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最終話「やわらかな頬の記憶」

最近、可愛い妹の態度がおかしい。


ミナトとヒューバートに出くわすと、明らかに視線をそらし、そそくさと退出する。

特に2人が一緒にいる場面に出くわすと、殊更顕著になる。

ひきつった微笑を浮かべ、慌てふためいてその場を辞そうとする。

一度など去り際に涙目になっていたように見えたのは・・・気のせいだろうか・・?


引き止めれば


「・・・私はお邪魔ですから」


と、申し訳ないとばかりに懸命に頑なに遠慮をする。


―――おかしい。もしや嫌われた?


しかし、無表情むっつりエロ鉄仮面(ヒューバート)(失礼。)ならともかく、ミナトが嫌われる理由が思い当たらない。

一体どういうことなのだろう??


―――分からない。

ミナトは次顔を合わせたときにはぜひ問いたださねば、と決意を固めるのであった。




       *         *          *



ミナト・シノノメ中佐は午前の剣術訓練の後、脱いだ上着を肩にひっかけ、シャツの襟を第2ボタンまで開けたまま、というルーズな服装のまま自らの官舎に向かっていた。

激しい稽古で汗だくとなってしまったので、シャワーついでに着替えるためだ。

何より午後には来客の予定がある。

腹の探り合いという遊戯(ゲーム)を有利に行うためには、軍人といえど己の容姿を利用したほうが少なからずとも有利にことをなす、ということをミナトもよく理解していた。



腰から下げた剣が歩くたびに脚に当たり、かしゃん、かしゃんと金属的な音を立てる。

石造りの天井と床はひんやりとして汗ばみ、火照った身体にはむしろ心地よいくらいだ。



激しい運動の後特有のほどよい倦怠感と充足感に満たされ、そのけだるさに眠気すらそそられる。

立ち止まり、中庭のほうに視線を向けてみると、そこに広がる緑が目に心地よい。



――もう何年も帰れていない、緑溢れる故郷の国が思い出される――。

彼の国にいたのこの28年の人生のうちのほんの僅かな期間のように思える。

硝煙と魔法反応、血と鉄の錆びたような臭い、砂埃と人の熱気・・これが今のミナトの生きる世界だ。

そして自分で選んだ世界。



この道を選んだ時、幸せな幼年時代に別れを告げ、共に置いてきたあの世界。



行かせまい、とその小さな全身で膝にしがみつき、涙を溢れさせた硝子玉のような碧い瞳。

指でそれを拭ってやれば、しっとりと掌にすいついたやわらかな頬の感触を今でも覚えている。

なだめるように、別れを教えるように抱きしめたとき、さらさらと頬を撫でた黒髪と熱い体温のことも。



ミナトは物思いを振り切るように・・・思わず目をそらし、頭をふってみる。

今という現実が一瞬で背中に追いつく。

記憶は過去、今の自分が現在なのだから。

そして・・あの黒髪の幼かった少女は美しい女性になり、ミナトの世界にいるのだから。



      *         *          *



近道をすべく、中庭の壁を乗り越えると・・そこには件の女性がいた。

ミナトの妹、氷のヒューバート・ヴァン・ラーツィヒ中佐の想い人・・・シズリ・シノノメ少尉が。



ここのところ2人で顔をあわせて話す時間がなかったが、この機会をこれ幸いと、思い切ってここ暫くの不審な態度の理由を尋ねてみる。

当初はそんなことはない、誤解です、と否定した彼女もミナトの泣き落としという最終兵器に遂に口を割った。



――聞くもおぞましい噂が軍の一部で流れているらしい、という衝撃の事実を!!

確かにヒューバートと飲みに行った日に酔い潰れ、奴の部屋に泊めてもらったことがある。

朝になると同時に部屋から邪魔だとばかりに蹴りだされた所をどこかの誰かが目撃し、面白おかしく吹聴している、と。



――事実は小説より奇なり・・・そしてまた、真実ほど虚飾(うそ)に弱いものはない―――



「・・・そうだったんですか。噂は嘘で、誤解だったんですね。」


ほぅっとシズリが安堵の溜息をつき、ミナトもひきつる笑いを浮かべつつ、こっそり両の手の(こぶし)を固める。



「(・・・その妙な噂を流した奴と小説の作者・・・殺す!!)」


心の中のデスノートに名も知れぬ人物について秘かにメモるミナトであった。



――しかし、ここは強引に聞き出しておいてよかった――。

当然、ヒューバートもシズリの余所余所しい態度に困惑していたようで、つきあいの長いミナトにはその無表情仮面の下で戸惑っている様が見て取れていた。



もっとも、ヒューバートとミナトの桃色艶聞疑惑というふざけた、唾棄すべきおぞましい噂が流れていたとは思いもしなかったが!



・・・ヒューバートには言うまい。

奴は普段感情を表さないかわりにいざ怒ったら・・・。

そうなったときの地獄絵図を想像だにしたくない。



ミナトはヒューバートがある一点に関して、非常にココロが狭いことをよ〜く知っている。

その他の件に関しては無頓着というか・・・基本、無関心で淡々と事を処理するのだが、ことシズリに関しては蟻の巣並みに狭く、いりくんでいるという事実を。



先日、通りすがりにシズリの尻を撫でるという、兄であるミナトからしても許しがたい暴挙をしでかした男は、後で剣術指南という名目で散々ヒューバートに叩きのめされ、それこそ指一本動かせない状態にまで、徹底的かつこてんぱんに

のされたらしい・・。



当の本人は一体なぜそんな目に遭うのかさっぱり分からなかったであろうが。

・・・あの無表情仮面め・・・グッジョブ!

むしろ俺がやりたかったぜ。



心中で渦巻く様々な思惑を隠し、表面上は爽やかに、頼りになる兄然として微笑むミナトにシズリも微笑みかける。

久しぶりの、心からの親愛を込めた微笑を。

やがて・・・視線が下がり、瞳がすがめられた。


「ミナト兄さん、血が・・・。」


見れば左の掌から血が垂れ、地面に伝っている。

どうやら先程の稽古の際、剣を鞘に納めるときに誤って鞘に添えた掌を切ってしまったらしい。

血が出ているものの、皮一枚切れただけなので気づきもしなかった。



「あぁ・・・気づかなかった。ほっときゃ治るよ」



安心させるように微笑みかけると、シズリが思いもよらぬ行動に出た。

ミナトの手をとり、傷口についた血を舐めたのだ。

そして、己の無意識の行動にハッとする。


「あ・・・申し訳ありません!つい・・・」


ミナトが苦笑する。


「・・・子供のときの癖、だな。

よく2人で遊んだ野っ原の草で手足を切っては舐めときゃ治る、とか言ってたもんな・・・」



懐かしい幼少の頃の記憶に頬が緩む。

記憶の中のやわらかな頬を持つ幼女の姿が、眼前にたたずむ、美しい女性の姿と重なり・・消えた。



あの頃の小さなシズリが今や立派な軍人となり、魅力的な女性となり、あまつさえ親友に求婚され・・・誇りに思う反面、少し遠く、淋しく感じていた。


――だが、中身はやはりミナトの後をついて回り、離れなかったあの幼い頃のまま、

自分を兄と慕ってくれていることは何も変わらないのだと――嬉しく思う。



官舎に戻ったらちゃんと洗って消毒しておいて下さいね、と念を押すシズリの背を見送った後、さて、と官舎へと踵を返し・・・漂う冷気に思わず足が止まる。



・・・・これ、は・・・。



嫌な予感がする。

とても嫌な予感を肌で感じ、総毛だった身体で気配を感じとる・・・。

蟻の巣並みに狭くていりくんだ、ココロがど狭い男の気配を。



「・・・兄というものはああも親しくするものなのかな?」



いつから見ていたのか、冷たい群青の瞳がミナトを睥睨しながら近づいてくる。

そのピリピリとした冷気に思わず背筋が震える。



「いやぁ〜・・・だってラブラブな兄妹だし?そりゃ重ねた歴史と家族愛が他とは違うというか・・・」



何もやましいことはないのに、悪いことをしたような気がする。

シズリはヒューバートのモノではないし、ミナトはその兄という立派な立場のはずなのに。



ヒューバートの瞳がさっとすがめられると、同時に手を掴まれた。

先程、シズリが血を舐めとった左の掌を。



「貰っておくぞ?」



彼の舌がシズリの舌の痕跡を舐めとる。

彼女のものはすべて自分のものだとばかりに。

例え・・・それが兄であろうと。



ヒューバートの背を呆然と見送るミナトはいろんな意味で鳥肌がたっていた。

妹よ・・・健闘を祈る・・・。

奴は・・・(もごもご。)

勿論その後官舎で真っ先にしたことは、手を石鹸でひりつくほど洗い、おぞましい記憶ごと洗い流すことだったことは言うまでもないが。





  ヒューバートの群青の双眸がミナトの瞳を捉える。

  はだけられたミナトのシャツからの汗の薫りに、覗く素肌に

  酔ってしまいそうだと。



  「嗚呼・・・ここに俺だけの痕跡を残せたらと、何度欲望に震えたことか。

  ――感じるか?この心の臓の震えを、高鳴りを――。

  高まりを与えるのはお前、止めることができるのもお前だけなのだと・・・」

  


  その手がミナトの両手を薔薇に絡まる蔦のようにたくましく、蝶を捉える

  蜘蛛の巣のようにやわらかに捕えた。

  決して逃げられぬ、背徳的で甘美な檻に閉じ込めようとするかのように。



  薔薇の唇がおののき、吐息が密やかにおとされた。

  甘美な蜜を啜るかのように、ミナトの掌の傷から流れ落ちる、紅い、

  紅い雫をその舌が舐めとり――腕に舌を這わせるのであった――。


  まるで薔薇の枷という手錠で縛ろうとするかのように。



  ミナトの腕に赤い所有の、情熱の痕がひとつ、またひとつ、花咲いていく。

  紅い血を舐めとった跡が、甘い情事の痕となったかのように――



  冷たい夜風が背筋を震わす。

  否、この震えは歓喜による震えか?

  それとも――これから起こることへの甘い恐れによるものか――?



  ミナトの心には答えがある。

  その答えを、言葉に、行動にすべく、ミナトはその唇を開いた。



             < 第8話「薔薇の唇が啜るは紅の蜜」より抜粋 >





ここまで読んだミナトはおぞましさと怒りのあまり、ビリビリと破り捨てた!

遠目に見ていた周囲の部下たちがびくり、と肩を震わしたが、怒り心頭のミナトの視界には入るはずもない。



――アレがどこをどうしたら、こういう話になるんだ!!

ていうか、どこで見ていやがった!!腐れ納豆頭野郎が!!



ミナトの咆哮が空しく軍部に響き渡るのであった・・。

ちなみにヒューバートは未だ、この小説の存在を知らない・・・。




   著者不明  「君という月に焦がれて」 大好評発売中

   ただ今完売中につき、次の入荷は未定。

BLは読んだことすらないため、お耽美なエセハーレクィン風と

ベルバラちっくな雰囲気をイメージしましたが・・・全然違うみたいです。

失礼をいたしました。

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