ステラとホーリー
ステラという少女は宝石のような少女だった。
長い金髪は上等な蜂蜜の様に甘く煌いていた。
瞳は宝玉の様に澄んで、キラキラと輝いてすら見えた。
白磁の様に滑らかな肌に、子猫の様にあどけない顔立ち。
性格も正義感が強く、友達思いであった。
おおよそこのような未開拓の田舎惑星にいていい様な人間ではなかった。
彼女の様な逸材を捨てるだなんて、親は大変な愚か者に違いないと「教会」付属の孤児院の職員たちは言っていた。
だから、孤児院の子供たちからは彼女は望み通り教会付属の戦士「クルセイダー」となって、武運に恵まれ、いい機体を貰って「教会」の為に戦うのだろうと思われていた。
しかし、教会はそんな危ない事をこの宝石にさせることをよしとしなかった。
「ら、落選、ですか…?」
「はい。残念ながら。ですが、他の星の、大きな教会があなたをシスターとして迎え入れたいと言っていますよ」
「すみませんが、私は星々を冒険して、開拓して行くことが自分に課せられた試練だと思っています」
「では、どうします?私達と一緒に孤児院か教会で仕事をしながら、来年の試験まで待ちますか?」
「いえ、ハンターになって見分を広めたいと思います!」
「は、ハンター!?」
「はい!!実戦経験を積みます!!」
孤児院の責任者であるシスターがふらっ、と倒れる。他の職員たちがそれを支える。
「大丈夫ですか!?しっかりしてください!シスター!」
ステラが声をかける。
「大丈夫じゃないのも、しっかりするべきなのも、あなたの方です!ハンターがどんな仕事なのか、わかっているのですか!?」
「はい!冒険譚で沢山のハンターの事を知っています!コウジ、テツヤ、アムロ、シャア、クワトロ・・・」
それを聞いてシスターは思い出した。
そうだ。
この娘は幼い頃から冒険譚を読み漁っていた。
冒険譚と言えば、ハンターの物語がほとんどだ。
彼女にとってハンターとは尊敬する職業なのだ。
「では、準備してハンターギルドに登録してきます!」
部屋に行って準備している間に、職員たちが散々止めに入った。
ハンターはクルセイダーみたいに装備もアームドモンスターももらえないぞ、最初は生身で戦う事になるぞ、下水に行かされ野山で戦うぞ、モンスターに孕まされた女ハンターがいるぞ。
それらを聞き流しながら、大した物を持っていないステラはすぐに準備を終えた。
「待ちなさい」
シスターが鞄を持って呼び止める。
「せめてもの準備です。これを持って行きなさい」
鞄を開けると、レーザーライフルと予備のカートリッジが入っていた。
「あ、ありがとうございます!」
「あなたに神のご加護があらんことを」
送り出されて街まで歩いていると、何匹かのモンスターに出会った。
奴らはマンガの様に襲う前に立ち止まって唸ったりしない。
こちらのニオイを嗅ぎ付けたら、真っすぐに、或いは物陰からいきなり襲い掛かってくる。
それらをレーザーライフルで片付けていると、向こうから巨大な影がやってきた。
急いで物陰に隠れる。
遠目に見たらそれは犬の形をしているかもしれない。
しかし姿を現したそれは犬とは似ても似つかぬ異形である。
何より、見上げるほど大きい。ステラなど一口で食べてしまえそうだ。
何かに気づいたらしく、キョロキョロと頭を動かし始める。
段々とステラの方に近づいてくる。
(気付かれてる……!!)
ステラがもうだめだ、と思った時、凄まじい爆発が起こった。
「!?」
見ると、巨大な人型が石(というかこのサイズは岩だ)を投げてモンスターをやっつけている。
ソイツが目の前までやってくる。
機甲獣だった。
巨大な体躯。力強い四肢。全身に張り巡らされた重装甲。
宇宙の過酷な環境から人間を守るための大鎧。
目の前のこの機体は見るからにボロボロで、壊れかけだった。
そんな機体でも、見上げるほど巨大なモンスターをボコボコにするくらいはできる。
ソイツはモンスターの死体を持って、どこかに行ってしまった。
おそらく死体を「換金」しに行くのだろう。
「あ、乗せてもらえばよかった!!」
そう言いながら、ステラはまた歩き出した。
街にたどり着き、ハンターギルドの場所を聞こうとすると、どいつもこいつもナンパばかりしてくる。
「知ってるよ!案内するよ!!」
「それより僕と食事しないかい?奢るよ」
「ハンター?やめときな。それよりアンタ、ウチで働かない?アンタならすぐ売れる様になるよ」
タバコ屋で情報料代わりに吸いもしないタバコを買って、ようやく教えてもらえた。
「でも、行くのはオススメしないよ。危ない場所だからね」
「ありがとうございます!!」
そうお礼を言って、ハンターギルドがあるという通りに行った。
まず、砂埃が舞っている。地面が舗装されていない。
建物の構造材が割れてたり、ひびが入っている。
道の端に何人か、寝ているのか酔っぱらって倒れているのか野垂れ死んでいるのかわからない、倒れている人が居る。
声をかけると手を掴まれて引きずり込まれそうになったのでやめた。
ハンターギルドがどれかはすぐに分かった。
デカイ。
そして、この通りには不釣り合いなほど立派だ。
「ここがハンターギルド・・・ハンター達の居城!!」
中には立派な戦士や駆け出しのハンターが沢山いるのだろう。
そう思って入り口を開けた。
中に入った瞬間、その洗練されたイメージがガラリと崩れた。
ハンターギルドの中の連中、どう見てもカタギではない。
見るからに荒くれ者と言った風情の連中が、「この建物の中で」身を守るための最低限の、それでも一般の方々が見ればひっくり返るような武装をして談笑していた。
談笑と言っても「談」は下卑たジョークや物騒な仕事の相談で、「笑」は大抵が下品な笑い声だったが。
ほら、今も入ってきた美しい少女を見つけて品定めをするような目でこちらを見ている。
ハンター達の喧騒が聞こえる。
ハンター達の体臭と芳香剤の匂いがケンカして、なんとも言えない臭いになっている。
「屋内は禁酒禁煙です」と書かれた看板が立っていたが、酒とタバコの臭いがした。
ハンターギルド。宇宙の荒くれ共をまとめ上げる巨大組織。
お世辞にもガラの良いところとは言えなかった。
そんな場所であったから、その子を見つけるのはすぐだった。
ハンターたちに混じって子供がいる。
ロングコートを着て、帽子を目深に被っている。
まるで探偵の様な格好だ。
「ねえ、君」
声をかけると、その子はこちらを向いた。
綺麗な顔をしている、と思った。
顔は目鼻立ちが整っており、帽子に隠れがちな琥珀色の瞳は澄んで、パッチリと開いていた。
顔立ちは中性的で、男か女かわからない。
それでもその子を「少年」だと思ったのは、全体的に漂うキリッとした「雄」の雰囲気からだろう。
もしこの子が男の子だとしたら小さすぎる。
何しろステラの頭半分くらいまでしか無いのだ。
多分12、3歳くらいだろう。
ステラがじっと見つめていると、少年は怪訝そうな顔をして、
「何か用ですか?」
と聞いてきた。
「えーと、君、なんでこんな所に居るの?」
子供がこんな所に居ては大変だ。
良くて警察に「保護」されて労働施設にブチ込まれる。
悪けりゃ人さらいに捕まる。
最悪殺されて身ぐるみを剥がれる。
「ハンターの方の仕事を手伝って、報酬をもらうところです」
「そのハンター達はどこ?どのくらい待ってるの?」
「仕事終わりで臭うからシャワーを浴びてこいって言われて、出たら居なくなってました。2時間位前です」
それを聞いて眉をひそめそうになったが、怖がらせないように優しく言う。
「うーん、それ、持ち逃げされてるんじゃないかな?」
「多分そうだと思います」
呑気に答える少年を前に出して、ハンター達に向かって大声で言う。
「誰か、この子と組んでいたハンターを知りませんか?報酬を持ち逃げされたらしいんです」
ハンター達はこちらを一瞥しただけで、無関心だった。苦笑しているものも居る。
「おう嬢ちゃん、アンタが一晩相手してくれるなら、その報酬分払ってやってもいいぜ!!」
それを聞いて、ステラはついに激昂した。
「あなたたちに誇りは無いの!?」
突然叫んだステラに、ハンターたちが静まり返る。
「ハンターって、人々のために戦う戦士でしょう?そんな事をして、恥ずかしくないの?」
「人々の為に!」
「埃ならそこら辺に舞ってるぜ!」
ステラの言に、ハンター達が更に囃し立てる。
その時、「どうしたどうした」と声をかける者が居た。
長い髪が跳ねて、鋭い眼光も合わさって狼のような印象を受ける。
防具に包まれた身体は筋肉がついており、引き締まっている。
ゴツい銃をぶら下げている。
いかにもな女戦士である。
「この子が、報酬を持ち逃げされたらしいんです」
「なんだそのガキ。おい、お前ハンターなのか?」
「いえ、ハンターの人の手伝いをしたんです」
ガキ呼ばわりされた少年がムッとした表情で答える。
「持ち逃げされたって、もらおうとしたらぶん殴られたりしたのか?それなら受付に言えばそのハンター達にペナルティを与えるくらいはしてもらえるかもしれないな。それと、お前」
今度はステラに向かって話しかけた。
「基本的にはソイツとそのハンターの問題だからな。部外者があんまり周りに喚き散らすな。『コイツはマヌケです』って宣伝したいのか?」
「そんなつもりじゃない」
ステラは眉をひそめて反論した。
「じゃあ、次からはお前が一緒に仕事を受けてやれば、取りっぱぐれねえだろ」
そうだ。自分がこの子と仕事をすればいいのだ。
「とにかく、これ以上喚き散らすなよ」
そう言ってハンターは去ってしまった。
「うん、よろしくね、君……名前は?」
ぽけっと事のなりゆきを見守っていた少年が、口を開く。
「ほりい、です」
「Holy?いい名前だね。私はステラ」
「はあ」
ホーリー(というようにステラには聞こえた)は、気のない返事をした。
「じゃあ、私、登録してくるからちょっと待ってて」
と言って、ステラは受付の方に行った。
「すみません」
とステラが話しかけると、
「はい、なんでしょう」
と、柔和な笑みを浮かべて、受付嬢が答える。
「ハンターになりたいんですけど」
「入会試験ですね。身分証明はありますか?」
ステラとは対照的に、受付嬢はハキハキとした口調で話す。
「あ、はい、これですね」
ステラが身分証を出す。
それをシークレットモードの立体映像でピコピコと確認し、称号が終わると、
「では、入会試験を行うのでこちらに来てください」
と言ってカウンターから出てきて、通路に案内する。
ステラはシスターからもらったレーザーライフルをホーリーに渡し、
「これ預かってて。もし変な人に絡まれたら、ぶっ放していいからね」
と言って、受付嬢に付いて行った。
カウンターからはわからなかったが、腰にゴツい銃をぶら下げている。
やはりこの女性も荒くれ者共をまとめあげる人間なのだ、と思った。
(こ、これがハンターの試験・・・?)
試験の内容はバカにしているのかというくらいに簡単だった。
この星の公用語を読み書きできるかの筆記試験。
簡単な四則演算。
子供に話しかけているかのような面接。
レーザーサイト付きの射撃試験。
こんなものが満足にできなかったら、満足な生活が送れないんじゃないのか。
それらが終わって少し待つと、
「合格です。では、これがハンターの証明証になります。このカードは──」
そう言って受付嬢はハンター証明症について説明をしてきた。
どうやら色々と多機能なカードなようで、ステラは一度の説明では覚えきれなかった。
「わからなくなったら、聞いてくださいね」
一通りの説明が終わると、証明証を渡された。
財布に入る程度の大きさのカードだ。ステラの名前と登録番号が刻印されている。
「では、今日から貴方もハンターです。仕事の探し方はわかりますか?」
「はい、端末にこのカードを差し込んで検索するんですよね」
「はい。それと、カウンターに来てくれればおすすめの依頼を紹介できることもありますよ」
「はい」
「最後に」
急に神妙な顔をして受付嬢が言う。
「貴方は英雄でもプロフェッショナルでもありません。入ったばかりの新人です。弱くて当然です。決して無理をしない事。危ないと思ったらすぐにやめて、逃げてください。いいですね?」
「は、はい」
「では、これで貴方もハンターの一員です。栄え有るハンターライフを!」
こうしてステラは見事ハンターになった。
「お待たせ」
「はい」
ホーリーが待っていた。
「連絡先とか、ある?」
「通信番号なら……携帯端末は有りませんけど」
ホーリーが返事をする。
「そっか。教えて?」
そう言ってハンター証明証を取り出す。これは簡単な通信端末にもなる。ハンター証明証から、立体映像のウインドウが開かれる。
証明証に通信番号を登録させる。
「そういえば、君、住むところはあるの?」
「寝るところはあります」
「その寝るところって、ちゃんと雨風や侵入者を防げる所?ダンボールや廃材で出来てたりしない?」
「絶対に安全なところだと思います。狭いしいい加減に出て行けって言われてますけど」
「出ていけ?宿代でも滞納してるの?」
「い、いいえ。そういうわけじゃないです」
目を逸らしてホーリーが言う。
「そう……ならいいけど。でも、宿代にも困ってるんだ」
「まあ、貯金はありますが」
「許せない。そのハンターを見つけてとっちめよう!!」
「あの、私は別に」
「いいの?」
「多分、大した額ではないので」
ホーリーは苦笑しながら答える。
「ふうん」
ステラはホーリーをじっと見る。
「じゃあ、報酬の代わりにお姉さんがご飯を奢ってあげよう!」
「え?え?」
急な提案に戸惑うホーリーの手をギュッと握って、ステラは歩き出した。
大豆肉を使ったミートパイがテーブルに置かれる。
ヴィーガンが喜びそうなこのメニューが、ステラの手持ちの金で腹いっぱい食べられる食事だ。
ステラは食べるが、ホーリーは手を付けようとしない。
「どうしたの?もしかして大豆肉は嫌?」
「いえ、でも会ったばかりの人に食事を奢ってもらうなんて……」
どうやらホーリーは遠慮をしているようだ。
「いいってば。ほら、この子も食べてーって言ってるよ?」
そう言いながらミートパイを切り分けてホーリーの口元に持っていく。
「はい、あーん」
そこまでされてようやく観念したのか、ホーリーは口を開けてミートパイを頬張る。
「おいしい?」
「はい……」
ホーリーがナイフとフォークを持って食べ始める。
その様を見てステラは微笑む。
無理に食べさせて喜んでもらえなかったらどうしようかと思っていた。
「飲み物も付いてるんですね」
そう言いながらホーリーはオレンジジュースを飲む。
なんだか薬臭かった。
「飲み物は別だよ。ここら辺は水が悪いから、浄水された水を買うか、お酒で割るか、ジュースやお茶にしないととお腹を壊すよ。そのジュースだって、薬臭いでしょ?消毒用の薬を、味付けしてごまかしてるんだよ」
そう言いながらステラは水で割ったワインを飲む。
食事をするホーリーを見る。
それにしても綺麗な顔をしていると思う。
肌なんて雪のように白く透き通っていて、髪だって絹糸みたいにサラサラとしている。
着ている帽子とコートも、汚れてはいるが破れやほつれはない。随分と仕立てのいいものだ。
棒だと思っていた武器は、よく見ると綺麗な装飾が施されて、鍔が付いている。
あれは鞘に収められた剣だ。それもかなり立派な。
ナイフとフォークを扱う手つきだってどこか優雅さを感じさせる。
じっと見ていると、その視線に気づいたようで、ホーリーもこっちを見た。
それを受けて、ステラはニコッと笑う。ホーリーは虚を突かれた顔をしてこちらをじっと見た後、俯いて食事を続ける。
二人が食事をしていると、他の席からの声が聞こえる。
「聞いたか?町外れの旧軍基地跡の話」
「ああ、隠し区画があるって奴だろ」
「機動兵器があるかもしれねえって噂だぜ」
「ただの噂だろ?大体、そんなところに置いてかれた機動兵器なんて大したことねえよ。壊れてるか型落ちか足の遅い重量級だろ」
「大体、あの遺跡は前からそんな噂ばっかりじゃねえか。誰かが遺物を発見して大金持ちになっただの、まだ生きている区画があっただの、賞金首が住み着いてるだの、そういうのは噂になった頃には全部掻っ攫われてて、行ってももう何もねえんだ」
「まあ、そりゃそうだけどよ。今度、依頼がない時にでも行かねえかって思ってな」
「勘弁してくれ、たまの休みに何が楽しくてお前らと宝探しに行かなきゃいけねえんだ。地べたすりじゃあるまいし」
地べたすり。空を飛ぶ術を持たないハンターの事を機動兵器持ちは蔑んでそう呼んだ。
(という事は、あいつら全員機動兵器持ちか)
ステラは更に聞き耳を立てる。
「ステラさん」
聞き入っていたステラにホーリーが話しかける。
「食べ終わりました」
皿にはまだ4分の一ほどミートパイが残っている。
「どうしたの?美味しくなかった?」
「いえ」
「でもまだ残ってるよ?」
「後はステラさんの分です」
ステラの小皿に盛った分が4分の1。
ちょうど半分ずつになるように残したようだ。
「私はいいよ。ホーリーが食べて?」
そう言うとホーリーはミートパイを切り分けて、
「あーん、です」
とこちらに寄越してきた。
ステラはむう、と唸って、
「そうされてはもったいなくてしょうがない」
と、口を開けた。
ホーリーはにっこりと笑った。
この子、こんな顔もするんだ。
食べ終わって店の外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「そろそろ宿を取らなきゃ」
「もう暗いし送っていきます」
「君が?私を?」
「男ですから!」
そう言ってホーリーはドヤ顔でガキーン、とガッツポーズを取ってみせた。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「はい」
夜道を二人で一緒に歩く。
「そういえば、ステラさん、さっき噂話に興味があるみたいでしたね」
「え?う、うん」
「あの噂の元、多分私です」
「え?そ、そうなの?」
「はい。この前遺跡に行ったときに見つけたんです。場所も大体分かります。明日一緒に行ってみますか?」
「うん。うんうん!」
ぞいの構えでコクコクと首肯するステラ。
「では、明日の朝に支度して、今日は帰りましょう」
「うん、集合場所はハンターギルドで、約束だよ!」
「はい」




