聖女を召喚することなかれ
仕事のストレスでブチ切れて書きました。
『決して聖女を召喚することなかれ。世界の嘆きを忘るることなかれ』
これはとある王国の歴史に刻まれた悲劇の記録である。
※
「聖女召喚に成功したぞ!」
「聖女様、我らの世界をお救いください!」
魔法陣の上には光と共に現れた一人の少女が立っていた。
絶世の美少女というほどではないが、まあそこそこ可愛い顔立ちである。
何より印象的なのはその威風堂々とした立ち姿であった。
魔法陣の真ん中で腕組みして仁王立ちしていたのである。
「ふっ、召喚されちゃったなら仕方ない、いくらでも頼ってちょうだい」
真顔でそんなセリフを吐いている。
「なんと剛毅な!」
「話が早い!」
「しかしなんだか思ってたイメージと違うような」
聖女召喚の表向きの責任者たる王子は首をかしげているが、影の責任者たる魔導士団長は気にしなかった。
「イメージがなんですか。魔物を駆逐してくれるんなら、どれだけ偉そうにふんぞり返ってくれてもかまいませんよ。なんたって我が国は今や存続の危機なんですから」
なまじ魔力に恵まれた人が多くいたため、魔法文化が急速に発展し、野放図に魔法を使いすぎた結果、魔力汚染が深刻化し、そこかしこに瘴気や魔物が発生するようになったのだ。
瘴気と言えば聞こえはいいが、要は人間が環境に配慮せずに使いまくった魔法による廃棄物や排出ガスみたいなものである。
それらが凝り固まって生じる魔物の群れは騎士団の武力をもってしても駆除しきれず、人々の生存を脅かしていた。
地道に瘴気を減らす研究もおこなわれていたが、それが完成しないうちに人類が滅亡しそうだと予測が立ち、魔導士団は古代より伝わる秘術・聖女召喚に踏み切ったのだ。
そして現れたのがこの聖女。
「お名前は」
「マドカとでも呼んでちょうだい」
「マドカさまですね。さっそくですが」
「魔物を倒せばいいのね?」
「話が早い!」
さっき魔導士団長が言った『魔物を駆逐してくれるんなら』というセリフを受けてのことだろう。
聖女は察しがいいらしい。
「それでは魔物のいるところへ」
ご案内します、と言いかけた時、
「魔物が出ましたー!」
タイムリーにも兵士が飛び込んできた。
「南側の海から見たこともないほど巨大な魔物が上陸してきました! 王城へ向けて接近中です!」
「なんと!」
その場の全員で見晴らしのいい塔の上へと移動する。
※
「でっかいなー」
「この塔よりでかいんじゃね?」
「あれに踏まれたらお城もひとたまりもないね」
望遠鏡の類を使うまでもなく、巨大なドラゴン型の魔物が見える。
距離があるにも関わらず、その巨体っぷりは目視でわかる。
蹴散らされる家々が玩具のようだ。
運の悪い荷車が尻尾の一振りで将棋の駒のように軽々と吹き飛ばされていく。
凄すぎて現実感がない。
荷車って紙で出来てたっけ、と錯覚しそうになる。
教会の尖塔を見つけた魔物ドラゴンは神様に恨みでもあるのか、ぐらぐらと揺さぶり始めた。
尖塔の鐘がカランカランと鳴り響く。
尖塔は今にも折れそうだ。
「なるほど。あれを私に倒せと」
聖女が呟くと王子の額に汗が流れた。
「いや、さすがにあんなのにぶつけるつもりは」
いくらなんでも人間が一人で立ち向かえる相手ではない。
サイズ感が違いすぎる。
あれに単身挑めと言えるほど、王子は鬼畜ではなかった。
だが魔導士団長は空気を読まないタイプだった。
「ぶつかってもらいましょう。どっちみちあれをなんとかしないと、私たちみんな死んじゃうんで」
「おまえな! せっかく俺が聖女に気を使ってだな!」
「気遣いも配慮も命あってこそです。マドカさま、我々一般人は魔物相手には無力に等しいんで、ほとんど手助けできません。おひとりにお任せして申し訳ないですが、かれこれ千年ほど前から国に伝わる聖なる宝玉をお貸ししますので、これでなんとかしてください」
「わかりました。なんとかしましょう」
聖女はブローチ型の青い宝玉を受け取って胸に着けた。
すると宝玉から眩い光がほとばしり聖女の身体を包み込み…。
「とうっ!」
掛け声をかけて聖女は塔のてっぺんから飛び降りた。
「自殺っ!?」
慌てた王子が引き留める暇もなく、聖女の体は宙に舞い。
空中で巨大化した。
「なぜに!?」
誰もが事態についていけない中、ドラゴンに匹敵するほど大型化した聖女は地響きを立てて地面に降り立った。
なぜか衣服も体に合わせて巨大化している。
「聖女パーンチ!」
グーで殴り掛かる。
さしものドラゴンもちょっぴりよろけた。
教会の尖塔がぽっきり折れた。
「聖女キーック!」
鋭い跳び蹴りでドラゴンが横倒しに倒れる。
下敷きにされた王都の一区画がぺしゃんこに潰れた。
「そーれ、ぐーるぐる~」
倒れたドラゴンのしっぽをつかんで振り回す聖女。
3~4回ほどぐるぐる回ってからパッと手を離すと、遠心力でドラゴンが吹っ飛んでいく。
「うわ、こっち来るな!」
思わず頭を抱えて伏せる王子たち。
ドラゴンの巨体はその頭上を飛び越えて、王都の反対側の端に墜落した。
当然、落下地点周辺の建物は土煙を上げて壊滅状態、広範囲に地面が陥没、噴き出す地下水。
振動で塔もぐらぐら揺れている。
「あぶねー! あの女あぶねー! 誰かやめさせろよ!」
「やめさせる方法が思いつきませんし、途中でやめさせたら魔物が退治できません」
「だからってお前、あれ野放しにしといていいのか? 魔物に殺される前に俺たちあの女に殺されるんじゃないのか?」
「毒を以て毒を制す」
「猛毒すぎんだろ!」
マナーを忘れて素の言葉遣いが出てしまっている王子。
非常事態にも関わらず平常運転な魔導士団長。
どちらかというと王子の方が常識人である。
聖女の攻撃はそれなりにドラゴンにダメージを与えていたようだ。
投げ飛ばされて目を回していたドラゴンは怒りの形相で立ち上がった。
鼻から瘴気の息を吹き出し、聖女へ向けて身構えた。
今にも突進せんと後脚で地面を掻いているドラゴン。
聖女は円を描くように両手を動かし、胸の前に構えた。
その胸の宝玉が色を青から赤に変え、ピコンピコンと点滅し始めた。
何かが起きようとしている、そんな気配。
「セイント・ピュリフィケーション・ビーム!」
謎の呪文を唱えると、聖女の両手の間から青い光の帯がまっすぐに伸び、ドラゴンの眉間を貫いた。
きょとんとした顔でドラゴンは動きを止める。
やがてドラゴンの体のあちこちから青い光が漏れ……。
「危ない、殿下、伏せて!」
「ぐえ」
魔導士団長が王子の頭をつかんで伏せさせた。
床にたたきつけたとも言う。
王子からくぐもった悲鳴のようなものが聞こえたかもしれないが、些細なことだ。
爆発したドラゴンから巻き起こった爆風に比べたら。
実際、伏せていなかったら塔の屋上から吹き飛ばされて帰らぬ王子になっていただろう。
とっさに爆発の前兆を感じ取って適切な回避行動をとった魔導士団長、さすがである。
※
かくしてこの世界最大の魔物は討伐され、未曾有の危機は回避された。
そして王都には破壊の跡が残された。
ちなみに聖女はドラゴンが爆発した後、なぜか空を飛び始め、目に付く魔物を片っ端から謎の光線技で爆発させまくり、周囲の山や町や村を瓦礫に変えてから元の人間サイズに戻った。
もちろん衣服も元に戻った。
「まさか異世界の聖女様が巨大化するとは思いませんでした」
「言い伝えによると私の先祖は星の彼方から来た人で、犯罪者を追って地球にやってきたんですって。普段は普通の人だったけど、いざ正義のために頼られると、巨人に変身して空を飛んだり怪獣を倒したりしたって言う話なの。眉唾だと思ってたんだけど、本当だったのかもね」
青い宝玉は力を使い切ったのか、暗く色を失っていた。
今の見た目は単なるガラス玉である。
聖女が巨大化していたのは実質3分くらいの短い時間だった。
千年も大事に保管されてきた宝玉のエネルギーをたった3分で使い切る聖女って。
「ああ~、街が~、道路が~、国民が~、どーすんだよこんなに壊しまくって」
復興を考えて頭痛に見舞われる王子。
仕方ない、悩むのも為政者の仕事だ。
「ものは考えようです、殿下。あの爆風で王都周辺の瘴気は一斉に浄化されました。多分、国全体で瘴気が激減してますよ。当分魔物発生に悩まされずに済みますね」
「魔物の被害よりでけー被害じゃねーかよ。文官! 災害対策本部を立ち上げろ! 大臣どもを緊急招集だ! 騎士団は怪我人救助だ! 倒壊家屋を魔法で撤去しろ!」
頭痛をこらえて塔を駆け下りていく王子。
それを見送る聖女と魔導士団長。
魔導士団長、おまえも行けよ。
「マドカさま、王都がこのありさまですので、ろくなお礼もできませんが、あなたの活躍は一生忘れません」
「お礼が欲しくてやったわけではないわ」
確かに。
召喚されて仕方なく、という体でやりたい放題やっただけだ。
「元の世界へお帰りになっても、我々は永遠にあなたに感謝をささげます」
「ふっ、忘れてくれてかまわないのよ、私のことは。ただ、二度と悲劇を繰り返さないと約束してくれればね」
「お約束しますとも。二度と悲劇は繰り返しません」
※
こうして聖女は元の世界へと丁重に送り返された。
残された人々は王子を中心に復興に取り組み、二度と同じ悲劇を繰り返さないことを胸に誓った。
そして歴史書にこう刻まれたのだ。
『決して聖女を召喚することなかれ。世界の嘆きを忘るることなかれ』
『いかに瘴気が溢れても、魔物が跳梁跋扈しようとも、聖女だけは呼んではならない。召喚聖女の大乱闘、それは世界の悲劇である』
これは聖女に王都をボッコボコにされたとある王国の悲劇の記録である。
どうでもいい事ですが、聖女の本名は名字が『谷』で名前が『円』です。