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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第三章 黒魔法
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第七十七話 伝う雨

第七十七話 伝う雨




サイド なし



 地下一階に警戒しながら降りたアリサとハンナ。そこはメイド達の仕事場であり、手前には厨房が。そこから奥の方に向かえば洗濯場への扉がある。右に行けば倉庫で左に行けば使用人用の居間だったはずだ。


 アリサがクリスの手帳にあった地図を思い出していると、ハンナが後ろで地上との扉の鍵を閉めてしまった。


「……いいの?」


「いいだろう」


 確かにここを塞げば地上からグール共が雪崩れ込んでくるまで時間を稼げるが、それは仲間との合流を困難にするという事でもある。


 何より、いざという時の脱出にも手間取るという事だ。


「お前、自分の命をそこまで大事にしてないだろ」


「ありゃ……なんでバレたのかな?」


「武器の使い方を見ていればわかる」


「そういうもんかぁ」


 ケラケラと笑いながら、アリサが厨房にあった机や棚を扉の前へと運ぶ。ハンナも椅子等を運んで簡易的なバリケードを作り上げた。


 ガタガタと地上との扉が鳴り始め、銃声までしだした。だが、それでも十数分は持ち堪えるだろう。


「じゃ、行こうか」


「ああ」


 二人とも銃を構え、奥へと進む。ハンナの方は左手にランタンを掲げて光源を確保していた。


「たしか怪しいのは倉庫の方だったね……」


 クリスがメイド達から『旦那様が倉庫の奥にもう一つ金庫を置く事にしたから、必要のない時は近づくな』という証言を得ている。


 本来はメイド達の日記なり業務記録なりを探して調べないといけない所だったが、あの記者は意外なほど役に立っていた。


 その事に二人は内心感謝し、倉庫の方へと向かう。


 倉庫は食糧庫と物置の二つに分かれていたが、物置の方を開き奥へ。雑多に物が転がっているのを踏み越えて行けば、情報通りそこには金庫があった。


 かなり大きく、余裕で人が入れそうなサイズだ。益々ここが地下二階への入口に思える。


 だが、問題はどうやって開けるかだ。


 試しにアリサが取っ手を引っ張るも開く様子はない。鍵がかかっている。


 大きな金庫な分扉も厚い。銃で破壊するのは困難だ。爆弾を作るだけの火薬もここにはない。


 アリサが後頭部を掻きながら魔力を開放しようとすると、ハンナが彼女を押しのけて金庫を観察し始めた。


「……ドワーフ製じゃない」


「そうなんですか?」


「ああ。これなら開けられる」


「え、マジで?」


 アリサの言葉に答える事もなく、ハンナは背嚢から長く細い金属の棒を幾つか取り出し鍵穴を弄りだす。


 それから三分ほどで、ガチャリと音が鳴った。


「ダイヤルは急いでいたのかそのままだ。これで開く」


「……金物屋さんってそんな事もできんの?」


「親父の金庫を開けようと試していた時に覚えた。ドワーフ製の金庫にはできん」


「今度実家に鍵は全部ドワーフ製か聞いとこ……」


 アリサがそうぼやきながら銃を構えなおし、道具をしまったハンナへと視線を向ける。


「悪いけどそのまま開けてもらっていいですか?両手は空けておきたいんで。あ、ちゃんと開いた先から体を隠す様にしておいてくださいね」


「わかった」


 ハンナが取っ手を掴み、金庫の扉を開ける。体をできるだけ隠しながら中を覗こうとしたアリサだが、押し寄せた熱風に顔をしかめた。


 中は暗くて見えないのかと思ったが、下の方に明かりが見える。煌々と何かが燃えている様で、しかし煙の類は上がってこない。


 その時、金属音が聞こえてきた。


 ───カァン!カァン!


 熱した鉄を槌で叩く音。それを聞いた瞬間、ハンナが目を見開いて階段を下り始める。


「ちょっとぉ!?」


 その行動に素っ頓狂な声をあげるアリサだが、彼女はお構いなしに地下二階へと向かってしまった。


 ハンナが自分を無視して駆けおりて行った理由を察してしまい、アリサは内心で舌打ちする。止められなかった自分に対してだ。


 彼女が後を追い階段を早足で下りると、すぐにハンナの背中にぶつかった。


 地下二階に下りてすぐ。その奥にある炉の前で作業する男性にハンナは釘付けになっている。


 アリサはすぐさま空気穴が複数ある事を確認し、止めていた息を再開。一酸化炭素中毒という単語を彼女は知らないが、それでも地下の閉じられた空間で火を扱う事の危険性は知っていた。


 改めて炉の前にいる人物をアリサが見やれば、やはり未だに鉄を打っている。二人が来た事に気づいた様子もなく……。あるいは、気づく機能がもうないのか。


「おとう、さん……」


 取り繕う余裕もなく、ハンナが男に声をかける。


 彼女が一人で店を切り売りする様になる前の呼び方。フラフラと歩み寄る彼女の隣を、アリサが周囲を警戒しながら進んだ。


「お父さん、アタシだ。ハンナだ。なあ、おい……聞こえて、ないのか?」


「………」


 ただの機械の様に槌を振るうドワーフの男。近づけば、その皮膚が異常である事が一目でわかった。


 浅黒い肌には死斑が浮かび、べろりと剥がれ落ちている箇所もある。そういう所からは、特に強い腐臭が放たれていた。


 完全に腐らない様に魔法をかけてあるが……それも最低限。アリサはこのアンデッドにされた処置を理解し、同時に確信を得る。


 この眼の前のドワーフは、とうの昔に死んでいるのだと。


「なあ、お父さん。頼むよ、こっちを向いてくれ……!」


「ハンナさん」


 そっと、ドワーフの娘の肩にアリサが手を置く。


「覚悟はしていたはずです」


「……っ!でも、動いて、この音はアタシがいつも聞いていた!」


「外のグールは、見ましたね。そして、その手に持っている銃で撃ちもしたはずです」


「それ、は、違う。だって、お父さんは」


「違わないんです。これが、黒魔法という物なんです」


 動く死体をどれだけ破壊しようが、アリサが心を痛める事はない。教会戦士達よりそれが死後の尊厳を侮辱された者へのせめてもの救済であると教え込まれたから。むしろ善行をしているのだと、はしゃぎさえする。


 だが、アンデッドにされた者の遺族に対して払うべき配慮も教えられてきた。


「目と耳を塞いで、壁の方に行っていてください。こんな状況ですから、私の視界の外に行かせるわけにもいきませんが」


「待て、待ってくれ。もしかしたら、まだ」


「ハンナさん」


 肩を握る手に力が籠る。


 女性とは言えドワーフであるハンナすら振りほどけない握力。豆一つない令嬢の掌は、しかし『龍の呪い』の副産物でもって人外の膂力を持っていた。


 それを使い、アリサはハンナをアンデッドから引き離す。


「これ以上は見ない方がいい。後で私の事を恨んでくれても構いません」


「待って!お願いだ、まっ」


「……ごめんなさい。時間が、ないので」


 ガチリと、ライフルの銃口が未だ槌を振り続けるドワーフの後頭部へと突きつけられた。


 それを止めようと手を伸ばすハンナだが、しかしその手が父親に届く事はない。


 もう十年も前に、決して届かない場所にいってしまったのだから。


 ───タァァン……。


 銃声は一発。後頭部から入り額から抜けた弾丸は、確かに『動く死体』の活動を停止させた。


 槌を握る手からは力が抜け、しかし指が開かれる事はない。銃弾が貫通した衝撃でぐらりと前後に揺れた後、どっしりとした体は糸が切れた人形の様に横へ倒れた。


「いやぁああああ!お父さん!お父さん!!」


 絶叫し、ハンナが倒れた父親を抱き起す。


 開かれたままの目は白濁としており、生前の死因となったのであろう胸や腹の傷はそのままだ。


 どう見ても死んでいる彼に、しかしハンナは縋りつく。


 恥も外聞もなく泣き崩れる彼女の傍で、アリサは冷徹に周囲を警戒し続けた。


 この銃声で子爵も二人の存在に気づいたはずだと考えたのだ。いつ銃口が向けられるかと、意識を張り巡らせる。


 そして……警戒する対象に、ハンナも含まれていた。


 アンデッドを『破壊』された遺族が、半狂乱になって教会戦士に武器を向ける事がある。それが銃であれば、屈強な戦士であっても命を落とす事があった。


 だが、ハンナがその辺に投げ捨てたショットガンに手を伸ばす事はない。ただ、亡くなった父親に縋りつきすすり泣くだけだ。


「……ハンナさん」


 チラリと地下一階を見た後、アリサが出来る限り優しい声で呼びかける。


「ここで待っていてください。でも万が一上からグール共が押し寄せて来た場合は、私の後をつけてきてください。出来るだけ、すぐにこの事件を終わらせて合流しますから」


「……待て」


 ここから先に連れて行くのは無理だと判断し、離れようとしたアリサ。その背中を低い声が呼び止める。


 ガチャリとソードオフショットガンを右手に握り、立ち上がったハンナ。そっと父親の遺体を横たえた彼女に、若干の警戒をしながらアリサが振り返る。


 視線がぶつかった赤銅色の瞳は、煮えたぎる様な殺意が籠められていた。


 咄嗟に銃を向けられるかと思い振り向きざまに引き金を引こうとしたアリサだが、ギリギリで踏みとどまる。


 ハンナが、ドワーフの娘が殺意を向ける先が自分ではないとわかったから。


「アタシが、ケリをつける」


「お父様の傍にいなくて、いいんですか?」


「ヨルゼンを殺した後で、イチイバルの街にきちんと埋葬するさ。鍵の回収も改めて行う葬儀も、ちゃんとやる。だが」


 ギシリと、ショットガンのグリップから音が鳴った。


「仇を取らなきゃ、進めない……!」


「そうですか」


 クルクルと癖のある赤毛を逆立てん程に怒る彼女に、しかしアリサは冷静に答える。


「では、止めはお譲りします。銃を握り過ぎない様にしてください。引き金を引く前に壊れては、仇も獲れませんよ」


「……ああ」


 工房の奥にある半開きの扉。そこにゆっくりと近づき、アリサがその辺にあった火かき棒で押し開ける。


 そこには長い通路があり、続く先から漏れ出た明かりで石造りの壁が照らされていた。


 十数秒ほどで抜けた先。アリサが上半身を一瞬だけ通路の出口から出せばすかさず鉛玉が飛んでくる。


 待ち伏せを予測していた彼女はすぐに顔を引っ込める事で回避し、弾丸は石造りの壁を僅かに削っただけで終わった。


「ここにいたんですね、子爵」


「私に近寄るな、この外道ども!」


 静かに問いかけるアリサに、ヨルゼン子爵が怒鳴る。


 手鏡で彼女が様子を探れば、壁を本棚で覆った部屋で木製の机や椅子を倒して作ったバリケードの後ろにいる子爵の姿が見えた。彼はボルトアクション式のライフルを構え、青白い肌に大量の汗を掻きながら目を血走らせている。


「外道だと……!」


 彼の言葉に、ハンナが額に血管を浮かべ吠える。


「アタシの父親を殺し、街をこんな風にしたお前が言うのか!!」


「何のことだ!わけのわからない事を言う殺戮者共!私の家族も、領民達もこれ以上殺させてたまるか!」


「この、しらばっくれるつもりか……!」


 音が鳴るほど歯ぎしりをしてハンナが飛び出そうとするのを、アリサが押しとどめる。


 鏡越しに見る子爵の様子は明らかに普通ではない。精神の均衡がとうに崩れている人間の顔だ。


「落ち着いて、ハンナさん」


「これが落ち着いていられるかっ!」


「ヨルゼン子爵は錯乱しています。会話は無駄ですよ」


 ホーエンハイム・フォン・ヨルゼン子爵。


 アリサの予測通り、彼が正気と呼べていたのは十一年前までの事。それ以降の子爵は……『あの本』を手にしてからの子爵は、ただの一度たりとも正気であった事などない。


 彼の中で、アリサもハンナも『突然街を襲い虐殺を行う犯罪者』でしかなかった。


「我が領地は貴様らなんぞにこれ以上汚させん!ヨルゼン家の家名にかけ───」


 その言葉を遮る様に、アリサが弾切れになっている左の拳銃を無造作に投げた。


 咄嗟に反応して発砲した子爵がそれに気づいた時には、既に彼女のライフルが構えられている。


「がっ!?」


 子爵の持つライフルが弾かれ、続けて右肩、左肩が撃ち抜かれる。


 更によろめいた彼の膝へと倒れた机を貫通して一発。どさりと後ろに倒れた頃には、彼が動く手段はなくなっていた。


 レバーを動かして排莢をし、アリサが銃口を子爵に向けたままバリケードの脇を通って接近。うめき声をあげる彼の手元からライフルを蹴り飛ばし、照準を額に合わせる。


 そのまま引き金を引こうとし、やめた。


「ハンナさん」


「ああ。感謝する」


 厚底のブーツを鳴らし、ハンナがアリサの傍へと向かう。父親の仇を討つために。


 この時、アリサに油断などなかった。


 周囲に罠や伏兵の類がないかと、銃口をそのままに視線を動かしただけ。子爵が魔法の詠唱を行った瞬間、ハンナの敵討ちを無視してでも引き金を引くつもりである。


 彼女の視線が、本棚の切れ目。人ひとりが辛うじて通れそうな道の先にある部屋に向いた時だった。


「……ない」


「っ」


 すぐさまヨルゼン子爵へと視線を戻した彼女の眼の前に───青白い掌が、迫っていた。


「なっ」


「私の家族を、傷つけさせない!!」


 両肩と右膝を撃ち抜かれたはずの彼が立ち上がり、骨と皮しかない腕でアリサの首を掴んだ。


 そのまま後ろの本棚へと叩きつけ、細い首を絞めつける。


「アリサ!」


「このっ……!」


 咄嗟にライフルを手放し、アリサは右手でピストルを引き抜いて至近距離で子爵の腹部へと二発叩き込んだ。


 だが、子爵の腕は緩まない。傷口から大量の血を流しながら、しかしアリサの首に更なる力を籠めていた。


「ぁっ……!?」


 ミシリと異音が鳴る。彼女は龍の呪いを受けた身だ。亜竜化の影響か、膂力だけでなくその頑強さも常人を凌駕している。


 だと言うのに、子爵の細腕は彼女の首をへし折る寸前までいっていた。


 彼の腕をアリサが左手で掴み、逆にへし折ろうとする。だが。


「っ……!」


 激痛でそれができなかった。何かが皮膚を食い破り、左手の袖に血が滲む。


「このクソ野郎が!」


 そこへハンナが子爵の脇腹へとタックルをしかけ、至近距離からショットガンを発砲。皮膚も肉も、臓物さえも吹き飛ばしてヨルゼン子爵の腹に風穴が開く。


 物理的に立ってはいられない重症。ようやく彼の体がぐらつき、アリサの首を絞めていた腕が緩む。


 激しくせき込む彼女をよそに、ハンナがもう一発至近距離でヨルゼン子爵に発砲した。籠められていた散弾は、彼の鼻から上を吹き飛ばす。


 普通の人間ならこれで……いいや。とうに死んでいなければおかしい身体。


 だと言うのに彼は倒れない。ふらつきながらも、両足で立っていた。


「この化け物が……!」


 ならばと銃で殴りかかったハンナの一撃を後ろに下がる事で避け、子爵は先ほどアリサが見つけた通路を駆けていく。


 そのズボンから覗く足首。それを一瞬だけ捉え、アリサが目を見開いた。


 鱗だ。己の腕に生えているそれとは違い、黒色のそれ。しかし、あの質感と禍々しさを彼女が間違える事はない。


 龍の鱗が、生えていた。


「逃がすか!」


「ま、っ……!」


 追いかけるハンナを呼び止めようとするも、彼女の体は動かない。


 ただの身体的な苦痛ではない、別種の何かが動きを阻む。立つ事もできない程の耳鳴り。それが、徐々に言語へと変わっていく。


『■■■■■■■■』


「な、に……これ……!?」


『■■■■■■■せ』



『その世界をよこせ』



 脳裏に浮かぶ、牙を剥いた巨大な何か。暗がりから手を伸ばし、蝙蝠の様な翼を広げる怪物。


 その全容を見る前に、アリサの意識は途絶えた。


 最後に、とある単語を残して。


「あく、ま……?」


 その言葉が誰かの耳に届く事はなかったが───。


 彼女の鼻孔を、どこか嗅ぎ慣れた鉄の臭いがくすぐっていった。



*  *   *



「逃がすか!」


 背後で倒れたアリサを、酸素不足か何かだと判断したハンナが駆ける。


 背丈との比率を考えれば十分長いと言える、しかし人間の大人からすれば短い足を懸命に動かし、ショットガンに次の弾丸を込めながら。


 彼女が追いかける子爵が向かった先。長くない通路を過ぎた先には、いくつもの容器が置いてあった。


「っ……!?」


 復讐に燃えていた彼女さえ足を止める光景。もしもこの場にシュミットやセルエルセスがいたのなら、『培養槽』とこぼしていた事だろう。


 二メートルはあろうガラス張りの容器。それが複数並び、中には人が浮かんでいた。


 特に目を引くのは、中央にあり子爵が縋りつくポットだろう。


 歳のほどは十に届くかどうか。それぐらいの少女が、虚ろな目でゆらゆらと培養液の中で浮いていた。


 一糸まとわぬ姿だからこそ、わかる。彼女は死んでいるのだと。


 やせ細り、骨と皮だけの体。更には継ぎ接ぎでもしたかの様な幾つもの傷痕。虚ろな目に生気などなく、半開きの口は呼吸などしていない。


 そんな少女が入ったポットに両手を当てながら、子爵は呻く様に喉を震わせた。


「死なせない……私が、守るから。大丈夫だからな……メリンダ……マイケル……エレノア……父上も、母上も……我が領民の者共も……皆、守るから」


 他の容器に目を向ければ、そこには同じように死体が浮かんでいる。中には生まれて間もないだろう赤子の遺体すらもあった。


 その異様な光景に、ハンナが一歩後退る。


「だから、だから……」


 子爵の爪が、培養槽と擦れて異音を出す。


 その爪は先ほどまで整えられた長さだったのに、いつの間にか何センチも伸びていた。


「だから、私は『龍にならないといけない』んだ!!」


 振り向きざまに、彼が腰の後ろに挿していた拳銃を引き抜く。


 銃口が向けられた先は、ドワーフの娘。


「ああ、そうだとも我が友人よ!私は龍になる!そうすれば、そうすれば家族は起き上がってくれるのだろう!?生も死も同じとなって!やり遂げるさ!必ず!!」


 向けられた狂気に。そして、その背後にいる『何か』に当てられて。


 彼女が構えようとしたショットガンは掌から滑り落ちてしまった。それどころか腰が抜け、幼子の様にへたり込んでしまう。


 ハンナの額に、拳銃が照準を定めた。


「待っていてくれ!私は、私は龍になって!この世界を!」


「ぁ……ぁぁ……」


「この世界を、我が友人に捧げてみせよう!」


 引き金が引かれようとした瞬間、彼女の口は意味のない事を呟く。



「お父さん……」



 死に直面し、助けを求める様に親を呼ぶ。ただ、それだけの事。


 それで敵が引き金を引く指を緩める事などありはしない。ただ無慈悲に聞き流されて、次の瞬間には命を奪われるだけの無意味な行動だった。


 もしもそれで引き金を引く指が鈍る者がいたとしたら。


「───」


 それは、兵士でも戦士でもない。ただの、『親』なのだろう。


 一瞬だけ消えた『何か』の気配。引き金に込められた力が弱まるも、しかしすぐに彼の人差し指は動きを再開した。


 撃鉄が落とされ、雷管が燃焼し火薬が炸裂する。銃口を通り抜けた鉛玉はドワーフの娘の額を打ち抜く───はずだった。


 駆け抜けた、鉄の香りを纏う者。何者かが鍔で弾丸を受け止めて、その軌道を逸らしながら反動さえも利用して刃を閃かせた。


 小柄な彼女の上で振るわれた薄く銀に光る刀身が子爵の右腕を斬り飛ばし、返す刀で左手を両断する。


「ぎ、ぃぃ!?」


 悲鳴をあげる子爵の両腕の断面から白い煙が立ち上る。


 刃を振るった何者かは、そんな彼を見据えながら片膝をついた。


「『エンチェント:コンセクレーション』」


 転がっていたソードオフショットガンが薄っすらと銀色の光を纏い、黒髪の誰かがハンナにそのグリップを握らせた。


 ようやく、彼女の瞳に何者かの顔が映る。


「シュミット……」


「覚悟は、ありますか?」


 赤い瞳で彼が問いかける。


 支える様に銃身を掴んで、銃口を培養槽にもたれかかった子爵の胸へと向けながら。


 弾は込められている。不死身の怪物じみた子爵を苦しめる銀の光も与えられた。照準は剣士の手によって定められている。


 後は、ただ引き金を引くだけ。


 故に、これを行うのは彼女の殺意によってしかあり得ない。


「───ああ」


 赤銅色の瞳が燃え上がり、怨敵の姿を捉える。


 どれだけそれが狂気に染まっていようが、哀れみを誘う醜態を晒していようが。


 奪われた命は、汚された尊厳は戻ってこない。その遺族の気持ちと共に、この屋敷にて腐ったままなのだから。


 トリガーが引かれ、撃鉄が落とされる。銃声はたった一発。


 ガラスが割れ培養液がこぼれ落ち……その中に、赤い血が混ざって床に広がっていった。


 屋敷の外で、夕日が雲の隙間から現れる。


 街に響いていた怒号やうめき声は消え、死者達は夜が来る前に二度目の眠りについた。


 ヨルゼンの街はこの日滅んだ。だが、人々が全ていなくなったわけではない。


 生き残った事を歓喜する声が、失ったものを悼む声が、現実を受け入れられぬ絶叫が、互いの無事を確かめ合う声がこだまする。


 あまりにも長かった雨は、ようやく止んだのだ。





読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


リアルの都合により明日の投稿は休ませていただきます。申し訳ございません。明後日からまた普段通りの投稿を再開いたします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 刹那の躊躇いが明暗を分ける。そのキーワードが『親』とは何とも皮肉。 [一言] そういえば日本というか東洋では馴染みが薄いですが 西洋では竜とは黙示録の獣でありサタンであり邪悪の象徴でもあり…
[一言] 龍って全部が元人間で悪魔の黒魔法に汚染されて龍化したってこと? 元々の黒魔法に後から悪魔が変な効果付け加えたんかな?
[気になる点] 転生者は女神がこの世界に注射した異世界産ワクチン! では敵は? 別の異世界から世界を害する為にやって来るコウモリの羽の生えたヤツなわけだ バイキンかな?
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