8
これには、まさか、と思う。
まさか、それはないだろうと。
あの優しさと善意で溢れるゼイン第二王子が、まさか。
「それはにわかに信じられないという顔だね。でも事実だよ。ゼインの部屋には隠し部屋がある。王族の部屋に隠し部屋は当たり前であるものだけど。そこにはね、沢山のユリアンナの姿絵が置かれていた。偶然、ゼインの部屋を訪ねた時、隠し部屋の扉が少し開いているのに気づいて……。見えてしまった」
ドルフ第一王子は衝撃を受ける。隠し部屋に置かれた絵を見つけてしまったのは、まだ在学中のこと。その日以来、ドルフ第一王子は、ゼイン第二王子の言動を観察し、結論付けることになる。ゼイン第二王子は私のことが好き……なのだと。
「遊学で僕が国をあける二年間。ユリアンナは王太子妃教育で王宮や宮殿を訪れる。そこで何かあったら……と思うと、とても心配だったのだよ。何せゼインの部屋に置かれていたユリアンナの絵は……ヌード画だったからね」
紅茶を、紅茶を吹き出しそうになるのを堪えることになる。むせる私の背をドルフ第一王子は優しく撫で、そして涙目になる私にハンカチを差し出す。
推しの完璧フォローに泣きそうになるが、それよりもゼイン!
どうしてそんな姿絵を隠し部屋に!
でも年齢的に仕方なかったのかしら? 一つ年上の兄の婚約者への憧れというようより、思春期の異性への興味が高じ、身近で知っていた私が興味の対象になってしまった……とか!? ただ、こればっかりは本人ではないと分からないこと。でも正直、知りたくない。知ってはいけない闇のような気がする。
「人を動かし、調べさせた。ゼインは僕の名前を語り、何度もユリアンナに贈り物をしていたようだよ。それは僕が贈り物をするタイミングに合わせるようにして。ちょっとした物を」
この話には、何だか嫌な予感がしている。
「例えば僕が花束を贈る時、チョコレートを贈る。受け取ったユリアンナは御礼の手紙に『花束とチョコレートをありがとう』と書くだろう。でもそれを見た僕は、花屋が気を利かせ、花を贈る時にチョコレートも添えてくれたのか……と考える。そんな形で目立たないギフトを贈っていたようだけど……」
「もしかして殿下の名前で贈られてきた下着は……」
「僕はユリアンナに下着をつけてほしいのではなく、脱いでほしいんだよ。下着なんか贈るはずがないよね」
「で、殿下!」「冗談ですよ」「冗談になりません!」「ごめん、ごめん」
優しく頭を撫でるドルフ第一王子に、もうメロメロになっている。冗談とはいえ、裏の顔で言いそうなことを言われたのに、これまでのように口喧嘩にはならなかった。これは推しフィルターのせいだけではない気がする。
「ともかく、その下着を贈りつけたのも、ゼインだろうね。それとメイドと商人の娘との情事。これは何のこと、ユリアンナ?」
「それは……ゼイン第二王子殿下が教えてくれたことで……」
そこで気が付く。これは……作り話なのではないかと。
「気づいたようだね、ユリアンナ。僕はユリアンナを誰かに取られたくないと思っていた。その一方でゼインもまた、ユリアンナのことを欲しいと思っていた。王族だからこそのズルを考えていた。そしてこのズルの話をすることで、僕がメイドや商人の娘に手を出していないことも、分かるはずだ」
そう言ってドルフ第一王子が話してくれたのは、王太子妃教育でも、教えてもらっていない話だった。