第七十一話 鎧の作り手
第七十一話 鎧の作り手
銃声が屋敷に響き───背後で鉛玉が床に着弾した。
相手が引き金を引く直前に身を低くして一瞬で接近。そのまま発砲直後のボックスピストルを持つ腕を斬り飛ばす。
続けてこちらに銃口を向けて来たリボルバー持ちの腕にも斬撃を叩き込み、人差し指から小指まで切断し銃を落とさせた。
『ガァァ!!』
兜のせいでくぐもった声を出しながら、残った腕で組み付いて来ようとするグールの顔面にカウンターで柄頭を叩き込む。
が、硬い。怯ませる事はできたものの頭蓋を砕くには至らなかった。
「ちっ」
隣から組み付いてきた個体は一歩下がる事で回避し、首目掛けて刃を振るう。鎧に守られていない箇所は外のグールと変わらない。あっさりと頭が飛んでいく。
返す刀で兜をへこませた方の首も刎ね、動きを止めた。首から下はただの死体に戻るも、頭だけになっても兜の中で唸り声をあげているのは流石アンデッドと言った所か。
「大丈夫シュミッ……うわ、なにこれ」
窓から入ってきたアリサさんが倒れているグール達を見下ろし、胸甲を爪先で小突く。
「グールに鎧と銃を装備させた様です。それに、こいつらの鎧はかなり質が良い」
殴った感触からして恐らくドワーフ製。それもかなり腕が良い職人の物だ。
……自分は、この防具ごとグールの頭蓋を斬る事はできるだろうか?
───斬れる。
一瞬の思考。すぐさま結論を出し、同時に問題点も浮かび上がった。
身体強化に頼らずとも鎧を断って骨を割り、脳漿を散らせる事ができるだろう。魔法も使えば、脳天から股まで両断も可能だ。
だが、十より先はどうか。刃こぼれを抑えきれず、五十を超えれば己が持つ名剣であっても刀身を歪ませるだろう。
何よりこれは相手が知能も技も低いグールだからこそ。それこそダミアンの様な甲冑術の使い手なら下手に斬り込めばこちらの刃が折られかねない。それほどの鎧だ。
「それよりすみません。銃を撃つ前に仕留めきれませんでした。敵の増援が来るかと」
「だね。じゃあさっさと移動をって、ハンナさん?」
アリサさんが疑問の声をあげ、自分も足元に蹲っているハンナさんへと視線を向ける。
だが彼女はこちらに一切視線を向けず、倒れているグールの胸甲を穴が開くほど見つめていた。それだけでなくノックをする様に軽く叩き、表面をゆっくりと撫でている。
「どうしました。その鎧に何か」
「嘘だ……」
「ハンナさん?」
目を見開いて胸甲を見つめていた彼女が、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
その表情は、まるで幽霊にでも会ったかの様だった。
「これは、これを作ったのは……」
ざわりと、嫌な予感がした。
……黒魔法は通常の魔法と比較しても、多種多様な事ができる。
ただ相手を呪うだけでは止まらない。他者の思考や記憶を操る事もあれば、時間や空間に干渉する呪文もある。
そして……グールやスケルトンの様に、『死者を動かす』事さえも。
「親父だ。アタシの親父が、これを作った」
だから、彼女の父親の死体が『どこかに持ち去られていた』という時点でこの可能性はあったのだ。
致死量の血がその場に残っていようとも、黒魔法使いには関係ない。死体さえ残っていれば幾らでもやりようはあるのだから。
……亡くなった自分の親の尊厳を踏みにじられているとなれば、心に傷も負うか。だが、ここで折れてしまうのなら置いて行くしかなくなる。
「ハンナさん。お気持ちは──」
「殺す」
「ハンナさん?」
「ぶっ殺す……!」
ギチリと音がする。それが彼女の奥歯からしたものだと、少し遅れて気づいた。
「親父に『こんな下手糞な鎧』を作らせやがったのか……!里でも一、二を争う職人だったんだぞ!?その腕を、こんなにも腐らせたのか……!!」
憤怒。悲しみや絶望以上に、ドワーフとしての。職人としての逆鱗に子爵は触れたらしい。
血管が額に浮き上がり、目を血走らせているハンナさんに少し引きながらもその腕を掴んで立ち上がらせた。
「そうですね。落とし前は取らせなくてはなりません。だからこそ、ここで立ち止まるわけにはいきませんね」
「ああ……そうだな」
父親の敵討ちを依頼してきた時以上に怒っている。
それにしても、クリスさんが言っていた『鉄や炭が運び込まれている謎の工房』の正体が見えてきたな。
「クリスさん。屋敷に運び込まれた鉄の量はわかりますか?」
「いや、でも荷車数台分はあるはずだ」
「そうですか……」
屋敷にどれだけの使用人がいたのかわからないが、これから遭遇するグールは武装している事を想定すべきだな。
気を引き締め直し、小走りで進む。
「できるだけ早く子爵を叩きたいですね。どこにいるか予測できそうですか?」
一番手っ取り早いのは屋敷中に火薬なり油なりばら撒いて火をつける事だが、子爵からは『龍殺しの剣』について色々と聞きたいしハンナさんの父親からは金庫の鍵を回収したい。
手間だしリスクもあるが、白兵戦で決着をつけたいところだ。
「わからない。この屋敷には結構な大きさの地下があるんだけど、そこかもしれないし……あるいは逆に上の階かも」
「なら、先に一階と二階の敵を掃討し退路を確保しましょう。いざとなれば撤退を優先します。全員、いいですね?」
「わかった」
「私もいいよ~」
「……ああ」
明らかに不満そうなハンナさん以外は大丈夫そうだ。
そうして進んで行けば、三十秒とせずに複数の足音が聞こえてきた。
「全員、止まってください」
曲がり角で立ち止まり、少しだけ顔を出す。そしてすぐに引っ込めた。
直後自分が顔を出したあたりに幾つもの弾丸が着弾。銃声が大量に響く。薄暗いが、まだ廊下の燭台に蝋燭の火が残っていたのが幸いした。
一瞬だけだったが敵の数と装備を目視で確認。壁に隠れながら後ろの三人に伝える。
「数は十。全員鎧を身に纏い、拳銃を持っています。見えた範囲でも腰のガンベルトに一人六丁は挿していたので、弾切れは期待しない方がいいかと」
「OK。随分と大判振る舞いだねぇ、子爵も」
アリサさんが右膝を床につき、左足を壁に押し付けた状態で上体を傾け角から銃口を出す。
銃声の中に甲高い金属音が混ざり、彼女が小さく舌打ちした。
「あの鎧かったい。ライフルなら一応貫通するけど、普通の人間ならともかくグールじゃ二発頭に叩き込まないと止まらないね」
「親父の本来の鎧はあんなもんじゃない」
「そりゃ良かったね!けど今は弱点とか教えてほしいなぁ!」
「目のスリットは?」
「あるけど、こうも撃たれながらじゃ、ね!」
レバーを動かし発砲しながら答える彼女に、少しだけ考える。
一瞬見ただけだが、グールの中に使用人の服ではなく街で見かけた兵士の服を着た者がいた。となれば、屋敷にいるグールはかなりの数いると考えていい。
手足を撃ち抜いて戦闘力を奪うのもありだが、両手と片足は潰さないと銃を持っている以上安心はできないだろう。
……『備え』の使い時か。
「アリサさん」
「ん?」
腰の後ろに着けているポーチから掌大の小瓶を取り出す。彼女が角から身をこちらに戻し振り返った。
きっちりとコルクで栓をされたその中には、僅かながら発光している液体が入っている。
教会戦士に教えを受けたアリサさんは一目でこれが何かわかったらしい。そして、自分が今からする事も。
チェシャ猫の様な笑みを浮かべた彼女に、頷く。
「投げます」
「まっかせろぉ!」
それだけ言って、合図も無しに右腕だけ出して小瓶をグール集団のやや上に放り投げた。
彼女なら、それでも問題ない。半瞬遅れて通路へと横向きに寝転ぶ様にして体を倒し、引き金を引く。
狙い違わず、相棒は小瓶を空中で撃ち抜いた。
ガラスの瓶が割れるなり中の液体が気化。白い煙の様に奴らを包み込む。
『聖水』
この世界では白魔法により浄化された水の事を言う。原理は不明ながら非常に気化しやすい性質を持っており、封を開けても液体の状態を保つにはとある薬品を混ぜる必要があるが、それは割愛。
気化しても特殊な加工をしない物ほんの一、二秒で消えてしまう。教会戦士達が使う聖水は門外不出の方法で前世で見たスモークの様に聖水をばら撒く事ができていた。
あいにくとそこまでの設備を自分は持たない。だが、突貫で作り上げた物でも屋内であれば。
『ガ、アァァ!?』
『ギ、ギ……!』
銃声が止み、グール達が拳銃を取り落として藻掻き始める。
それを好機とばかりに角から飛び出し、突撃。一息で間合いを詰め腕と首を刎ねていった。
三秒で全ての頭を床に転がし、遅れて体も崩れ落ちる。周囲を警戒しながら、彼女らが合流するのを待つ。
「ヒュー!さっすが相棒。いつの間に聖水なんて用意したのさ」
「汽車でこの街に向かいながら、途中の宿屋で少々。数はそれほどありませんが、使えはする様です」
「マジかぁ。アレ、一瓶でも作るの大変らしいけど?」
「頑張りました」
「さよけ」
しょっちゅう黒魔法やらアンデッドに遭遇するのだ。備えの一つもする。
自分の魔力は多い方らしいが、それでも無限ではない。体力も同じく。なら、物で代用するのが一番簡単だ。
ついでに火炎瓶も用意したが……そっちは教会に置いてきた。自分達がこちらを片付けるまで籠城にでも使ってもらえれば幸いである。
決して作ったはいいけど『いや全部持って行ったら邪魔だな……』とか思って押し付けたわけではない。
「聖水まで作れるのか……実は聖女様の生まれ変わりだったりしない?」
「いいえ」
生憎と前世の記憶はハッキリあるので。
クリスさんを軽く睨みながらそう答えれば、彼女は『書かない書かない』と必死に首を横に振った。それに肩をすくめながら落ちている拳銃を拾い上げる。
「アリサさん、使えそうですか?」
「残念だけどどれもパーカッション式かボックスピストル。金属薬莢どころか紙薬莢もないね。しかも質があんまり良くない。暴発が怖いからあんま使いたくないなぁ」
「そうですか……」
弾薬の不安を解消できるかと思ったのだが、そう上手い話はないか。
そう思っていると、クリスさんがポンと手を叩く。
「メイドさんの部屋が近いから、そこで靴下集めてこよっか」
「は?いや、こんな時に特殊性癖を出してほしくないんだけど……」
「……導火線になる物は持っていますか?」
呆れた様なアリサさんの横で、もしやと思いクリスさんに問いかける。
迷惑記者は慣れた仕草でウインクをしてきた。
「勿論。記者の必需品だよ!」
「……新聞社は見つけ次第燃やした方がいい気がしてきました」
この世界の文屋は物騒すぎる。目の前の迷惑記者が特殊だと思いたい。
「え?あぁ、なるほど」
「どういう事だ」
納得した様子のアリサさんに、眉をしかめるハンナさん。
そんな彼女らにクリスさんが自信満々に形の良い胸を張る。どうでもいいが、まだ服が透けているので……その、下着や肌が見えているのだが。
その状態で恰好をつけられても困る。主に目のやり場に。
「ちょっと刺激的な物を用意しようと思ってね」
刺激的なのは貴方の恰好だ。
「火薬の調整は慎重にお願いしますよ。生き埋めも丸焼けもごめんです」
「もっちろん。信じたまえよ。このオレを」
微妙に不安だ。
「ハンナさん、クリスさんを手伝ってあげてください」
「……何となく察した」
むすっとした顔の彼女に手伝いを頼み、二人が落ちている銃を回収している間アリサさんと周囲を警戒する。
首だけになったグール達に目のスリットへ剣を刺し込んで止めをさしながら、内心で小さくため息をついた。
今日が雨の日で良かったかもしれない。
火事になる可能性は、ほんの少しだけど下がるのだから。
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