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08. 僕らの危機

 僕がイブニに襲われて(?)いる修羅場に、突如割りこんできた謎のハゲ男。その顔を見て、あっと気づいた。こいつ、さっき僕を突き飛ばしてきた酔客じゃないか。


「会えて嬉しいぜ。久々にお前の顔見た時は、夢でも見てんのかと思ったよ」

「……俺はお前なんて知らない。人違いじゃないか」


 イブニはハゲ男から目を逸らた。


「そりゃ、あれだけたらい回しにされてたら、俺みたいな元下っ端なんぞ覚えてないだろうよ。だが、お前はイブニ・オンスゴットさ。たった今、『黄金郷』って口走ったの聞こえてたぜえ」

「聞き間違いだろう。俺は……!」


 ハゲ男はイブニの弁明を聞く気はないらしい。彼が手を挙げると、周囲の空気が揺れた。まずい、とイブニが叫んだが、遅かった。


 僕らはどこからか湧いてきた男たちに、時計台を中心に輪を描くように囲まれた。男たちは年甲斐もなくハゲ頭と色眼鏡というお揃いコーデで身を固め、鉄パイプやらナイフやら物騒なものを僕らに向けている。唾液で濡れたみたいに気味悪く光るナイフの刃を、僕は呆然と見つめた。


 月下、ナイフ、悪そうなおっさん、青ざめたイブニ。現実味のない光景だった。ていうか、僕らが置かれている状況、この前読んだ小説にあった、主人公と相棒が絶体絶命の危機に陥る場面にそっくりじゃないか?


「これって、マジなの?」


 頬をつねってみたら痛かった。マジか、マジなのか、マジであっちゃうのか……。


「ついて来てもらおうか。イブニ・オンスゴット」


 ハゲ男が、勝ち誇ったむかつく顔でイブニを見た。


「アスター」


 イブニが囁きかけてきた。


「アスターはこいつらと組んで俺を尾けていたのか」

「こんなファッションセンスと笑顔が終わっているおっさんを、僕が友達にするわけないでしょ」

「アスターと親方は友達だろう」


 ……傷ついた。暴言を暴言と思っていないような真顔で言われるのは、悪意がないより心に刺さる。


「こんなおっさんたち、マジで知らないって」


 僕が主張すると、イブニは苦しげな顔で唇を噛んだ。


「そうだよな。ごめん、アスター。巻きこんでしまって、何て謝ればいいのか……」


 心底申し訳なさそうに僕への謝罪の言葉を口にするイブニは、今にも倒れそうな青い顔をしていた。

 現実離れした状況をちょっと面白がる気持ちが、さっと冷える。そうだ、これは小説の一場面じゃない。僕らの危機で、僕らの恐怖で、僕らの現実だ。喜んでいる場合じゃないでしょ、僕。


「お前が悪いんじゃないでしょ。けど、どうする? 切り抜ける作戦とか必殺技とかないの」

「……こういう奴からは逃げられない。俺が気を引くから、アスターは逃げてくれ」

「嫌だね。こんな奴らにお前の身元引受人なんてさせらんない」


 同じおっさんでも武器を振りかざして青少年を脅しつけるハゲに比べたら、カレー入りの唾を飛ばして青少年を怒鳴りつける親方の方が数千倍マシ、だと思いたい。


 男たちが向ける物騒な武器から逃れるように後ずさっていると、時計台の壁が背中に当たった。壁面には人差し指が入るくらいの幅の溝が無数に彫りこまれている。


「……必殺技、あるかも」

「え?」

「それ貸して。で、僕がこいつを使ったら耳塞いで」


 イブニから警棒を取りあげ、適当に構えると、男たちの武器が一斉に僕を向いた。


 よく見ると、男たちの中には昨日の三人もいた。三人が尾けていたのは僕ではなく、僕が尾けていたイブニで、まいたとおもったのは単に僕がイブニの尾行をやめたからだったのか。


「おっさんたち、夜なのに色眼鏡なんてしてたら見えないでしょ。そんなんで、この僕に勝てるわけ?」

「へえ、『鍵』に護衛がついたのか。随分と綺麗な顔だが、強いのか、ん?」


 男たちから嘲笑の声が上がる。当然、僕に武術の心得なんて欠片もない。だが、あえて自信ありげに胸を張り続けてやると、嘲笑は徐々に収まり、訝しげながらも警戒するような気配に変わる。注目は十分集めた。今だ。


「色眼鏡かけてても、見る目はあるんだね。お察しの通り、僕はこの街で最強なんだ。——————顔が、だけどね」


 警棒をボスらしきハゲ頭めがけて投げつけると、一瞬、男たちの目が、僕の美貌から離れて警棒を追った。その隙を逃さず、僕は時計台に手を突き、壁面に刻まれた溝の一部を教えられたとおりになぞった。耳を塞いで、腹の底から叫ぶ。


『外敵を知らせよ!』


 カチリ、と硬い音がして、背後で眩い光が立ち上った。壁面に取りつけられた時計の秒針が目まぐるしく回り、でたらめな時刻を示す。


 カチ、コチ、ガチ、ゴン、ガアン、ゴオン、ガアアン!


 秒針の規則正しい音が不協和音に一変した。けたたましい音が、眠りについた街に響き渡る。


「走るぞ!」

 僕に従って耳を塞いでいたイブニの腕を掴んで駆けだした。突然の閃光と轟音に驚いて動けないハゲ軍団を突き飛ばし、裏路地に飛びこむ。


「何事だい⁉」


 裏路地に入って四軒目の家に住むミザリーおばちゃんが、二階の窓から顔を出して怒鳴った。


「不審者大量発生警報発令中! 変態に追っかけられててさ、庭通っていい?」

「入りな! 騎士団には通報しとく!」

「ありがと!」


 庭に足を踏み入れると、おばちゃんの唯一の家族である、魔獣のラックが半目で僕らを見上げてきた。


「起こしてごめんね。でも、僕のせいじゃないから。ハゲが来たら、代わりに噛みついといて!」

「グルルルルルルルル」


「アスター! 警報を鳴らしたのはお前さんだろう? ほら、家ん中通ってけ」


 隣の家に住む、彫金師のリードのおっさんが僕らを手招きした。ありがたく窓から家の中に上がりこみ、空の酒瓶につまずきそうになりながら、裏口へ急ぐ。


「この街のガキに手を出したらどうなるか。思い知れってんだ」

 リードのおっさんはつぶらな瞳に敵意を燃やし、「騎士団の詰所まで頑張れ」と僕の背を押し出した。


 例にもれず、リードのおっさんの家の裏手にも路地が伸びている。工房が多く並ぶこの辺りの裏路地は、金属屑だの曲がった道具だの酒瓶だの、不精職人たちが「いつか必要になる」と言い張るゴミが積み上がった魔窟と化している。

 こんな汚い所、普段だったら絶対に通らないが、今は非常時。背に腹は代えられない。


「あの時計台は一体何なんだ?」


 決死の覚悟で魔窟を進む道中、降ってきた埃で咳きこみながら、イブニが聞いてきた。


「要塞が現役だった時代に使われてた魔法建築らしいけど、詳しいことは僕も知らない」

「魔法建築? じゃあ、さっきの現象は魔法なのか」

「そ。時計台に線が彫られてたでしょ? あの中に魔紋が隠されてんだよ。呪文を唱えて魔紋に魔力を流せば、魔紋が指定する効果が現れる。アームストロング号と一緒」

「……彫られた……魔紋」

「線が入り組んでるから、知らないと魔紋がどこにあるか分かんないし、使われているのもルベル文字じゃなくて、フラーウム文字だから、僕にとっても文字っていうか、記号だけどね」

「街の全員が、文字の場所を知っているのか?」


 イブニの問いに、思わず顔をしかめた。


「まさか。親が時計台のメンテしてるから、特別に教えてもらっただけ。ほら、出口見えたよ」


 僕は強引に会話を打ち切り、前方を指差した。


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