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その翌日。弥助は徹夜で煙管を仕上げていた。細かい銀の地金に刻んだ龍の鱗は、一枚一枚が息を呑むほど精緻で、光の加減で今にもうねり出しそうに見える。口を大きく開けた龍の喉に火皿を据え、煙をくゆらせれば、まるで龍神が雲を吐くかのようになる仕掛けである。
この仕事は身を削るような骨折りだった。幾百と煙管を手がけてきたが、これほど魂を込めた一本はない。磨き上げられた銀の地に、龍がまるで生きているかのように躍り出ている。弥助はしばし無言で眺め、口元に小さな笑みを浮かべた。
「……これぁ、我ながら傑作だ」
そっと布でくるみ、木箱に収める。その箱を小風呂敷に大切に抱え込む手つきは、まるでわが子を送り出すようであった。備前屋の大旦那のために仕上げた特注品。これだけは何としても無事に届けねばならない。
備前屋に着くと、店先は何やら騒がしく、弥助は遠慮して裏口を叩いた。出てきたのは下働きの小僧である。
「あ、弥助さん」
以前、使いで長屋へ来たことのある顔見知りの小僧が、弥助を見て声をかけた。弥助は軽くうなずく。
「これ、大旦那さまにお渡しを」
そう告げて箱を手渡した。小僧はしげしげと箱を見つめ、顔を上げる。
そこに弥助の姿は、もうなかった。




