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誕生日投稿に間に合いました!よろしくお願いします。
ウェルはレシィに拾われた。
言い方は悪いが、行き倒れを正しく拾ったのである。
ガリガリでボロボロのウェルは国境近くの森で倒れていた。そこに伯爵の商談がなかったらウェルは生きてはいなかったろう。
旅行としてついてきていたレシィが間引きする木を安値で引き取りたいと森に来なければ。
あれは奇跡だ、と今でもウェルは思ってる。
「大げさねぇ」
とレシィは笑うけど。
ウェルにとってはそれが真実。レシィは光そのものだ。
ウェルは隣国のやんごとなき身分だ。
ぶっちゃけちまえば国王の隠し子である。
隣国国王は王妃の尻に敷かれてるペラッペラのマットだったが、真実の愛とやらに出会った。それがウェルの母。
本来ならば側妃として傍に望めるはずの関係は、しかし嫉妬の炎が燃え上がって実際に発火する魔力持ちの王妃によって叶うことはなかった。
ひっそりと囲われた真実の愛の相手は、これまたひっそりとウェルを生んで、さらにひっそりと儚くなった。
王妃に燃やされるよりはマシじゃなかろうか。ともかくの早々の戦線離脱だった。
ただ、残された方の戦々恐々は続く。
愛の相手がいなくなって、存在感すら無くなった国王は、ウェルを守ることなく忘れ去った。クズである。
しかし、王妃はそうはいかない。国王の御落胤なんぞ生かしておくものかとばかりに、執拗にねっちねちとそらもうしつこくウェルの生命を脅した。
母親の家族に守られてウェルは逃げ続け、味方を減らしながら国境を超えて隣国に入ったあたりでひとりになった。町へ人の中へと言われた言葉を頼りに歩き続けて、町まで後少しのところで力尽きた。
そこに現れたのがレシィである。女神か。とウェルが拝んで崇めてもおかしくなかろ。
伯爵家に保護されたウェルは、レシィのパパンに扱かれて、腹黒さと爽やかさを同居させつつ鬼畜の所業と上げて落とすの合わせ技を修得した『目には目を歯には歯を』の家訓をさらりとこなせる男に成長したのである。
「あの侯爵子息の前で、無害そうな執事の擬態をしてたでしょ。いつまで続けるの、それ」
「中々楽しくて、つい」
「貴方がお父様の商会の後継者だと知った時の、アレの顔が見られないのは残念だわ」
もう二度と会うつもりのないレシィである。絶対テンプレのごとく真実の愛の相手は君だったとか言って押しかけて来そうだけどなぁ。
「変わりにロクガしておきましょう」
最近売り出されたかめらは商会の主力商品だ。ある界隈では異界の賢者と呼ばれるレシィのパパンは、前世は理系であらゆる技術オタクでもあった。その手腕は、商魂逞しい親のおかげで修行と称してあちこちの職人に弟子入りしていたのもあって、魔の森の魔王さまも一目置くほどである。
「ねぇウェル」
なにかの決意を込めた瞳でレシィはウェルを見た。
「これからわたくしが言うことは、わたくしからの言葉だとしても貴方には断る権利があるわ」
「お嬢様からのお言葉でしたら、なんなりと」
「からかわないで。わたくしレイシアの名において貴方に強要しないと誓います」
戯けたようなウェルに対して、レシィはどこまでも真剣だった。
「言い訳を先にするなら、もうお父様にも国王陛下にも振り回されるのはお断りなの。でも、それ以上にもう二度と、ウエディングドレスを着て貴方以外の男の隣に立ちたくないわ」
わたくしと婚姻して、ウェルバート。
囁くように落とされた言葉が小さいのは、レシィの心の不安だ。
「もちろん、社交はわたくしがするわ。貴方はお父様と商会を運営してくれれば、それで、あの」
幼い頃からずっとそばにいた異性だから。そう言われてしまえばそれきりの。もちろん反論できるだけの気持ちが想いがレシィにはある。
それを誰にも見せられないだけだ。
「お嬢様……いえ、レイシア。レシィ」
震えるレシィの両手は、温かいウェルのそれに包まれた。
「こちらからプロポーズする予定だったのに、不安にさせてしまったね」
そっと左の薬指に通されるシルバーの指輪。シンプルな台座にウェルの瞳の色である緑の宝石。
「あまり重いと疲れるでしょう」
パパン譲りの目利きの持ち主のレシィは気づいた。
(これ、どれをとっても最高級)
王家の秘宝よりお高いかもしれんな。知らんけど。
「レイシア。わたしの妻になってください。一生一緒にいたい。貴女の隣をずっと歩きたい。貴女とこの先の全てを共に過ごしたい」
「っ、はい。はい! わたくしも貴方がいいの。貴方じゃなきゃ嫌なのウェルが好きなの」
ウェルに抱きついて涙をこぼすレシィは、もう離れないとばかりにウェルの背中に回した手で服を握りしめる。シワになるぞ。
「わたしは貴女を愛してますよ」
愛が重いぞウェル。
そんなこんなで、邪魔されては叶わんので、ふたりを乗せた馬車はそのまま教会と役所を経由して伯爵家に戻った。
そわそわと待っていたパパンに会うなり「お父様なんて大嫌い」攻撃をかましたレシィは、ウェルと婚姻したこと、もう自分をなにかの出汁に使わせないことを宣言すると、「しばらくお父様には会いたくないわ」とウェルと離れの別邸に引っ込んだ。蜜月か、蜜月だな。
ウェルの進言だろうことがわかってもショックなパパンはしばらく再起不能だった。そら娘を道具扱いすりゃぁなぁ。
「頑張ったのに……国王とかその他諸々頑張ったのに……!」
それとこれは別である。そもそも、自分が勝手に国王と取り決めしてきたんだろが。諸悪の根源がなにを言う、阿呆が。
ちなみに、伯爵夫人も怒らせているので、取りなしてくれる人は皆無である。ざまぁ。
それと、隣国だが。ウェルは王家に対する諸々を破棄する書類を王妃宛に届け、ついでに自身の保身のために王妃にとある復讐の知恵を進言した。こそっとそっとヤッチマイナー、と。
今では隣国王宮に一日一回、国王の悲鳴が上がるそうだ。
どこも燃やさなくなった王妃は、一日一回国王のアレを火傷で済む程度に焼いているそうな。
……もう浮気も真実の愛も探せないだろう。同情はしないが。
目には目を歯には歯を。ヤられたらヤり返せ。
正しく使う分には害はない。
多分。
レシィはウェルに愛されて幸せになります。社交界は王太子殿下の婚約者(レシィの友人)グループが牛耳るので後々も安泰。美男美女夫妻として崇められるかもしれない。