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07. 激高

 翌日の朝、駅に現れたイブニを見て、僕は胸をなでおろした。僕や親方の前から姿を消してしまうのではと密かに心配していたのだ。しかし、安心できたのは束の間だった。


 イブニは明らかに僕を避けていた。休憩中に食事に誘っても断られ、話しかけようとすると、先輩たちの方に行ってしまう。ならばと、先輩たちに取次ぎを頼んだが、こちらも上手くいかない。それどころか、先輩たちすら「急によそよそしくなった」と訝し気な顔をしている。


「あーもー! メンドい!」


 露骨に態度を変えられて、僕は苛立ちを抑えられなくなっていた。別に彼の秘密を聞きたくて聞いたわけでもないのに、避けられるのは面白くない。


 何より言ってやりたいこともある。


 イブニは文字が読めないことを人に知られたくなさそうだったので、駅で話しかけるのが良くないのかもしれない。僕は出待ち作戦を取ることにした。


 夕方に勤務を終えた僕は、本を入れた鞄を肩にかけて駅を出た。そのまま家には帰らず、駅前のささやかな飲み屋街の前を幾度となく往復し、イブニが仕事を終えて出てくるのを待つ。


 そわそわと落ち着かない気持ちを持て余していると、通りがかった酒好きのおっちゃんに、「色男め、またデートか」と冷やかされた。否定しても、しつこく「またまた~」と言ってくる。ウザい。こうして、僕の恋愛遍歴に覚えのないロマンス(酒の肴)が追加されるのだ。


「邪魔だガキ!」

 

 おっちゃんとやりあっていると、いきなりハゲ頭の酔客に突き飛ばされた。転びかけたけれど、咄嗟に支えてくれたおっちゃんのおかげで事なきを得る。

 

「おっちゃん、マジナイス!」


 あれほどウザかったおっちゃんの背後から、光が差しているように見えた。おっちゃんは女神さまが遣わしたに違いない。生ける至高の美に傷がついたら、女神さまが人類を見守る楽しみも減ってしまうしね。


「大丈夫か⁉ おい、お前……!」


 僕を心配していたおっちゃんが、振り返って声を荒げたけれど、ハゲ頭はとっくにいなくなっていた。おっちゃんが忌々し気に舌打ちする。


「外の人間はやっぱ性質悪いな。お前も早く父ちゃんと母ちゃんのとこ帰んな。あの二人はお前のことになると、ほんとに心配性だしさ」

「……そうだね」 



 そんなこんなしている内に時間が経ち、イブニが駅から出てきた。アームストロング号が発車する前、白い月が紫がかった空で存在感を増し始めた頃だった。


 飲み屋のおっちゃんたちの目があるから、すぐには声をかけなかった。俯いて歩く彼を一旦やり過ごしてから、後を追う。

 イブニは飲み屋街を足早に通り過ぎ、人気のない路地を選んで進んだ。おかしいな、と僕は首をひねる。この道はイブニが普段通っている道と違うはずだけど……。


 戸惑いつつも後を追いかけると、ひらけた場所に出た。石畳が敷かれた、ささやかな広場だ。ベンチがまばらに置かれ、街の人々の憩いの場……と言えば聞こえはいいけれど、現実は人より鳩の利用の方が多い。


 チク、チク、チク。

 広場の中央にある古い時計台の秒針が時を刻んでいる。


 イブニは立ち止まって、時計台の柱に刻まれた幾何学模様を眺めている。周囲に人の気配はない。話をするには絶好のチャンスだが、よりにもよってここか、と舌打ちしそうになった。この規則正しい秒針の音を聞くと落ち着かない気持ちになるから、僕はこの時計台が嫌いだった。


 肩にかけた鞄の紐を握りしめ、声をかけようとした時、イブニが突然振り返った。


「いい加減、尾け回すのをやめろ」


 剣呑な声。無表情で僕を見据えるイブニの手には、どこから取り出したのか、十六インチくらいの棒が握られていた。ぎらり、と狂暴な光が僕に向けられる。


「カラルクさんが護身用の警棒をくれた。痛い目を見たくないなら、失せろ」

「ちょっと待ってよ! 何の話してるのか分かんないんだけど!」


 目の前のイブニは久しぶりに変だった。見開かれた目の焦点は合っておらず、動くたびに静電気に似た緊張が弾ける。


「白を切るな。時々、俺を尾けていたくせに」


「…………」


 それは……やったな。


 イブニの弾劾に、僕は押し黙るしかなかった。

 うん。たしかに、僕は何度かイブニの後を尾けた。全部途中で見失って失敗に終わったけれど、気づかれていたんだ……。

 冷や汗を流しながら何も言えなくなった僕を見て、イブニはますます興奮した。


「それも友達の付き合い方だと思っていたが、先輩に聞いたら友達としてもおかしいって言われたぞ! 何のつもりで俺を尾ける⁉」


 イブニが警棒を上段に構えてにじり寄ってきた。まずい、危険だ。ぶんっと豪快な風を感じた瞬間、僕は身をかがめた。

 と言うとカッコいいが、実際は焦って尻もちをついただけだ。振り下ろされる警棒を躱しながら、僕は必死に訴える。


「ちょっ、暴力反対! 僕はお前に何かするつもりはないって! ちょっと知りたいことがあったというか、その……」


 僕の弁解は、イブニの耳に入る前に、警棒が起こす風に吹っ飛ばされる。痛い目を見たくないなら、などと言うから、腕に覚えがあるのかと思ったが、イブニが振り回す警棒の軌道は滅茶苦茶だった。ある意味、達人よりも始末が悪い。当たりどころが悪ければ、顔や身体に痣が残ってしまうかもしれない。嫌だ。僕の容貌が損なわれるなんて耐えられない。


 だけど、このまま逃げてしまっていいのだろうか。どうしてか、僕にはこいつが水面でもがく蝶みたいに見える。苦しい、苦しいって出ない声で絶叫しているような気がしてならない。本当に追い詰められているのは僕じゃなくてこいつの方なんじゃ、と感じてしまう。


 手足をもがれた後の絶叫じみた声でイブニが叫んだ。


「お前も黄金か⁉ 俺はもう黄金郷とは関係ない! 放っておいてくれ!」


 イブニの言葉に僕は固まった。ぶんっと風が鳴る音。ぎりぎりで我に返り、額を割りかけた警棒を躱す。


 何か、重大な勘違いがある気がする。


 息を整えるのもそこそこに、僕は敵意に満ち満ちているイブニに怒鳴り返した。


「黄金郷って何? 黄金像じゃないの?」

「え……」


 今度はイブニが動きを止める番だった。警棒を振り上げた姿勢で、ぽかんと僕を見る。


「黄金像? 黄金郷じゃないのか?」

「だから、その黄金郷って何?」

「「???」」


 白けた月光の下、疑問符を張り付けた顔を互いに見合わせていると、


「黄金郷ねえ。お前、やっぱりあのイブニ・オンスゴットだったんだな」


 背後から野太い声がした。振り返ると、ハゲ頭と黒の色眼鏡という、伝統的な悪人コーデのおっさんが、下卑た笑みを浮かべて立っていた。

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