第六十四話 突然過ぎる話
第六十四話 突然過ぎる話
室内で紅茶の香りを楽しみ、アーサーさんが部屋の上座にいる人物へと視線を向ける。
「良い茶葉を使っていますね、イチイバル男爵」
そう話を振られた男性は、顔中に掻いた汗を必死にハンカチで拭っていた。
「は、はは、『あの』アーサー様にそう言って頂けると、嬉しい限りですな」
「アーサー様など。私は爵位を持たぬただの男に過ぎません。どうぞ気軽にアーサーとお呼びください。男爵」
「そ、そういうわけにも……ラインバレル家の、直系の方にですね……」
前髪の生え際が怪しくなっているのに、焦りが表情に隠しきれていない様子は更なる後退を予感させていた。
あの中年男性がベンジャミン・フォン・イチイバル男爵でいいのだろうか?着ている服装や座っている席からそう思える。
ただ……なんというか。一目見て『中間管理職』という単語が浮かんでしまう男性だった。
「おっと、彼をそのままにするわけにもいきませんね。イチイバル男爵、どうか声をかけてあげてください」
そうアーサーさんが言って、ようやくイチイバル男爵がこちらに顔を向けた。
「お、おお。そうだった。シュミットだったな。呼び出したのは他でもない。貴様に『名誉騎士爵』がラインバレル公爵家より授与される事が決定したからだ!」
彼の言葉に思わず目を見開いた。
『名誉騎士爵』
要は、一代限りで騎士爵を名乗れるというものだ。
主に戦場で活躍した者や、引退した法衣貴族が貰うものと聞く。扱いとしては通常の騎士爵と同じだが、先ほども言った通り一代限り。
だが仮にも貴族の末席に加われるだけあって、社会的な価値は非常に大きい。
「これは大変に名誉な事なのだぞ!?名が売れているとは言え冒険者が頂ける物ではない!それもラインバレル公爵家の名誉騎士爵だ!」
「は、はい。身に余る光栄に、胸が高鳴っております」
少し慌てて返事をする。突然の事にどう対応していいのかわからない。
王都でリリーシャ様護衛の件で金銭とは別に報酬があると聞いていたが……まさか爵位とは。
騎士爵は準貴族とも言われ、王家の承認がなくとも任官は可能である。が、そう簡単にしていてはその貴族家は社交界から迫害されるだろう。ましてや十代の小僧になどと。
公爵家がそこまで自分の事を買っていたとは、少し意外だ。
だが……急過ぎる。
ある意味これは自分の考えていた成り上がりへの道の一つではあった。
何らかの功績をたて、名誉騎士に。そして過去戦場で名誉騎士爵を得た者はその後どこかの騎士爵の家に婿入りしたという話もある。
自分も貴族の家に婿入りか、もしくは貴族とも繋がっている商人の家に入るかと考えていたのだ。
故にこの話は渡りに船である。あるの、だが……。
───断ろう。
今、自分の行動が制限される様な事があってはまずい。公爵家の騎士となるのならば、どこへ行くにしても家出中の娘ではなく本家の方へ確認が必要になるからだ。たとえ彼らがフリーハンドでいてくれても、他の貴族はそう思わないだろう。
流石に、個人の願望で動いて公爵家に迷惑をかけるのは道理に反する。相棒の一件に、成否問わず結果が出てからでなければならない。
……我ながら、随分と余計な事を考える様になったものだ。だが、これが人として生きていくという事でもある。
問題はどうやって断るか。下手な断り方をすれば角が立つ。それがそのまま処刑台に行きかねないのがこの世界の恐い所だ。
そう迷っていると、アーサーさんがチェシャ猫の様な笑みを浮かべた。
……このお馬鹿様、まさか。
「と、言っても。今すぐというわけではない」
「ええ!?」
驚きの声をあげたのはイチイバル男爵。自分はアーサーさんを睨みつけるのを全力で堪えていた。
このお馬鹿様三号、さては自分の反応も楽しんでいたな?試すとかそういうのは、たぶん考えていない。こちらが悩むのを読み切った上での行動だ。
一回あの顔面に拳を叩き込んでやろうか……。
「名誉騎士爵を与えるのならきちんと公爵家の領都で、当主か当主代理の立ち合いで行わなければならない。私が来たのはこれを伝える事と、プレゼントがあったからさ」
「そ、そう言われてみれば……しかし、アーサー様ほどの方がいらっしゃったので、てっきり……」
イチイバル男爵がまた必死に汗をハンカチで拭いだす。……アーサーさん、貴方王国内でどんな風に語られているんですか。
そんな男爵をよそに、彼は懐から一通の封筒を取り出した。
「これを持ち歩くといい。色々と便利だぞ」
「……ありがとうございます」
一応礼を言いながら両手で恭しく受け取れば、それには蠟印がされていた。
これは、たしか公爵家の紋章だ。アリサさんの持っている短剣に刻まれている物と同じである。
「ほぁっ!?あ、アーサー様それはっ」
「ええ。ラインバレル公爵家が身分を保証しているという証です。ついでに、後でギルドに行けば君の階級はアイアンからカッパーに変わっているはずだよ。次に適当な依頼を達成したらシルバーにもなる予定だ」
……ああ、そう言えば冒険者ギルドにもそういう階級ってあったな。完全に忘れていたが。
「喜んでくれるかな、シュミット」
「はい。誠にありがとうございます」
「そ、そんなあっさり……き、貴様、それを渡される意味が本当にわかって……わかっておいでですか?」
なんで途中から敬語になったんですかイチイバル男爵。
その変化にそこはかとなく嫌な予感を覚えたのだが、アーサーさんの手を叩いた音で思考を遮られた。
「さて。お爺様から預かっていた仕事はここまで。私もすぐに王都へ帰らないといけないが、その前に少しだけ『友人』として君と話す時間を貰えないかな?」
「……ええ。喜んで」
頷いて返した自分とは別に、イチイバル男爵がガタリと立ち上がった。
「で、では我が家の庭園をお使いください。妻と娘が日頃から手入れしている華があるのです。楽しんで頂けるかと」
「それは素晴らしい。ありがとうございます、イチイバル男爵」
「いえ!あのアーサー様のお役にたてるとなれば、妻と娘も喜ぶでしょう!!」
今にもガッツポーズをしそうなイチイバル男爵に、ニコニコと笑みを浮かべているアーサーさん。
……何というか、貴族も色々と大変なのだな。
* * *
「二人っきりだね、シュミット……」
「すみません離れてもらっていいですか」
耳元で囁かないでほしい。ジョナサン神父とイオ神父の組み合わせを思い出すから。
何が悲しくてガチムチマッチョおじさんと女顔美少年の絡みを見なければならなかったのか……。あの時間は地味に辛かった。
「まあそう言わずに。一応イチイバル男爵が人払いをしてくれているが、使用人の耳はあるからね」
「……承知しました」
確かに、大き目の声量で話せば聞こえるだろう位置に執事さんやメイドさん達はいる。恐らく男爵なりに配慮しているのだろう。
肩が触れ合うほどの距離で、視線を庭にある花園へ向けながら口を動かした。
「それで、自分に何の用でしょうか」
「無論、妹の事だとも」
「……寿命の事ですね」
耳が早い。そう言えば、教会戦士達の装備は公爵家が関わっていると帰り道でウォルター神父から聞いたな。
こちらの言葉にアーサーさんが苦笑を浮かべる。
「君を責めるかもと心配しているのなら、それは無用だ。大まかにしかその場の状況を聞いていないが、愚妹が自ら判断した事だ。むしろ、シュミットが責任を感じているのならそのケツを叩いていたよ」
「そこはせめて頬か頭にしてもらえませんか……?」
「おや、そういう趣味が?」
「ないです」
ふざけるのも大概にしてほしい。たぶんこの人、僕にそういう意味での興味はないだろう。村で感じていた物や船で内通していたビップの視線とは全然違うのだから。
アーサーさんがこの身に求めている事は、そういう話ではない。どこにいるとも知らない、無駄にでかい蜥蜴狩りについてのみだ。
いや玩具としての興味もあるかもしれないけども。迷惑な事に。
「残り時間が短くなった事については、想定内だ。そういう奴だからな。だから問題はそこではない。妹の寿命を短くしている存在に関して、さ」
そう言って彼が封筒を取り出した。先ほど自分が渡された物とは違う、蠟印のされていない普通の物。
とりあえず受け取って中身を見た瞬間、思わず頬が引きつった。
「なんです、これ」
「セルエルセス王が残した物をドルトレス王が翻訳した手記がある。それに載っていた物を、再現しようと試みているのさ。もっとも文章だけで絵も写真もなかったからどれが正解かわからなくてね」
「それで僕に正解を教えろと?」
「後払いになるが、成果を出したなら報酬ははずむぞ?」
パチリとウインクしてきた彼に、思わずため息がこぼれた。
……まあいい。蜥蜴相手に武器はいくらあっても足りない。なんせこの世界の最新兵器でも死体に対してまともなダメージを入れられていないぐらいなのだから。
ついでに、兵器の記憶を活用するのだってかなりの地位がなければ不可能。ここは公爵家に貸しを作ったとポジティブに考えよう。
「僕も前世でただの平民だったので、そこまでは詳しくありませんが」
「それでも十分さ。形状がわかるだけでも大きな進歩だからね」
「ただその前に、少しお話ししたい事があります」
「おや、何かな。吉報であったなら嬉しいのだが」
相変わらず妹さんそっくりな猫の様な笑みを浮かべる彼に、小声で続ける。
「龍と黒魔法には因果関係があるとか……」
「ああ。それは私も聞いている。もっとも、教会がそう見なしているだけで確定情報はないが……」
この様子だと、あまり信じてはいないらしい。
自分も少しだけ龍について街の本屋で手に入る程度の情報は仕入れたが、どこにも黒魔法やアンデッドとの関係を示唆する内容はなかった。強いて言うのなら、災いが起きるだの何だのといった曖昧な話だけ。
しかし、ジョナサン神父の発言と『スキルツリー』という情報がある。
「個人的には的外れな考えではないと思います」
「ほう」
するりと、アーサーさんの瞳が細められた。
「いくつかお聞きしたいのですが、セルエルセス王が食べた龍の肉。その龍の死因はヴィーヴルしか知らないのですか?」
「ああ。一応国同士の交流はあるが、前にセルエルセス王がやらかして以来嫌われていてね。友好の為に開いている『祭り』の時以外は碌に話もできないよ」
「……ちなみに、何をしたんですか?」
「ヴィーヴルの里に不法侵入し、『俺の子種をやろう』と里長である女性に迫ったあげく警備を突破して封印していたドラゴンの死体を見つけ出し肉を盗んだらしい。ついでに国宝にも無断で触れようとしたとか」
「何で戦争になっていないんですか、それ」
「ドルトレス王が全力で謝罪しながら外交を頑張った。そうとしか私には言えないよ」
「ああ、はい……」
また血尿と血痰と戦いながらドルトレス王が頑張ったパターンか。恐らく公式な記録には残せない事も色々としたのだろうが……『お労しや』としか言えない。
「話を戻させて頂きます。ヴィーヴルの里にある龍の死体に兵器の試し撃ちをしているらしいですが、白魔法や聖水。銀の武器については?」
「当然試した。だが、『生きている状態』で試した記録は知らないな」
吸血鬼の灰は、日光を浴びてもただの灰のまま。
ならば───龍の死体は?
「後で私の方でも調べてみよう。教会戦士に恩を売っておいたのは間違いではなかったらしい」
「教会戦士の武器弾薬は公爵家が関わっているらしいですね」
「ああ。領内にいるドワーフに作らせ、その購入金額の半分で教会に卸しているよ。ついでにお布施も多めに出している」
「それはまた」
ドワーフ製の武器や防具は極めて質がいい。激戦を幾度くぐり抜けても耐えてくれる程だ。
しかし、その分かなり値がはる。使ってみれば適正価格だと思うが、それでも高い物は高い。教会戦士が公爵家に感謝するのも頷ける。
「僕もこの前、とある事情で聖女様とやらの力を一部使える様になりました。そちらの方面で腕を磨こうかと」
「おやおや……やはり『ちーと』とやらは凄まじいな」
ケラケラと笑う彼の顔は、穏やかなものだ。
だがその細められた瞳を見れば、ぐつぐつと煮えたぎる様な殺意が虚空へと向けられている。
「大変よろしい。公爵家の悲願が叶う日が見えてきた」
……『公爵家の』悲願、か。
薄々思っていたが、蜥蜴狩りはアーサーさん個人ではなく公爵家の総意と言っても過言ではないらしい。アリサさんは、諦めている様だが。
さもありなん。当代の公爵も、その息子の子爵も我が子を生贄に差し出している。そして、アーサーさんの子供の一人も、アリサさんの次の生贄だ。
そんな事が二百年前から続いている。龍への憎しみ、軽率な事をしたセルエルセス王への怒り。何より、子供を守れなかった悔しさ。その重さは───。
……いいや。これ以上は他人が勝手に妄想する事ではない。切り替えよう。
「こちらの兵器についてですが、お時間は頂けますか?」
「いや、残念だがこの場で意見を聞きたい。どうも帝国内部で動きがあってね。兵器に類する物の情報漏洩は少しでも避けたいんだ」
「承知しました」
封筒に入っていた数枚の写真と、完成予想図。それらの中から自分の前世で見た物に近い物を選んでいく。
うろ覚えの知識に、アーサーさんの話で肉付けをしながらおよそ二時間。頭を捻りに捻った疲労からため息が出た。
「僕が言えるのはこれぐらいです。あまりお力にはなれないかもしれませんが」
「いいや、十分すぎるよ。セルエルセス王の手記には滅茶苦茶な事しか書いていなかったからね」
「……セルエルセス王を恨んでいるわりに、頼りにはしているのですね」
そう口にしてから、しまったと焦る。
恐る恐るアーサーさんを見れば、しかし怒りを覚えた様子はなかった。
「使える物は何でも使うさ。さもなければ大望は叶えられない。何より、彼の残した物を実現できる様にしたのは公爵家が積み重ねた技術力あってのものだ。アイデアの一部程度にしか考えていないよ」
まあ、確かに。いくら前世日本から転生しようが、よほどのミリオタか自衛隊の関係者でもないと兵器の詳しい知識なんてない。セルエルセス王の手記とやらも、先ほどの会話からかなり出鱈目な部分もあったとわかった。
「何故イチイバル男爵があれほど私に気を遣うか知っているかね」
「いいえ」
「教会戦士が使っている『無煙火薬』。アレを作ったのは私だ。数年以内に一般でも流通する様になるだろう」
「……それは出資者という事でしょうか」
「いいや。まあ金はかなり使ったが、それは材料探しと実験道具に対してだ。私自身が現場に立ち、手と頭を使って作り上げたよ。洗練させたのはうちの職人たちだがね」
思わずあんぐりと口を開けるが、アーサーさんは気にした様子もなくさらりと告げる。
「父上は『転炉』を完成させたし、お爺様は『発電所』を大陸で最初に作った。無論、それらの特許も我が家が所有している。ついでに鋼の主な流通を握っているのも公爵家だ」
「……普通の家なら適当な理由を作られて攻め込まれていますね。王国軍に」
「はっはっは!そこはそれ。生贄の一族だからな!」
大声で言う事じゃないでしょう。遠くにいる執事さん泣いちゃっているし。
「それだけ本気なのさ、我が一族は」
何に対して、かは言わずともいいだろう。
どういう殺意と頭脳を持っていたらそんな事になるのか。アリサさんの射撃の才能が可愛く思えてくるぞ。
「さて。私はそろそろ帰るとしよう。イチイバル男爵には迷惑をかけてしまったな。普段愚妹が騒がしくしている分もかねて、後日謝礼の品を送るとしよう」
「そうですか」
「素っ気ないな。もっと『行かないで♡』と引き留めてくれてもいいんだよ?」
「いえ、特には」
「つれないな、君は」
やれやれと首を振った後、アーサーさんが真面目な顔に戻る。
「シュミット。君を名誉騎士にするのは二年後だ。我が妹がどうなったとしても、それは変わらない。いいや、公爵領全体で祝日を作る様な出来事があれば別だがね」
「承知しました」
「それとな、シュミット」
がっしりと、彼の手がこちらの肩を掴む。
「君は童貞だな?」
「ぶん殴りますよお馬鹿様」
「真面目に聞いている」
嫌味かと思い睨めば、いつになく硬い声が返ってきた。
いったいどうしたと言うのか……別に白魔法と清い身体か否かは関係ないはずだが。
「まあ、そうですが……」
「よし。ならばこれは言っておく。絶対に『一夜の相手』など作るな」
「……は?」
「公爵家の命令だ。あの身分証明書を貰った段階で断らせんぞ」
「いやいやいや」
全力で首を横に振るが、アーサーさんの手は離れない。
「どういう事ですか。何故そんな話に?」
「我が家にはドルトレス王の手記が残っている。そこに書かれている苦悩の日々……主に父親の下半身に関するやらかしで血を吐く思いをした経験が書かれていてな」
遠い目をして頷くアーサーさんだが、セルエルセス王のせいで自分まで疑われているのならたまったものではないぞ。
というかこのまま童貞を継続しろと?
「別に生涯清い身体を貫けとは言わない。だが、結婚相手以外とはするな。側室や妾相手でも構わん。知らない所で知らない子供ができる様な事はするなと言っている。あ、でも側室が二桁とかはやめろ。絶対だぞ」
「僕をなんだと思っているんですか……!」
「ムッツリスケベ」
「 」
この……この……っ。
否定できん!!
「ふふふ……君の前世は知らないが、この国ではこの程度の横暴は許されるのだよ。貴族ならばな」
「横暴と自覚しているのならやらないでほしいのですが……!?」
「だが断る」
こちらの肩をバンバンと叩いてから、アーサーさんが離れた。
「ではなシュミット!君との話はとても楽しかったぞ!また逢瀬を重ねようではないか!!」
「誤解される様な事はおっしゃらないで下さいますか、アーサー様」
このお馬鹿様三号、さては兵器や蜥蜴狩りの話ではなく『自分は男の愛人と会っていただけ』とでも噂を流す気だな……!?
実際少し遠くの位置で待機していた男爵家の使用人さん達が、高速で目配せをしあっている。
「そういうつれない態度もチャーミングだよ、私のシュミットよ。妹にも後で『貴様の相棒は私の虜だ』と手紙を出しておこう!!」
「本っっ当にやめてください」
「ではさらばだ!!」
「待てや」
咄嗟にあの後頭部にその辺の物を投擲したくなるも、理性で堪える。
最後に素で喋ってしまったのが、アレがまずかった。周囲には『それほど気安い関係だ』と見られかねない。
落ち着け、落ち着くんだシュミット。
この噂は帝国とやらに蜥蜴狩りを邪魔されない為の偽装工作として、決して無駄な事ではない。陳腐な手だが、それだけ有効な手段でもある。相手も多少名が売れている程度の冒険者が新兵器の開発に関わっているとは思いづらいだろうし。
だから冷静になれ。それはそれとして『風俗禁止』に関して猛抗議したい気持ちも抑えるのだ。相手は貴族で、場所も別の貴族の家。
……いつか殴る。絶対に。
顔が引きつるのを抑えながら、自分も男爵邸を後にする。
帰り際、イチイバル男爵が揉み手をしながら媚びを売ってきた事に関しては何も言う気はない。偽装工作が上手くいっている様で何よりである。
……後でその辺の木でも何でもいいから剣の打ち込み稽古をするか。決して八つ当たりとかではないが。
気持ち大股になる足で、馬車で送られるのを断りズンズンと歩いて帰った。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。