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影の境界線 - 現世常世=異世界 -  作者: 九条飄人
異世界干渉編
58/72

57 -静

 クレアもタロウも嫌雪(けんせつ)も。


 王が何を語るのか、静かに耳を傾ける。


 真剣な顔の3人に見つめられ、新月丸はなんともいえない居心地の悪さを感じた。

(いや……そんな大した話をするわけじゃないのだが……)


 引きつった笑いを浮かべ、自分の席へ移動し着席する。3人が見やすい位置に移動した。新月丸の席は“上司です”といった感じの位置にあり、クレアやタロウの席を見渡せる場所にある。そこから一同を見渡して口を開いた。


「ティールから聞いているだろうが、俺の力は吸い取る力なんだよ」


 いつもとおり、呑気さを感じる口調。


 しかし……力の強さ、魔素値の高さ。

 それを知ると、その呑気さはいつもと違って聞こえるものだ。


 街に住む者から聞いた話だと——


 1人の男が燃えさかる剣を手に街へ来て、薄ら笑いを浮かべ街へ炎系の魔法を放っていった。けれども、炎はすぐに鎮火してしまい、それに苛立ったようすを見せ、どんどん強い炎を街へ放った。けれど、建物へ炎がぶつかっても空気中に吸い込まれるように火が消えてしまう、と。


 それを見て即時、建物の中に皆で避難したのだという。素早い避難は功をそうし怪我を負った者はほとんど出なかった。逃げる最中にころんだり、炎を当てられた者は多少の怪我を負ったが、あの攻撃を受け軽くヒリヒリするような痛みしかない軽傷。官公吏(かんこうり)だとわかる服装で見回りをしていたタロウへ、皆、一様に驚きを隠さず、その事実を伝えにきた。


 官公吏(かんこうり)とわかる服装をクレアもしていたが『月一で開かれる“国王スピーチ”で王の近くに控えている人』としてタロウより広く国民に顔を知られている。親しげに話しかけられ、似たような内容の話を耳にし続けたのだ。


 2人とも、それは王の施しであり国の護りだと伝え回ったところ、国民は王に感謝していたが、力をティールから聞いて知る2人は手放しで喜ぶことが、できなかったのである。


 遠隔で、これほどの広範囲に魔法を仕掛けておくのは難しい。


 街の者を吸い込まず、炎だけ吸い取る発動条件を考えても、高度で難解な魔法——それを大掛かりな準備もせず、城と城下町……もしも国全体へ施していたのなら、その魔素は尋常ではない数値となる。


 けれど、肝心の王は——


 ………………。


 それっきり、何も話さない。タロウは「それだけですか?」と王へ聞かずにいられなかった。


「……俺はお前たちが心配するご乱心や急に暴君化なんてしないと思うぞ?」


 王を見ると、本当に困った表情をしている。

 もしかしたら「どう説明していいかわからない」のかもしれない。


 わからないのなら、と考え、聞きたいことを端的に聞いてみる。


「吸い取る力はどこで身につけたのですか?」

「んー……独学かなぁ」


「吸い取ったものは、どこへ行くのですか?」

「どこへ……ってか消滅する感じなんだと思う」


「なぜ、暴君にならないと言えるのですか?」

「んー……それは俺の性格的なものかなぁ」


「通常では考えられない高い魔素値をお持ちなのはなぜですか?」

「前にも話したが、俺は見た目より長生きだから鍛錬期間が長いんだよ」


 ——魔素値の高さは鍛錬で増加が見込めるのだが何年何十年……何百年、したからとて皆が皆、そこまで高くなるわけではない。そもそも限界値、というものがある。例えば筋肉を延々と鍛え続けたとしても、1トン2トン……と際限なく持ち上げられはしないのと同じだ。


 魔素を筋力と比べるのは、少し違うのだけど、それにしても常軌を逸した高魔素を使っているのは明らかである。そうでなければ、今回のような街や城、国民の奇跡的な無傷は実現不可能。


 このまま詰問するように、過去を根掘り葉掘り細かく問いただせば、高魔素の理由が知れるのかもしれない。しかし3人とも、そこまで聞くのにはためらいがある。昔のことを事細かに詮索されるのは嫌だとクレアは思うし、タロウも嫌雪もそれは同じだった。


 しばらくの間、沈黙が続く——気まずく硬い空気が流れている。


 その沈黙を破ったのは王だ。


「今日は皆、疲れただろ?」


 いつもの席に座ったままの王は、いつもと全く変わらない口調と表情で言う。


 疲れているのは事実で、かつてない経験をし続けた1日がやっと終わった。時間はすでに、深夜に近づいていて普段なら、とっくに帰宅し食事を終え、そろそろ寝ようかという頃だ。


 穏やかな声で新月丸は続ける。


「俺に対して不審や心配があれば、その都度、聞いてくれて構わない。でも、今夜はもう遅いから各自、帰宅にしないか?」


 口調も目線も、不信感を抱くに値しない真摯さがある。


「あの……すみません」


 新月丸の言葉と態度を見聞きして、タロウは自然と謝ってしまう。疑いを含む無礼な聞き方になっていた気がするのだ。他の人が聞きにくいのなら、自分が率先して問いたださなければならない、といった変な正義感があった。今になって冷静に客観視すると、申し訳なさでいっぱいだ。


 膨大な力を使い国を護ってくれた王を質問攻めにしてしまった。無礼な聞き方でもあったのに、気分を害したようすも見せず答えてくれた王。こんなに優しい王は、どこにもいないのではなかろうか。今頃になって自責の念にかられる。


「謝るようなことは何もしてないぞ?」


 それに対して口調や回答が全く変わらない、王はいつもとおり。


 クレアと嫌雪は何かを考えているふうで、特に言葉を発っせず黙ったまま、王とタロウを見ていた。


「大変な1日を無事に終えられてよかった。じゃ、今日は解散!」


「おつかれさまでした」


 新月丸の言葉で挨拶が人数分響き、3人の帰り支度が始まった。


 それを見て新月丸が「明日はいつもより少し、遅い始業にしてもいいか?」と聞いてきたが、その言葉に対し、ぴしゃりと「それは困ります」とクレアは答える。


 夜型で朝が遅い王だけは、皆よりいつも始業が遅く昼に近い時間だ。それを更に遅くしていいか?の意味なので聞かれるたびに毎回、断っている。


 いつも通りの、そのやり取りがとても嬉しく感じた。


 新月丸は自室に戻り、シャワーを浴びると急いでリックの元へ帰る。夜は必ず、現世で生きるリックの所へ行き、隣に横になり抱きしめ匂いを嗅ぐ。ゲームの謎解きを一緒に考え、眠る。


 とても長い時間が過ぎた気がしたが、これは、たった一晩のことだ。


(やっと帰れるな……)


 近頃はリックの部屋が自宅のようになっている。


 現世で肉体を持って共に生きられたら、どれだけ幸せなのだろう、と新月丸は毎日のように思うけど、それは叶わない。


 しかし、どれだけ長くても、あと50〜60年もすれば、大抵の人間は現世で生きるに必要である肉体が寿命を迎えるので、それを気長に待つしかない。不便が多いけど、現世に居る存在と会って接しられるだけ幸せだと考えよう、と心に言い聞かせた。


 リックの部屋に着くと、ほっとするのか一気に疲れがでる。


 あいにく、リックは留守なのだが念話(テレパシー)で「11時くらいには家に着くよ」と連絡があった。あと30分もしないうちに帰ってくるだろう。


 それまでの間、リックの布団で横になって待っていればいい。


 寝床というのは使っている人の匂いが移っているものだ。リックの匂いがする布団に横になった途端、眠気がやってくる。

(いい匂いだ……)


 抗えない睡魔、とはこういうのを指すんだろうな……


 今夜、最後の思考がぼんやりと頭に浮かび、新月丸は眠りに落ちた——


 ——車を少し走らせたところにある実家へ行っていたリックが帰宅する。


 昨日は帰ってこれなかった「新月くん」が部屋にいるのを玄関に入った瞬間、気配で察した。玄関周りと台所に住む、部屋の精である銀さんも「(あね)さん、アニキがお戻りですぜ」と教えてくれる。


 急いで部屋に戻りたい気持ちをおさえ、まずは手を洗った。今すぐそのまま行きたいのだけど帰宅後、どうしても手を洗わずにはいられない性格だから仕方ない。手を洗い部屋に入ると、そこには気持ちよさそうに寝ている新月くんがいた。

(寝顔が子犬っぽくてかわいい……)


 つい顔がニヤけてしまう。


 ニヤニヤというかニヨニヨというか……他人から見ると少し気持ち悪い表情かもしれないけど、そんなことはどうでもいい。


 やっと会えた、やっと一緒に寝られる。


 急いで部屋着に着替え隣に体を倒し、そっと寄ってみる。……目を覚ます気配はなく、すーすーと寝息をたてている。いつもはそっと入っても、すぐに目を覚まし気づくのに、よほど疲れているのだろう。


 けれども、目を覚まさないまま私を抱きしめる動きをみせる。

(蒼くんのいい匂いがする……この香りに包まれて寝るのが1番幸せなんだよね)


 いつも依代(よりしろ)にしている衣類と縦長クッションを新月くんの体に合わせ、抱きしめられる体勢をとると、私はすぐ眠りに落ちた。

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