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アトキンソン王国では、男系の王族に関して独特のルールがあるという。それは代々王家では伝えられているが、公には知らされていないこと。というのもそれは、あまり外聞のいい話ではないからだ。
どうもアトキンソン王の一族は、あちらの欲求が強いらしく、数百年前に王位に就いた人物がお痛を沢山働いてしまった。つまりは沢山の子供をこしらえてしまう。相手は貴族から宮殿の使用人、町娘、はては農家の娘まで、その数は三十数名いた。その王は、自分の子供だと言うなら、証拠を出せと息巻いたが……。被害者たちが一致団結し、裁判となり、なんとその王は……断頭台に消えることになった。
無論、王の後は王太子が継ぎ、国として亡ぶことはなかったが、これは王家に大きな教訓を与えた。
最初に男女の関係を持った相手を王妃として迎え、特段の事由がなければ、生涯をその伴侶である王妃と過ごす――という王家の男子に伝わる教訓だ。
「つまり殿下は、最初に関係を持った女性を王妃に迎える。複数人の女性と関係を持てない――というわけですね」
「そうだよ。だからメイドや使用人に手を出すなんてできない。例えこの教訓がなくても、僕はそんなことをするつもりはないけれどね。だって僕には、こんなにも欲しいと思っている婚約者がいるのだから」
ゲームそのままのドルフ第一王子からの直球の求愛に、心臓を射抜かれた気がする。ダメだ。やはりゲーム通りの彼では、推しフィルターも機能し、これでは心臓が持たない。
「殿下、今すぐワイルドで熱烈なアプローチをお願いします」と喉元まで出かかっていた。だが、既に声が出ない!
「でもこの教訓は、公になっていない。当然、ユリアンナも知らなかっただろう? そしてユリアンナは……お転婆だから僕に問いかけたわけだけど、普通はそんなこと、僕に尋ねないよね。メイドや商人の娘との情事、下着についてなんて」
そう言われると……。不敬罪にして欲しいと思い、とんでもないことを口走ったと思う。そんな背中に汗かきまくりの私に、ドルフ第一王子はさらに畳みかける。
「それこそ王族の醜聞を誰かに話し、話したことがバレれば……ユリアンナがさっきからその罪に問われたいと思っている、不敬罪になるからね。だからユリアンナに吹聴しても、ゼインはそれが嘘だとバレないと思った。僕に問いかけることはない。嘘だとバレないと」
そうだったのね……!
あまりの衝撃で、鯉のように口をぱくぱくさせていると。私の口に、ドルフ第一王子は、マカロンを入れた。
あ、美味しい……。
「これで僕の潔白は、証明されたと思うけれど、問題はゼインだ。ゼインは、遊学で国をあける僕の留守をいいことに、ユリアンナに手をだそうと考えていた。つまり僕より先に、ユリアンナとの間に既成事実を作ろうと考えていたわけだ。そうなればユリアンナは、ゼインと結婚するしかなくなる」
「! でも私は、神殿の誓約をしています。そもそも神殿の誓約を利用して、殿下に襲われないようにするといいと教えてくれたのは、ゼイン第二王子殿下ですよ。それに一年経ちますが、私は彼から何もされていません」
マカロンを食べたことで、なぜか緊張感がおさまっていた。ちゃんと話すこともできている。そういえばドルフ第一王子は、私が緊張しそうな場面で、よく甘い物を食べさせてくれた。私の推しは……優しい!
「ユリアンナはまったく無邪気だね」
「え、でも実際、ゼイン第二王子殿下とは何もないですから」
「その理由が分からない?」
理由……。あ、それは簡単。
「神殿の誓約をしているから、手出ししていないのかと」
「それだけでは、ハズレだよ」
ドルフ第一王子が、ぽふっと私の頭に手を乗せる。
その瞬間、胸がキュンとときめく。
こ、ここは甘い物を食べ、気持ちを静めよう。
手を伸ばし、フィナンシェをとろうとすると、ドルフ第一王子がそれをつまんでしまう。「あっ」と開けた口に、そのフィナンシェを差し込まれ、ありがたくもぐもぐといただくことになる。
ドルフ第一王子は、まるで小動物に、エサを与えているみたいだわ。
「ゼインは、ユリアンナに神殿の誓約の件を話し、信頼を得ようとした。実際、神殿の誓約を紹介したゼインのことを、ユリアンナは間違いなく信用しているよね。もし次に王宮の庭園でゼインに会い、部屋でお茶をしないかと誘われたら……。ついて行きそうだよね、ユリアンナは」
「それは……そうかもしれないです。ゼイン第二王子殿下が、私の沢山の姿絵を持っているなんて知らなかったら。殿下の名を騙り、実は怪しいギフトを私に贈っていたこと。殿下の嘘の情報を私に話していたと知らなければ。確かにお誘いに、応じてしまったかもしれません」
だって本当に。ゼイン第二王子はそんなことをする人物に思えなかった。ドルフ第一王子に裏の顔があっても。ゼイン第二王子に裏の顔はないという思い込みもあった。
「困るな、ユリアンナ。今後、僕以外の男性と部屋で二人きりになるのは、禁止だよ」
「え、それは無理ではないですか? 父親と兄はどうなるのですか?」
そんな他愛のない会話の後、本筋に戻る。
























































