3話 共闘
プロになってから、僕は、1度だけ世界の舞台で戦った事がある。
2年前に行われた世界卓球。その男女混合ダブルスに出場した。
本当は、進助先輩が出るはずだった。
でも、先輩の電撃引退により、補欠枠から1人だ指名する運びになって、優子さんが、ペアとして僕を選んでくれた。
「なんで、僕なんですか?」
当時、先輩が負ける姿を目の前で見て、何もかも辞めてしまいたくなっていた僕を、指名する意味が分からなかった。
何故、他の補欠メンバーじゃないのだろう。
混合ダブルスなのだから、男子シングルに出たメンバーをそのままコンバートしたっていいのに。
方法はいくらでもあったのに、優子さんは、僕を選んだ。
僕の、問に、優子さんは、キョトンとした顔で答えた。
「え?だって、貴方が1番好みの顔だから…」
「顔!?」
「そう。顔」
驚いて、恐らくは相当アホな顔をしている僕に、優子さんはケラケラ笑いながら言った。
「それにさ、私、頑張ってる子が好きなの。」
「…はあ」
「伝わらないかな?んとね、つまり、才能で卓球する子より、努力で卓球する子の方が好きなの」
「……」
「卓球はね?動きながらチェスや、将棋をするようなスポーツだって。よく、私のお爺ちゃんが言ってた。だから、きっと、どんなスポーツよりも才能の差が分かりやすいって」
「はい、その通りだと思います」
「だよね?私もそう思う。」
でもね?と、優子さんは、誇らしそうに続けた。
「だからこそ、努力が何よりも見て取れるスポーツだと思うの」
そう言って、照れくさそうに笑う優子さんをみて、僕は、少しだけ気が楽になった。
この人は、きっと、先輩とも僕とも違う。
この人は、自分が、本物の天才に敵わないことを、知ってるんだ。
それでも、日の丸を背負った義務感を。
それでも、夢を見せた責任を。
笑顔で、全うしようとしている。
先輩。先輩は、努力を信じていました。僕は、そんな先輩を信じた。
でも、先輩の信じた努力は、才能に負けた。
そんな努力を、笑顔で愛おしいと誇れる強さに。
僕は、賭けてみたくなりました。
泣いても、笑っても。これが現役最後の試合だ。
そう思って、僕は優子さんの横に立った。
「さて、重音さん。問題です」
「なんですか?ロリコン先生」
あれから、
僕が、重音母に大見得を切ってから、僕は重音さんの個人指導を許可された。
個別指導塾だ。
無論、僕は、元々、シニアクラスのコーチというバイト内容だったので、期間は限定されている。
1週間だ。
そして、1週間後の土曜日、廻山重音 対 蝶野舞の再選が予定に繰り込まれた。
重音さんが勝てば、彼女は、ここの入団試験を受ける事ができる。
逆に、負ければ、もう二度と、廻山家内で、卓球というワードを発言してはいけない。
という、激重不平等条約がとりつけられた。
「……まあ、勝てばいいさ」
「え?それが問題ですか?」
おっと、そうだ。問題を出して居たんだった。
……っていうか、まて、サラッと僕ロリコン先生にされてない?
まあ、いいとして。
「問題。とてつもなく、強い相手。どうしたって1人で勝てない相手に勝ちたい時。どうしたらいいと思う?」
「逃げて勝機を伺います」
……そうだけど、そうじゃない。
「卓球の話だよ」
「ああ。そんなの、練習して強くなる以外に無いでしょう?」
「50点。半分正解。」
そう言うと、重音さんは、物凄く不満げな顔をした。
無視して答え合わせをはじめる。
「練習は、勿論大事だ。でもね?それを言ったら重音さんは、昨日の試合だって練習してやったんじゃないの?」
あくまで、独学の、だが。
「そう。練習してきましたね。近所の公民館で」
「なら、練習しても勝てない相手に勝ちたい時は、どうすればいい?」
僕の問に、重音さんは、少し考える表情になり、うーん。と、唸りだした。
僕は、ロリコンではないが、小学生は、反応が新鮮でやりやすい。とても、好感がもてる。
僕が、恐らく、キモイ顔になっていると、重音さんが、口を開いた。
「なら、正しく練習します」
おお、いい線いってる。
「80点かな。」
「ヒントは?」
「そうだな。正しく練習する為には、何が必要だ?」
「赤本!!」
受験生かよ。
「違う。正しい練習は、正しい指導者なくして、生まれない。」
「ああ。なるほどです」
「そう。つまり、ここで最初の問題の答えは、こうだ」
「1人で、どうしても勝てない相手に勝つ方法。それは、共闘。だよ」
「教頭…ですか?」
「違う、共闘だ。」
「ふむ、それで、私は、誰と共闘、するのですか?」
「僕だよ。無論僕は打たないけどね」
「打たなかったら、共闘になりませんよ?」
「うーん。僕らの場合の共闘は、分担、なんだよ」
分担?と、首を捻る重音さんに対して、僕は、頷く。
「これ、この前の試合のビデオ。優子さんが撮ってれてたみたいだから、家で見て、分析してきて」
「分析…ですか」
「そう。重音さんなりにね。自分が何を出来ていないか、自分で見つけることはとても重要だ。」
「分かりました」
「その間に僕は、重音さんの練習メニューを考えるよ」
「なるほど。それが、分担ですか」
そーゆーこと。
といって、僕は、少し歩いて、自分のラケットを取りに行った。小走りで、戻って、重音さんにそれを渡した。
「はい。これ」
「プレゼントですか?愛の」
「違う。貸すんだよ。小学生が愛を語るな」
全くこの子は、妙な所だけませてる。最近の小学生はみんなこんな感じなのか?
「そのラケットは、とりあえず、試合まで貸しておく。今日はそれで素振りしてみて?」
「素振りですか?」
「そ。今日は、しっかりとした素振りのホームを叩き込むから、家でも反復練習してほしい。」
「わかりました」
こうして、僕らの共闘が始まった。
これは、才能への、反逆であり、努力への宣戦布告だ。