第六十三話 突然の訪問
第六十三話 突然の訪問
ガタゴトと揺れる汽車で、イチイバルに向かう。
「いやぁ、今回は本当にご迷惑をおかけしました」
汽車の個室で対面に座るウォルター神父が、申し訳なさそうに左手で後頭部を掻きながら頭を下げてくる。
「いいんですよぉ、私らも基本的に好きでやっている事ですから」
ケラケラと笑うアリサさんの横で、我ながら眉間に深い皺を刻む。
正直、今回の一件で彼女の寿命が更に縮まった事は無視できない被害だ。しかし、その選択をしたのは彼女自身である。ついでに言えば、例え男爵家経由の依頼でも断る事はラインバレル公爵家の力だったら可能だったはずだ。
徹頭徹尾、相棒の選択である。寿命を削る選択をさせた事を我ながら不甲斐なく思うが、それで彼に当たるのは筋違いだ。何より、本人が気にした様子もなく……本心はわからないが、笑っているのなら尚の事。
故に、その辺りを追求するつもりはない。ない、が。
「なんでこんな新聞が出ているんでしょうか」
そう言って個室に備え付けられたテーブルに置いたのは、この汽車に乗る直前駅で購入した新聞である。
『聖女の復活!?ヴァンパイア貴族を討ち取った黒髪の美女を追え!』
『サンダースで目撃された謎の美女!聖女との関係性は!?』
『酒場の娘が語る、聖女とシスターの奮闘。アンデッドの城への潜入』
「いやぁ……」
「それは教会としましてはなんとも」
そうでしょうね。そうでしょうとも。
しかしこのぶつけ先のない拳はどこに向ければいいのか。とりあえず最後のは十中八九『全自動死亡フラグ量産型ケツデカ娘』なので、今度見かけたらあの尻を剣の鞘でひっぱたく所存である。
「凄いねシュミット君。サンダースで君を目撃したけど『あの美しさを私には再現できない!』って言って筆を折った人、王都でも人気の有名な画家さんだよ」
「知りません」
「どうでしょうか。いい機会ですし本当に教会に入るというのは」
「どこが良い機会なのでしょうか」
「今度から『剣爛の聖女』とか名乗る?」
「その口縫い合わせますよお馬鹿様」
天然なおっさんとお馬鹿様なアリサさんに真顔で返しながら、頭を抱える。
「二度と女装なんかしませんからね……!」
「そんな!勿体ないよシュミット君!いいやミーアちゃん!」
「誰がミーアか」
「あんな美少女をこの世から消すなんて人類の損失だよ!」
「そもそもいませんそんな奴」
「そうですよミーアさん。貴方のそれは素晴らしい才能です」
「だから誰がミーアですか」
「一緒にヴァンパイアも黒魔法使いも殲滅しましょう!」
「すみませんそう言うのいいので」
ぐっと拳を握るウォルター神父。いやぐっ、じゃねぇんですよ。
「それより……ダミアン達の所有していたあの村。捜査はどんな感じなんですか?」
自分達がこの汽車に乗る前、サンダースでウォルター神父が教会から連絡を受けていたのは知っている。
大方あの村の調査に関する内容だろうと聞けば、彼は頷いてみせた。
「はい。はっきり言って、よくわからないというのが今の所わかっている事です」
「……なるほど」
「え、待って分からない事がわかったって何?」
いや貴女ならこれでも伝わるでしょう。
そう思って視線を隣に向ければ、僕の女装した姿について載っている記事を熟読している所だった。話を聞け、真面目に。脳のリソースを存在しない女に向けるな。
「ヴァンパイアロードであるダミアンは、三百年近く消息を掴めなかった用心深い怪物です。それが今回、ああも分かり易く大量の行方不明事件を起こしました」
「えっと、ヴァンパイアは傲慢だからって話じゃないでしたっけ?」
「勿論そうですが、奴の場合はおかしいのです。ただ、その理由がわかりません。これが、一つ目です」
そう。実際戦って感じたのだが、奴はかなり慎重な男だった。
刃を振るいながらこちらの一挙一動を観察し、更に他の五感で周囲への警戒も怠らない。不死身の怪物でありながら、あまりにも用心深い男である。
そんな奴は『吸血鬼は傲慢だから』という理由だけで今回の様な派手な事をするだろうか。
「二つ目。アリサさんも見たと思いますが、あの村で作られた銃はあまりにも粗末でした」
「そりゃあ、素人が作った物ですし」
「しかし、本気で現代の武器を用意したいのならいっそガンショップを襲えばいい。なんなら、職人を下級吸血鬼にしても良いはずです」
自分は村での戦闘について直接は見ていないが、そこもおかしな点だ。
ライフリングのされている銃とされていない銃では威力も射程も段違いである。それにマッチロック式……つまり火縄で撃つ銃だったとか。雷管すら使っていない。
確かにそんな銃でもないよりは有った方が強いだろう。だが、どうにも引っかかるのだ。
まるでそう……『吸血鬼が銃を作っていた』事自体が目的である様に思える。
「そして三つ目。わざわざ己の居城を最後に焼き尽くした事です」
「ああ、それはわかります。見られたら困る物があったんですよね」
「はい。ただ、肝心の見られては嫌な物が完全に焼けてしまい何が何だか……」
ウォルター神父が肩をすくめ、残念そうに小さくため息をついた。
「そして最後。これはジョナサン神父の個人的な感想であり、確定情報ではないのですが……」
「ジョナサン神父の?」
四つ目の疑問点に、自分も声を上げる。
三つ目までは動けない時に色々と聞いて、現実逃避の為に頭の中で情報を整理していたから自分も考えていたが……ジョナサン神父が?
あの鋭い目をした教会戦士が感じたもの。ただの気のせいだとは思えない。
ウォルター神父は信じ難い。あるいは信じたくないとばかりに目を強く瞑った後、その瞳を開く。
「……ええ。彼曰く、『エリザベートを討ち取った時、奴の心臓に妙な術式が現れた』と」
「妙な術式、ですか?」
「すぐに撃ち抜きましたし灰になるのも確認したらしいのですが、妙な違和感があったそうです。エリザベート自身の魔力ではなく、城に残っていた魔力……ダミアンの物かもしれないと」
ダミアンが娘の心臓に魔法を?
……嫌な予感がしてきた。
「ウォルター神父。黒魔法について、教会はどの程度知っていますか?その術式の解析等は……」
ダミアンの発言から、奴は前世で語られる貴族らしい貴族に思えた。そんな吸血鬼が、嫡男だと何度も自称していたジェイソンを『家督を継がせようと思えない』と評していたのである。
であれば、フィレンツ家の次期当主はエリザベート。そんな存在に用心深いあの男が仕込んだ術式となれば、もしや……。
貴族が最優先するのは、血と名前の存続。そう、前世で聞いた事がある。
「私には何とも言えません。ただ、教会に詳しい資料はないでしょう。あの魔法は、『知っているだけで人の精神を侵す』のです」
「……それは、欲望に負けるという意味ですか?」
「いいえ」
はっきりと、ウォルター神父が横に首を振った。
「『黒魔法』はただの魔法ではありません。アレは、何らかの意思を持っている……あるいは」
───何らかの意思を、受信している。
* * *
何度もお礼を言ってくるウォルター神父と別れ、イチイバルの駅に降り立った。
「ん~っ……いやぁ、疲れたねぇ」
軽く背を伸ばす彼女に、頷いて返す。
「そうですね。思ったより長い仕事になってしまいました」
移動と事情聴取も含めれば、十日もかかってしまった。最初は吸血鬼が現存していると思えないと甘く見ていたので、酷い目にあったものである。
蓋を開けてみれば集団どころか村単位でいた上に、純粋種とやらが三体。うち一体はとんでもない怪物だったのだから、たまったものではない。
教会からの感謝の印とやらに期待するとしよう。『蜥蜴狩り』に有用そうな物なら嬉しいが。
そんな事を考えながら駅を出ようとすれば、出入り口に差し掛かった所で一台の馬車が近くで止まり中から一人の男性が慌てた様子で降りてきた。
見覚えのある顔だ。たしか……。
「騎士様?」
アンドリュー・フォン・ブラウン。イチイバル男爵家に仕える騎士だったはず。
礼服と思しき物を着た彼が、こちらを視認するなり小走りに近づいて来た。
「お二人とも、お久しぶりです」
アリサさんを見て一瞬片膝をつこうとした彼だが、彼女に睨まれて姿勢を正した。
騎士様はその精悍な顔に大量の汗を掻きながら、こちらに視線を向けてくる。
「シュミット。君に大至急屋敷に来てほしいとイチイバル男爵家当主、ベンジャミン様から言伝を預かっている。今すぐ一緒に来てくれ」
「えっ」
……そう言えば近いうちに屋敷へ呼ぶとか言っていたな。
たらりと汗が流れ、咄嗟に自分の服装を見やる。普通の衣服であり、街を歩く分には問題ない。が、貴族様のお屋敷に行くとなれば話は別だ。
「い、いえ。その、着替えた方が」
「悪いがそんな時間はない。急いで来てくれ」
がっしりと肩を掴まれた。タコの多い分厚い掌は間違いなく鍛え抜かれた戦士のそれだが、顔同様かなりの汗が掻かれていた。
待って欲しい。騎士様がこんな冷や汗を掻く事態ってそうとうなのでは?
「いいじゃんシュミット君。王都で私のや……店!お店に来た時はわりとリラックスしていたじゃん途中から!」
「それとこれとは事情が違いすぎませんか……!?」
その時はアリサさんという友人がホスト側にいた上に、アーサーさんというイロモノもいたのである。途中から真っ当な貴族様の屋敷とは思えなかったのだ。良くも悪くも。
だがその事を口に出すと騎士様がガチギレしそうなので言えない。どうしろと。
あ、はい。ついて来いって返されますね。
「申し訳ありません、アリサ様。御身の───」
「あー、騎士殿。私はただの王都に店を構える商家の娘ですので、どうぞお気になさらずー」
「……承知しましっ、承知した」
アリサさんに深く一礼してから、こちらの腕を掴んでずりずりと馬車に引きずり込んでいく騎士様。
お気づきだろうか。ここはイチイバルが誇る駅であるという事を。
とんでもない数の視線を集めながら、騎士様に馬車へと連れ込まれた自分。あちこちから『輿入れ』『強引に娶る気』『愛人』などの声が聞こえてきた。アリサさんを見て言っているのではなく、完全に僕と騎士様を見て彼ら彼女らは囁いている。
……気にしない方向でいこう。主に心の安定のために。
自分の変な噂が更に増えた事に頭痛を覚えながら、騎士様がこんな焦る事情ってなんだよと胃痛までしはじめた。
* * *
イチイバル男爵邸にたどり着くなり入念なボディチェックを受け、そこから通された先。
「君がラインバレル公爵家と縁深い人間だと言うのは知っているが、くれぐれも失礼のない様に頼むぞ……!」
そうこちらに何度も念押しする騎士様。馬車の中で誰に合わせる気なのかと尋ねても、『口止めされている』と頑として教えてはくれなかった。
騎士爵とは言え貴族である彼がここまで注意しなければならない相手であり、なおかつ恐らくイチイバル男爵ではない人。
いったい何者なんだと思いながら、騎士様が開けたドアを潜った。
「やぁ、マイフレンドシュミット。久しぶりだね」
腰近くまである金髪を一纏めにし、白スーツを着た長身瘦躯の美男子。
優雅にお茶を飲みながらドヤ顔で出迎えて来たアーサーさんに、思わず顔が引きつる。
なんで貴方がここにいるんですか……。
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