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弥助は、自分が転げ落ちた土手に戻り、せめて一目だけ桜を見ておこうと思った。
そこにはまだ、あの旅の僧侶が佇んでいた。
弥助は僧のそばへ歩み寄り、ふっと微笑んだ。
「きれいな桜でしょう。あっしは、ここの桜が大好きでしてねぇ」
若い僧は合掌し、静かに応じた。
「……どうやら、ご無念はお果たしになられたようで」
「ああ。龍神様のおかげで、仕上げることが出来やした」
僧は目を細め、川面に散る花を見遣りながら、声を落として告げる。
「龍神様も──お喜びであられます」
やがて念仏を低く唱え始めた。
弥助は桜を仰ぎ見ながら、胸の奥で静かに思う。
(……ああ、こんな日に、こんな桜の下で逝けるなんて)
(──そんな歌があった。備前屋さんが教えてくれたっけ……)
── 花の下にて 春死なむ……
川面には、はらはらと桜の花びらが舞い落ちていった。




