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その日は一日中、王太子妃教育に取り組み、屋敷から出ることなく過ごした。どうせヒロインの登場と共にとんずらする予定であり、こんなに王太子妃教育を頑張らなくてもいいのでは……なんて思ってしまうが。サボるわけにはいかない。王宮からわざわざその道の専門家や有識者が派遣されてきているのだから。
こうして夕食を終え、入浴を済ませ、お気に入りのロマンス小説でも読みながら寝ようかと思っていた。そこに窓に何かが当たる音がする。
何かと思い、窓を開けると……。
私の寝室は屋敷の二階にあった。窓を開けると庭を見下ろすことになるのだが、なんとそこにドルフ第一王子がいた。
これには驚く。
私が王太子妃教育をして過ごす二年間。ドルフ第一王子は遊学ということで、諸外国を回っているはずだったのだ。昨日の私の誕生日パーティーにも、ドルフ第一王子からは遊学先から美しい宝石のペンダントと、愛が溢れる手紙が送られてきていたのだ。
その彼が、庭にいる。
「お待ちください、殿下!」
小声でそう言うとすぐにガウンを着て一階に降りる。先触れを出し、訪問したわけではない。どこかに彼を護衛する近衛騎士がいるかもしれないが、お忍びでやって来たのだ。家族にもバレないように、ドルフ第一王子が待つ庭に向かった。
この時のことを思い出すと、本当にキュンキュンした。
だって国外にいて、絶対に会えないだろうと思った相手が庭にいたのだから。これはもう恋愛映画のヒロイン気分だった。同時に。ほろ苦い気持ちにもなっていた。こんな素敵なドルフ第一王子とも、あと二年でお別れだと。
「殿下、どうなさったのですか? 遊学先にいたはずでは?」
「うん。そうなんだ。でもユリアンナは誕生日だっただろう、昨日」
「はい……あ、殿下、素敵な宝石のペンダント、ありがとうございます。お手紙も素敵でした」
手紙の内容を思い出し、胸が温かくなった。そして目の前にいる金髪碧眼のイケメンなドルフ第一王子を見て、頬を赤く染めていた。
「あれは前座に過ぎないよ、ユリアンナ。真打ちは僕だよ」
「え?」
「ユリアンナもようやく十八歳になった。これでようやく僕たちは、心身ともに結ばれることが許される。ずっとこの日を待っていた。本当は昨日、戻って来たかった。でも隣国の王族との晩餐会があって、無理だったんだ。それが終わってからすぐに出発したけど、王都までは遠いから。こんな時間になってしまった」
そう言うと、ドルフ第一王子はいつものように「抱きしめてもいいですか、ユリアンナ」と尋ねることもなく、いきなり私を抱きしめた。その上で耳元で「今すぐ、ベッドへ行こう」と言った。
この時の私はまだ推しフィルターも起動している。しかもあのドルフ第一王子なのだ。「心身ともに結ばれる」とか「真打ちは僕だよ」と不穏なことを言っていたが、それはフィルターにより、排除されていた。
さらに「今すぐ、ベッドへ行こう」の言葉の意味を、推しフィルターにより、こう理解した。
大急ぎで隣国から戻って来た。早朝に出発したとして、まさに一日がかりでここまで来てくれたのだ。疲れているのだろうと思った。今すぐベッドで休息をとりたいのだろうと。
そこで素直に「分かりました」と言い、ドルフ第一王子を客室へと案内することにした。お忍びで来ていることが分かったので、使用人にバレないように、こっそり。するといつの間にか私とドルフ第一王子の後ろには、近衛騎士がいてビックリ!
まあ、未来の王太子で国王陛下なのだから、そうなりますよね。
そんなことを思いつつも。
家族にバレないように、屋敷にドルフ第一王子を案内する。そのことに罪悪感も覚えていた。何も悪いことをしているわけではないと思う。何より相手は私の推しなのだから。それでも客室に通そうとしているとはいえ、男性を屋敷に引き入れる、破廉恥な令嬢のような気もしていた。
いや、違うわ。ドルフ第一王子は長旅で疲れ、ベッドで休みたいだけなのだから。
こうして客室にドルフ第一王子を案内し、口の堅い使用人に念押しで金貨を渡し、入浴の準備をさせようと思ったその瞬間。
「殿下、お疲れですよね。すぐに入浴の準備をおおおおっー!」
ベッドに押し倒されていた。