4話 完璧
大人は、身勝手だ。
自分が見た夢を、叶えられなかった目的を、成し遂げられなかった成果を、すぐ、自分の子供に投影しようとする。
私たち子供は、親の分身じゃない。
それでも、己の頑張りで、誰かを笑顔に出来るなら、褒めてもらえるなら、怒られずに済むのなら。
やるしかなかった。
私は大人が嫌いだ。
大人は、利益が大好きだ。
だから、私は利益を産み続ける。
大人に好かれ、大人の好意を吸収して、大嫌いな大人達に、理解させる。
もう、私は、お前たちよりも、稼ぐと。
そんな私に、お前たちはふ必要だと。
そう理解させて、私に投影された大人の夢を、逆に私の現実で塗り替えしてやるんだ。
その為に、負けては居られない。
こんな所で、足踏みなんてしていられない。
あんな……あんな、誰とも分からないような。
卓球をスポーツとしてやった事が無いような子供に。
私は………………!
パン!!!
と、自分の右手側から、激しい炸裂音がして、ふと我に帰る。
白いボールにヒビが入って、足元に転がっている。
「舞。気合いを入れるのはいいけど、力が入りすぎてる」
コーチにそう諭される。
ああ。またか。
悪い癖だ。負ける度に、やってしまう。
力を入れても、強くなるわけじゃない。
強くなるのに近道なんてない。力は、入れるのではなく、付けるものだ。
深く息を吸い、素早く吐き出す。
「すいませんコーチ。もう1回最初からいいですか?」
「分かったわ。じゃあまた、バック、ミドル、フォアの順でボールを出すから、センターに戻るのを忘れずに、全部フォアハンドで捌いてみて?」
はい。
言って、構える。
今度こそ完膚なきまでに叩き潰す。
さて。
共闘という言葉を使った手前、僕も教える以外にやることがある。
家に帰ってきて、コンビニの弁当をレンジで温めながら、昨日の重音さんと舞さんの試合を見返す。
重音さんには、ここから、自分のできていない部分を探せといったが…。
「僕は、その逆をしなきゃね」
蝶野舞。
正直驚いている。
境遇上や、最初に関わりを持った手前、重音さんをどうしても贔屓目で見てしまうが、改めて見ると、舞さんは、かなり上手い。
バックハンドとフォアハンドの切り替え、ミドルの捌き方、ツッツキ、チキータ、ドライブ、カット、全ての技が的確で完成度が高い。
そして何より特出すべきは。
「オールコートでの、この、安定性」
恐らく、スタミナや、反射神経の類では、ない。
コート全体を見渡して、相手の位置取りや、ラケットの射角から、ボールの来る位置と、回転を予想して、いち早くポジショニングしてる。
故に、1歩の出だしを正確に、自信を持って踏み出している。その上で、その自信と、予想に裏付けされた少し早いポジショニングが呼吸を整える隙と、ボールに対して正面を向く時間を作っている。
「この安定感、正直、小学生とは思えないよなー」
プロの選手でも、これだけ安定したプレイをするのは難しい。
優子さんの言葉を借りるなら、常に動きながらチェスをやる頭脳スポーツ。そんな、頭脳スポーツで、舞さんは、考えながら動く、ではなく、動いた後に考える余裕があるという事だ。
これは、凄いアドバンテージだ。
「でもまあ、だからこそ付け入る隙はあるけど」
視野の広さによる予測で動くプレイスタイル。
それなら、一瞬の判断の遅れが命取りになるはずだ。
例えば、ボールが予測とは逆の起動をしたり。
例えば、ボールが予想よりも早く予測地点を通り過ぎたりする。
この手のタイプの選手は、そういう、予想外に弱い。
つまり、
「緩急の差が、再戦時の決めてだ」
大見得を切った手前、勝たせてやりたい。
というか、勝ってもらわないと、僕の立つ瀬がない。
まさか、こんな事になるなんて、思ってもいませんでした。
「私はただ、卓球、上手になりたかっただけなのに」
私のお姉ちゃんは、卓球が凄く上手で、私にも優しかったです。
皆に期待されて、ラケットを振るお姉ちゃんは、かっこよくて、何より生き生きとしていて、私の憧れでした。
でも、お姉ちゃんが膝を壊してから、皆が卓球を見なくなって、卓球をしないお姉ちゃんを見なくなりました。
まるで、卓球も、お姉ちゃんも、もう、要らないみたいに。
「重音?アンタは、卓球なんてしちゃダメだよ?」
私みたいに、ならないでね。
泣いてるのか、笑ってるのか分からない顔でそう告げたお姉ちゃんは、自分を否定しているみたいでした。
私は、そんなお姉ちゃん見たくなかった、です。
見ていられなかった……です。
私にとって、お姉ちゃんは……お姉ちゃんは!
「そんな悲しい顔しないで!!」
多分、そう叫んだのは、私です。私だとおぼしき、誰かは、お姉ちゃんに向かって叫びつづけます。
「私は、卓球が好き。卓球をするお姉ちゃんが大好き!出来なくなってしまったのは残念だけど、それだけで、全部無くしたみたいな顔をするお姉ちゃんは嫌い!」
はぁはぁ!息、息が、続きません!でも、呼吸と裏腹に、私が叫びつづけます。感情が、心が、私に黙ることも、呼吸を整えることも許してくれません。
お姉ちゃんは、口をあんぐり開けて、驚いた顔で私を見ています。
知りません。叫び続けます。
「いい?卓球ができなくなったぐらいで、私の憧れを否定しないで!!」
「夢を見せた責任をとれなんて言わない!でも、私の事は私が決める!だから!」
だから……!!
「私がお姉ちゃんから教わった面白い卓球で、お姉ちゃんを見なくなった皆を黙らせる!!!分かったら!黙ってみとけ!!!」
そう言いきって、姉の部屋を出ました。
「……あれ?」
どうやら、先生から貰った動画を見ていたら、昔に思いを馳せてしまったようです。
いけない!いけない!こんなことしてないで、私の弱点を探さないと。
でも、お姉ちゃん。やっとだよ。
やっと、お姉ちゃんの卓球を示す道に立てた。
そう思って、私は、にっこり笑った。
あれから。
1週間が経った。
月並みで、その上で、とても嘘くさいが、25年間生きてきて史上最も短い1週間だ。
体育館の外で偶然出会った優子さんに、そう伝えると、優子さんは、にっこり笑って。
「そういう物よ」と言った。
「そういう物。指導者って言うのはね、いつだって自分の教え子を育てている時がいちばん短いものなの」
それも、教育自体が期限付きなら尚更ね。
そういって、優子さんは歩き出した。
「まあ、いいんじゃない?貴方も指導者の顔に、なってきたわよ!」
なんだろう。とても嬉しそうだ。
どうも、プロ時代最後のダブルスみたく、この人に乗せられている気がしてならない。
「ま、それはそれでいいか」
指導者の顔。という表現は、なんだかわるい気がしなかった。
「さて、僕もそろそろ…」
「先生!ロリコン先生!!」
不名誉な呼び名を叫びながら、少女がひょこひょことこちらに駆け寄ってくる。
「僕は、ロリコンじゃないよ。重音さん」
「え?そうなんですか?」
素の反応ではないか。
この娘、ホントに僕をロリコンだと思っていたらしい。
「でも、私、先生の名前知りませんよ?」
あれ?ああ。そういえば、名乗っていなかったか。
昔からの悪い癖だ。
才能もないのに、オリンピックの舞台に引きずり出されてから、僕は、他人に名乗るのを避けている。
でもまあ、1週間とは言え、僕を信じ託してくれた生徒だ。名乗らないのも変だろう。それに、このままだと僕は、一生ロリコン先生と呼ばれなくてはならない。
「名前…名前ね…僕の名前は、」
妙に緊張してしまう。
ただ名乗るだけなのに、久々すぎてどうも、調子が狂う。
呼吸を整え、いざ!
「僕の名前は、進藤拓人」
多分強ばっている。
緊張を隠せない笑顔で、続ける。
「よろしくね?重音さん。今日は、勝とう。2人で」
重音さんは、混じり気のない、太陽みたいな笑顔で、返してくれた。
「はい!進藤先生!」