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「え……」
ドルフ第一王子が言葉を失う。
「私が間違っていました。殿下に対して大変失礼な言葉を投げかけたのは事実。殿下の近衛騎士も、聞いていたことでしょう。すぐに手続きをしないとですね。まずは不敬罪。次は婚約破……」「待て!」
「……?」
訝しげにドルフ第一王子の顔を見ると、視線を伏せ、頬を赤くして何か呟いた。
「何でしょうか、殿下」
「すまない。言い過ぎた」
「え?」
「だから、言い過ぎたと思う。すまない、ということだ」
そんな……! せっかく言質がとれたのに、まさか撤回するつもり!? それは……困る。そうだ、ここはもう一度、メイドや商人の娘の件を持ち出そう!
「いえ、殿下、撤回する必要はありません。私は殿下の秘しておきたいことであろう、メイドや商人の娘との情事について話したのですから、不敬罪に問われて当然だと思います」
「どこで聞いた噂か知らないが、真実ではないことだ。それをユリアンナが口にしたところで、不敬罪を問うのは、やり過ぎだろう」
噂? 噂で逃げ切ろうとしているの!? でも……そうね。物的証拠がないなら、噂で片付けられてしまうわ。でも。今日は夕方に、こっそり焚火をたくつもりだった。よってあれは……部屋に隠してある。立派な証拠になるはずだ。それにこの件もまた、あまりにも衝撃的過ぎて、本人に指摘することができていなかった。本人どころか誰にも話せない事案だ。
それならば!
今が正念場だ。言うしかないだろう。
「殿下。私に贈ってくださった下着の数々、正直、迷惑でした。いくら婚約者であろうと、あんなものを贈りつける殿下は、理性がぶっ飛んでいるとしか思えません!」
どうだ、不敬罪、来い!
「……下着? なんの話だ?」
「な、しらを切るおつもりですか!?」
しばらく無言だったドルフ第一王子は、小さく息を吐くと「話せば長くなりそうだ。座ろう」と言い出した。つまりはお茶会をやっていたガゼボの中の椅子に、座ろうということだ。
本来なら、プツンとキレて怒ってもおかしくない一言を放ったつもりだった。不敬罪確定案件だと思ったのに。なぜこんなに冷静なのか。なんだか嵐の前の静けさだったらどうしよう……と思いつつ、腰をおろす。
ドルフ第一王子は、テーブルに置かれていた新しいティーカップをとると、自ら紅茶をいれてくれた。自分と私の分とを。これに驚き、御礼の言葉を伝える。
「近くにいたメイドを人払いしたのは、僕だから」
そう言うと、ドルフ第一王子は肩の力を抜き、椅子の背もたれに体を預けた。
「ユリアンナに言われたことを、よく頭の中で反芻してみた。いろいろと誤解がありそうだと思った。ユリアンナは勘がいいし、気が利く。気配りもうまい。僕がすべてを語らなくても分かってくれている……と思い込んでいた」
それは一昔前の「母さん、あれ」という亭主関白の旦那みたいではないかしら? 以心伝心、「あ・うん」の呼吸。
しばし遠くを見つめていたドルフ第一王子が、口を開く。
「僕の態度……。そうだね。ユリアンナも、完璧な第一王子の僕を求めるのかな?」
いきなりゲームと同じモードのドルフ第一王子になり、たじろぐ。だってそうなると普通に、推しになってしまうから。
「それは……そういうわけではありません。私の前で、おならやあくびをしても、気持ちは冷めません。だって全部含めての殿下ですから。ただ、特に二人きりの時に、言葉が砕け、普段の優しい雰囲気から一転、ワイルドになり過ぎて……」
推しフィルターが起動しそうで、それを抑えるのに必死になり、なんだか素直に思うことを口にしていた。何よりここは、リアルゲームの世界だから。推しであろうとくしゃみをするし、お腹も鳴る。
「なるほど。言い訳をさせてもらっても、いいかな?」
碧い瞳をキラッと輝かせ、こちらを見る姿には……。くはーっ、心臓を鷲掴みにされそうになる。
ここ最近、裏の顔ばかりだった。このゲームモード全開のドルフ第一王子には、心を完全に持っていかれそうになる。もう、こくこくと頷くしかない。