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弥助は神田の裏長屋に住む煙管職人で、三十歳になる。
真面目な仕事ぶりと、煙管に施す精緻な細工は江戸の大店の旦那衆にも一目置かれるほどであった。
だが、もともと人づきあいを好まず、深く交わる友もいない。親しくしているといえば、せいぜい煮売屋の娘・おふみくらいなものである。
おふみとはいずれ所帯を持ちたいと心に決めてはいるのだが、互いに煮え切らず、近ごろは他の男と仲よくしているという噂まで立ち、顔を合わせれば口げんかばかりになっていた。
ある日、気晴らしに川沿いを歩いていた弥助は、大川で水死体が上がったと聞き、人だかりのする方へ足を向けた。
それは男のものらしかったが、顔は膨れ上がって判別もつかず、役人たちも検死に手を焼いている。自ら飛び込んだのか、人に突き落とされたのかはわからぬが、溺死であることだけは疑いようがなかった。
弥助が恐る恐る眺めていると、人垣の向こうに旅の僧らしい男が笠をかぶり、じっとこちらを見ているのに気づいた。不気味な姿に一瞬ぞっとしたが、「まさか……あれが犯人ってことはねえだろ」と心の中で笑い、それきり忘れてしまった。
弥助は家に戻ると、備前屋の大旦那に頼まれている煙管に取りかかった。
備前屋といえば、煙草道具を専門に扱う江戸随一の老舗で、一級品ばかりを並べる大店である。その大事な得意先にひいきにされている以上、この注文だけはどうしても仕上げねばならなかった。
大旦那の注文は、龍神を彫り込んだ特注品。川向こうの旦那衆にも見せられるようにと、「龍の口から煙が立ちのぼるように出来ぬか」とまで言われている。まことに難題にして腕の見せどころ。これを仕上げれば、己の名を世に示すに十分であった。
弥助は細工刀を握り直し、小さく息を吐く。
「よし……あと少しだ」
その眼差しに、ひたむきな光が宿った。




