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影の境界線 - 現世常世=異世界 -  作者: 九条飄人
異世界干渉編
63/72

62 -選別の結末

 今、外で何が起きているのを知る術が月光国の人々にはない。


 それは好都合であり幸運といえよう。


 外の光景を目にしてしまえば、不安や恐怖に支配されるのは避けられない。特に、あの巨大な軍勢が迫り来る様を目撃すれば、ただの恐怖どころか、心の中に深い絶望が植え付けられてしまうのは明白だ。


 だが、敵は不可視化(キャモインビジリー)の術で完全に姿を消している。そのため、一方的に地面へ叩きつけられている現実を見ているのは、新月丸とウデーだけだ。


 姿を消し、不意打ちで国を攻め落とそうとした敵の目論見(もくろみ)は、皮肉にも裏目に出たと言える。新月丸とウデーによる一方的な虐殺は月光国にとって勝ち(いくさ)。しかし、その無残な光景を国民が目にすれば、恐怖だけでも十分に植え付けられたはずだ。


 だが、敵が不可視を使用していたおかげで、陰惨な死に様も散乱する無数の屍も、内側へ吸い込まれるように消えゆく気持ち悪い場面も——


 視えるのは死を与えた新月丸とウデーだけ。

 他は誰も、それを見ることはできない。


 残りの約2500人の有翼の兵士は今までに命を奪われた者と比べ、体力や魔素、物理的な攻撃力も遥かに上だ。けれど、今まで一方的に攻めることに慣れている彼らにとって、今の状況は初めての体験である。


 自分たちが姿なき強敵から攻撃を受けるとは考えに微塵もなく、今ままで弱者を狩り続けてきた兵士は統制が乱れ、姿なき敵を探して動けない。


 敵は既に戦意を大きく喪失し、敗走を始めてもおかしくない状況にある。けれども、彼らにはそれが許されない理由があった。この兵を月光国へ差し向けた指導者の冷酷な気性を考えれば当然のこと。逃げ出し国へ戻れば容赦なく責め立てられ、苛烈な罰を受けるのは明白だ。


 逃げるにせよ戦うにせよ。


 こうなったからにはもう、上空にいる兵に命が残る望みは残っていない。なぜなら新月丸は1人たりとも逃がす気がないからだ。


 敵国の兵士たちは迷いと恐怖の中で立ち尽くしていたが、新月丸は次の攻撃の準備を進めていた。そんなとき、不意にウデーの声が響く。


「私にお任せいただけませんか?」


 2人とも闇の中にいるのだが、ウデーの居場所は相変わらず分からない。先ほどよりも近くから聞こえた気はするが、その正確な位置は掴めず真っ暗な空間全体から聞こえる響き方だ。


「わかった、任せる」


 新月丸がそう答えると、再び兵士たちが次々と落下し始めた。落下した者たちは先ほどと同じように、一定の位置まで到達した途端に内側から吸い込まれていく。


「定魔素値以下の者を落とし終え、残り約100体」


 ウデーの淡々とした声が闇の中に響く。2500の兵を僅か100まで一気に減らした。


「その方法で、最後の1体まで絞れるか?」


 新月丸の問いに、ウデーは意を汲み取り静かに応じる。


 どれだけの数がいようとも、その中には必ず群れを率いる大将がいるものだ。


 まるで真綿で首を絞めるように、じわじわと敵軍を追い詰め1体まで絞っていく。魔素値を基準に選別を続ける冷徹さと、闇に乗じ嬉々として敵を屠るその姿勢こそ、闇蟲であるウデーが本領を発揮した姿だ。


 92……84……80……71……65……

 残酷なカウントダウンがウデーにより進められている。


 上を見上げれば逃げ始める者がちらほらいるが、逃げ切る前に落下し消失——雨粒が地面に落ち土に染み込んで消えるように、それは自然に繰り返された。


 41……36……28……

 だんだん、見えてくる。


 最後の1体と思しき、その存在が——


 他の兵と同じく、有翼の者だが纏っている気配が違う。


 存在を隠すためだろうか。


 同じ身なりをしているが絶対的な力の違いを放ち、逃げる気配も焦るようすも見せていない。冷静にその場へ居続け、ウデーの気配を探っている。


 新月丸の目が鋭く大将と思しき兵を凝視した。


 ウデーが1体を除き全てを落としきるのが先か、それとも――


 新月丸はその可能性を否応なく悟る。

 数体を残し目を付けられる方が早いだろう。


 そして確信する。

 敵軍大将、その力と正体を——


「ウデー、自空間に今すぐ逃げろ!」


 新月丸の叫びに応じ、ウデーは瞬時に自空間への道を開く。だが、その身を滑り込ませる直前、敵の攻撃が身体を(かす)めてしまった。


 閃光がウデーの頭部から背へと走り、深く裂ける。光を放つ傷口から体液が飛び散ちらせながら、自空間へ消えた。


 新月丸は念話(テレパシー)で負傷の具合を尋ねたかったが、今それをすれば、敵にウデーの場所を察知される危険がある。新月丸は軽く舌打ちし、心の中で自分を責めた。


 あの時点で俺が1人でやるべきだった——


 今はウデーが無事であることを願うしかない。あいつのことだ、たぶん命にかかわるようなケガではないはずだ。それを信じ、今いる闇から敵軍大将の前におどり出る。そのまま飛び、空中にいる敵と対峙する。


 辺りは何事もなかったかのように、それでいて不気味さを漂わせ静まり返っていた。数体残っていたはずの敵兵の姿も、いつの間にか消え去っている。


「お前以外の兵士はどこへ行った?」


 新月丸が問いかけると、相手は薄く笑みを浮かべながら答えた。


「我がさきほど放った攻撃の余波で、巻き添えになり砕け散ったようだな。」


 その含み笑いと軽薄な口調が、新月丸の癪に触る。


「口惜しいのは、お前のペットを仕留め損ねたことだ。巻き添えになった兵たちも、さぞ無念だろうよ」

「あいつはペットではない」


 新月丸は短く言い返し、鋭い視線を相手に向ける。


「それよりもなぜ、お前のような存在がここにいる?」


 目の前の男は、この地に住まう存在ではない。それどころか、現世風に言えば『天界』と呼ばれる世界の者。おそらく、その中ではさほど地位は高くなく『エルの名を冠する者』ではないだろう。しかし、国を攻め落とすのであれば力のほどは十分すぎるくらいに有している。


 男は悠然と語った。


「なぁに、我らの神と太陽神は、時に同一視されるほど近しい存在。我はいざという時に派遣されるだけのことよ」


 新月丸は無表情で黙って聞いている。


「生意気にも神に刃向かい、その右腕たる者を殺した。これは万死に値する行為だろう。神の言葉、神の司令。それが絶対であることを、お前に教えよと我は遣わされたのだ」


 新月丸は鼻で笑う。

「悪いな。俺は、お前たちの言う“神”ってやつが、基本的に大嫌いなんだ。」


 その態度には一切の怯えがない。それどころか、自信に満ちた笑みを浮かべている。


「お前のような不信心者は、我の光で消し去らねばならない。その後、お前のペットも、国民も、配下も、同じように消してやろう」


 そう言うと、男は身に今まで着ていた鎧を脱ぎ捨てた。現れた姿は、純白の翼を広げ、白銀の鎧を纏った金髪の長髪、そして長身の男。その顔には(あざけ)りが浮かび、続けざまに口を開く。


「側近の一人は無傷で生け捕りにして、エスターゼ・ラニサプへの土産にしてやろう」


 その言葉に、新月丸の胸中に怒りと不快の感情が湧き上がる。だが、それを表には出さない。ただ口元に薄い笑みを浮かべ、低く答えた。


「それにはまず、この俺をどうにかしなければな」


 挑発的な態度に、男の表情が歪む。


「神の御使たる我に、そのような無礼を――!」

「神の御使なんてものは、俺には関係ない。」


 その瞬間、戦いの火蓋が切られた。


 再び放たれた閃光――それは、先ほどウデーを切り裂いたあの攻撃だ。


 光の一撃が新月丸を直撃したかのように見えた瞬間、辺り一面に激しい光の粉が舞い散った。火花のようにきらめきながら闇に舞い、空間を明るく染めていく。


 その様子を見て、天使たる男は勝ち誇ったように高笑いする。


「ははははは! 愚か者よ! これで己の身の程を思い知ったか‼︎」


 やがて閃光は収まり、光の粉が静かに消えゆく。


 取り戻された静寂の中、姿を現したのは無傷で佇む新月丸だった。彼の表情には微塵の動揺もなく、ただ淡々とした冷ややかな視線で天使を捉えている。


 そして皮肉めいた笑みを浮かべて口を開き、一言「なるほどな」と言い放つ。


 一瞬の間を置き、先に続く言葉を無感情に述べた。


「今ので『エルの名を冠する者』には到底及ばないのが、よくわかった」


 ほぼ不意打ちで当てた攻撃が通じなかった事実に、驚きと困惑が隠しきれなかったが瞳には怒りの色が浮かぶ。その怒気(どき)を露わに、背中の翼は激しく光を放ち、次なる一撃を放つべく力を溜めはじめた。


 それを呆れ顔で見据え、新月丸は小さく首をかしげて言う。


「おいおい、身勝手な振る舞いをするなよな〜次は俺のターンだろ?」


 全く動じていない余裕が漂う声には、相手を挑発するような響きがあった。

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