Ep.3
ご訪問ありがとうございます
※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
吾輩が異世界に降り立って数日。
駆け回る喜びも束の間、そろそろこの世界の住人というやつと接触しなければならないだろう。
ちなみに超越者の奴はなんとかなるさ、と呑気に笑っていた。
まったく無責任な話だ。
最初に吾輩を見つけたのは、この世界の子供だった。
背丈は吾輩の三倍ほどもあるが、まだ幼いのだろう。
丸い目を見開いて、吾輩を指差した。
「マ、ママ!あれ、何?変な生き物!」
おいおい、変な生き物とは失礼な。
吾輩は猫である。
気品ある茶トラの毛並みと、しなやかな身体の持ち主だぞ。
その子供の母親らしき女性が駆け寄ってきた。
彼女もまた、吾輩を一目見るなり、驚きで目を見開いた。
「まぁ!これは…なんていう、獣?それとも、奇妙な精霊かしら?」
獣とは、いや一応分類としては合っているが。
そのうえ精霊、また大袈裟な。
吾輩は猫である。
コードネームはラビット。
二人の顔には、明らかな困惑とほんの少しの恐怖が浮かんでいた。
まるで、得体の知れない生物に遭遇したかのような反応だ。
吾輩がしっぽを振ってみると、子供はびくっと肩を震わせ、母親は小さく悲鳴を上げた。
どうやら異世界人にとって、地球人を魅了していた吾輩のこの愛らしい仕草は、未知の脅威に見えているらしい。
「耳が…丸くも尖ってもないよ!」
「こんな形の生き物は見たことがないわ!」
「しかも、あの瞳!」
「夜闇のように深く、獲物を捉えるかのようだわ…!」
薄暗い夕方なのでまんまるお目目のはずなのだが。
吾輩のキュートな瞳も、彼らにとっては珍しいらしい。
彼らの世界の獣は、きっともっと目がギラギラしているか、逆にのんびりした目つきなのだろう。
吾輩が試しに鳴いてみると、彼らはさらに後ずさった。
「ヒッ!な、なに今の鳴き声!」
「聞いたこともないわ!」
まさか、鳴き声まで珍しがられるとは。
吾輩の声は、天下一品の甘え声のはずなのだが。
やはりこの世界には、吾輩のような"猫"は存在しないらしい。
彼らの反応を見ていると、吾輩はますます彼らの間で奇妙な存在として認識されていくのだろうと悟った。
先が思いやられるが、これもまた、勇者の使命というやつだろうか。
この異世界で生活を始めてからしばらく経った。
最初に遭遇した親子以外にも、吾輩を見つける異世界人は少なくなかったが、その反応は一様に、"奇妙な生き物"を見るそれだった。
吾輩は猫である。
だが、この世界ではそう認識されていないらしい。
右前足はもう不自由なく動くし、狩りもできる立派な猫だ。
親子の次に吾輩を見つけたのは、木の実を拾っていたらしい人間だった。
吾輩を見るなり、目を見開いて硬直し、やがて悲鳴に近い声をあげて駆け去っていった。
「にゃ?」
首を傾げた。
そんなに珍しいものか?
確かに、この世界に猫はいないとは聞いていたが。
その後も、吾輩が姿を見せるたびに、異世界人達は奇妙な反応を示した。
特に面白かったのは、吾輩が座り込んで毛繕いを始めた時だ。
「な、なんだあれは!?」
「呪術か!?化け物が身体を舐め回しているぞ!」
「あんなに器用に、自分の体を……信じられん!」
ペロペロと前足を舐め、顔を洗い、毛並みを整えていると、異世界人達が遠巻きにざわめいた。
どうやら彼らにとって、自分の体を舐めるというのは、相当奇妙な行為らしい。
吾輩からすれば、毛並みを清潔に保つのは猫としての嗜みだ。
だが彼らは、吾輩が身体を舐めるたびに「おお…」とか「ひえ…」とか、感嘆とも恐怖ともつかない声をあげる。
しまいには、吾輩の毛繕いを『神秘の儀式』と呼び、拝む者まで現れた。
吾輩はただ毛なみを整えているだけなのだが…。
また別の日、村の広場で爪研ぎを始めた時も。
ちょうど良い具合に太い木の柱があったので、思い切り背伸びをして、バリバリと爪を研いだ。
「あの生き物、一体何をしているんだ?」
「柱が!あの神聖な柱が傷つけられているぞ!」
「いや待て、あれは…爪を研いでいるのか?」
異世界人達は騒ぎ立てたが、吾輩は知らん顔で研ぎ続けた。
爪を鋭く保つのは、猫としての本能であり、自己防衛のためにも欠かせない。
やがて彼らは、爪研ぎをまるで芸術品でも見るかのように見つめ始めた。
「なんてしなやかな動き…」
「あれが、あの恐ろしい白い悪魔を打ち倒す勇者の姿…!」
「爪一つで、あの柱を削り取る力…畏るべし!」
彼らは吾輩の爪研ぎを『神業』と呼び、中には「ぜひ我が家の柱で」と申し出る者まで現れた。
まさか、爪研ぎが歓迎されるとは。
猫としてはちょっと面食らったが、まあ悪い気はしない。
そして、吾輩が異世界人を襲っていた白雷鳴鼠数匹を倒し、彼らの集落に平穏が訪れてからのことだ。
吾輩に対する態度は、明らかに変化していった。
最初は遠巻きに恐る恐る見ていた彼らが、徐々に吾輩に近づくようになった。
そして、吾輩が日向でうとうとしていると、そーっと近寄ってきて、差し出されたのは小魚だった。
「勇者様、どうぞ、召し上がってください」
初めて差し出された獲物に、吾輩は目を瞬かせた。
吾輩は猫である。
目の前に小魚があれば、食べるのが道理だ。
吾輩がムシャムシャと魚を平らげると、異世界人達は「おおお!」と歓声をあげた。
どうやら彼らにとっては、勇者が食事をするのも特別な光景らしい。
それからというもの、吾輩がどこに行っても、異世界人達に歓迎されるようになった。
吾輩が伸びをすれば、
「おお、今日も美しいお姿だ!」
と感嘆し。
欠伸をすれば、
「ああ、お疲れのご様子だ、どうかお休みください…」
と労わりの言葉をかける。
しまいには、吾輩が座る場所に、わざわざ上質な布を敷いたり、吾輩のために特別に調合した酒(もちろん、飲んでいない)を持ってきたりする者まで現れた。
布はいらん。箱をよこせ。
どうやら、異世界人も地球の人間と同じらしい。
猫のナチュラルチャームには勝てないようだ。
吾輩は、彼らが吾輩の気を引こうと躍起になっている様子を、少しばかり優越感を抱きながら眺めた。
日向で丸くなってうたた寝をしようとすると、複数の異世界人が静かに吾輩の周りを囲み、息を潜める。
ゴロゴロ…
喉を鳴らすと、彼らは「おおお…」と小声で囁き合った。
その表情は、まるで至福の時を過ごしているかのようだった。
吾輩は、コードネーム・ラビット。
異世界でネズミと戦う勇者だが、どうやら同時に、この世界の下僕製造機と化しているらしい。
まあ、悪くない。
悪くない猫生だ。
ご一読いただき、感謝いたします
引き続きお楽しみいただけましたら幸いです




