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影の境界線 - 現世常世=異世界 -  作者: 九条飄人
異世界干渉編
41/72

40 -期待の子

「エスターゼ・ラニサプ様!!!」

「エスターゼ・ラニサプ様はおられますか?」


 大声で主を呼ぶのは、ケプシャルと並んで王の次に地位ある者。


「大声を出すな、下品である」


 主の部屋から苛立った声が返ってきた。


 本来ならそこで黙り、謝罪を伝えるのだが非常事態が起きている。主に詫びるのも忘れ、言葉を続けた。


「ケプシャルが返り討ちに()いました!!!」


 扉の向こうで立ち上がる音がする。扉が勢いよく開き、主であるエスターゼ・ラニサプが姿をあらわした。


「それは真か?」


 主を目にし、廊下で即座に平伏して話を続ける。


「はっ!一般階級民の外門を焼き払い、そこから侵入されました。その際、大怪我を負ったケプシャルを見たと門番共が声を揃えて話しております」


 尊大な態度とる主は更に不機嫌そうな顔になった。


 この国の王を名で呼べる者は現在、2名しかいない。

 今、慌てて報告に来たのはケプシャルと並ぶ地位にいる、双子の兄弟エプシャル。


「ケプシャルは生きておるのだな?」

「はい、生きてはいます……命はまだ、たぶんあります」


 含みあるその言い方に、エスターゼ・ラニサプは更に苛立つ。


「さっさと真実を伝えよ」


 エプシャルとしては言い難い。小国の王に敗北なんて、ただでさえあってはならぬ事。更に、あの状態で連れられ門を燃やされ国に侵入されてしまった。


 騒ぎを聞きつけた中央地区の兵を全て砂に変え殺し、ここへ真っ直ぐ向かってきているとは言い難いを通り越え、どう伝えていいか解らない。混乱状態だ。


 それでも、伝えないという選択はできない。

 どれだけ言い難くても、ここで言うしかないのである。


 平伏したまま深呼吸をし、意を決してエプシャルは単刀直入に状態を言う———


「ケプシャルは四肢をもがれ、恐らく顔にも相当な暴力を受けております」


 エスターゼ・ラニサプは一瞬、息を呑んだがすぐに冷静さを取り戻す。


「それは真なのか?」

「私は直接見ていません。ですが中央地区に侵入のおり、千里眼(クリアパダアイズ)で見た限り、大きな黒い虫の背に乗せられている袋に入っているものと思われ、袋からは血液が滴っていました」


 そこでまた、エスターゼ・ラニサプの機嫌が悪化した。


「大きな黒い虫、とはなんだ?解りやすくさっさと話せ」


 混乱しているエプシャルに、あの虫をどう説明すべきか考えが纏まらない。黒くて大きな虫、と思えるそれは単眼に大きな口があるが、その形状は果たして虫と言っていいのだろうか。

 手足や身体つきは虫っぽいが、目立つ2つのその部位が生々し過ぎ、本当に虫かどうかは怪しい。


「エスターゼ・ラニサプ様も私も、見たことのない生物です。単眼に大きな口を持ち、身体は真っ黒で……」


「もういい!」


 珍しくエスターゼ・ラニサプは声が荒くなる。


 神に楯突く屑が!下々の者は我の命令に素直に従えばそれでいい。詫びて上で謝罪の品や金を献上し、地面に額を付けて許しを乞えばいいものを。反抗した挙句、無礼な国に破壊と狩りをしに行ったケプシャルが負けただと?生意気にも程があろう!どうしてくれようか……!!


 それがエスターゼ・ラニサプの今の気持ちだ。


 しかし、神には神のしがらみがある。

 いくら上位の神であっても、だからこその縛りがあった。


 今ここで、直接手を下したいものの、審判不在である。信用に足る審判が居なければ、神という立場で一国の王へ直接手を下すのは体裁が著しく悪く、面目と外面を大事にするエスターゼ・ラニサプは、その一線を越えられない。


 ———エプシャルに始末させる分にはいいが、これにその役割が務まるだろうか?


 ケプシャルには国宝級の武器を持たせた。


 エプシャルにも別の国宝級武器を与え、魔法で強化し向かわせればどうにかなるのではなかろうか。ケプシャルが戦った地は月光国の中。敵国の陣では不利な戦いになるのは当たり前である。

 でも、ハーゥルヘウアィ・ララ国内であれば、話は違ってくるはずだ。


 そうだ、そうしよう。

 エスターゼ・ラニサプの中で、そう決めた。


「エプシャル。お前が月光国国王を撃退しろ」


 急展開の話に平伏したままのエプシャルは困惑する。


「私はケプシャルより攻撃面で劣ります」

「私の命に従えぬ、と?」

「そうではございません!」


 この国で階級は絶対に逆らってはならない掟だ。


 主以外、誰からも命令されない立場だが、エスターゼ・ラニサプからの命令は従うしかない。しかしエプシャルには懸念があったのだ。


「ケプシャルが敗北した相手に私が叶いますでしょうか」

「随分と気弱な発言をするものだな、神の左手たるエプシャルよ」

「ケプシャルは私より遥かに強いと知っております」

「案ずるな、私には考えがある」


 そう言うとエスターゼ・ラニサプは薄笑いを浮かべ、エプシャルの前に(かが)み込んだ。


「エスターゼ・ラニサプ様!?」


 神であるエスターゼ・ラニサプが身分が下の者へ、このような対応するのは異例中の異例である。


「面を上げよ、エプシャル」

「はい」


 平伏した姿から、起き上がり主であるエスターゼ・ラニサプの目を見つめた。(かが)んでいるせいで、思った以上に顔と顔が近い。


「私はケプシャルよりお前に期待をしているのだ」

「エスターゼ・ラニサプ様……!」


 感極まったエプシャルは目に涙を溜める。


「私の期待に応えてくれるな?」

「はい、絶対に応えてみせます」

「それでこそ、私の大事なエプシャルだ」


 エスターゼ・ラニサプは右手をエプシャルの額に当てた。それはまるで、親が我が子をを撫でるような触り方。額からゆっくりと頭頂部へ手をやり撫で、再び額に手が戻った時。


 掌から光が放たれた———

 エプシャルの記憶はそこでプツリと途切れる———


「かわいいかわいい我が子エプシャルや、私の期待に応えておくれ」


 エスターゼ・ラニサプはエプシャルを抱え、自室に運んだ。

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