68 -街
店主の話によれば、城下町を蛇行するように歩き回り、通りすがりの店に「無料でよこせ」と因縁をつけたり、勝手に商品を持ち去ろうとしたりと、まるでチンピラのような振る舞いをしているそうだ。
今のところ、暴力沙汰にはなっていないけれど、蛮行を止めれば罵倒がすごく、事がおきるのは時間の問題といえる状態らしい。
向かった方向から蛇行を考えおおよその居場所を考え、向かい打つべく店主に礼を述べ、新月丸とケケイシはそこへ向かった。
店主の話がケケイシの記憶に引っかかる。
不審者を追う道中で、気になったことを新月丸に伝えたい。
「あの……気になることがあるのですがいいですか?」
ケケイシが問いかける。
「何か思うところがあるのか?」
店主が語っていた、その男の特徴はケケイシが知る人物に印象がかぶる。
やや猫背で身長は控えめながら筋肉質。動きの速さから老人ではないことは分かるが、顔立ちはどこか老けて見え、シミとシワが目立つ。自分のことを「わし」と言う一人称の癖。
ただ、あの男はケケイシによって絶命している。
——いや、今になって思えば。
追手のあの臭い。
満身創痍の中で気付いたあの臭いは命を奪ったはずの、あの男の臭いだった気がする。
「新月様、店主が話していた男に私は覚えがあるのです」
「誰だ?」
「リルフィー……私が砂漠で始末した少女の追手で……」
命を奪い、転生不可の消滅死の確認をした、あの男。
けれども、同じ人物と思われる男が今、ここに来ている。
「あの男なら俺も知ってるぞ」
「死体が転がっていたはずですが、アンデッド化しましたか?」
「使者の蘇り……てのじゃないな、操られてた」
そして新月丸は言葉を続ける。
「俺にゴチャゴチャ文句垂れてから自爆したんだけどな」
「お怪我は⁉︎」
咄嗟に聞いてしまったが昨日、城で合流した時点で無傷でだった王を見て、変なことを言ってしまったと気づくケケイシ。
「怪我はない、ありがとうな」
そう答える王は、優しく笑っている。
新月丸が微笑む姿を見ると、不思議と心が和らぐ。この王は……男の目から見ても、それも種族が違う獣人の男がみているのに、どこか愛らしさと色気を感じさせる存在だ。
——そんなふうに思うのは自分だけだろうか?
と考えると、ケケイシは少しばかり気恥ずかしさを覚えたが、それは全く出さず心当たりのある不審者を探し歩く。
王が街を歩いているせいだろう。
変な人を見かけた、店で横暴な態度の男がいた……そういった情報を新月丸に直接言う町民が増えてくる。
通常、王とその家臣が連れ立って歩いていれば、家臣に話しかけるものだ。けれど、ケケイシに話しかけてくる者はおらず、どうしても色々と考えてしまう。
そんな中、少し離れたところから悲鳴が聞こえた。
ケケイシの耳と鼻は人間種より敏感だ。
王に視線を向けても、悲鳴には気付いていない。
ケケイシは王に一言「失礼します」と言うと獣形に変じ、悲鳴の方向へ走った。この距離なら影に潜るより、音に頼り声に向かって走った方が早い。
————見つけた!
女の服を掴み、怒鳴り散らしている男。
首を裂いたあの男だ。
今までは暴力事件に発展していなかったが、今回は違う。振り上げられた拳はいつ、振り下ろされてもおかしくない。あと少しで力加減のない拳が女の頭を打つだろう。
男の背後から一気に近づき獣形を解き人型へ——拳を掴み、もう片方の手で携帯している小刀で掴まれている服を切り、男から離す——
「早く、どこかへ逃げて!」
ケケイシが叫ぶと、呆けていた女はハッとした顔をして、近くの建物に這うようにして逃げ込んだ。
「誰だぁ⁉︎」
男は掴まれた手を見て、後ろを振り向く。
「獣人如きがこのわしに触れるとは穢らわしい!」
ケケイシの背は高い。
そのまま腕を持ち上げ地面から足を浮かせた。
「何様のつもりだ!」
懐から短剣を出し、ケケイシに振りかぶるが、それを小刀で受ける。
キンッ!
刃と刃が辺り、金属質な音が響く。
「月光国内での暴力事件は捕縛対象です」
「わしは偉大なる神都からの使者! 丁重にもてなされて当然だろう! それをこの街の者は金を払えなどと身分を考えなさすぎるのだ!」
「……使者が来るなんて話は当国へ届いていないが?」
ケケイシの背後から聞こえてきたのは新月丸の静かな声。
「偉大なる神都から、わざわざ来てやるのだから察してもてなす、それが小国に属する民の礼儀というものだ!」
その間、何度もケケイシを切りつけようと短剣を振り回し、そのたびに短剣で応じるケケイシ。やがて、男の短剣を弾き飛ばした。
「わしの名はオゥンシフモ! 神都の王に使える者! 下賤なケダモノはさっさと手を離せ!」
短剣を弾き飛ばされた男は、己の足元に手を伸ばす——がその時にはもう、身体が動かなかった。
ケケイシの背後から視線を感じた。
視線は力を持ち身体を硬直させている。
何らかの魔法かと思ったが声は聞こえなかった。
ただ、睨まれているだけ——
蛙は蛇に睨まれると動けなくなるという。それが本当か嘘か、それはわからないが動けないのは、心の底から竦んでいるからであるとオゥンシフモは悟っている。主から睨まれたのに似ている……もしかすると、それ以上の恐怖。
「ケケイシ、手を離していいぞ」
そのままドサリと地に落ちた。
その姿は、石畳の上に無防備に座り込むような形になり、全身は固まったまま。
額から滴る汗は止まることなく流れ落ち、地面に次々と染みを作っていく。その量は尋常ではなかった。
「この国に身分制度は存在しない」
新月丸の声は、冷たく、鋭い。普段の穏やかな王の面影はそこにはなく、冷厳な響きが漂っていた。
ケケイシすら、その声に少し気圧される。
「そして他国に屈した覚えもないのだが……神都からの使者とやらは何をしにここへ?」
話をしたくとも声が出なかった。
ヒュウヒュウと呼吸が漏れるだけ——
「ケケイシ、そいつを捕まえ城まで運んでくれ」
ケケイシは「はい」とだけ言うと、男の両手首を掴み立たせる。歩くよう促したが、ガタガタと震える足は歩行する気配をみせない。
(腕を掴んだまま、担いていくしかないか……)
そう思った時、近くの建物から出てきた。
「あの……さっきはありがとうございます」
そう言うと手にしていたロープをケケイシに渡す。
「これで縛って連行されれば楽かと……」
ケケイシは「ありがとうございます」と丁寧にロープを受け取り、手際よく男を縛り上げる。その様子を見届けた新月丸は、視線を男から外してひと言告げた。
「歩け」
縛られた男はうなずき、ケケイシに導かれるまま歩き出し、連行されていく。