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何が起きているか、しばらくは理解できず、殿下の手が胸に触れた瞬間に「ちょっと待ってください!」と、まさかの推しを平手打ちすることになる。
あの出来事をもってして、私の推しとの甘い関係は終った。
以後、ドルフ第一王子は、遊学しているはずなのに。ちょいちょい王都へ戻ってきては、私に手を出そうとしていた。
ドルフ第一王子は神出鬼没だし、しかもあの手この手で迫って来る。これではもう、王族の婚儀におけるご法度を破ることになりかねない。何よりも、ヒロイン登場と共に、速攻彼を譲るつもりでいるのだ。傷物になって婚約解消しては、もしもの時に私が困る!
つまり、とっとヒロインにドルフ第一王子を譲ることで、婚約は円満解消。幽閉はなし。そうなると私は、誰かとハッピーエンディングできるかもしれないのだ。相手はモブで構わない。誠実な人であれば!
ということで悩む私に救いの手を差し伸べてくれたのは……。
この国の第二王子ゼイン・リチャード・アトキンソンだ。
現在十九歳の私やドルフ第一王子に対し、ゼイン第二王子は十八歳。ドルフ第一王子が王太子となるべく、文武両道で育てられたのに対し、ゼイン第二王子は学問重視で育てられたようだ。元々、運動は得意ではないようで、線も細い。肌は女子もうらやむ美しさで、長い銀髪を左に束ね、エメラルドグリーンの瞳で微笑むと、大天使ラファエルのように思える。
優美だった。これでヒロインの攻略対象にしないのが、謎過ぎる。
しかもドルフ第一王子のような、裏の顔はないと思う。王宮の人がいない場所で、ゼイン第二王子を見かけた時、彼は鳥にパンくずをあげていたり、庭園の木にいるリスにドングリをプレゼントしたりするなど、とにかく優しさに溢れているのだ。
そんなゼイン第二王子とは、在学中から知り合いだった。それはそうよね。一応、未来の義理の弟なのだから。そして私は学園卒業後、王太子妃教育に取り組んでいたけれど、しばしば王宮へ足を運ぶこともあった。
王室に関する機密事項も学び、王宮に保管されている特別な本を使った勉強もあり、私が王宮に足を運ぶ機会はちょいちょいあった。その中で、私は何度もゼイン第二王子と会う機会があり、かなり彼とは親しくなっていた。
そこで私は……ドルフ第一王子のあの女好きについて相談することになったのだ。
良く晴れた日の昼下がり、王太子妃教育の午後の部が再開するまで、王宮の庭園に私はいた。小ぶりの噴水があり、そのそばにベンチがあり、そこに座っていたのだ。セレストブルーの爽やかなドレスを着て、髪はハーフアップにして。
そこにゼイン第二王子が現れた。アイスグリーンのセットアップを着たゼイン第二王子は、とても清々しい。お互いに「あっ」と声を出し、そこから会話が始まる。彼は私が座るベンチの隣に腰をおろした。
そこで私は相談を始めることにしたわけだ。
勿論、ドルフ第一王子の名前は出さない。知り合いの伯爵家の令嬢から相談されたことだと言って。だが……。
「ラティマー公爵令嬢。隠されているのだと思いますが、王族の間では知られていることです。今、ご相談いただいたのは、兄上のことでしょう?」
微笑を浮かべたゼイン第二王子にそう指摘された時は、もう穴があったら入りたいだ。でもそんな私を彼は、優しく励ましてくれた。
「昔から、英雄色を好むと言うでしょう。兄上もそれなのだと思います。聞くと父上も若い頃はいろいろあったようで……。よって兄上の行動にも、目をつむっているようです。若気の至りで、仕方ないと」
これにはもう開いた口がまさにふさがらない、だ。自分の親にもバレているなんて! しかし国王陛下が昔そうだったということは。血は争えない……ということよね。しかも英雄色を好む。これは……仕方ないと思えた。
「私より先に十八歳になった兄上は……在学中からメイドや宮殿に出入りする商人の娘に、手を出していたことが判明しているのです。その口止めのために……」
そう言ってゼイン第二王子は、メイドや商人の娘に、ドルフ第一王子が手を出していることも教えてくれたのだ。これを聞いた時の私の心境は……。もう、推しのイメージがさらに大崩壊だった。
婚姻前に手を出すなんて、王族では許されないこと。それでもそうするのは、私のことが好き過ぎて、気持ちが止まらないからなのね……という気持ちがないわけではなかった。でもゼイン第二王子の話を聞くことで、女なら誰でもいいんかい!と分かってしまったのだ。
こうなると百年の恋も冷める。
完全にドルフ第一王子は、推しとしての地位が失墜だ。
「それにしても兄上は遊学中なのに、神出鬼没で現れるのでしたら、ラティマー公爵令嬢も気持ちが静まりませんよね。……いい方法があります」
そう言ってゼイン第二王子が教えてくれたのが、神殿との誓約だった。
こうして私は神殿に出向き、あのブレスレットを手に入れた。万一があったら大変と、私はそのブレスレットをつけ、ドルフ第一王子を牽制しているわけだ。