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影の境界線 - 現世常世=異世界 -  作者: 九条飄人
異世界干渉編
29/72

28 -悪い顔

 何か大きなものが上空から川へ落ちる大きな音がする。ケケイシがそちらを見ると同時に雨のように水飛沫(みずしぶき)が降ってきた。


 新月丸から「この水は大丈夫だ」と言われたものの、やっぱり気になる。さっきは大丈夫だったし今でも体はビッショリだ。そして今更気付いたが、この水は川の水特有の匂いがしない。


(…僕の嗅覚でもって匂いがしないなんて)


 とりあえず今回も水飛沫(みずしぶき)によるダメージがなくホッとする。更に上空を眺めていると小さな緑色をした生き物っぽいものが、こちらへ向かって来ていた。


 何度か見かけた事がある物怪(もののけ)だ。

 肩からかけている鞄からは何度か話をした物怪も頭を出している。


 その後、さらに上空を見ていると魚の上半身…と言っていいのか。中央あたりから輪切りにされた感じの(ソウル)(イーター)(フィッシュ)が落下をしている。


 口はだらしなく開き目の色はまさしく死んだ魚の目、といった感で白濁している。

 落下している魚の近くを見回すと王の姿がありケケイシを見ていた。


「大丈夫だっただろ〜?」


 新月丸の呑気な声はケケイシや物怪達を安心させる。


「新月様、ご無事で何よりです」


 そう、声をかけたケケイシ。

 しかし新月丸が近くに来ると、どう声をかけていいものか悩み言葉にならなかった。


 それは全身が真っ赤に染まった、凄惨な姿をしていたからだ。

 嫌な臭いが鼻をついたのも、言葉に詰まる理由である。


 少し離れた所に着地した新月丸はケケイシ達に「俺に触れるなよ」といつもより少し、厳しめに言う。


 そして着地した新月丸は、そのまま川へ向かって歩き出し水の中に入った。


「新月様っ!?」


 ケケイシは焦り入った方向へ声をかける。

 浅瀬がなく、断崖絶壁のように直角に深くなっている川だ。背が低い高いに関わらず、足が付くわけがない。しかもここは川に引き込もうとする力が働いているのだ。そのせいか、新月丸は沈み込んでいくように見えた。


「たぶん、体についた赤い液体を落としたくて川に入ったと思うっす」


 ティールは新月丸が身体を直接作り、物怪としての動力も注いでいるせいだろうか。口調の呑気さが少し似ている。


「あのみずってだいじょうぶなの?」

「たぶんだけど、今の僕たちなら触れても問題ないはずっす」

「なんで?」

「新月様が僕達に即死無効の結界を張ったからっすね」

「でも、沈み込んで出られなくならないのですか?」

「いや〜沈んだりしないと思うっすよ」


 ケケイシの声は不安に満ちているが、対してティールは至ってのんびり口調で言う。


「ほら、出てきたっす」


 ケケイシがティールの視線の先を見ると川の上を浮遊している王の姿が見えた。

 真っ赤に染まった体はすっかり綺麗に洗い流され、嫌な臭いもしなくなっている。


酷死運河(クルーエルカナル)に流れる死の水の無効化なんて聞いた事がない…)


 この王は知られざる力があると言われている。

 だから、これくらいは当たり前なのかもしれない。


 ケケイシは王への考えを改めると同時に、目の前にいる王をどうしようもなく好きになっているのに気付く。そして幼少期に感じた、例えるなら初恋のときめきにも似た胸の締め付けを覚えていた。でも、恋とは違った形のときめき。これはたぶん心酔(しんすい)と呼ばれる感情だろう。


 浮遊を解き地面に上がった新月丸から白く蒸気が吹き出すと服が乾く。

 じっと見ているのは失礼だと思うのに、視線がそこから動かなかった。


「ん?どうしたケケイシ」


 のんびりした口調で声をかけてくる王に対し、胸のドキドキが止まらない。


「いっ…いや、なんでもございません」


 ケケイシをしげしげと見て新月丸は何かに気付いたように「そうかそうか」と満足そうに言いながら近づいてきた。


「そうだよな、気持ち悪いよな〜」


 そう言いケケイシに手をかざす。

 その途端、心地よい暖かさに包まれた。

 濡れた身体(からだ)がみるみる乾いていく。そして、ふかふかの毛並みに戻ると前より綺麗になった気がするし、獣臭さが薄まった気もする。


「濡れたままって気持ち悪いもんな」

「え…いや、ええ、そうですね」


 変な回答になってしまうケケイシ。

 王を前にしてなんとも気まずい。


「いいなぁ!ぼくもすこしぬれちゃってみずをふくんじゃってきもちわるいんだ〜」と幼い口調が上から聞こえてきてケケイシはそれに救われた。


「ドラリンも乾かそうな〜」

「うん、ありがとう!」


 王に仕えると言っても物怪(もののけ)はまた種類が違い、王に愛玩される立ち位置だ。だから側近や軍人、官吏とのやりとりは全く違い、ほのぼのとしていて見ると心が和む。


「ここにいる皆はたぶん、今後もこの水による即死は起きないと思うが命喰魚に狙われたり深く沈み込んでしまうと問題だから、単独でこの川に近寄らないようにしてな」


 3人に注意を促した後、「ケケイシは俺が呼んだがお前達はどうしてここに居るんだ?」と話を変えた。


「おてがみをとどけるやくめをうけたまわったんだよ」

「お手紙?もしかして(あいつ)への返答か?」

「うん」


 ああ、俺がさっさと向かってしまったから、俺より早く届く可能性が高い方法としてドラリンを選んだのか…しかし危険を知っているあいつらが、ドラリンに依頼するかなぁ?


 無言で考え込む王を見てティールが口を挟む。


「クレアさんもタロウさんも反対したっす!でも、早く届かせたくて立候補したドラリンの提案を受けたっす!回復アイテムとかテレポーテーションの道具も鞄に入ってるけど追われてしまって上手く使えなかったっす」


 早口で説明するティールを見て「そうか」とだけ言う。


(これは俺の失敗だな)


「すまん、俺がちゃんとそこも考えておけばよかった」

「しんげつさまはわるくありません」

「僕ももうちょっと戦闘訓練が必要っすね」

「今回のは俺が悪いと思うぞ、なぁ、ケケイシ?」

「………!え?」


 和やかな気持ちで眺めていたケケイシは不意に問われ、つい「そうかもしれません」と言ってしまった。


「とんだ失礼をいたしました!」

「ほら、ケケイシも俺のせいかもって言ってるし、そういう事にしといてくれ」

「うーん、そうなのかなぁ」

「じゃ、今回はそういう事にしておくっす」


 そんなやり取りの後、ドラリンが届けようとしていた書簡を新月丸が受け取って言う。


「俺が直接、あいつの顔に叩きつけてやってもいいしな」


 そう言う王の顔はとても、悪い顔をしている。

 企みを含んだ笑顔、といった表情だ。


 さて…俺は今日のシメの作業をするからお前達はその辺で休んでいていいぞ、と言い新月丸は何やら作業をし始める。その作業はどう見ても手伝える種類ではなかったので、ケケイシはそこに伏せ物怪2体を背に乗せそれが終わるのを待つ———

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