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影の境界線 - 現世常世=異世界 -  作者: 九条飄人
異世界干渉編
71/72

70 -後の祭り

 ——その後、数日間。


 月光国は今まで通りである。


 ***と呼ばれる神からの書簡が来る前の平時に戻っていた。それが届く以前と何も変わらず、街は活気に満ちている。


 新月丸は相変わらず彼方(あちら)此方(こちら)を行き来していた。現世でリックの仕事をこなしながら、王としての役割も果たす生活だ。


 地下の処刑場に送られたオゥンシフモの結末を知る者は、新月丸ただ一人。


 ハーララへ送り返す予定なので、命は保証されているものの、あの処刑場の職人たちは容赦がない。


処刑の現場を見れば、大半の者は気分が悪くなるような方法で、情け容赦は全くなく執行されていく。


 街での数々の無礼、悪行の数々。


 これらの犯罪行為が積み重なっている上に、王の前での現行犯。あの国は今や、王への直接の命令、他国への内政干渉を含む書簡を送りつけたとして、敵国として認定されている。


 その国からいきなりやってきて使者を名乗り、証拠が何もないままに因縁をつけてきた。


 裁判を経ることなく王命によって刑場送りとなったが、その過程に異論を挟む者は誰もいない。


 その後、ケケイシは特別休暇を与えられ、エルネアの治療施設にいるリルフィーの精神面の回復に協力している。


 新月丸も今回の件では様々、世話になった。その尽力に報いたいとの考えから、まとまった休暇をケケイシに与えることに異存はない。


 与えた休暇の使い方は自由なので、あとは一切関与せず、ケケイシがしたいようにすればいい、と考えている。


 得た休みの9日間を全日、治療施設に詰める予定だと聞いていた。本来、そこまでする義理はないのだけど、ケケイシも辛い目に遭った経験があるせいか、どうしても気になるのだろう。


 精神面の回復は時間を長く要するものだ。リルフィーの身体の傷が癒え次第、月光国の治療施設へ移送する手筈を整えていると、リンジーから新月丸に報告があった。


 あの家族はまだ、夫と妻子が別々に過ごしているが、夫の経過は良好であると報告を受けている。


 こちらもいずれ、エルネアから月光国の治療施設へ移る予定だ。そうなれば家族全員、同じ部屋で暮らせるようになるのは確実である。


 ウデーは相変わらず新月丸の部屋の一角に丸まり、傷を癒していた。当初、思ったより順調に治っている。


 ドラリンとティールの献身的な世話が効果を発揮しているのだろう、ウデーの傷はほとんど塞がった。


 今では、この3体はとても親しくなり、和やかな時間を共有している。


 それぞれがそれぞれの事情を抱えているので、完全に元通りとは言えないが、月光国はあれほどの攻撃を受けたとは思えないほど、城も街も無傷で落ち着いたようすだ。


 大きな変化の中で生活を続けている人もいるけれど、それは決して、悪い方向に向かっているものではない。


 けれども、まだ何かが起きるであろうことは、地下にいるオゥンシフモの存在が示している。しかし、新月丸にとってそれは不安材料になるほどのことではなかった。


 ——ただただ、面倒臭い。

 (面倒なことはさっさと終わらせるべきだよな……)


 向こうからまた誰かが来ると厄介なので、先に対処しようと思い立った。オゥンシフモの刑が、どのように進んでいるのか確認するため、処刑場に足を運ぶ——


 刑場は地下4階。

 関係者以外、誰も立ち入らぬ場所だ。


 国内の重罪人に刑を執行する場所であり、通常は自国の罪人が送られる。他国の者をここに送るのは今回が初めてのこと。異例であった。


 ここでの刑罰は、現世のそれよりも厳しい。


 例えば、真実の過失や正当防衛、あるいは誰かの仇討ちではなく、金品目当てや性的な目的といった私利私欲による殺人は漏れなく死刑。


 その執行方法も、徹底されている。


 その方法として、被害者が受けたものと同じ手段が取られる。被害者が複数いる場合は、ギリギリで蘇生させた後、再び痛みを与えることを繰り返し、人数分の苦痛を刻み込んでから転生の輪に戻れぬよう、命を絶つのが通例だ。


 今回の件では幸い、死者は出ていなかった。相手の暴力行為が寸前でケケイシに阻止されたためだ。


 オゥンシフモが自ら思い直したわけではなく、暴言や無礼な態度もあったため、相応の刑が必要であると、新月丸によって判断されている。


「おや、新月様」

 処刑場で迎えたのは、全身が黒く汚れ、目だけが爛々と光る陰気そうな男だった。彼は挨拶の後、満足そうに言う。


「久々の罪人には楽しませていただきましたよ」

「そうか。それで、今の状況はどうなっている?」

「これ以上切り取る箇所はなく、痛みはそのままに止血だけして放置しております」

「つまり、刑自体は終わったということだな」


 男は満面の笑みを浮かべて新月丸を奥の部屋へ案内する。

 そこには椅子に縛り付けられたオゥンシフモがぐったりしていた。口からは血が流れた痕があり、両腕は肩から失われている。


「暴言には舌を、窃盗や暴力には腕と手を――その原則に則り、ゆっくりと切り取りました」


 オゥンシフモはかろうじて息をしていたが、抵抗する力どころか、悪態をつく余力も残っていない。ただし、虚ろな目がぼんやりと、新月丸を見た気はした。


「わかった。ありがとう」

「また罪人が出ましたら、いつでもお任せください」


 新月丸は後ほど引き取りに来ると伝え、執務室へ戻っていった。


 部屋へ戻ると、クレアとタロウが困った感じに書類を見ながら、話し合っているところを目にする。


「ちょうどいいところにお戻りになられました」

「ハーゥルヘウアィ・ララという国から信書が届いているのですが――」


 その言葉を聞いた瞬間、新月丸は内容をも、ある程度は察する。


「ああ、その国こそ、お前たちが***と呼ぶあいつが治めている国だ」


 信書を受け取り一応、中を読むと、察した通りのものだった。内容は長々とした尊大な言葉で書かれていたが、要約すると次の二点である。


 我が軍に関する情報を提供せよ。

 オゥンシフモを私だと思い、丁寧にもてなして送り届けよ。


「軍とは何のことでしょう? 新月様は何かご存じですか?」

「いや、何も知らん」


 新月丸はあっさり答える。


 敵が不可視化(キャモインビジリー)を使い、自軍の存在を隠していたため、実際に見えていないことを利用し、徹底的に知らぬふりをしようと決めていたのだ。


「オゥンシフモというのは、先の不審者のことだな。もう処分済だから大丈夫だ」


 クレアとタロウは「丁寧にもてなせ」という部分を読み、互いに顔を見合わせる。


「処分……とは具体的にどういうことですか?」

「大丈夫とは、どのような……?」


 新月丸はあの騒ぎの当日、その後の顛末について、あえて詳しくは語らなかった。それは、余計なストレスをクレアとタロウに与えないための配慮でもあるのだが、今の2人はやや不服そうだ。


 そして——

 ——処分の内訳を聞いた2人は目を点にして驚いたが、もう後の祭りである。

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