第六十九話 動く死体
年明けから色々とありますが、皆さまお体と安全にお気をつけて。
今年もよろしくお願いします。
第六十九話 動く死体
『ガァァァアアア!!』
迫りくる死体達に剣を構えた瞬間。
「伏せろ!」
「っ」
鋭い声に膝を曲げるのと同時に、自分の上を机が通りすぎた。
一瞬だけ背後を振り返れば何かを投げた様な姿勢のハンナさんがいる。なるほど、ドワーフの力強さをまだ甘く見ていたらしい。
ドアごと外へとはじき出されたアンデッド達。だがまだ街にはうめき声と悲鳴が溢れている。
……この店で籠城戦は無理だな。
「皆さん、避難の」
「お義父さん、裏口はまだ大丈夫そうです!」
「誰がお義父さんだ!アメリア、用意は!」
「避難用のバッグ持ってきた!」
……手際の良い事で。
カウンターの裏から水平二連のショットガンを取り出す店長さんに、背嚢を担いできたアメリアさん。そして帽子を押さえながらスライディングしてきたクリスさんと、逞しい人達だ。
表情と先ほどの無防備さから察するにこうなる事を知っていたわけではなさそうだが……もしや、荒事に慣れている?
そう思いながら、入ってきた数体のアンデッドの首を刎ねた。頭に何か仕込まれているのなら、とりあえず首を斬っておけば動かなくなるだろう。
「では避難しましょう。どこか心当たりは?」
扉側に目を向けながら店長さんに問いかける。
「いや、魔物のスタンピードが起きた時は突破された門の反対側か、そうでなければ子爵様のお屋敷に逃げるんですが」
「どちらも無理そうですね」
音からして街中が似た様なあり様だろう。子爵の屋敷は逃げ場所としては論外。
後で殴りこみに行く必要はありそうだが。
「なら教会に行こう」
ライフルの薬室に弾を込めながら、アリサさんがこちらを見る。
「あそこは頑丈に作られているから」
「伏兵の可能性は?」
「踏み潰す」
「了解」
教会は現在無人。それを作ったのは子爵。となれば何かがあるかもしれない。
杞憂ならば一番いいが、罠があれば蹴散らして済むのならそれでよし。済まない様なら今回の事件において重要な存在のはず。
「では行きましょう。先導を頼めますか」
「ならオレがやろう。これでもかなり身軽な方でね」
そう言ってニヒルに笑うクリスさんに頷き、店の裏口から外に出た。
───やはりと言うか、街は地獄の様相を見せている。
暗雲から降り注ぐ雨。そんな中だと言うのに明るく感じるのは、稲光と何軒か燃えている家があるせいだろう。
路地にまで響く悲鳴と怒号。あの賑わっていた街は、既に戦場へと成り果てていた。
「こっちだ。オレは屋根の上から先導する」
言うや否やクリスさんがその辺に積まれていた木箱を駆けあがり、壁の窪みに指や爪先をかけてあっという間に屋根へと上ってしまった。
それに少し驚いていると、ショットガンで大通りを警戒しながら店長さんがクリスさんに声をかける。
「滑って落ちるなよ、クリス!」
「当たり前でしょ、『師匠』!」
「師匠もやめろ……」
二人の会話に少しだけ疑問を抱くも、今はいいかと思考を切り替える。
「教会は通りを出て西だ!普段なら歩いて一時間だが、おかしな様子の……いいや。『グール』が大量にいる。気を付けてくれ」
「了解。皆さん、攻撃する際は頭を狙ってください。あと、僕以外は接近戦を避けて」
上からの声に軽く剣をあげて答えた後、アリサさんに目配せしてから自分が前を走る。
通りに出るなり、雨では拭いきれない血の臭いが漂ってきた。
「きゃああああああ!?」
『ガァァ!!』
「く、来るな、来るなぁ!」
そこら中で人が襲われ、地面が赤く染まっていく。
動く死体が新たな死体を作り出し、倒れ伏した者達のうち頭部が原型を留めている死者の頭に一瞬だけ黒い靄がまとわりついた。
そうして、アンデッドの集団が増えていく。悪夢の様な光景だ。
「トーマス!?キャサリン!?」
店長さんの声につられてか、数体のグールがこちらを向いた。
白濁とした目は何の感情も映っていないのに、剥き出しの歯も唸るような声も飢えた獣そのもの。
そんな彼らの足元にある小さな死体に、半瞬だけ目を伏せる。
「しぃぃ……!」
そして、相手がこちらへと踏み出す前に駆けだした。
雨水を蹴り砕き、一刀で目の前のグールの首を斬り捨てる。続けてその斜め後ろの個体に肉薄し、下顎から脳天まで引き裂いた。
ようやくこちらを向いた三体目。しかしその側頭部に鉛玉が叩き込まれて沈黙する。
「このまま駆け抜ける!ついて来い!」
あえて大きな声で吠えた。動く死体の視線を集めながら、血と雨で濡れた地面を踏みしめる。
突貫。相手が未知の病原菌でも毒物でもないのなら、返り血など気にしない。手当たり次第に斬り倒す。
『ガァァ!!』
跳びかかってきた個体の右腕を斬り飛ばし、すれ違った直後に横回転。首を刎ね飛ばし、左側から掴みかかってきたグールの鼻先に柄頭を叩き込んで仰け反らせた。
そのまま頭をかち割り、更に進んで他の個体の首を断つ。
「ひぃぃいい!?」
「誰か、誰かぁ!」
倒れた荷車の下で叫ぶ男女。彼らを引きずりだそうとしているグールの後頭部にピックを投擲する。
「自力で出られますか!?」
「は、いや、無理だ!」
「助けてぇ!」
知らない、と無視するのが上策だが……。
「援護は任せて!」
「アタシが持ち上げる!」
荷車に駆けだした依頼主に、当たり前の様に合わせる相棒。
これは、うん。しょうがない。
「店長さんとデカ尻!!」
「お、おう!」
「え、あたし!?」
「そこの赤毛のドワーフ女性を守ってください。そうしたら変な記事を書いた事は本当にチャラです!死なせたら殺します!」
「わ、わかった!」
「いいけど呼び方ぁ!?」
ショットガンでグールと戦いだす店長さんと、拳銃を取り出したアメリアさん。
彼女の方に、笑顔を向ける。
「『聖女』らしからぬ呼び方でしょう?」
「……そうですねぇ!」
半笑いの彼女の顔を見てから、再度駆ける。
笑みを消し、前へ。青年を追いかけるグールの首を背後から刎ね、母子に覆いかぶさろうとする個体の耳の穴にピックを投擲する。
そして、子供に噛みつこうとする女性のグールの口へと剣を刺し込んだ。
『ギ、ギィィ……!』
「お、おかあさ」
「───」
座り込んだ子供の目を左手で覆い、グールを貫く剣を横に振り抜いた。
これらは死体である。心臓は止まり、魂も肉体から離れた存在。抜け殻を黒魔法で動かしているだけだ。
それでも、斬って捨てて何も思わない自分は変なのだろうか。
「……気絶したか」
まだ十にもいかない子供を見れば、意識を失っていた。外傷はなし。担ぎ上げ、先ほど助けた青年の方へと後退する。
「この子を頼みます」
「え、あ、はい!」
その時。チラリと、無事だろうが一応アリサさんの方に視線をやった。
「おらおらぁ!私様のおとぉりじゃぁい!どけどけぃ!!」
……僕は普通だな。よし。
美人さんがしてはならない笑顔でライフルを連射する彼女からそっと視線をそらし、老婆を背負って逃げているハンナさんの方を見た。
あちらも大丈夫そうだ。護衛しているあの店長さん、思ったよりも戦い慣れている。
「く、お前、ジョーンズか……!」
『グゥゥゥ……!!』
「すまん!」
苦い顔で謝りながらも、その動きに迷いはない。
噛みついて来たグールの口にそこらの石をねじ込んで防ぎ、腹を蹴ってスペースをつくるなりショットガンで頭を吹き飛ばしていた。
アメリアさんの方も射撃の腕は普通ながら、位置取りは悪くない。自衛だけならできそうだ。ついでに、一応ハンナさんを守る様には動いているらしい。
「次の角を左だ!」
「了解!」
屋根の上から聞こえるナビに答え、自分も戦闘に戻る。
「……嫌な予感が当たったか」
迫る死者の群れにそう呟いて、突撃を行う。
まだ魔力と、そして『備え』は温存だ。それでも問題ない。
グールの首を三つ纏めて刎ねながら、更に踏み込む。掻き分ける様に、切り開く様に。ただひたすらに前進し、その過程でついでに何人か拾っていく。
背後からの噛みつきには左の籠手を叩き込み、足に縋りつこうとする個体は踏み砕いた。そして、ひたすらに目の前の敵を斬り捨てる。
教会に到達したのは、酒場を出て三十分後の事だった。
* * *
「おい、そっちの椅子も持ってこい!」
「せーっの!」
教会に逃げ込み、街の人達が並んでいる椅子を扉に押し付ける様にして積み上げていく。
生存者は三十七人。老若男女様々で、うち若い男は十人。鉄砲はアリサさんが持っているのを除けば七丁。
正直頼りない数字だ。籠城は厳しいだろう。
「シュミット君」
先に教会の中を見て回っていたアリサさんが、小声でこちらを呼ぶ。
難しい表情の彼女について行けば、教会の奥にある部屋にたどり着いた。
そして、扉越しに血の臭いを嗅ぎ取る。
「これは……」
「開けるよ」
アリサさんが扉を開ければ、そこには数人の死体が転がっていた。
木片や燭台を手に倒れているシスター達。そして、中央近くで立ったまま亡くなっている老年の神父さん。
どの人も何か鈍器の様な物で撲殺された様だが、特に神父さんの死体は損壊が大きい。
左腕は肩からなくなり、頭も半分潰れている。左足の棒状の義足も罅が入っており、何故死してなお立っているのか不思議だった。
右手の拳に陽光十字のペンダントを巻きつけメリケンの様にしている事から、何者かと戦って死んだと思われるが……。
老人とは言え人の腕を千切ったり頭蓋を半壊させるのは容易ではない。いったいどんな怪物と戦ったのか。
「彼がこの街の神父さんでしょうか」
「たぶん。たしか名前はクラウディオ神父。ヨルゼン子爵家に仕える騎士の家に生まれた次男だったとか」
「そうですか」
神父さんの死体に近づき、顔を見る。老人の顔は苦悶の表情を浮かべていた。
動き出す様子も魔力の気配もない。剣をしまい、眼を閉じさせた。そのまま部屋の隅に横たえる。視界の端で、アリサさんがシスター達を同じようにしていた。
「なあ、お前ら……って」
そこにハンナさんと店長さん達がやってきた。
「な、クラウディオ神父!?」
「亡くなっていました。恐らく、死後五日から十日かと」
状況証拠的に子爵家は黒だと思っていたが、これで決まりだ。
神父が子爵の看病を泊まり込みでしていると執事は言っていたが、彼はつい今しがた死んだわけではない。
クリスさんの話も合わせれば、確実に子爵家は良からぬ事をしている。
だが、これで話は単純にもなった。屋敷に踏み込んでから本当に斬っていい相手かを確かめる必要がなくなったのだから。
「店長さん。このまま教会に籠っていてください。街を囲う城門までグールの群れを突破するのは現実的ではありません」
この街の兵士達が何をしているのかも気になる。練度は悪くなさそうだったが、その割にこの騒動の中見かける事はなかった。
十中八九、守備隊も保安官もまともに機能していないだろう。あるいはグルか。
「あ、ああ。そうだな。あの『剣爛』様がいるのなら心づぇえ。このままどこかから助けが来るのを」
「いいえ」
チラリと相棒に視線をやれば、彼女もハッキリとこちらに頷いた。
「僕たちは行きます」
「行くって、どこへ……」
「無論」
剣を抜き、懐から取り出した布で血と油を拭いさる。
「この元凶と思しき人物を始末しに」
子爵本人か、あるいは子爵を殺して乗っ取ったか。
何にせよ、今子爵家の屋敷にいる輩を叩き切ればだいたいどうにかなるだろう。術者を殺せば、操られているだけの死体も止まる。
自分の方を見て硬い唾を飲み込む店長さん達。だが、彼らを押しのけて小柄な女性が前に出てくる。
「アタシも行くぞ」
むすっとした顔に三白眼。成熟した女性の背を縮めた様な体つきの彼女は、真っすぐとこちらを見上げてきた。
「決着をつけにいくのなら、アタシも行く」
その様子にどうしようかと、助けを求める様にアリサさんへと視線をやった。
普段頼りになる相棒は、苦笑いを浮かべて肩をすくめる。貴女の方が僕より口が上手いんだからどうにかして欲しいんですが……。
「ハンナさん。僕たちが受けたのはあくまで子爵と野盗共の関係を調査する事です。護衛も仇討ちも本来の依頼内容に含まれていません。ここに残ってください」
「わかっている。だから、これは依頼主ではなく一個人の話だ」
「ならなおさら連れていけません。足手纏いに」
「足手纏いにはならない」
そう言って、彼女は腰の後ろから何かを取り出す。
黒光りするソードオフショットガン。ハンナさんが……この世の中剣を打ち続けている彼女がそれを持っている事に、思わず目を見開いた。
「アタシは別に銃を使わないわけじゃない。作らないだけだ」
こちらを見上げる彼女と視線をぶつけ合い、気づく。
暗く淀んだ目。風化したはずの殺意が、赤銅色の瞳で再燃していた。
「……いいでしょう」
「シュミット君?」
訝し気なアリサさんに、頷いて返す。
「この街に来る時と同じです。置いて行けば勝手について来るでしょうから、最初から一緒に行動してもらった方がマシです」
「縛って行ったら?」
「這ってでも追ってくるでしょうし、手足を折るのも今後剣を作ってもらえなくなったら困ります。それに」
彼女の瞳を見る。
色こそ違うが、開拓村でよく見るそれだ。
「自分の手で殺さなければ、我慢ならないんでしょう?」
「ああ……」
人の復讐を止められるほど、自分は大層な人間ではない。
これで『仇を討ったら自分も死ぬ』とか言い出す様な人なら泣く泣く手足を折るが、こういう目の人なら問題ない。
相手を殺す事で歩き出せる人もいる。復讐の善悪とは別に、それができる人ならばとやかく言うつもりはない。
「でも、足手纏いと判断したら斬り捨てます。その時は別の鍛冶師を探しますので」
「アタシが死んだら家を調べろ。親父の葬式に出てくれたドワーフの名前が見つかる。そこに行け」
「わかりました」
剣をしまい直し、頷く。
「おっと、待ちな」
無駄に気障な声がしたのでそちらを見れば、店長さんの背後。廊下の壁に背中を預けた人物が一人。
「子爵家の屋敷の構造……九割がた把握している人間がほしくないかな」
帽子をクイっとあげるクリスさん。
とりあえずムカついたのでその額にデコピンしたが、謝る気はない。
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