第八十五話 模擬戦
第八十五話 模擬戦
───ジャァァン!
銅鑼の音と共に左右へ六と四で別れる戦士達。あの巨体からは考えられない加速で馬を走らせながら、十字砲火の様に矢を放ってくる。
鏃の代わりに布と綿が取り付けられているとは言え、獣人用の複合弓。それも牛獣人専用の物となれば骨折もあり得る破壊力だ。
それらが迫る中、手に握った棒を担ぐように構える。
身の丈ほどあるこれは、半分辺りから白い布が巻かれている。これが『刃』にあたるわけだ。
これならば───剣として、扱える。
「しぃ……!」
ほぼ同時に飛来する九本の矢。それを一息に弾き飛ばす。そして他とは違い弧を描いて降ってきた物を左の籠手で殴り飛ばした。
「ちっ!」
バトバヤルさんの舌打ちが聞こえる。恐らく弓なりに射ったのは彼だな。
あの速度で走りながらよくやると思うが、褒めている暇はない。ここで負けては色々と支障が出る。
自分から見て右側を走る四人。体を捻って弓を構える者達へとサリフを走らせた。
『ヒィィィン!!』
甲高い嘶きをあげ、疾走する巨馬。乗り手の事を考えていないのか、信じられない揺れと加速が襲ってくる。
なるほど。優しい子だが、『獰猛』と言われるだけはある!
「舐めるな!!」
「人間が俺達に勝てるか!」
真っすぐ吶喊する自分に、二射目が放たれた。正面と背後。更に再度弧を描いてタイミングをずらした一矢。
それらに対し、強くサリフの腹を蹴る。
『───ッ!!』
馬が、飛んだ。
否、跳んだ。一瞬飛翔したのかと言う程の跳躍を見せた自分達の下を矢が通り過ぎ、次の瞬間には狙っていた集団の前へと着地する。
「なぁ!?」
動揺の声をあげながらも、流石の練度か四人組も弓を手放し鞍の後ろにあった模擬専用の槍を抜く。
だが馬は止まった。そしてサリフは着地から一切の減速なく走り続けている。
「はぁ!」
足の止まった彼らの横腹へと食いつく様に旋回。そのまま剣代わりの棒を振るう。
一息に四騎、纏めて平らげた。全員の肩や背を殴りつけ、落馬させるか武器を取り落とさせる。
骨折はしていないが、すぐには動けまい。勢いそのまま残る六騎へと突撃を行う。
「接近させるな!散開!」
だが相手もさる者。バトバヤルさんの一声でバラバラに逃げ、距離をとって矢を放ってきた。
止まれば当てられる。サリフを走らせながら棒で弾き、籠手で受けた。
だが、飛び道具はこちらにもある。
鞍の後ろに載せた模擬戦用の投槍。それを一本左手で掴み取り、構える。
「『チャージ』『プロテクション』『アクセル』」
武器はこれらのみだが、魔法を使うなとは言われていない。
強化魔法を施した剛腕にて、投槍を放つ。真っすぐと飛んだそれが一騎を馬上から叩き落とした。
空いた射線に飛び込み、他の戦士が狙いを定め直す前に距離を詰めてもう一騎を棒で殴りつけ落馬させる。馬の加速もあって右胸にいいのが入った。一瞬やり過ぎたかと思うも、綺麗な受け身をとる牛獣人の姿に内心で舌を巻く。
残り四騎。視線を巡らせれば、いつの間にか彼らは弓をしまい代わりに槍代わりの棒を構えている。
未だ散らばったまま、狙いを定めさせまいと多方向から突っ込んで来た。
「オオオオオオオオ!!」
鼓膜を激しく揺さぶる咆哮と共に吶喊してくる戦士達。まるで重機が轢き殺しにきている様なプレッシャーを感じながらも、こちらも棒を構えた。
散らばっていた戦士達が、衝突の寸前密集する。まるで群れをなす魚の様な一体感だ。
正面からぶつかる直前、サリフを跳ばせる。
「甘い!」
「なんの!」
前に突き出すはずだった棒の軌道を上へと跳ね上げたバトバヤルさんの一撃を、体を横に倒してこちらの棒を伸ばす事で迎撃。防ぎきる。
そのまま彼らの背後に着地しサリフを駆けさせた。また散らばった彼らに、振り返り様投槍を放つ。
「がぁ!?」
それが一人の左肩に直撃。落馬に成功させる。
残り三騎。
「おお!?なんだよ、なんだよあれ!?」
「嘘だろ、あいつらはうちでもかなりの精鋭だぞ……!」
「本当に人間かあの剣士は!?」
見物人たちの声が聞こえてくる。空気は悪くない。このまま勝利できれば、間違いなく牛獣人は味方にできるが……。
「動きを乱すな!投槍は残り二本、落ち着いていけ!」
「「応っ!!」」
楽に勝たせてくれそうにはないな……!
二騎が棒を構えたまま再度吶喊の姿勢をとり、そしてバトバヤルさんだけが弓に持ち替えた。
投槍を左手で抜くも、すぐに放ちはしない。馬を走らせながらピタリと矢を向け続ける彼に冷や汗が頬を伝う。
まるでライフルで狙われている様だ。防御はできるが、恐らく次の一矢は片手で弾ききれない。
「おおおおおお!」
「だらぁああああああ!」
そして、そんな自分に左右から残り二騎が攻撃を仕掛けて来た。
「ちぃ!」
咄嗟に二刀流擬きで対応。だが槍の扱いなど知らない故、投槍が衝撃で弾き落とされた。
そこに放たれる強弓。真っすぐとこちらの脇腹へと飛ぶそれを、すぐさま両手で握った棒で受ける。
「くっ……!」
ぐらりと体が揺らいだ。両足に力を入れ、鞍をしっかり挟み衝撃に耐える。
次の矢が番えられる中、サリフが己の意思で彼目掛けて距離を詰めた。それもバトバヤルさんから見て右後ろの位置取りで。
本当に賢い馬だ!
「……!」
身を捻って矢を向けようとしてくる彼だが、その時間分こちらが勝った。
碌に狙いもつけずに放った投槍がバトバヤルさんの肩に直撃。弓を落とさせる。
「づっ……!」
「良し……!」
このまま距離を詰めれば!
「やらせん!」
「逃すかぁ!」
直後、背後から挟む様に駆けてくる二騎。振り返る暇はない。防御不可の状況で突き出された棒に対し、跳んだ。
サリフに置いて行かれぬように、鐙どころか鞍からも離れて宙へ舞う。
空中にて棒を振るい、驚愕に目を見開く二人の肩を殴りつけた。
「がっ」
「ぐぅ!」
一人は馬上から落とすも、もう一人は素早く引いた棒で防がれた。
サリフの鞍に膝立ちで着地し、並走させながら続く二撃目でそいつの棒を絡めとり、三撃目を脇腹に当て落馬させる。
通常の乗馬状態に戻って、サリフを減速。この子の体力とて無限ではない。
それに対し、一人残ったバトバヤルさんも投槍で打たれた肩を押さえながらゆっくりと馬を歩かせていた。
「おいおい嘘だろ!?」
「何やってんだバトバヤル!人間なんかに負けんのか!」
「うおおおおおお!すげぇ、すげぇええ!!」
決着も近い。見物人達もヒートアップする中、相対する彼の顔は静かなものだった。
「……僕の力は見せられたと思いますが」
「ああ。貴様は強い」
この模擬戦の目的は、自分の力を彼らに認めさせる事。亜竜との戦いで連携をとる為にもこちらの実力を『わからせる』為だった。
故に、ここで戦いを止めても問題はない。もはや牛獣人達の中に自分を『所詮平原の生まれではない騎馬戦の素人』と思う者はいないだろう。
「ソードマンを討ったのも騙りではないのも、認める。きっとこの場の誰より貴様は強いだろう」
それはこちらの実力を賞賛する言葉であり。
「だが」
そして、煮えたぎる何かが噴出する前兆。
「俺はまだ、負けてねぇぞ……!」
静かだった表情が、犬歯をむき出しにした憤怒のそれへと変わる。眦がつり上がり気炎を纏ったその形相は、阿修羅の如し。
その怒りの理由は、いったい何なのか。薄っすらとは察しているものの、完全に理解しているわけではない。
これから戦場で共に戦う以上、それを理解する必要がある。大規模な軍隊での戦闘ではないのだ。少数精鋭で亜竜という怪物に挑まねばならない今、牛獣人の現場指揮官の心情を理解しなければならない。
それを見極める為に、武器を構えなおす。
「俺はまだ戦える!てめぇはどうだ!戦えんのか!」
「ええ」
「亜竜に!奴に勝てるのか!俺達が三度挑み、三度負けたあの怪物に!!」
「無論」
「ならば!この俺程度、倒してみせろ!!」
「───承知しました」
馬を、互いに真っすぐと走らせる。
騎士同士が行う『ジョスト』の様に、得物の届く間合いですれ違う形で馬が駆けた。違うのは防具と、構え。
渾身のランスチャージを叩き込まんとするバトバヤルさんに対し、こちらは剣を振りかぶる様に棒を構えていた。
リーチはあちらが勝る。であれば、相手が先に攻撃を当てられるのが道理。
「おおおおおおおおお!」
雄叫びと共にこちらの右肩を狙った一突き。それに対し、自分は左足の鐙を外した。
「っ……!」
一瞬だけ地面と水平になる様に傾けた体。放たれたチャージは左肩をかすめて空を斬り、直後に自分が放った棒が彼の腹へと吸い込まれる。
片足という不安定な姿勢ながら、浮いた左足を鞍の突起にかけて踏ん張った。サリフの疾走によって得た加速がそのまま力として加わり、戦士の腹に得物を食い込ませる。
「ごっ……!?」
浮き上がるバトバヤルさんの巨体。直後に自分の手元からバキリと音がして、半ばから棒がへし折れた。
体を『く』の字にして宙に投げ出された後、地面に転がる彼。
そして、姿勢を戻し両足で鐙を踏む自分。
勝敗は、誰の目にも明らかだった。
「勝負あり!勝者、『ソードマン・キラー』……否!『剣爛』!シュミット殿!!」
───オオオオオオオオ!!
歓声とも嘆きともとれる雄叫び。それらが見物人達から放たれる中、大きく息を吐く。
……冷静になると、我ながら馬鹿な事をしたな。
皮一枚で繋がり、プラプラと揺れる模擬戦用の棒を手にサリフをのんびり歩かせた。
彼らの文化に合わせたつもりであったし、目的通り手早く力は示せた。だが、これは反感を買いかねないやり方である。
バトバヤルさん達にも面子があるのだ。更に彼は氏族長の孫。この敗北は、きっと大きい。
そう思い彼の方を見れば、平然と立ち上がっていた。
……人間なら内臓が潰れかねない一撃だったのだが、本当に頑丈だな牛獣人。
内心で感心を通り越して若干引きながら、彼の傍まで馬を歩かせる。そして鞍から跳び下バトバヤルさんの隣に立った。
「お怪我はありませんか?バトバヤル殿」
「……ああ」
そう答える彼は、どこか上の空だった。
「……負けたんだな、俺は。十対一で、無様に」
「……そうなります。ですが戦った私が言うのも何ですが十分に───」
「これは敗者の泣き言だ。侮蔑と共に聞き流してくれ」
こちらの言葉を遮り、彼は唇を動かす。
自分には振り返らず、見物人にも視線を向けず。ただ、青空だけを見上げて。
「どうして……どうしてもっと早く来てくれなかった?」
「………」
「それほど強いのなら、あと二日早く来てくれたのなら……兄は、俺の兄は……!」
わなわなと拳を震わせる彼に、自分の後ろでサリフが小さく鳴く。何となく、それは気遣う様なものに思えた。
なるほど。統治者ではなく前線で戦う者として鍛えられた彼の様子に、そして『一番の戦士が乗っていた』という名馬。
彼の兄が、このサリフの元の主人か。
「すぅ……聞け!我が同胞たちよ!!」
興奮冷めやらぬ見物人達に、バトバヤルさんが声を張り上げる。
その巨体をもってしても易々とは出ると思えない、銅鑼の音さえかすむ声量。至近距離で浴びたため咄嗟に耳を押さえるも、彼に肩を抱かれたせいで鼓膜を守れない。
「俺はこの者に!この勇者シュミットに負けた!十対一で挑み、完敗した!」
彼のその言葉に、落馬した者達もうなだれる。
「だが恥とは思わん!むしろシュミット殿の強さをこの身に感じられた事を、光栄にさえ思おう!!」
ビリビリと響く声に頭痛さえ覚えながら、しかしどうにか背筋を伸ばす。
勝者には勝者で求められる態度というものがあるのだ。友好を築きたい相手なら特に。
「我らはこれより彼と共に、亜竜へと最後の戦いに挑む!男どもよ!氏族長の。そしてこのシュミット殿の指揮に従え!もしもそれを不服とするのなら、俺の様に地面に転がるといい!!」
僅かに笑い声がもれる見物人達。
それを気にした様子もなく、バトバヤルさんが笑みさえ浮かべて続ける。
「女たちよ!我が子や年老いた親を連れ逃げる支度はしておけ!シュミット殿は勇者だが、必勝とは限らん!こんなにも頼りになる友人を送ってくれたのだ!王国の方に逃げれば悪い様にはされん!!」
……アジテーターめ。
自分の株を下げてでも、いや。十対一の段階で下がっていただろうが。それさえ利用してこれを言うのか。
しかも氏族長が出していた提案をそのまま自分の言葉の様にしてしまった。何とも、食えない男である。
「さあ、動き始めろ!長からお前達に詳しい指示があるはずだ!なんせ俺はそういう細かい事はわからん!頭脳労働は専門外だ!!」
今度は大きめに聞こえた笑い声。それに対しドヤ顔さえ浮かべるバトバヤルさん。
彼と肩を組みながら、こっそり鼓膜へと白魔法を使う。
肩を掴む指が痛いし、耳はもっと痛い。
この不器用な男は、馬と弓はあんなにも巧みに扱うくせして言動だけでなく力加減も下手糞らしい。
何ともまぁ……頼もしい男だ。
銃が出回り、戦場は大砲と爆炎が支配する時代。蒸気機関車が国中を走り王都では『自動車』らしき物の実験さえ行われ始めた現代に、馬と弓で戦う者達の居場所などあるのだろうか。
どれだけ頑強な肉体も機関銃の掃射には紙切れも同然であり、馬の機動力など有刺鉄線と塹壕を前にしては活かせるはずもない。
だが少なくとも今は。今だけは。亜竜という、人でも獣でもない怪物を討つこの時だけは。
正に、万夫不当の戦士達である。
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