第七話 変わる依頼
第七話 変わる依頼
一夜明け、翌日。自分達は昼頃に件の村に到着した。
やはりアリサさんの健脚には驚かされる。それが魔法の効果なのだとしたら是非ご教授願いたいものだ。
「ふむ……」
村を囲う堀と柵があるのだが、思ったより薄いし隙間がある。人が入るのは難しいが、大型の獣でも入れなくはない。それこそ、クマならよじ登れる。
だがその向こうに見える村の繁栄具合はかなりのもの。人口は家の数から三ケタを超えているだろう。開拓村とは何もかもが違うな。
「止まれ。誰だお前ら」
村の門番だろう青年がライフルを手に声をかけてきた。見た所、フリントロック……マスケット銃らしい。
そう言う所もうちの村とは違う。これが格差か……。
「どーもー。私達、イチイバルから来た冒険者でーす!」
にこやかに挨拶をしながら冒険者バッジを見せるアリサさん。その色は『銅』。
この人冒険者になってからまだ半年らしいが、もうランクが上なのか。大きな事件を解決した事もあると言っていたが、それが関係するのだろうか?
「はぁ?女二人組の冒険者だぁ?」
「いえ、僕は男です」
「え?」
何やらまた勘違いされたので訂正しておく。
ダークエルフの存在で自分ぐらいの身長をした女性がいる事はわかった。現在厚着をしているので体つきが分かりづらいのも自覚はある。だが、こうも間違えられると流石に辟易してくるものだ。勘弁してほしい。
青年はジロジロとこちらを見た後、少し待てと言って村の奥に向かった後大声で村長を呼んだ。
そうして、杖を突いた老人を連れてくる。
「どうしたんじゃいったい」
「イチイバルの冒険者だってよ」
「なに?もう来てくれたのか」
やや歩調を速めた村長だったが、自分達を見て若干眉をしかめた。
まあ、これが軍曹たちみたいな屈強な男達ならともかく十代中盤の少年少女が来たとなれば落胆するのもしょうがない。
「女子が二人?どちらも顔は良いが、腕も良いのか?」
「やだぁー、美人さんだって。視る目があるお爺様だね」
「……女性に見えるかもしれませんが、男です」
「えぇ!?」
村長が目を見開く。
「そっちの金髪の子、男じゃったのか!?」
「ぶん殴っぞ爺」
「男は僕です」
「嘘じゃ!儂は信じんぞ!お主の様な別嬪さんが男であるものか!!黒髪美少女は儂の初恋そっくりなんじゃ!!」
帰りたくなってきた、イチイバルに。
* * *
場所は移り、村長の家。
「いやぁ、驚かせてすまんかったのう。じゃがそれはお互い様という事で」
「離してシュミット君。この爺殴れない」
「どうどうどう」
頬を引き攣らせながら拳を構えるアリサさんの肩を掴む。
このお爺さんも歳なのだろう。アリサさんにはこんな豊かなお胸様がついているのに一瞬とは言え男と見間違えるとは。
そして僕をどれだけ男と認めたくないのか。
「さて、依頼の話を始めたいわけじゃが……その前に言わねばならん事がある」
「私が天下一の美少女な事を称える歌とか?」
「はっ」
「離してシュミット君……!!」
「どうどうどうどう」
話が進まないので落ち着いてほしい。
「確かに金髪の子も美人じゃろうて。しかし色気が足りん。胸の大きさで語るのは青二才のする事。そちらの黒髪の子が放つ、小娘には出せない色香に比べて」
「村長」
「うむ」
「依頼についてお願いします」
「わかった」
マジで帰るぞ。イチイバルに。
「依頼では森コボルトが七体以上と書いたのじゃが、昨晩村の者が別の影を見たという」
「というと?」
「二メートル以上の大柄な、クマの様な体躯の魔物じゃ。森コボルト共を従えておったとその者は言っておる」
「ふむ……『ライカンスロープ』かな?」
アリサさんが落ち着いた様で、形のいい顎を指で撫でながら首を傾げる。
「ライカンスロープ?」
「コボルトのでっかい版だね。クマかそれ以上に強いし凶暴だよ」
「それはまた、厄介ですね」
「うむ。儂もそう思う。じゃから……」
村長は白く長い眉を八の字にした。
「すまんが、うちの村にライカンスロープを退治してくれと依頼するだけの金がない。どうにか、領主様に討伐隊を出せる様お頼みしたいと思っておる」
なるほど。依頼の危険度が上がった分ギルドの規定で報酬も増やす必要があるが、それができないと。
「へー、随分正直なんですね村長さん」
「いや、これがクマみたいな大男の集団が来たならこの事を隠して行かせて、倒してもらってから『知らんかったなー』と言うつもりじゃったぞ。けどお主らだと奴らが人間の味を覚えるだけで終わりそうじゃし」
「本当に正直ですねクソ爺」
感心した様子のアリアさんだが速攻で口元を引き攣らせた。
「これまでは手下のコボルトだけを村に向かわせ、昨日初めてその姿が目撃された……人への警戒心を無くしてきているという事でしょうか」
「その可能性が高いのう。今は村の男達で対策を話し合っておるが、ここにある銃は古い物が三丁だけじゃ。弾薬も少ないし、狩人も森コボルトに襲われた怪我で動けん」
力なく髭を撫でた後、村長がこちらを見やる。
「ギルドを通さぬ依頼となるが、内容をイチイバルへ手紙を届けるという物に変更したい。受けてもらえんだろうか?」
ふざけたお爺さんではあるが、筋は通っている。
この話を受け、領主様への手紙とやらを受け取り街へ戻るのが普通だと思うが。
「おーっと、それは早計だよ村長さん」
普通とは程遠い道を突っ走る人が、ここにいる。
「領主様、ここではイチイバル男爵だけど、一村長から歎願があっただけですぐに軍隊は動かせない。たとえ一個分隊規模でもね。調査だけでかなり時間がかかるよ」
「……じゃが、金が」
「そ・こ・で!国が定めている『ギルド保険』の制度が活躍するのですよ!」
「ギルド保険?」
また知らない単語が出てきた。
「ギルド手帳にも書いてあるんですけど、報酬が足りない事態になった場合ギルドが『複数の村に被害が広がる可能性があった』と判断したなら、各村が領主様に払っている税金の積み立てから足りない分をその地の貴族が保証してくれるってものです」
「そんな制度が……!?」
「ほらここですよここ」
そう言ってアリサさんが開いた冒険者手帳を村長に渡す。彼はじっくりとそのページを見た後、毛髪のない頭を撫でながら驚いた様子で返した。
「知らんかったわい……」
「そういう人意外と多いんですよねー。字が読めるんだったらこういうのは読まなきゃ」
……マジで、早く字が読める様になろ。
「ですがアリサさん。そういう場合はギルドに報告し弁護士を呼ぶべきなのでは?」
「緊急性がある場合は別」
「では、自分達がギルドを通さずライカンスロープと戦闘する事に関しては?ギルドはギルド外で受けた依頼について関与しないと言っていましたが」
「それも緊急性がある場合は別だよ。コレに書いてある例の一つに似た状況がある」
ひらひらと冒険者バッジのついた手帳を見せながら彼女は笑う。
「知識は力だぜぇ、シュミット君」
「激しく同意します」
「ま、待つんじゃ。根本的な問題が残っておる。お主ら、ライカンスロープに勝てるのか?」
少し慌てた様子の村長。彼に対しアリサさんはニヒルな笑みを浮かべながら、ピストルを抜いて自分の帽子のつばを押し上げた。
「確かに私は可憐で儚い、フォークとナイフしか持てなさそうな美少女ですが……伊達や酔狂で冒険者をやっているわけではありませんよ」
「いや、そこまで言うほどかのう」
「伊達や酔狂でやっていますよね?」
「うっさいわーい!!」
銃をさげると、彼女はシリンダーのカバーをずらし銃口の下にある棒の様な部分を押した。すると、弾丸が後ろに一発だけ押し出される。
アリサさんがそれをこちらに向かって指で弾いた。クルクルと金属薬莢に包まれた弾丸が放物線を描いて飛んでくる。
「力を見せなさい」
その意図を理解し、剣を抜いた。
一閃。コトリと、軽い金属が落ちる音が二つ。
「おお!?」
村長が驚きの声をあげて床を見た。そこには、薬莢部分を両断された銃弾が転がっている。
「なんという腕前……!」
「凄いなシュミット君!?」
「いやなんで貴女が驚いているんですか」
「私の想定では切っ先に銃弾乗っけるのかと……」
それ、実力というより芸を見せているだけでは?
「素晴らしい……黒髪美少女剣士は実在したんじゃ!」
「男です」
「儂がそれを信じないうちは儂の中でお主は女子なんじゃ!!」
帰ろうかな、イチイバルに。
漫画なら集中線出してそうな勢いの村長を前に、思わず遠い目となった。
* * *
村長の納得も得られたので、被害があったという家畜の所に。
すごい、鶏だけでなく牛が二頭もいる……これで元は四頭いたというのだから、この村の裕福度がわかると言うもの。畜産ではなく、農耕用の牛がこれだけいるのなら畑を耕す速度はかなり速いはず。
都市部に近い村は開拓村とこうも違うのか。うちの村だけおかしい?いや、付近の開拓村も街へ向かう道中遠目に見たが、自分のいた村と似た様なものだった。やはり都市との距離は重要らしい。
「それで、何かわかるシュミット君」
「そうですね……」
森側にある柵を軽く見てみれば、爪がたてられた後がある。それに足跡も。
狼の足跡に酷似した物が複数ある中で、形は同じなのに大きさだけ数倍違う物があった。これがライカンスロープの物だろう。
「足跡は森の中に続いています。森コボルトの数は八。ライカンスロープの数は一だと考えられます」
森コボルトは狼を二足歩行にした様な姿とアリサさんから聞いている。背は一メートルほどだが、そこらの男より力が強い。そのうえ狼の俊敏性も持つ。
だが一番危ないのは多少なりとも知能がある事で、腕の形になった前足で木の棒を振り回したり石の投擲などができるとか。
なお、普通のコボルトは鉱山近くの山に。森コボルトは名前の通り森を住処にするコボルトらしい。
「森かぁ……足跡は視えないね」
「はい」
森に生えた背の低い雑草で足跡は視えなくなっている。
だが、追跡は可能だ。
「村長からこの辺りにも野兎や鹿が出ると聞いていますし、少しですがこの村の狩人からもお話が聞けました。森コボルトの動きは知りませんが、それ以外の獣の動きなら多少わかります」
「うん?それを知ってどうなるの?」
「森を一番知っているのは、そこに住む動物たちという事です」
知識は力だ。知っているという事は、それだけで命を救う事もある。
まあ、自分の場合チートで得た知識だけど。
少し不敵に笑ってみせる。都会の常識や法律では彼女に勝てないが、森については負けないつもりだ。
こちらの顔をじっと見た後、アリサさんは真剣な面持ちで口を開いた。
「……時にシュミット君」
「はい」
「本当に君男なんだよね」
「お望みなら全裸になってやりましょうか」
「……え、遠慮しとく」
少し頬を染めて視線を逸らすお嬢様に、軽く頭痛を覚える。
いっそ、『男です』と書いたのぼりでも背負って歩こうか。
読んで頂きありがとうございます。
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