第六十八話 予想外の
第六十八話 予想外の
「ちょ、落ち着いてシュミット君!」
「あいぇええええ!?お助けぇぇ!」
がっしりと後ろから組み付くアリサさんに、腰を抜かしながらもデカ尻を引きずって後退する死亡フラグ量産機。
ボディアーマーを装着しているため相棒の感触はわからないが、その膂力でもって強制的に動きを封じされた。
「放してください。奴を殴れません」
「君が本気で叩いたらお尻が割れちゃうよ!?」
「元々割れています」
「十文字になっっちゃうぅ!」
「悔い改めるには丁度良いでしょう」
「とにかく落ち着け相棒!!」
「僕は冷静です。冷静に『わからせ』なければならないのです」
「絶対冷静じゃない!?」
結果的とは言え吸血鬼から助けたのに人の性別を変質させて流布させた輩にかける慈悲などない。尻叩きの時間である。
手でやると感触で鈍る可能性が高いので武器を使うが、殺しはしないと約束しよう。
「あれはしょうがなかったんだよぉ!あたしにも事情があったんだ!!」
「聞きましょう」
「あんな美人が男なわけない!!」
「割ります」
「のぉぉぉぉぉおおおお!?」
「あいぼぉぉぉう!!」
「待てぇい!!」
強化魔法を使おうかと考え始めた辺りで、謎の声が響いてきた。
「何奴!!」
「あ、君さては素だね?」
だから冷静だと言っているでしょう。なので放してください。殴るので。
興味深そうにこちらを見るやじ馬をかき分けて、一つの人影がデカ尻との間に割って入る。
「彼女に手を出すのなら、オレが相手だ!!」
黒のズボンに革のブーツ。スーツをなびかせカウボーイハットを手で押さえながら現れた───女性。
カフェオレ色の髪をミディアムショートにしたその人は、間違いなく女の人である。骨格がそうだし、そもそもサスペンダーで圧迫されている胸がそう主張していた。
「ダーリン!!」
ダーリン??
「ふっ、君を誰にも傷つけさせない。ここは任せてくれ」
「うん!!」
なに、この……なに?
ファイティングポーズをとるも形だけで体幹がどう見ても素人の女性が、ニヒルに笑って立ちふさがる。
だが『ダーリン』などの発言に驚いたのは自分だけの様で、やじ馬は相変わらず興味深そうに自分の方を見ているだけだ。なんならアリサさんも『それどころではない』とばかりにこちらの腕を掴んでいる。
「……とりあえず、座って話さないか」
集っている視線を嫌ってか、それともこの状況自体を馬鹿らしく思ったのか。面倒くさそうに目を細めているハンナさんの提案に、自分はとりあえず頷くしかなかった。
「あ、じゃああたしのお店に来る?」
腰が抜けたまま手を上げるデカ尻。
……この人、変な所で肝が太いな。
「ん?」
雨の臭いがし始め、空を見上げれば暗雲が街に近づいてきていた。雷鳴までもがまだ遠いものの聞こえ始める。
降り出す前に屋根がある所に行きたいのもあり、デカ尻さんの提案に乗って全員で移動する事になった。
なお、当の本人は謎の女性におんぶされて運ばれる事に。
……なんだか色々とアホらしくなってきた。
* * *
「あん?まだ開店時間じゃ……なんだ、お前か」
「やあ、お義父さん。お邪魔しますよ」
デカ尻さんの父親がやっているという酒場につけば、バーカウンターを拭いている男性がいた。
中肉中背ながら、頬に傷がある。荒事には慣れている様子のちょび髭が生えた中年男性だ。
「パパ、ちょっと机を一つ貸してよ。恩人が来ているんだ」
「恩人?そっちの別嬪さん達……待て、まさかその黒髪の人は」
「そう、聖女様だよ!!」
「違います」
「剣爛のシュミット!!」
「そうです」
勝手につけられた二つ名は恥ずかしいが、聖女よりはマシだ。
驚いた顔の店長さんとダーリンさん。とりあえず店長さんに軽く会釈をしておく。
「突然の訪問申し訳ございません。仕事でこの街に来たら、偶然娘さんと再会しまして」
「こりゃあ、うちの『アメリア』がお世話になりやした!ささ、汚ねぇ店ですが!」
「いえ、綺麗なお店だと思いますが……お言葉に甘えて、失礼します」
実際酒場にしては結構綺麗だと思う。ゴミは落ちていないし、吐しゃ物や血の臭いもしない。
ギルド程ではないが、それでもいいお店だ。
彼に導かれてカウンターに近い丸テーブルを五人で囲った。店長さんがカウンターの方に行ったのを見て、デカ尻……アメリアさんへと視線を向ける。
「何度も言っていますが、僕は聖女ではありません」
「ごめんよぉ、でもほら。教会って女装してヴァンパイアの根城に侵入するんだろ?だったらあんたやイオ神父が男だったって言うより、女だったって記事にする方が他の作戦の時にいいと思って」
「そうですね」
後頭部を掻きながら言う彼女に、深く頷く。
「ここに来る途中、そちらの人物と相談して決めた言い訳にしては良いと思います」
「「うっ」」
「本音は?」
「あ、あはは……」
「その事なんだが、オレが原因なんだ。どうか彼女を責めないでくれ」
話に割って入るダーリンさん。彼女に視線を向け、続きを促す。
「オレは新聞記者兼冒険者をしていてね。あの記事を書いたのも実はオレなんだ。聖女復活という見出しの方が売れる。そう思ったからね。だから、責めならオレが負う」
「そんな、ダーリン!!」
いやもう本音を言うとどうでもいいというか、怒ってはいたが毒気を抜かれた。何より現在仕事中なので私情にばかりかまけているわけにはいかない。
「……先ほどから気になっていたのですが、ダーリンとは?」
「ん?彼女の恋人だからだが……ああ、なるほど」
ダーリンさんが納得した様に手を叩く。
「オレは『クリス』。体こそ女性だが、精神は男でね。今月には彼女と結婚もする予定なんだ」
「えっ」
「シュミット君。都会では……というか都会の教会では同性での結婚が認められているよ」
「えっ」
「教会では同性同士の恋愛こそ肉欲の絡まない聖なるものって考えられているからね。教会に入るのなら、正式に結婚できるんだ」
「えぇ……」
なんでそういう所だけ進んでいるんだ、この世界。
まさかセルエルセス王あたりが何か残したのか?貴族制の残っている世界では少々違和感の強い思考なのだが。
「大昔に聖女様が女性同士で結婚を出来る様に色々と活動していたらしくてね。オレとしては、この世で二番目に尊敬する相手は聖女様さ」
そっちかぁ。
「……俺は納得していないがな」
そう言いながら、店長さんがやってきた。
机に人数分の水を置く彼に、クリスさんが困った様な目を向ける。
「お義父さん。何度も説明しましたが」
「お前にお義父さんなんて呼ばれる筋合いはねぇ」
「パパ!」
怒った様子のアメリアさんに、前髪の寂しい店長さんは目を逸らした。
「たとえ昔の聖人様が認めようが、俺には女同士なんて理解できん。結婚ってのは男と女がするものだろう」
ああ、うん。この世界だとやはりそちらが多数派なのだろうか。
少なくとも開拓村では同性愛や性同一性の話は聞いた事もない。というか、なまじ前世の常識がある分リアクションがしづらいのだが。
この流れは面倒だなと思い、わざと咳払いをする。
「すみません。ご家庭の話に割って入る様で申し訳ありませんが、いいでしょうか?」
「あ、ああ。あんたは娘の恩人だ。どうぞそこのクリスとやらを成敗してください」
「成敗はしません。それより、新聞記者と言いましたね」
「そう、だが……」
訝し気にする彼女……彼?とりあえずクリスさん。
「ならいくつかお聞きしたい事があります」
外ではザアザアと雨が降り出したらしく、今から悪所には行こうと思えない。
何よりこの街にいる文屋の話が聞けるのなら、普通にその辺のチンピラを絞るよりよほど有益な情報が出てきそうだ。最悪、この人の上司なり同僚に話を繋げてもらうのもいい。
ポジティブに考えよう。アメリアさんのデカ尻を倍のサイズにするより、クリスさんを情報源にする方がよほど有益だ。
「オレに答えられる範囲の事なら」
「なら、まずはヨルゼン子爵の事をお聞きしても?」
「子爵の?」
「ええ。人となりでも、最近の様子でも何でも構いません。できれば最近処刑された野盗たちの繫がりについてとかが聞きたいですね」
「へぇ」
キラリと、クリスさんの目が光った気がした。
「それなら丁度いい。オレはここ最近、その事を調査していたんだ」
「………」
これには思わず閉口する。
あまりにも都合が良すぎだ。まさか、本当に……。
「どういう内容だ?」
そんな自分をよそにハンナさんが身を乗り出す。
「この街の悪所が徐々に広がっているのは、冒険者ギルドがないからなんだ」
「ギルドがないんですか?」
「ああ。子爵が兵士をきちんと雇っていれば問題ないと、建設しなかったのさ。それが三十年前の事。結果、冒険者にならずチンピラに堕ちる者も多い。オレは別の街の出身でそこのギルドで登録した口だがね」
なるほど、冒険者ギルドには受け皿としての側面もあると。
「で、ここからが本題だ。そうして出来上がった悪所だが、時々服装はみすぼらしいのに肌ツヤも肉付きもいい男が出入りしているんだよ」
「……それが子爵の関係者だと?」
「そうとも。しかもただの小間使いじゃない。執事のマイケルだったんだ」
執事……まさか今日自分達に対応した彼か?
執事ともなればただの使用人ではない。その貴族家にとって歩く帳簿であり玄関でもある。
嘘をついている風には見えなかったが、腹芸がよほど上手いらしい。あるいは……本人はその事を『覚えていない』のか。
そういう事ができる魔法には心当たりがある。しかも、奇しくも『龍』が関わっている可能性の高い魔法で。
「流石に変装はしていたが、オレも彼が悪所から屋敷に戻る所を一度だけだが見ている。間違いない」
「あいつ……!」
ギシリと、ハンナさんが手を強く握った。
三白眼を吊り上げる彼女に、努めて優しく喋りかける。
「落ち着いてください。お気持ちはわかりますが、今は情報の収集を優先しましょう」
「わかっている……!」
青筋を額に浮かべながらも、瞳にはまだ理性が残っている。が、正直不安だ。
この人に退かれては困ると、『子爵には動機がある』等と言ったのは自分である。少々煽り過ぎたかもしれない。
イチイバルに置いていって勝手に動かれるよりはと同行してもらったが、子爵邸での態度はこの世界の平民として本当に危ないものだった。
アリサさんと顔を見合わせ、いざとなれば二人がかりでこの人を押さえ込む心構えをしておく。
「他に情報は?」
「勿論あるとも。子爵の家にここ数年やたら鉄と炭が運び込まれるんだ」
「鉄と炭?」
「ああ。屋敷のどこかに鍛冶場があるそうなんだが、使用人は入った事がないらしい。それに何を作っているのかも知らないそうだよ」
「よくそんな事まで調べられましたね」
「なに、ちょっと屋敷で働いているメイドさんとしっぽり」
「ダーリン?」
「あっ、あー、うん。他に何か聞きたい事とかないかな!?」
露骨なまでに誤魔化す様にして隣を見ないクリスさんに、少し考える。
正直、既に思わぬ収穫が手に入って驚いている所だ。聖女呼ばわりされた事に関してはお釣りがくる。
思考を巡らせていると、アリサさんが口を開いた。
「あのさ。今日子爵の家を訪ねたら病気で人に会う事もできないって返されたんだけど。その事ついては知らない?」
「いや……ただ、街の神父さんが付きっ切りで看病していてね。シスター達まで一緒に行っているのか、教会が空っぽで街の住民も難儀しているぐらいだよ。幸い今は子爵以外に重病人もいないがね」
「教会が空?」
アリサさんの形のいい眉が跳ねた。
「本当に?誰も残っていないの?」
「あ、ああ。ここ数日は朝のミサすら開かれていないよ」
「ありえない……」
「どういう事ですか?」
教会が世俗とは離れた存在と謳われているが、実際は普通に繋がっているものだ。
貴族の要請とあればそちらを優先してもおかしくはない。総出で行って平民を無視する形になっているのは流石に聖職者としていかがなものかと思うも、この世界ならそう珍しい行為とも思えない。
そう考え問いかければ、彼女は眉間に皺を寄せながら答えた。
「ここの神父さんはご高齢だけど、十年前まで『第三エクソシスト』に所属していた教会戦士だよ。そんな人が、いくら貴族からの要請だからって何日もミサを開かないはずがない」
「教会戦士が……!?」
彼らの信仰心の厚さは自分も知っている。正直言ってあまり関わりたくない人種だと思えるほどの狂信ぶりだった。
遭遇したのが第一と第二のエクソシストだったが、それでも教会戦士の末席にいた人物が教会を閉ざしたままにするのはおかしい。ミサは開かないにしても、シスターの一人も置いて門を開けているはずである。
「これは、洒落にならない事態かもしれないね」
「『黒魔法』が絡んでいる可能性があります」
あの魔法なら人の精神を操る事ができる。記憶もだ。
子爵、あるいは執事が黒魔法の使い手かもしれない。教会の人間が邪魔になり、排除しにかかったか。
しかしかつて第三エクソシストだった神父さん達が教会を空けているとなれば、他の教会戦士達が一週間もすれば嗅ぎつけるはず。
つまり───。
「っ!?」
剣の鞘を握りながら立ち上がる。
「どうしたの、相棒」
「あの、さっきから『黒魔法』とか……こっちにも説明してほしんだが?」
クリスさんの方は無視し、視線を扉の方に向けたまま相棒に答える。
「雨音で分かり辛かったですが、悲鳴が聞こえました。それに人が走る音も複数」
「OK」
こちらの言葉に頷き、アリサさんもライフルを手に立ち上がってレバーを動かした。
酒場の扉はノブのない両開き。踏み込まれるのは一瞬だろう。
「ま、待ってくれ。本当にどうしたんだ?」
「知らん。だが、アタシがやる事は決まった」
自分達に続き、ハンナさんも立ち上がった。
「子爵とあの執事をぶっ殺す!」
背負っていた背嚢から、彼女は鉈を取り出していた。できれば依頼人である彼女に危険を冒してほしくないのだが。
怒髪天を突く勢いのハンナさんをよそに、状況は動いていく。
───ドン!
酒場のドアが乱暴に開かれ、一人の男が入ってきた。
普段は温厚そうな表情をしているのだろうと想像できる顔立ちの、中年男性。だがエプロン姿の彼は、頭から血を流し突き出した左手の指は何本か欠けていた。
「きゃああああ!?」
「な、パン屋のジミーさん!?」
アメリアさんの悲鳴とクリスさんの驚愕の声が響く。
どう見ても重傷者の彼に、ハンナさんの警戒もその後ろの扉へと移行するが……彼の姿にはどうにも違和感がある。
よく見れば首にも傷があり、頸動脈が食い千切られていた。
まさかと猛烈なまでに嫌な予感をして瞳を見れば───白濁とした、死人の目と視線がかち合う。
「おい、大丈夫か!」
そう言って駆け寄る店長さんに、ジミーさん……いいや。
『ガアアア!!』
アンデッドが口を大きく開けて襲い掛かる!
「アリサさん!」
こちらの声に、彼女は銃声で答えた。
胸の中央を撃たれて仰け反るアンデッドの腹を蹴り飛ばし、店長さんと強引に距離を取らせた。
「あ、あんたら何を!?」
「さがって!」
アリサさんの射撃で確実に心臓が破壊されたはず。だと言うのに、銃弾と蹴りで倒れていたアンデッドはノロノロと立ち上がったのだ。
その姿にようやく異常を理解したのか、他四人が唾を飲む。
『ガ、ァァ……!』
「しぃ……!」
心臓を撃ち抜かれても動くのなら、脳を破壊する。
再度向かって来ようとしたアンデッドの頭蓋を鞘で叩き割り、続けて側頭部を殴りつけた。
不快な音と感触に眉をひそめながらも、今しがた砕いた箇所から黒い何かが這い出てくるのを目撃する。
あれは……黒い、蜥蜴?
掌に納まりそうな大きさのそれはアンデッドの頭から出て来たと思ったら、霞の様に消えてしまう。僅かながら、魔力の残滓だけがその場を漂った。
「い、いったい何が……」
唖然とする店長さんの問いに、残念ながら答える余裕はない。
風に押されてギイギイと音を鳴らす扉の向こうから、先ほどのアンデッドと同じようなうめき声が聞こえているのだから。
小さくため息をついて、剣帯に鞘をつける。
「B級ホラーじゃあるまいし……」
剣を抜きながら思わずつぶやいたその言葉に答えたとでも言うのか、酒場のドアが勢いよく開かれた。
眼を白濁とさせた、死者の集団が入店する。
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