買い物をしよう
以前アップした、「買い物をしよう・1」をちょこちょこ改訂して、後半まるっと書き直しました。
女性成分が……主に若さが……orz
カーテンのない窓から、豪快な朝日が殴りこんできた、ようだった。
「ぐおぉぉぉぉっ」
「なんて声上げてんの……」
枕の下に顔を隠そうとするアキだが、東と南、両方向にあいた窓から入る、暴力的なまでに眩しい光からは、逃れられなかった。
実は窓枠が壊れていて、木製の窓が閉まらないのだ。窓ガラスなどないので、もはやただの、四角い穴だ。
そんな開けっ放しの窓から差し込む朝日は、目を開けているのさえ難しい。
いつもは寝起きが悪いハルも、これ以上の睡眠を断念したようだ。
「おはよー……」
「オウレンマジブッコロス。おはよう」
「……まぁ、たぶん知らなかったと思うから、許してやんなよ」
二人が住むことになった部屋を日本風にいうなら「バストイレ共有の家具付き1K」。
ただし、この場合のキッチンは小さな暖炉。共有部分のトイレは外、風呂は井戸で、一応各部屋には木製の洗濯用タライがある。1階部屋には6畳半ほどの庭がついている。
2人用なのでベッドが二つ、大人用なのでかなり大きい。あとは作り付けの小さな棚がひとつだけの狭い部屋だが、オウレンいわく、この価格ではなかなかの良物件なのだそうだ。
1階部分は2人用部屋、2階は1人用部屋にくわえて共有リビングみたいな部屋がある。ノリとしては学生寮だろうか。
外観は、元の世界の地中海風の、白い土で固めた壁の宿舎で、全体的に四角い石のブロックのようだ。
街の宿泊施設は基本的に割高で、一時的な宿泊ならいいが、よく小説やゲームなどにあるような、冒険者たちの常宿には向いていない。主に商人とその護衛や、他の街から依頼で来た冒険者が利用しているそうだ。
ウナギの寝床のような最低料金の安宿もあるにはあるが、出稼ぎ労働者やソレ系の人たち専用で、冒険者は歓迎されない。
そういったことから、街の冒険者たちは居住区住まいを除いて、ほぼここで寝泊まりしている。
たまに外壁の外で野宿や、近隣農家で間借りしてる奴もいるらしいが、レアなケースなのだろう。
ところでこの宿舎、なんと男女の区別がない。
1階は女性冒険者がルームシェアをしている部屋が多く、男はたぶん自分たちだけだ。
イイんじゃねぇ? と二人が思っていたのは最初だけで、廊下ですれ違う女性たちはたいがい、そこいらの男性冒険者と体格と粗暴さの点で、大差ない。
半裸で廊下をウロウロしてる姿は眼福ものだが、目があったら絶対因縁つけて殺りにくると断言する。
なぜなら、他の野郎どもがけっして彼女たちをジッと見ないからだ。
チラ見までは許すが、それ以上は命をかけろと、そういうことだ。
隣の住人同士の、すさまじい口喧嘩が響いてきたあたりから、いろいろ諦めた。
マンガやゲームのような、美少女冒険者がこんな場所にいるわけないんだ、わかってたさ!
あと、ここは独身専用で、合計5つの棟が建っている。日本における団地っぽい並び方だ。
中には男子寮な棟もあるが、女子寮はない。不思議だ。
家族持ちは、世帯用のより大きい宿舎が1棟ありそっちにいくか、町外れの居住区に住むかだ。
全部で6棟の宿舎に、ギルド職員専用宿舎1棟(ミレイは居住区暮らしだ)。これらが建つ敷地を、鉄柵がグルリと囲んでいる。
入り口は街の東南の外壁門近くに一つだけで、出入りは鍵のかかった鉄門を使う。関係者以外は、例え近親者でも許可なしでは入れない。
どうみても防犯というよりは、若いエネルギーを持て余した冒険者隔離用です、ありがとうございます。
実際、冒険者が暴れたら、一般人には止められまい。
「さてと。今日はお買い物デー!」
「いい加減装備を調達しないとな。少ないが一度換金すっぞ」
オウレンによると、道具店でのアイテムの買取は、よほど有用なものや素材以外、期待できない。
ゲーム時と違い、店主も生活が掛かっているのだ。何でもかんでも引き取っていては店が成り立たない。商人と個人的に親しかったり、ある程度信用があれば商談もできるようだが、今の自分たちでは無理な話だ。
ではどうするか。
昔から、こういった時に行く場所は一つと決まってる。
質屋だ。
街の中心広場から市場通りに抜け、そこから裏道に入る。
ここは表通りとは違って、こじんまりした店が多く立ち並んでいる。まだ表通りに近いので、子供が歩いていてもそう怖くはない。
目印は、丸く切られた、何も書かれていない木の看板だ。
重たい扉を開けて店内に入ると、中は思いの外、明るかった。
様々な質草がところせましと並んでいるあたり、向こうの世界の質店と同じだ。
「ウチは盗品は扱わないよ。よそ行きな」
声がすれども店主は見えず、キョロキョロする2人。
「盗品じゃないです。それに僕たち冒険者で、ここにはオウレンさんに教えられてきました」
「フン、仕方ないね」
棚とおぼしき場所に立てかけてあったハシゴが揺れ、そこから小柄な老婆が身軽に降りてきた。
かなりの高齢なのかシワクチャで、背丈は双子の胸までしか無い。
着ているものもみすぼらしく、あまり立派な人物には見えないが、動きは機敏だ。そしてなにより、ギロリ、と睨む眼力が凄まじい。
「手を見せな」
双子がそろってカードをみせる。老婆ちらと見て確認すると、顎をしゃくって二人にカウンターとおぼしき台へ来るよう合図した。
「買取をお願いします」
「ここに出しな。見てやるよ」
双子は銀のリング、いい香りのする水、黒檀の文鎮を取り出した。恋色水晶が失われたのが痛い。
老婆はひとつひとつ手に取り、軽く確認する。
「この指輪は純銀だね。細工もいい。銅貨10枚。香水はダメだね。作ったのは若い奴だろう。そのへんの女にでもやりな。文鎮はモノがいい。本当に盗んでないだろうね? どこで手に入れたか正直にお言い。じゃないと引き取らないよ」
ハルが、手に入れたクエストの経緯を説明する。
聞き終わると、老婆はため息をついた。
「あそこのバカ息子は、本当にしょうがないね。だけどこれの出処としては納得だ。あれの父親は元商人でね。かなりの目利きだったんだよ。これは材質も細工も素晴らしい。金貨1枚だ」
(えーっと……銀貨の上が半金貨で、そのさらに上だっけ? すると2ゴートか)
(銀貨4枚だね)
双子はコソコソと計算する。
「この文鎮、出処に問題なしで、もうちょっといくだろ。金貨2枚だ」
「ホッホッ。金貨とでれば、たいていの奴はそこで手打ちだがね。欲かいてんじゃないよ坊主。金1に銀半分」
「バァさん、ガキだと思ってなめてんだろ。こちとら生活かかってんだよ。金1に銀3と半」
「フン! やなガキだね。これだから冒険者はヤなんだよ。金1に銀2と半だ。これ以上はまからないよ」
だいぶ甘いが、双子もそこで手を打つことにした。
「アキ、こっちこっち!」
交渉の間、店内を見ていたハルが、武器というか、剣や杖といった長物が一緒くたに置かれているのをみつけた。
「なんつー大雑把」
「でもこういうの見るの楽しいよね。あ、防具もある。お婆さん、これ触ってもいいですか?」
「構わないが、壊すんじゃないよ」
ゲーム時においてもこの世界でも、アイテムの性能は鑑定スキルがないと見れないが、双子は戦闘での使用テストをしていた関係でデザインからおおよその見当がつくし、性能も熟知している方だ。
さっそくハルがゴソゴソと漁りだす。
アキも剣をいくつか手にとってみた。全体的に手入れが行き届いていないものばかりで、何本か刀身をチェックしたが、汚れで曇っているものが多かった。磨けば使えなくもないが、あえて買う程ではない。
その中に、見覚えのある1本の木刀を見つけた。握りの部分を確認すると、日本語で”斬”と刻んである。
「森の刀じゃねぇか、これ」
見た目は木刀だが、なぜか切れ味抜群のネタアイテムで、打撃でなく斬撃属性。レアに分類されるモンスターのドロップ品だ。
一応、金属を嫌う森の民が使うのでこうなった、と開発チームが解説していたが、センスが斜め上すぎる。
ネタアイテムは性能のわりにレベル制限がないものが多く、これもその一つだ。見た目さえ気にしなければ使い勝手がいいので、ゲーム時も使用者は多い。
唯一の欠点は、エンチャントできないこと。魔法しか通さない相手には使い物にならないのだ。そしてここ魔法王国リンドバウム周辺は、魔法弱点の魔物が多い(余談だが、上位版「阿修羅」になると、魔法攻撃”しか”できない)。
値段を確認すると、破格の3シリング。
「うは、翠竜の腕輪だ」
ハルもお宝を掘り当てたようだ。
翠竜の腕輪は、竜魔法士(竜魔導師の前提クラス)へのクラスチェンジのクエストアイテムだ。
ランダム宝箱からしか出ないレア品だが、デザインされている竜が貧相で、装飾品としては今ひとつ魅力に欠ける。装備効果は竜魔法を使う際のMP消費20パー減。そして竜魔法士は、レベル75以上から。現状では、ただの貧相なデザインの腕輪でしかない。
値段は銀1枚。
「やっべ、楽しくなってきた」
「アキ、顔引き締めて! 足元見られたら困るから」
「おっとそうだった」
しかめっ面しながら、双子は捜索を続ける。
こうなったら掘り尽くすまでだ。
「永遠の護符(装備アイテム・即死魔法無効)きたよ……しかもダース売りで。どうしようアキ? 激安なんだけど」
「あー……レベル80からだっけ、死神(即死魔法を使うモンスター)いるトコ。高額アイテムなのに、ここいらじゃまず使い道ないもんなぁ。とりあえず今は置いとけ。……お。サンタの帽子(雪フィールド・冬季のみ防御力大幅アップ)。いけるか? いやでもどうよ?」
「ぶふふっ。可愛いよー」
「ハルの分もあるぞ」
「この年でお揃いとか……。やった、シルバーバトン(ドクロ印のチアリーダーが持つアレ。男性も装備可)みっけ! でもどうせならゴールデンバット(ドクロ印の金属バット)がいいなぁ。当たるとイイ音がするんだよねー。アキは黄金丸(ドクロ印の金のサーベル)持ってさ」
「高笑いなんざ、誰がするかっ! 黄金バッ◯ネタとかねぇよ! 開発チームめマジ死にさらせ!」
「ほとんどの人、元ネタ知らないよね。まぁ僕たちも世代違うけど」
あらかた見回り、あとはどれを買うかの段になったところで、思わぬ困難が待ち受けていた。
「計算機よーこーせー!!」
「せめて、紙とペン……」
数字には強いほうだが、慣れない貨幣計算が2人を苦しめる。
疲れたアキが出した結論は。
「足りなかったら値切ればいいんだ。つーか、値切り倒す」
「聞こえてるよ!」
老婆の大声にビクッ、となる2人。
「婆さん耳いいんだな……。今までの聞かれたかな?」
「はは……がんばって」
↓購入することにした装備品
森の刀 (武器。斬撃属性。エンチャント不可)
翠竜の腕輪 (クラス限定装備品。竜魔法MP消費20%減)
シルバーバトン (武器。打撃/投擲/風属性。魔力増)
サンタの帽子×2(防具。雪フィールド・冬季のみ防御力大幅増)
「これとこれ買うからさ、木刀はつけてくれよ」
「ナマ言ってんじゃないよ、ひよっこが。相手をよく見てからお言い!」
「じゃあこっちの帽子をおまけで」
「どこの追い剥ぎだよ、もっとましなこと言えないのかい!」
アキと老婆の価格戦争は、白熱したまましばし続いた。どちらも一歩も譲らず、観戦に飽きたハルは、箱に座って船を漕いでいた。
「くそうっ、あとちょっとなのに……」
「尻に殻つけたひよっこが、引き際を勉強して出直しなっ」
アキとしては、今回の下取り額内で収めようとしたが、やや足が出たようだ。
ハルが笑顔で支払い、品物を受け取った。
性能を考えれば、多少の差があれど破格の買い物なのだ。
「ありがとうございます。また来ますね」
「次は勝つっ」
「もうくるんじゃないよ!」
老婆の憎まれ口を背に、2人は店を後にした。
「いやぁ、いい店だった。とりあえずこれで、フィールドに出れるな」
「アキのことだから、要は当たらなければいいとか思ってるんでしょ? でも命掛かってるんだからね。他の装備品を見に行くよ?」
「へいへい」
ゲーム時ではおなじみの、武器防具を扱う「武具店デーゲン・ボーゲン」は、市場通りの中ほどの目立つ場所にある。クロスされた剣と斧が店先に掲げれた、大きな店舗だ。
となりにはアイテム専門の「エーデル・シュタイン商会」。世界各地にチェーン展開している老舗で、規模はかなり大きい。宝石をデザインした看板が目印だ。
両店舗とも、初期装備はもちろん、魔法やエンチャント品など店売りされるものはすべて取り揃えている。
「店ってこんなんだっけ?」
武具店に入った二人は、何もない店内に戸惑っていた。
大きな店内は、店の三方を囲むように置かれた、立派なカウンター越しに話し込む客と店員で賑わっているが、これといった商品が見当たらないのだ。
店内の中央に、まるでマネキンのディスプレイのように、鎧一式を来た人形が数体、手に剣や斧、槍といった武器を持って立っている。しかしよく見たら、それらは装備も含めて木製で造られた精巧な人形だった。
「ゲームの時は商品飾ってた……よな?」
「そうだけど、陳列されてるものを直接触ったり、買うことはできなかったと思うよ。カウンターでウィンドウを立ちあげて、欲しい物を指定して売買してた……ような?」
こそこそ話しながら、双子は入り口付近の壁に寄って店内を観察した。
中央のカウンターの後ろには扉があり、店員が武器防具を持ってせわしなく出入りしている。鉄床を打つ音がどこからも響いてこないところからみて、工房は別の場所にあるのだろう。
フィッティングルーム的な仕切りが入り口近くにあるが、そこは採寸だけ行われている。
雰囲気からいって、完全受注生産のオーダーメイド店のようだった。
客層はなぜか富裕層らしき上等な服を着た者が多く、冒険者らしき人物は、かなり高レベルとみられる数人だけだった。
今更だが、双子はプレイヤーではなかったので、街中の店舗を一度も利用したことがない。プレイヤー個人のショップやバザー、さらに言えば、ゲーム内通貨で買い物をしたことも、オークションを利用したこともなかったりする。
必要な装備は自分たちで”作れた”からだ。
戦闘関連のデバックで、ある程度の装備知識と相場価格は勉強したが、店の品ぞろえや店主が誰だったのか、そのへんの記憶は実に曖昧だ。
店に駐在しているクエスト要員の事のほうが、商品よりくわしいくらいだ。
「誰の使いだ? 御用札を見せてみろ」
戸惑う二人に、手の空いた店員が声をかけてきた。
あきらかに客とはみなしていない態度だ。
「いえ、自分たち用のが欲しくて……」
「ハ! ここではお前らような乞食に売るような物はない! さっさと出て行け! おら、グズグズすんなっ」
双子は問答無用で、つまみ出されてしまった。
「えーっと。じゃあ隣いこうか」
こういった横柄な店員の態度に向こうの世界でさんざん会い、嫌でも慣れている二人は、特に気にせず隣のエーデル・シュタイン商会へ入ろうとした。
「失せな」
用心棒とおぼしき、ガラの悪い厳つい大男が、二人を拒んだ。
大男の脇からチラリと覗いた店内は、武具店と同じで商品がなく、カウンターや応接セットがあるだけ。彼らが思い描く店、という感じではなかった。
双子はさっさとその場を離れることにした。
「高級店ぽいのにゴロツキ雇うとか、どこの風俗店だよ」
アキが呆れたように首をふる。
「言えてる。まぁ、それはいいとして、武器防具がオーダーメイドな注文制になってるとはねー。確かにリアル装備にゲームのようなオートフィットなんて機能はないから、一から買うとなると当然だと思うけど」
「でもそれだとさ、ダンジョンでモブや宝箱から手に入る装備はどうするんだ?」
「だよねー? 鍛冶屋に持って行ってサイズ直しとかするのかなー? 古いRPGみたいに鑑定しないと装備できなかったり? まぁ、その辺はフィールドに出れば嫌でもわかるよ。さてどうしようか? 装備はともかく、僕は魔法が買いたいな」
ハルはそう言うと、周りに目をやった。
ゲーム時は、この表通りは生産プレイヤーの個人ショップや、バザーで人が溢れ賑わっていたが、ここはお上品な通りらしく、そんなものは見当たらない。
「オウレンに質屋と一緒に聞いておけば良かったね。つい装備はゲームの時の感覚で、ここで買うもんだと思ってたからさ、うっかりしてた」
「しかたない。今の俺たちの風体はアレだからなぁ。表通りが銀座なら、俺たちは裏のアメ横ってことで」
「あー。正規ルートはムリだから、横流し品を探せってことね」
「冒険者たちがやってるバザーは、裏にあると思うんだ」
結局双子は、裏通りに逆戻りだ。
今度はさらに二本、裏へ入る。
あまり裏に行き過ぎると命にかかわるので、ここが彼らには限界だ。ここより先は遠目からみても、スラムと言える荒んだ雰囲気がみてとれる。
向こうの世界で貧乏ではあったが裏社会にまで堕ちないでいたから、この先を生き残れる自信が、二人にはなかったのだ。
スラムほど荒んではいないが危うい雰囲気が強い中を、双子は足早に歩く。
一応王都なので自警団は存在するが、日本の警察のように勤勉とは限らないし、治安については言うまでもない。
昼日中のせいか、極彩色に飾られた風俗店や怪しげな飲食店は眠っているかのように静かだ。こういった店は世界が変わろうと同じらしく、日本の繁華街を思い出し、なんとなく懐かしく思える二人だった。今のナリではお世話になることはないだろうが。
露天商が広げている商品が気になったが、双子が近づくと露骨に追い払われた。見たところ、何かの薬品や娼婦相手の装飾品を扱った小物店が多かった。
南に向かい通りの端近くに来て、ようやく目当ての場所が見つかった。
特に看板などない狭い路地の入り口を、冒険者と思しき装備を付けた男たちが頻繁に出入りしていたのだ。
「ここだな」
「うん、間違いないね」
双子は路地に足を踏む入れたが、幸い止める者はいなかった。
人が横に並んで歩けないような細い路地を店一画分抜けると、一気に開けた場所へ出た。
そこはグルリと建物に囲まれた、中庭のようだった。
さほど広くない場所に、ゴチャゴチャと人と店が密集し、彼らがたてる騒音が周りの建物に反響して、ものすごいことになっている。
鍛冶屋らしき鉄床の音を筆頭に、動物の嘶き、装備同士がぶつかってたてるカチャカチャとした音、喧嘩のような怒鳴り声、野太い笑い声、女性の嬌声、子供のはしゃぐ声、そしてなぜか爆発音。
ありとあらゆる音が、人の活気がそこにあった。
「これだよこのカンジ! 市場通り歩いてて、ずっと何かが違うって思ってたんだ。市場通りはこうでなくっちゃ!」
ハルが嬉しそうに言う。
犬を連れた子供が横を走り抜けていったが、すれ違いざまに「チッ!」と舌打ちをしていった。懐に何もなかったからだろう。こんないかにも貧乏そうな子供を狙うとは、スリとしてどうかと思うが。
双子は人の波に飲まれつつ、ゆっくりと見ていくことにした。
表通りとは正反対で、ここではテントすらない、布を地面に敷いた上で商売しているにわか露天商が多かった。
冒険者とみれる店主が使い古した装備を売っていたり、ダンジョンの成果を披露していたと思えば、新人の薬師が自分で調合した薬を売っている。この世界で馬の代わりとなる動物で、二本足で走るハシリヤという名のオオトカゲを売っている商人もいる。古着屋に古道具屋、その場で直しをする鍛冶屋に縫製屋、軽食屋に酒屋、そしてなにやら怪しげな匂いのする煮込みスープを売っている屋台もあった。
ゲーム時でもこういったプレイヤーの個人バザーで賑わっていたが、それ以上に猥雑で混沌とした、無秩序な場所に双子は入り込んでいた。
「値札がないのが困るよねー。比べられないじゃん」
中古の防具を扱っている店の前で、ハルが文句を言う。
「それをされないように、だろ。だいたい値札はあってもないようなモンだし」
「定価に慣れてる日本人にはツライすぎるよー。あ、これいいんじゃない?」
ハルが黒蜥蜴の皮鎧を指さした。丈夫で長持ちが売りの、ゲームでも定番の序盤用装備で、レベル7以上から装備可能。みたところ、サイズも問題なさそうだ。
レベル7程度なら、1日か2日でいくだろうと双子はみている。
すると今までダンマリだった店主が首を横にふった。
「ボウズどもにそいつは無理だ。おまえら新人だろ? いいか装備ってのはな、誰でも装備はできるが、それに似合った力がないと効果が出ない。その革鎧は防御増に敏捷度が上がる良い防具だ。しかし冒険者レベル15以上でないと、ただの皮でできた服と変わらんのだ。わかったか?」
「でもオジサン、これ、黒蜥蜴でしょ? レベル7相当のハズだけど。それに効果は防御増と土属性の魔物の攻撃をやや軽減だったと…」
「あぁ? ガキのクセに難癖つけるたぁいい度胸だ! 人が親切に教えたってのに!」
店主が拳を振り上げ、ハルへ打ち下ろそうとした。
「そのへんにしときなよ、みっともない」
怒鳴る店主の肩を、グッと掴む手があった。
手の持ち主は、50代くらいの白髪が目立つローブ姿の女性で、大柄ではないが妙な迫力のある人物だった。
そう力んだようには見えないのに、店主が痛そうに顔を歪めている。
「ボウヤには見る目があるようだね。”ここ”ではたいていの事は咎めないが、唯一許されないことは何だったかい?」
「すんません、つい手が出ちまっただけで!」
クイっと女性が顎をしゃくって合図したので、双子は慌てて店から離れた。
その後を、店主を放り出した女性が悠然と続く。
「来な」
問答無用だった。助けてもらった手前もあり、双子は視線を合わせて軽くうなづくと、大股で人混みを進む女性の後を、小走りで追うのだった。