第3話「崩れゆく足元、冷めていく感情」
「大スクープ!氷のヒューバート、ミナト・シノノメのハートをゲッチュー!
君の瞳に凍れるハートも氷解寸前でゴ・メ・ン♪」
・・・シズリの脳内に3流ゴシップ紙のようなあおり文句がチカチカと浮かんでは・・・消えた。
悪夢だ・・・。
悪夢としか言いようがない・・・。
足はがくがくと震え、頭の中では割れ鐘のような音が響き、耳鳴りが止まない・・・。
何か、何かに掴まりたくて、掴まれるものがほしくて己の右手で左肩をギュッと握りしめる。
足先から崩れ落ちそうで・・必死に地面を踏みしめる。
まるで・・・まるで重い塊が喉の奥に詰まったかのような感覚と、胃と臓腑が熱く溶けてゆくような感覚に眩暈がする・・。
こんなに・・こんなにショックを受けるなんて・・・。
大切な兄のことだから?
それとも・・・?
先程一気に上ったはずの頭の血が・・・再び足先までひいていく・・・。
冷めていく頭と冷えていく感情。
ゆっくりと、少しずつ心の中に満ちてきていた、あたたかでやわらかなものと一緒に・・・。
そんなシズリの様子に気づくことなく、ミレーニャは相変わらず嬉々として艶話?を続けている。
「―――でね、早朝から激しい物音がラーツィヒ中佐の部屋から響いて、シノノメ中佐の叫び声がドアの向こうから聞こえたらしいの!
たまたまその時、宿直当番で帰宅途中だったアンヌがラーツィヒ中佐の官舎の前を通ったもんだから、ものすごい勢いで伝令が飛んできたのよ。
皆で慌てて駆けつけて、壁に聴診器あてて様子を窺っちゃった♪
でもさすが中佐殿ね、部屋には常時遮断シールドが張られてるから、中で音がしてることぐらいしか分からなくって。
挙句の果てにシールド破りのリュシエンヌまで緊急招集したんだけど、彼女にも歯が立たなくてさ。
もー、中佐ったらどこまで優秀なのかっつーの!
みんなで歯軋りしちゃった(怒)」
―――いつの間にかミレーニャ中尉の言葉遣いが、先程までの軍人らしい改まった口調から・・・ずいぶんとくだけたというか・・その何というか・・・になっている――
そして、その機関銃のような一方的かつ過激な口撃(笑)は止まらない。
―――因みに現在のシズリ少尉の精神的HPは残り3分の1を切ってます。
限界領域に達するまでに、速やかに回復するか、とんずらをおススメいたします―――
「――最終的に、ドアが開いてシノノメ中佐が転がり出てきたときは驚いたわぁ〜。
ラーツィヒ中佐の脚に子犬のように飛び掛かるシノノメ中佐、それを躊躇いもなく踏みつけ、さらに踏み躙ったときの冷たい視線!
ツンデレどSの王子様って感じで素敵だったわぁ・・・」
ミレーニャはその時の状況を思い出すかのように、うっとりと頬を薔薇色に染めた。
青い瞳が明け空に輝く明星のようにきらきらと輝く。
だが、その美しい唇から転がり落ちる数々の言葉への驚愕にシズリは・・・言葉もない。
そして・・・足先から徐々に・・・少しずつ、じわじわと確実に砂に埋もれて行くような感覚に呑まれていく・・。
一方、ミレーニャの妄想という名の虚飾でデコレーションされたお喋りは止まらない。
静かなる湖面の如き、と言われたその青い瞳の尊敬すべき人物が・・・おしゃべりな小鳥のようにさえずる。
そのさえずりを止める術は・・・今のシズリには・・・なかった。
「しかもそのときのラーツィヒ中佐、どんな服装だったと思う??
な・ん・と、上半身がハ・ン・ラ!
下は残念ながら履いてたんだけど、裸にシャツ羽織っただけで、髪も乱れてそれはそれは淫靡だったわぁ〜。
何でそんな服装だったのかなぁ〜?
シノノメ中佐と何してたのかな?ウフフ♪ってみんなでキャーキャー言っちゃった。
あら?シズリ少尉??
ち・ちょっと・・・誰か!誰かあるかー!救護隊を呼べーーー!」
* * *
その後暫く、何も知らないヒューバート中佐は愛しい部下に、ミナト中佐は可愛い妹に避けられ、視線すら逸らされる始末でたいそう苦悩したそうな。
< 〜 to be continued 〜 >
すみません、の一言です。次話でこのお話はラストです。