69 -根拠薄弱
オゥンシフモと名乗る男を、城の地下にある留置部屋へ収容する。
態度は依然として高慢で、自分がこちらよりも上だといった姿勢を崩さない。
だが、新月丸がした先ほどの視線による威圧が効いているのか、想像していたほど反抗的ではない。問いかけには意外にも応じる様子を見せ、こちらが期待していた以上に口を開く。
オゥンシフモが月光国を訪れた目的は、主からの命を受けたものである。
命令の内容は、行方不明となった1万の兵士の所在とその原因を突き止めること。主の言葉によれば、「絶対に、あの国が関わっている」という確信があるらしい。
そして彼は、それを「小国の王に尋ねるために来てやった」と豪語しているのだ。
街での行いについて彼は、「位の高い国の者を無条件で歓待し、望む物を差し出すのが小国の役目。それをしないとは、民の教育がなっていないのでは?」と逆に問い返してくる。
その傲慢な発言に、この国の者が自らをどれほど偉い存在だと信じているのだろうか。新月丸はため息を漏らし、ケケイシは軽く目眩を覚えるくらいに呆れてしまった。
しかし、ここへ来た最も重要な理由はやはり「消えた1万の兵」だろう。街での傲慢な態度は、そのついででしかない。
そこで新月丸は疑問に思った。
——あの戦いで来たのは五千人と聞いたのだが……
ケケイシにこの場を任せ、新月丸はウデーの元に確認に向かった。念話もあの体調では返事を返すのが辛いのが解るからだ。
自室の角に横たわるウデーは少しずつ回復しているが、まだ辛そうにしている。
「調子はどうだ?」
「最初の頃よりは痛みも引いてきています」
言葉がだいぶ、流暢になっているのでそれは事実だろう。
「あのな、ちょっと聞きたいんだが、あの時の戦いで兵士は最初五千人だったよな?」
「…………」
「違うのか?」
何やら気まずそうな気配を出すウデー。
「申し訳ありません。当初は一万人ほどいたのですが……」
「けど、俺が行ったときには五千人と聞いたし、実際そのくらいしかいなかったぞ」
「敵の力を測るため、私は闇の波動を放ちました」
「それで?」
「おそらく耐えられなかったのでしょう。その時点で半数の五千人が落下しました」
「……なるほど」
問題は、落下した存在についてだ。
通常、消滅死でなければ転生が起こり、死体は霧散するもの。しかし、その霧散した気配が一切感じられなかった。
「落下しても即死ではなかったようで、しばらく地上でもがいておりました」
「だが、怪我人を見かけたわけでもないが……」
「彼らは呪詛のような言葉を口にし、何かを必死に唱えていたのです」
「その内容は分からないのか?」
「申し訳ありません。ただ、それが新月様やこの国に害を及ぼすものだと判断しました」
「なるほど……それで、どうした?」
「眷属に食わせました」
——そうか。
あの時、ウデーが作った闇の世界は少し異なる領域に存在する。そこへ引き込んでしまえば外部からの探査はほぼ不可能だ。しかし、息のある敵兵を放置するのも危険である。
闇蟲の主であるウデーには、無数の眷属がいる。
姿はウデーを小型化したような形であり、その主食は命ある肉。眷属が一度食した獲物は二度と現世に戻ることはなく、数年分の糧になるという。
新月丸との盟約以降、無闇な捕食を控えさせているが、今回のような正当な理由があれば、ウデーは嬉々として眷属にそれを許諾するだろう。
結果、敵兵は消滅死を免れることなく、次元の深淵で速やかに葬られた。これならば、調査の余地を完全に断つことができる。
「わかった、それなら何も問題ない」
会話が一段落した頃、部屋の扉が静かに開き誰かが入ってくる。
それはドラリンだった。
「あ!新月様!」
ドラリンは少し驚き、居心地の悪そうな様子を見せた。
「どうした?」
「むしぞくにこうかがあるといわれているやくそうを、すこしずつとどけているんです。」
「ありがとう。ウデーは病院が嫌だと言ってるからな。」
新月丸がウデーを見ると、サッと目を逸らされる。
「ぼくはこんかい、なんのやくにもたてなかった。せめてこれくらいは……」
「そんなことはない。手紙を届けようとしたのは勇気と優しさだろう。」
そう言いながら新月丸はドラリンを軽く持ち上げ、優しく抱きしめた。
「俺はまだ用事があるから、ウデーをよろしく頼むな。」
「……うん、ティールせんぱいといっしょにがんばるよ。」
消えた五千人の謎が解け、ウデーの状態もわかった新月丸は地下の留置部屋へと戻る——とオゥンシフモの身体には多くの傷が付いていた。正確には縛っているロープがきつく皮膚へめり込み、血が滲んでいる。
「新月様、これは一体……」
ケケイシが疑問を浮かべながら尋ねる。
「暴れたり、逃げようとしたり……あいつはお前に攻撃を試みなかったか?」
「新月様がいなくなった途端、それは始まりました」
「ロープには『敵意や反抗的な行動を取れば、どんどんきつく縛り上げる』という呪いをかけておいたからな」
オゥンシフモはギリギリと歯を食いしばりながら新月丸を見上げるが、目の前の相手に何も言えず、ただ悔しさで身を震わせるのが精一杯のようだ。
「俺はな、敵には容赦しないぞ」
「消えた兵のことを早く話せ!」
それでもここまで来てなお、強気に食い下がれるオゥンシフモの度胸はなかなかのものだ。
「消えた兵? なんのことだ?」
「とぼけるな! 我が国から小国月光へ兵を一万、送り込んだんだ!」
「そもそも、なぜそんな多数の兵を我が国へ送り込んだ?」
「お前には心当たりがあるだろう! 神都の主への冒涜は許されない!」
「冒涜なんかしていないし、城近辺でそんな多数の兵を見かけた者は誰もいない」
敵は完全に姿を消したままで奇襲を仕掛けるつもりだった。そのため、誰もその姿を視認していない。
新月丸とウデー、そして敵の動きを察知したティールを除いては。
「もしお前が読心術を使えるのなら、使ってみても構わんぞ」
町民でも、ここにいるケケイシでも……城内の者を適当に選んでやってみればいい。
新月丸は堂々とそう言った。
実際に見ていないものは見ていないとしか答えようがなく、そこに嘘はない。読心術を使ったとしても、真実を語っているだけなので、兵士たちについての答えは出ないだろう。
「嘘が下手だな……!」
「ん?」
「お前は今、自分以外の者しか対象に挙げていない!」
オゥンシフモはそういった術が得意ではないが、一人に絞れば可能。
不意をつき一気に新月丸の心を覗く——
「……どうした?」
「何も出てこない……そんなバカな」
「知らねぇもんは知らねぇからなぁ」
薄ら笑いを浮かべる新月丸を怪しまない者はいないだろう。ケケイシですら、怪しいと思ったほどだ。けれど、心を読んでもその、証拠が出ないのであればどうにもならない。
「何も証拠がないにもかかわらず、無礼な態度で街に入り、町民に迷惑をかけた。これは我が国では犯罪とみなされ、逮捕し、刑罰を科す十分な理由となる」
新月丸は冷静にそう述べた。
「わしは神都の主に仕える高貴な者だ! すぐに解放し、わしの国へ返せ!」
オゥンシフモは依然として強気を崩さなかった。
「そうだな……返すとなると、罰を与えてからにするのが相応しいだろう」
「罰……? わしが、ただ小国の民草を当たり前に扱っただけでか?」
その言葉に、新月丸は静かに言い返した。
「うちの処刑人が、お前にふさわしい部分を“切り取る”だろう」
ケケイシにその手続きを命じると、ケケイシはすぐにその場所へ向かう。ケケイシはその場所がどういった意味を持つかを知っており、オゥンシフモがどうなるかを理解していた。
しかし、憐れむ気持ちはまったく湧かない。だが、どうしても聞きたいことが一つだけあった。それを聞いてもよいかと新月丸に尋ねると、「それ、俺も気になるな」と許可を得る。
「お前は僕が首を噛み切ったはずなんだけど、誰?」
「俺も、首を噛み切られ動く死体のような姿で自爆を食らったが、お前誰だ?」
その質問に対して、オゥンシフモはただ一言、
「知らん! わしはわしだ!」
としか答えなかった。どうやら本当に記憶にないようだ。
新月丸は心の中で読心術を使い、相手に気づかれないように問いかける。すると、オゥンシフモの心から突然、聞き覚えのある声が響いた——
「以前のお前は大して成果を上げられなかったが、今回のお前はどうだろうな……私をガッカリさせてくれるなよ? オゥンシフモ」
(今回の……か)
その言葉を受け、新月丸は状況を完全に理解した。