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影の境界線 - 現世常世=異世界 -  作者: 九条飄人
異世界干渉編
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05 -月光国

 穏やかな日々が続く城内では、王に任命され国政を担う者たちが、今日も忙しく働いている。


 広大な城に対し、働く人員は決して多くない。仕事量に比べ、人手は圧倒的に不足していた。


 今は王と王の側近二名が、信頼できる者を見定め採用しているので、人数を一気に増やせないのである。


 まだ、建国して浅く、人選を慎重にしなければ、内部から崩される可能性があるからだ。


 連日、とても忙しそうではあるけれど、この国は希望に満ち溢れているのか働く者達に暗い影は見られない。活気があり楽しい雰囲気で満たされていた。


 城下町もまた、和気藹々とした雰囲気に包まれている。官僚たちが町の定食屋で昼食を取る姿も見かける。


 とりわけ目を引くのは、その中に混じって食事をする王の姿もあることだろう。


 王と国民の距離は近い。


 街で普通に食事をし、買い物する姿が見られる。王だからといって、特別待遇を求めるわけでもない。


 寧ろ「王を含め、国政に携わる者を基本、特別扱いしてはならない」とする憲法を、王直々に制定した。


 制定後、国家官吏や貴族が威張り散らし、平民が搾取され虐げられる身分制度の図式はほぼなくなった。


 そして、奴隷制度の完全撤廃もしている。


 王と側近のみで慎重に、城内部で働く者を地道に選ぶ理由として、奴隷制度の完全撤廃はとても大きい。


 無賃金で使え、弱れば物のように捨てられる奴隷は、一部の者にとって便利な道具。今まで奴隷で潤っていた人は利益が確実に激減した。


 奴隷商人は廃業確定——


 そういった背景があるので、前国家で貴族や上流国民と呼ばれていた者、そして大規模な店舗や企業を運営する者の中には、今のやりかたに対して反発心を抱く者も少なくない。


 それらが、身分を巧妙に隠して官吏になろうと試みるのは、よくあることだった。


 反乱分子を国政に入れてはならない。


 一人一人としっかり向き合い、面接を重ね丁寧に人材を選び抜いていて、その成果は確かに現れている。


 現在の方針に心から賛同し、王が描く治世を共に支える意思を持つ者たちで揃えていることは、間違いなく正しい選択だ。


 今、国政を担う官吏は汚職や私利私欲に走ることなく、公正な姿勢を貫いている。


 そして、適切に運用されている税が街へ、国民へと還元され、ここ数年で繁栄の兆しが各地に広がってきた。


「陰惨な国だったのが信じられないわよね…」


 そう、つぶやくのは長い金髪に碧い瞳、透き通るような色白の肌。


 誰が見ても「美人」という言葉がぴったりなスラリとした長身の女性が、窓の外を眺めながらふと独り言を漏らした、その時——


 独り言の主へ用のある、若い男が足早に近づいてきた。


「王はおられますか?」


 彼は手に書簡を持った王室付き便利係である。


「急ぎのようね」

「ええ、なるべく早くお伝えしたくて急いで参りました」


 便利係、なんて役職名を考えたのは私じゃない、とクレアは心の中で苦笑する。


 王が「小間使い、も変だし雑務マン、も嫌な感じだし便利係がちょうどよくね?」という軽い一言が正式名称になってしまった。


 そんなことを考えながら「王は今、リックの所にいます」と返す。


 王はここ1年ほど、国務よりもリックの仕事を手伝うことに力を注いでいる。もっと正確に言えば、手伝っているというより、代行している。


 私は王直属の秘書兼宰相という立場だけど、王のその行動に不満はない。


 私が見聞きする彼方(あちら)の世界は、閉塞感や独特の不条理があるように感じる。


 強く根深い選民意識があるのに「そんなものはありません」って欺瞞(ぎまん)で隠す。


 選挙制度が機能しているはずなのに、なぜか民を大切にする人が上に立つことは稀で、己の私利私欲に忠実な者ばかりが(まつりごと)に携わってしまう。


 そんな状況だからだろうか。生まれながらにして才能(もの)を持つか、家柄やツテ、コネに恵まれた者でなければ、豊かさを得ることは非常に難しい。


 成果が全て。

 結果が全て。

 生まれ持った環境が全て。


 そんな考え方があまりにも強く、報われない人々は徹底的に見捨てられ、貧困に陥り搾取され続け、人生を終える。


 成功しないことや報われないことの責任を、全て本人に押し付け切り捨てるやりかたは、一部の者にとって生きやすい世界。


 もちろん、此方(こちら)の世界にそのような価値観が全くないわけではない。


 知性ある存在が集まり社会を形成すれば、ある程度は避けられないものだろう。


 けれど、彼方(あちら)の世界ほど冷酷ではなく、報われないまま終わる人々の数は、此方(こちら)の方が遥かに少ない。


 王は「彼方(あちら)の世界のようにはしたくない」と常に語っていたけれど、今なら深く理解できる。


 その考えが国の統治方針にも色濃く反映されていた。


 成果や結果がすべて——そんな彼方(あちら)の世界の冷たさとは対照的に、此方(こちら)の世界では報われる可能性が開かれている。


 リックは良い子よ。

 生まれはごく普通の家庭ね。


 素晴らしい才能に恵まれているわけではなく、現状はお金に困り気味。だけど特別な支援を得られる立場でもない。


 世渡りは下手で、生き方も不器用。


 彼方(あちら)の世界では、間違いなく切り捨てられる側の人間——だからこそ、王は妻であるリックを懸命に手伝っているのだろう。


 リックが此方(こちら)に来るまでの時間は、肉体寿命が尽きるまでの残り30〜50年くらいかしら。


 私達にとっては、そう大して長い時間ではない。

 でも彼方(あちら)側の人間にとって30年50年は長い時間。


 王は、その寿命の中でリックが少しでも笑顔で、そして心穏やかに生きられるようにと、あれこれ手を貸している。


 リックは彼方(あちら)の世界で子供の頃から辛い目に遭っているみたいだし、なるべく苦労させたくないのよね。


 国が落ち着き始めたある日。

 私達は王から直接お願いをされた。


「しばらくの間、国務の殆どをお前とタロウに任せてしまうが許してほしい」と。


 タロウはクレアの後輩であり、王直属の官僚として並ぶ立場にある。


 そして、タロウもリックをよく知っているので快く了解した。


 今日も王はリックがいる世界で仕事をしている。


 私達は国務をする。


 どうしても王でないとダメな事柄のみ、手が空いた時にしてもらう。


 落ち着いてきたといっても、国の仕事はそれなりに忙しいのでタロウが居てくれて良かった。


 一人では到底、仕事が捌ききれず王の頼みを聞き入れるのは無理というもの。


 便利係をチラッと見たタロウは、いつもと変わらずの仏頂面だった。


 ぶっきらぼうで不愛想。

 無口で淡々とし過ぎているのがたまにキズと私は思う。


 でもそんな所が一部で「クールな男前」と言われているみたい。

 ……私は全然、そう思わないけど好みはそれぞれよね。


 私は便利係から受け取った書簡の封を開け、すぐに確認する。


 それは少し読んだだけで、一筋縄ではいかない内容だと理解できるものであった。


 (これは……面倒になりそうね)


 内容を見ての率直な感想を私の心の中に留め、受取書に“クレア・エヴァリエンス”と受け取りのサインをして、王にすぐ連絡する。


 新月様、***様から信書が届いております。

 お手が空き次第、至急お戻りください——と。

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