アキ、気をつけて!」


 二人のHPは立て続けの衝撃で、すでに3割を切っていた。これがウルト○マンならカラータイマーがピコーンピコーンッと鳴っている頃合だ。後半の反撃チャンスに、ぜひ期待したい。


 痛ッ! とハルが頭をおさえた。落ちてきた燃えかけの三尺めん棒(生地をのばす木の棒。三尺はだいたい1メートル)が後頭部に命中したようだった。ケガはないが地味に痛い。

 またちょっとHPが減った。


 瓦礫からどうにか這い出た双子だったが、そこを満身創痍でありながら戦意を失わず、いくつもの口がギリギリ歯ぎしりのような音を出している異形が迎えた。


「あいつまだ生きてやがる!」


 双子を見つけるや、異形はギシャーというかグヒャーというか、そんな奇声をあげると、多少欠けた肋骨を使って突進してきた。

 逃げ場はない。

 迫りくる異形。

 アキはとっさに、手近にあった焦げて先が割れている三尺めん棒を構えた。ただ動揺していたのと腰を地につけたままで棒を構えようとしたため、構えるというよりは掲げたというレベルだった。

 だが逆に、それが功を奏した。


 突っ込んできた異形の、ちょうど頭があった部分。そこにめん棒がうまい具合に刺さったのだ。


 反対側が地に着いていたため突っ張りとなり、勢いがついていた異形が、そのまま棒にズブリと突っ込むかたちとなった。

 硬い皮膚の部分はともかく、むきだしの柔らかい肉なら先割れのめん棒でも案外たやすく刺せてしまった。しかし浅いのか、止めを刺せてはいなかった。異形がガチガチと爪というか肋骨を鳴らす。


「アキ、離れて!」


 それこそ転がるように、アキが離れる。

 押さえがなくなり、異形が棒をさしたまま上体を上げようとした、その瞬間。


次元打球ノッキン・ノック!」


 ハンドボールサイズの《固定された空間》が、刺さったままの棒の先端へあたり、棒をさらに押し込める。

 さらにもう一発。

 次元魔法の中でも初歩の初歩、それこそ最低コストで使える最弱魔法だ。その名のとおり、大人が拳で強く殴ったくらいの威力なので、主にモンスター相手の釣り(任意の固体だけを引き寄せる行為のこと)として使われている。

 押されて後ろに数歩後ずさる異形。

 だが、速度が足りず、威力がおよばない。


「もう一発出せ!」


 異形が態勢を立て直すよりわずかに早く、ハルが指先で描いた呪文が発動する。

 今度はすぐ飛ばさず、まるで野球のノックの時のように木刀を構えたアキに向かって投げた。


攻撃活性アクティヴェイト


 アキは攻撃力を一時的にあげる剣術スキルを発動。必殺技ほどMPを消費しないで基本ステータス1.5倍上昇する、前衛キャラ必須のスキルだ。

 そのまま片足打法で、


「うぉりゃあっ!」


 思い切り木刀を振り切った。《固定された空間》はその威力を受け、さっきの倍のスピードで狙いたがわず異形に刺さる棒へと向かい、グボッとこれを押し込んだのだった。


 







 後に、少年は語る。


 魔法の才能とは、魔力の高さや素質じゃない。

 そんなものじゃ、魔物には勝てない。

 年齢や経験じゃない。

 それだけじゃ、生き残れない。

 魔法を、どの場面でどう使うか、それを即断し実行する。

 つまり、どれだけ魔法を知り尽くし、最弱の魔法ですら効果的に応用できるか。

 それこそが、真の魔法の使い手。


「だから僕じゃないんだってばっ!」

「何を言います。貴方様はまこと、勇者の血筋。その御歳で冒険者でもないのに、凶悪な魔物を討伐したのですぞ。誇るべきです。謙遜など」

「謙遜なんかじゃないからっ! アレを倒したのは僕じゃなくて…」

「とはいえ、街中で中級魔法を使うのはさすがに頂けません」

「ぐっ」

「中央広場は壊滅状態ですし、広場の外へも火勢が広がって沈火が多少難航していまして」

「うぐっ」

「冒険者ギルドでは、冒険者ではない相手に報酬は出せない、とのことです。したがって倒壊した家屋の弁償については、貴方様個人の負債となります」

「うぐぐぐっ」

「ですが、貴方様は魔法学園の生徒。ある程度の優遇措置を国から受ける身ですので、その点はご心配なく。しかも単独で魔物討伐した功績は、非常に高く評価されることでしょう」

「え、じゃあ!」

「半額にしてくれるそうですよ。それも、この消火活動でがんばれば、ですが。そういう訳でさっさと終わらせてしまいましょう」

「半額……」

「学園に帰ったら、みっちりと、魔法の使いどころについてお教えいたしますね。いくら魔物を倒すためとはいえど、まわりに多大な迷惑をかけるのはいかがなものかと。今後の授業日程についてよく検討しなくては。あ、今回の負債は一応学園が肩代わりしますので、卒業後にがんばって返済してくださいね」

「きょ、教授~っ」


 街の英雄は、初陣に勝利したことがよほど嬉しかったのか、ずっと泣きながら消火活動中をしていたという。





ご都合主義万歳☆


蛇足ですが、森の刀はエンチャント不可=魔法を受け付けない、という性質なので打てますが、他の武器では無理という設定です。


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