66 -月光国の王
定食屋店主とひとしきり話をする——聞きたいこと、伝えたかったことは食事をしながら全て話せた。
その店で、いつものお約束といえる大盛りダブルカツカレーを食べ、その後にデザートとしてプリンとオレンジジュースを注文し、新月丸はすっかり満腹だ。
店を出る時に
「大盛りダブルカツカレーを3つ、持ち帰り用にたのむ」
と伝え、出来上がる時間を聞いてから外へ出た。
出来上がりまで、少し時間がかかるのを知っている。待ち時間に街をぷらぷらと見て回ったが、これといって気になるところはない。怪我をした者も軽い回復魔法で完治する程度だったと、町医者にも話を聞けた。
街に点在する掲示板には“質問などは城正門脇御用口までどうぞ”の文字があるので、後から何か問題や疑問がでてきても大丈夫だろう。
建国間もない国というのはナメられやすいもの。友好国のエルネア帝国は国として1200年を超える超大国ではあるが、そこを頼りっきり……虎の威を借る狐、になるのは国として良くないと考えている。
そのため、新月丸は国全体に魔素値由来の防護壁を貼った。
ゆくゆくはもっと完璧なものにするが今は何かと忙しく、リックとの時間も大事にしたい。時間の合間に魔法を組み立てたので、まだアラが多く不恰好だと個人的には思っていた。
それでも街に張ってあった防壁は、問題なく敵が放つ攻撃魔法を防ぎ、完全無傷ではないものの、人も守れていたのを認識できたのは重要だ。
この情報は、今後の防壁組み立てにも大いに役立てられる。
街での用事を済ませた新月丸は注文品を受け取りに定食屋へ行き、城へ戻った。城で働く者は、もう少しで定時の上がり時間だ。
正門脇御用口から入ると嫌雪がまだ、そこで帳簿をつけている。
「おつかれさま、今日は大変だっただろ」
そう言って、手土産を渡す。
「おつかれさまです。そして、ありがとうございます」
受け取ったカレーはズシリと重い。
ここの大盛りダブルカツカレーの量は本当に多く、あまり食が太くない嫌雪は2回に分けて食べることがほとんどである。
しかし、今日は忙しく、昼休憩をろくに取れないまま今を迎えていおり、そこに美味しさが重なり一気に食べられそうだ、と感じた。
ほとんどは炎関連の質問や疑問で真っ赤な溶岩で包まれた城は大丈夫なのか、街がなぜ燃えなかったのか——
忙しかったものの、ここで問われる内容は似たようなものが多く、同じ回答を延々としていただけで難くなかったことを王に伝える。
「なんで街が燃えない、はここに来た攻撃者も同じことを私に聞いたんですよ」
なんだか嬉しそうに笑いながら言うので、新月丸もつられて笑ってしまう。
「そうか……敵方にしてみれば謎だらけだよな」
「味方の私でも、あの状況は謎でしかありませんでしたよ?」
それも屈託なく笑いながら言う。
その様子を新月丸は意外に感じ、同時に嬉しくも思った。
執務室に居る2人と嫌雪が決定的に違うのは、絶望的な状況下から直接、命を救われた経験の有無の差かもしれない。
あの時に見た真摯な目と対応。
それは大きな優しさを備えている何よりの証拠——
国としてまだ周知されず、無名だった頃の王を知っている嫌雪にとって、その経験で感じたことは『どれだけ強い力を秘めていても絶対に、それを間違った方向に使わない』と心の底から信じられる理由として十分だった。
だから、常識では考えられない尋常ならざる力を使っている、と発覚した時も恐怖ではなく不安でもなく、わき上がったのは別の感情。
それをどう、表現すればいいのだろうか。
言葉であらわす術がわからない。
その感情を強いて言語化するのなら『畏怖と純粋な好意』が最も、近い気がする。
好意は恋愛とか目が合うとドキドキするとか……ましてや肉体関係を持ちたいとか、そういうのではない。
この王に仕えられた喜びと、己の身を挺して護りたいと思える感情。それでいて、この王の下にいる限り、少々のことが起きても護られているのだろうという安心感。
矛盾した感覚が入りまじるが、とても満たされた気持ちだった。さすがにそれを王に言うと、怪訝な顔をされるような気がするので、その気持ちは自分の胸に留めておく。
「すべての力を伝えるのは国防的にも良くない気がするから、昨日も言ってないんだけど……まぁ……うん、謎は謎として、あまり気にしないでくれれば助かるかな」
失礼かもしれないが、照れくさそうに言っている王が、かわいく思えてしまう。もちろん、これも変な意味ではなく、あれだけの強さを持っているのに、少年のような王の表情が、そう見えてしまったのである。
「はい、私はそれで納得しています」
「ありがとうな」
王と王に使える者の会話としては、とても親しげなやり取りを経て、新月丸は執務室へ向かった。
その前に——
自室へ戻り、ウデーの具合をみる。
病院を怖がるという、想像とは違う反応をしたため、得意ではない回復魔法で、ちょっとずつ治す必要がある。
隅に横たわり、長い手足を投げ出して眠る姿を見つける。起こさないよう注意深く弱めの回復魔法を使うと、傷が少し癒えていった。
(回復系も地道に練習しておくか……)
弱い回復魔法であれば何回も連続で使用していい、というわけではない。
ゲームの世界ならそれで済む。
しかし、実際は難しい制約と仕組みがあり、苦手な者がそういった使い方をすれば、ほぼ確実に悪い作用——リバウンドと呼ばれる現象が起きるのだ。
苦手……と言えば聞こえがいいが『ヘタクソな回復魔法』という自覚があり、不安が少々ある。使った後に悪い変化が何もないかを用心深く確認して、執務室へ向った。
執務室を見渡すと、山のように積まれていた書類がすっかり片付けられ、2人の有能さを改めて感じる。
街を見てきてほしいと言われ外出したものの、結果的にはその方が仕事の効率を上げる助けになったのかもしれないと、新月丸はしみじみ感じた。
「おかえりなさいませ」
新月丸に気付いたクレアが声をかける。
「ただいま〜一通り、見てきたよ」
そう言いながら、クレアとタロウの机に手土産を置く。嫌雪と同じく、昼休憩を取らず何も食べず仕事をしていたので、スパイシーな匂いがとても食欲をそそる。
タロウが隣の部屋から出てきた。
「おかえりなさいませ」
いつもと同じ言葉と姿勢で言うけれど、まだどこか固い。昨日、新月丸を質問攻めにしてしまったことをまだ、気にしているようだ。
「ただいま〜夕飯にいいかなと思ってカレー買ってきたぞ」
部屋中に匂いが漂っているので気付いてはいたが、これは王が好んで食べるカレーだ。普通盛りで足りるけれど、何故か大盛りにダブルカツ付きで買ってきてくれるのが、王の常。
全部を食べるとやや食べ過ぎになるが、それでも一気に食べてしまう味をしている。
「お気遣いをありがとうございます」
タロウの口調はいつも通りの生真面目さだが、少しだけ表情が緩んだ気がした。
「もう、今日の仕事は終わる頃だろ?」
「ええ、そうですね」
「んじゃ、残業をせず帰るといいぞ」
気さくな会話が流れ街での話を軽くし、2人は帰っていった。
お土産のカレーを持って——
2人の後ろ姿に新月丸が話しかける。
「少しだけ問題が起きるかもしれないが、証拠は何もない。徹底的にはぐらかし、知らぬ存ぜぬで通していいからな」
そんな言葉をかけられれば気にならないわけがない。でも、残業してでも今、言うべきことなら「帰るといい」とは言わないのを2人とも理解している。
「わかりました、それでは明日、詳しくお聞かせください」
——何か、とはもちろん、先の殺戮のことだ。並の国であれば、姿なき敵から一方的に攻撃され、蹂躙されたのだが、ウデーと新月丸によりそれは阻止されている。
あの軍が到着する遥か前、恐らくは敵国を出て間もない辺りで探知に優れたティールは気付いたのだろう。
「途方もない数でこちらに向かってくる気配がするっす」と新月丸とウデーにコッソリ、伝えてくれたのは、新月丸がエルネアの治療施設に行く前だった。
あれだけの数を始末して、あの国——いや、あの国の王が黙っているわけはない。なんらかの行動をおこすだろう。
それへの対応を2人に話すのは明日にする。
連続の残業は極力、避けたい。
こうした感覚は、現世でリックが何度も残業で苦しんできた姿を見てきたからこそ、芽生えたものだ。