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影の境界線 - 現世常世=異世界 -  作者: 九条飄人
異世界干渉編
64/72

63 -闇領域

「そういえば、お前の名前を聞いていなかったな」


 新月丸は目の前の敵を見据えながら、静かに口を開いた。


 その敵**眩い光を放つ羽を持つ者**は、先の攻撃を上回る力を蓄えつつある。羽の輝きはもはや直視できぬほど眩しい。


「下等な存在に教える名はない。もう少しで跡形もなく消滅死を迎える。お前に残された最後の道だ!」


 光を操るその者は怒りに満ちた声で叫ぶ。


「なるほどな。それならお前を『名無しの白羽』と呼ぶことにしよう」


 名無しの白羽は、これ以上ないほどの光を蓄え、次の一撃がいつ放たれるかはわからない。


 周囲は目に見えぬ圧が充満し、魔素値が低ければ今の時点で呼吸に支障がでるほどだ。


「最後に言い残すことは?」


 そう、問いかけてくる声は自信に満ちあふれている。


「言い残すことは特にない。ただ、ひとつだけ訊きたいことがある」


「ほう……? 何だ?」


 その問いかけに名無しの白羽は興味を示す。

 己の勝利を確信したのだろうか、穏やかな笑みを浮かべている。


「女とその家族の引き渡しを要求し、どこかの国に軍を率いて襲撃したことはないか?」


 問いの内容を聞くと、名無しの白羽は思案するような素振りを見せたが、心当たりがあるようで嫌らしい笑みを浮かべて答えた。


「ああ、あったな。たしか、エスターゼ・ラニサプが気に入った女だったとか。自由地区(フリーゾーン)ではよくある事故にみせかけようと、信心深いオーク共をけしかけたんだっけ。ところが、役立たずな亜人どもは失敗してな。小さい国に逃げ込んだ獲物を狩りに行っただけ、大した話ではない」


 その答えに、新月丸は短く「そうか」と呟く。


「なに? お前の知り合いだったのか? まさか……お前が惚れていた女だったとか?」


 その表情には相手を見下した感情と、やらしい思惑が顕著に出ている。


「わかった、もういい」


 静かにそう告げた新月丸の目に変化が現れた。


「消滅するのはどちらなのかを教えてやろう」


 その刹那——


 瞳孔が反転したかのように漆黒に広がり虹彩は失われ黒一色となる。それは人のものとは思えぬ不気味な闇の瞳——その目は「名無しの白羽」を捉えて離さない。


「覚悟するんだな」


 日頃は発しない低い声で告げられたその言葉は、圧で満たされた空間に大きな変化をもたらしたが——


「もう遅いわ!!!」


 極限まで溜めた力を一気に放出し、辺りは眩い光に包まれた。その光の全てがウデーを切り裂き、兵士を巻き込んだ刃と同じ性質を持つ。


「ヒャハッハハアハハッハハハハハハハ!!!!」


 下品な笑いが光の後ろから聞こえる。絶対に勝てると信じた者特有の雄叫びでもあるのだろうか。


真闇領域グラヴィラススパチウム


 新月丸は呪文破棄を使えることが悟られないよう、今までの戦い——万物砂塵(サヴァニツニ・サンド)は敢えて呪文を唱えていた。しかし今回、きちんと唱えた呪文には“破棄”とは異なる理由がある。


 意味を込めて唱えた威力は計り知れない。


 ——あれだけ眩かった光はスイッチをパチと切られたように瞬時に消え、静寂が支配する闇の世界に転じる。その中にポツンと居る「名無しの白羽」は今、何を思うのだろう。


 笑い声が途絶える。


「これはなんだ!何をした!」


 水を打ったような静けさの中、声を発するものの無音がそれを上書きしてゆく。空間に吸い込まれるように声が消え、言葉を発している感覚があるのに、聞こえない。暗闇の中で初めて自らの無力さ、そして恐怖を知った。


「さぁな……俺はその中に入ったことはない」


 闇の外から語られているような響きで新月丸の声が聞こえた。


 同時に自らが置かれた危機を実感する。そして次第に体の異変を感じ始めた。まず、呼吸が難しくなってきている。口内に鉄臭い液体が満たされ声が出ない。身体全体が激痛に苛まれ一切、動けない。


「もう、声も出ないだろ?」


 忌々しく聞こえる声だが、今は声の主に対し闇の中で懇願し続けるしかできない。ここから出してくれ、という声にできない思いを心の中でひたすら必死に叫ぶ。


「お前が国を侵略し人を狩った時の快楽を思い出すといい。その報いだ」


 新月丸の声は冷たく、容赦がなかった。

 言葉を否定したく、首を振ろうとしても動けない。


「時間の調整はしておいた。お前はこれから数百年に及ぶ圧縮の中で孤独に消滅死を迎える、その瞬間まで意識を保つだろう。その間に己が何をしてきたのかを理解し懺悔する時間は十分すぎるくらいにあるぞ」


 叫びたくても暴れたくても何もできない、ここは漆黒の闇の中。抗えない——すでに指先1つ動かす力すら奪われている。


「時間調整しなかったぶん、お前より速やかな消滅死を経験しただろうが、ケプシャルもエプシャルも同じ末路を辿っている。安心しろ、お前だけが特別ではない」


 それが最後の言葉だった。新月丸の声が消え再び世界は静寂に支配される。


(頼む、出してくれ! 助けてくれ! 痛い! 苦しい!)


 そして「名無しの白羽」の意識が消え去るまでの果てしない時間がここから始まる。


 さっきまで戦いがあったその場に、新月丸の姿はない。急いでウデーの元へ向かうため、その場を去っていたのだ。


 闇蟲であるウデーが展開する自空間。

 そこを経て行く場所はただ1つだろう。


 新月丸は瞬間転移(テレポーテーション)を用いて自室に戻ると、部屋の隅に丸まっているウデーの姿を見つけた。硬直し始めた足は危険な状態を物語っているけれど、まだ息がある。


 瞳だけを動かし、新月丸を確認したウデーは、かすかに目を細め安心したようにも、微笑んでいるようにも見える表情を浮かべた。


 しかし、背中に受けた深い傷口からは眩い光が漏れ出し、部屋を明るく照らしている。光は攻撃の余波であり、闇属性のウデーには耐え難い致命的な苦痛を与え続ける。


「申し訳……ありません……脱出に、失敗しました……なんとか、私の闇で中和を試みたのですが……光の力が……強すぎて……」


 途切れ途切れ言葉を発していたが、ウデーは喉を詰まらせるように咳き込むと、それ以上話すことができなくなった。


「何も言うな。すぐに楽にしてやる」


 新月丸はそう言うと、懐から数本の黒い羽を取り出し、それをウデーの光り輝く傷口へゆっくりと刺し込んだ。本来であれば、傷口に異物を入れるのは激しい痛みを伴うはず。しかし、ウデーは苦痛どころか心地よさそうにみえる。


 次に、新月丸は自らの手首に視線を向ける。途端に手首が裂け、黒に近い血液がボタボタと垂れ落ちた。その黒い血をウデーの背中の傷口へ落とす。


 すると、あれほど強烈だった光は急速にその輝きを失い、部屋はいつもの薄暗さを取り戻す。忌々しい光が消失し、ようやく安堵の息をついた。


 見てみると傷自体はそれほど深くはなく、重要な器官へのダメージもなさそうだが、パックリ裂けたままだ。


「俺は回復系があまり得意じゃないからなぁ……ババアのところへ連れて行くしかないか」


 そう、つぶやいてウデーを見る。

 ウデーは新月丸を見つめ、ぽつりと言う。


「いやです……病院、怖い……」


 その言葉は、新月丸の予想を軽く裏切るものだった。人を萎縮させる姿に似つかわしくない、あまりにも素直な反応に思わず吹き出してしまう。


 現世で見る犬猫の動画で、病院を嫌がるペットの姿が微笑ましく映されているのをよく目にする。もし彼らが言葉を発せられるのなら、まさにこんなことを言うのだろう。


 新月丸がそんなふうに笑えるのは、ウデーの命はもう大丈夫であると確信できたからだ。


 戦いが終わり部屋にたどり着く前、ウデーの命が尽きていたら——その可能性が頭をよぎるたび、新月丸の胸は締めつけられ、嫌な緊張感が背筋を這うように冷たい汗となって流れていた。


 彼はそっとウデーの頭を撫で、穏やかな声で言葉をかける。


「わかったよ……じゃあ、時間は少しかかるけど、俺がなんとかしてやる」


 ウデーは静かに目を閉じ新月丸の声に応えた。

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