第六話 転生者
第六話 転生者
「てんせいしゃ……?すみません。都会の常識にはまだ疎くて」
「イギリス」
「っ!?」
咄嗟にとぼけるが、彼女が告げた単語には動揺を隠しきれなかった。
「フランス、ローマ、ギリシャ、イタリア、中国、アメリカ──日本」
アリサさんニコニコと笑みを浮かべたまま、前世では誰もが知っている名前を言っていく。
「これらの地名や国名のどれか、あるいは全部に覚えがあるんじゃないかな、シュミット君」
「……何のことでしょうか」
重心を落とす。
背後を取られた状態。剣も納刀している。振り返って斬りかかるには、危うい。
となれば射線をきる必要があるか。全力で森の中に紛れ、必要とあれば……。
「意味がわかりませんが……それで。僕がその転生者とやらだったらどうするのです?」
都会の……この世界の常識がいまいち掴み切れていない。
故に転生者という存在がどういう扱いを受けるのかわかるまで、その事は秘密にしたかった。必要なら、墓場まで。
もしやアリサさんが自分の様な怪しい男に近づいた理由。それは転生者と疑っていたからか?どうやってかは、知らないけど。
ナイフをいつでも投擲できる様に、彼女の死角になる様な形で柄に触れる。
そして、答えは。
「ふっふっふ……実はこの後の事を特に考えていないのだよ、シュミット君」
「は?」
あまりにも、拍子抜けする答えが返ってきた。
どういうつもりだと体ごと振り返れば、そこには無駄にドヤ顔を浮かべるアリサさんが。
何故かサムズアップしてくる彼女に、初めて『イラッ』ときた。
* * *
「まずさー。転生者の存在を知っているのはゲイロンド王国でもごく限られた人だけなんだよねー」
野営していた場所まで戻り、焚火を挟んで彼女から詳しく話を聞く事に。
こちらはいつでも剣を抜ける様にしているのに、アリサさんは銃に触れようともしていない。
「セルエルセス陛下の話、覚えてる?」
「たった一人で一万の軍勢を、という話ですか?」
「そうそう。あれね、実話なの」
「……それは、また」
この流れからして、もしや。
「セルエルセス陛下は転生者らしくってね。魔物を食べれば人の肉体のままその力が手に入るっていう『ちーと』を持っていたのさ」
ちょっと待て。そのチートと王様の地位の組み合わせは反則だろう。
変更を。今すぐ自分との変更を所望する。生まれ込みで。
「国難に際し、彼は国中から魔物の肉を集めさせて片っ端から食べたとか。二百年前は銃がまだまだ未発達だったのもあって、そりゃあもう無双したらしいよ」
ずるい。反則だ。
……反則だったわ。そして僕もチートだった。
「彼が転生者であり、同じような存在が稀にだけどこの世界にやってくる事。そして神様から『ちーと』っていう不思議な才能を貰っている事も、ドルトレス陛下の手記に残されていたのさ」
「それで。この国では転生者はどの様な扱いを受けるのでしょうか」
「人によるとしか言えないなー。ある貴族は『セルエルセス陛下の再来だー!今度こそ帝国を完膚なきまでに滅ぼすぞー!』ってなるだろうし、ある貴族は『そんな危険な力を持つ個人とか恐いじゃん!殺そう!』ってなるんじゃないかな」
「では、アリサさんは?」
「知らん!!面白ければそれでいいや!」
「えー……」
なに、この……なに?
堂々と胸をはるアリサさん。たゆんと揺れた胸に視線が吸い寄せられる。
どうしよう、もう思考放棄して女体について考えを巡らせたくなってきた。
「そもそも考えてほしい。その辺について真面目に検討する様な奴が家族公認の家出をするかどうか!」
「まず家族公認の家出って何ですか」
「私の様な娘の事かな!」
「そうですか」
というかこの人転生者の事を知っているのはごく一部って言ったよな。
つまり、ただの貴族の娘ではなく、かなり大きな貴族の関係者という事では?
「お父様からは毎月三十セルのお小遣いが送られるぐらいには溺愛されているぞい!」
「親バカなのはわかりました」
大貴族だろうが親バカは親バカである。
大工の日当が一セルの世界で月のお小遣いがその額なのは紛れもない馬鹿だ。
「とにかく、私にシュミット君を害そうって気はないから安心したまえ。ま、攻撃してくるのならちょーっとお仕置きするけどねー」
相変わらずのチェシャ猫の様な笑み。
今はその笑顔が三割増しで胡散臭く思える。
「けどさー。シュミット君もシュミット君だぜー?城壁から君が狼の群れを撃退する所は見ていたけど、あーんな腕前を持っている奴が開拓村から来たはずなのに王都の知識人みたいな言動をするんだもん。そのくせ常識にやたら疎い。他国の間者や私みたいな問題児でもないなら、転生者を疑うよ」
「見ていたんですか?駅馬車乗り場で聞いたのではなく」
「私の好きな所は騒がしい場所と高い所だからね!街にいる間はちょくちょく城壁から外を見回しているのさ!」
馬鹿と煙は以下略。
「話しかけた後街の様子を君は興味深そうに眺めていたけど、明らかにただのお上りさんとは着眼点も必死さも違ったし、受け答えもある程度の教育を受けた事のある人としか思えない。そして、野盗相手とは言えあの活躍っぷり。これはもう確定じゃん。隠す努力足りなくなーい?」
「ぐっ……それは認めます。他に手段が浮かばないとは言え、あからさまでした」
「ま、転生者って言葉を知っている人自体少ないからしょうがなくもあるけどねー」
両手をあげてやれやれと首をふるアリサさん。
「あ、そうだ!せっかくだから異世界とやらの話してよ!面白そう!」
「……前世の記憶は将来商いに手を出せる様になったら使おうと思っていましたが、口止めと五十セルの代金と思えば仕方がありません。お話しましょう」
「えー!?やだやだやだ!そういうノリじゃつまんない!君の方から『こういう事があるんだよ』って楽し気に喋ってくんないなら駄目!」
「めんどくさい人ですね」
子供みたいに首を振るアリサさん。ブンブンと揺れる金髪のポニーテール。反動で小さく揺れる大きな胸。
……落ち着け、自分。思考力を取り戻すのだ。現実逃避、よくない。
「んー、けど借りに感じてくれるのなら頼みごとを一ついい?」
「可能な範囲なら。今からモルモットになれとかなら勘弁ですが」
「いや私が死んだ後の事なんだけどね?」
「……はい?」
また、唐突にとんでもない事が言われた気がする。
意味が分からんと眉根を寄せる自分に、彼女は困った様な笑みを浮かべた。
「冒険者なんてやっていたらいつ死ぬかもわからないじゃん?だから、もしも私がうっかり死んじゃったらこれを近くの貴族の家かギルドに届けてほしいんだよ」
そう言って彼女が取り出したのは、白い短剣だった。
柄頭から鞘の先まで純白と金細工で覆われたそれは、碌な審美眼を持ち合わせていない自分でさえ目を奪われるほどの一品だった。
そして、鞘には家紋と思しき物が描かれている。
「これ、私の実家の家紋が刻まれていてね。別にこれ単体でそこまでの悪さができる程じゃないし、私が死んだ時はギルドからすぐにお父様へ話が行くはずだからすぐに効果を持たなくなる。行方不明の場合もね。でも、放置もまずいじゃん?だから私が死んだ時、君が生きていたのなら回収してほしいんだよ。報酬も出ると思うから」
なんだそれは。この人が良い所の生まれなのは察していたが、それにしても家紋入りの短剣まで持ち歩いているとは……。
そもそも、道楽娘と言うわりにこの眼は本気で自分が死んだ場合を想定しているぞ。
……まさか、相棒とやらを欲した理由はこれか?転生者ならそうそう死なないだろうと、回収役にするために?
「……それは、わかりました。しかし質問があります」
「なーにー?」
「何故、それほど良い家のお生まれなのに、いつ死ぬとも分からない職を?」
先の話といい、この見事な短剣といい。やはりただの道楽娘とも考え難い。
真剣にそう問いかければ、少しだけ考えた後彼女は深く頷いた。
「うん。やっぱり答えはシンプルだね」
そう言って、アリサさんは両手を大きく広げた。
「人間の一生なんて短いよ。エルフは千年、ドワーフやダークエルフは五百年も生きるのにさ!せいぜい百年。短い人はもっと短い!だから、せめてその短い人生精一杯楽しく生きたいじゃん!」
「御実家に迷惑をかけてでも?」
「それは申し訳なく思っているから、私なりにできる事をしたいとは思っているよ。けど、それはそれとして楽しい事が最・優・先!生きているうちはね!」
ニッコリと、本当に無邪気な子供の様に彼女は笑う。
「この考えが気にくわない。ふざけんなこの放蕩娘って思うのなら顔面グーで殴ってから相棒関係を解消してもいいよ?恨みはしないさ。勿論、転生者って言うのも秘密にする」
「……いいえ」
カップに注いだコーヒーを飲みながら、答える。
「その考えを、まるっきり否定する気にもなりません」
なんせ、自分が成り上がりたいのも『いい暮らしをしたいから』。
その過程で、今日の様に誰かを殺す事もあるだろう。その上で笑って生きていきたい。
美味しいご飯をたくさん食べて、雨風にさらされない寝床で毎日眠って、結婚とかもしてみたい。
そんな自分が彼女の生き方を否定するのも変な話だろう。というか、こちらに害がないのならわりとどうでもいい。
「たとえ貴族様の道楽だろうと、美人なお金持ちと一緒に冒険者をやれる。その幸運に、唾を吐くまねはしませんよ」
「……ん?今私が美人でお金持ちで聖女の様に優しくて身も心も天下一なスーパー美少女って認めた?」
「そこまでは言っていません。特に人格面」
「なんで人格を強調したのさぁ!?」
「聖女と言うには刹那主義だなと」
「くっ、否定できてない!」
激しく舌打ちをする彼女に、やはり聖女呼びはないなと頷いた。
「むー……ならさ、シュミット君。君の『ちーと』とやらはどんなのかぐらいは教えてよ。やっぱ魔物を食べたらその力が手に入るとか?」
「……いいえ。セルエストス陛下の物に比べたら謙虚な能力ですよ」
応用力はあると思うが、推定される出力では明らかに負けている。自分には人間の限界を超えた奇跡を起こす力はない。他の転生者の情報を彼女がもっているのに、無理にこちらのチートを隠す理由も薄いだろう。今後も行動を共にするのなら、情報共有も悪くない。
そんな風に理由を頭に浮かべるけれど、それ以上に自分も誰かに語りたかったのだろう。人間、意外な程隠し事というのはできないものだ。
「この際だから言ってしまいますが、僕のチートは『経験値の再分配』です」
「……なんぞ?」
疑問符を浮かべるアリサさんに、どう話した物かと視線を巡らせる。
「そうですね……実際にやったものだと、『農民としての十年分の暮らし』という経験を、『剣士としての十年分の暮らし』に変えられる力、ですね。自分の中でだけですが」
「んん?」
更に疑問符を浮かべるアリサさん。
「毎日鍬や鎌を振るっていた分の時間が、剣を振るっていた時間に変わるんです。ついでに言えば、周りの農民に農具の使い方を叩き込まれた経験も剣士たちに刀剣の振り方を仕込まれたものへと変わるのです」
「……え、じゃあただの農家さんが一流の剣士になれるってこと?」
「それが、僕です」
なんとなく伝わった様なので頷く。
あと、これは口に出さないが転生した時サービスでもあったのか、どうにもこの体は武芸全般にやたら才能がある気がする。経験値を移動する時の感覚からして、それこそ天賦の才と言えるほどに。
「すっげ、反則だわ」
「僕もそう思いますが、無制限というわけではありません」
「そうなの?」
「はい。まず、何でもかんでも習得できるわけではありません。最初の一歩は自分で行ったうえで、この体が実現できるもの限定です」
「というと?」
「剣士になりたいのなら棒を振り、狩人になりたいなら森に入る。そうする事で経験値の分配先が解放されるのです。そして、例えば魚の様にエラ呼吸とかができるわけでもないのです」
剣士も狩人もロック解除の難易度は低かったが、魔法使い等はそうもいかない。
「そして、別の問題。一度入れ替えた経験値はまた別のものへと変える事ができません。剣士の経験を無くす代わりに今からガンマンになる。というのは不可能です」
「おお。それは良かった」
「個人的にはよくありませんが……」
どう考えても剣よりピストルの方が強いので。
ここまで鉄砲の技術があるのだ。それこそ二十年後にはサブマシンガンとかも出ている事だろう。
「そして最後。個人的にはこれが一番きついのですが……」
「ほうほう、どんなの?」
「気持ち悪い」
「突然の罵倒!?」
「いえ、貴女の事ではなく」
ショックを受けた様にのけぞるアリサさん。わかっていてリアクションしたな?
「自分の知らない知識が頭の中に突然刻まれて、体の方も少しだけど作り変えられる感覚があるんですよ。そして消費された方の経験は、『記録』として頭には残ってもいざやろうとすると初めて触れた様に扱いづらくなる」
初めて農業の経験を剣術に変えた時の事を思い出す。
やった瞬間貴重な栄養を吐き出してしまうわ、後の農作業で作業が遅いと殴られるわ。
アレから経験の再分配は慎重にやる様になったものだ。
「殺しの経験は良い経験値になるので、冒険者稼業が向いているなと考えたのもありましたっけ……」
「今凄く物騒なこと言わなかった?」
「積極的に法を破るつもりはないのでご安心ください」
殺しの経験で苦しむ事もなく、他の技量を高められるのはチートだと思う。
まあこういうのって罪の意識がとか色々あると思うが、生きるので精一杯なので後回しだ。死んだ後に……たぶんないだろうけど次があるのなら考えよう。
「……あれ、それだと冒険者より兵隊になって北部に行く方が効率的?」
「何言っているんですか。砲弾と銃弾が飛び交う場所なんて行ったら死んじゃうでしょう」
「そりゃそうだけども」
個人の戦闘力でどうにかできる状況など、近代戦ではほんの一部である。
多少頑丈な自覚はあるが、ライフルで撃たれたら普通に死ぬ。
「ですので、冒険者を辞めるつもりは暫くありませんよ」
「それは朗報だね~。これからも頼むぜ相棒!」
「はいはい」
アリサさんにおざなりに返して、星空を見上げる。
月の位置からして、思ったより話していたらしい。明日も移動しなければならないのにあの野盗どものせいで余計な時間をくった。
しかもせっかく回収したあのピストル……落下の衝撃か碌に手入れをしていなかったのが原因か、素人目に見ても使用に問題の出る破損があった。あれでは幾らで売れるのか不安である。
「話はこれくらいにして、眠ってください。予定通り交代で眠りましょう」
「ええ!?そんなぁ、こんな面白い話をした直後に眠れないよ!」
「なら僕が先に寝ます。時間になったら起こしてください」
「え、ちょ、シュミット君!?」
テントもどきの中に入り、自分のブランケットに包まる。
うん……素晴らしい……あの宿ほどではないが、これも素晴らしいねごこ……ち……。
「……ゅみっと……もう……はや……」
薄っすらアリサさんの声が聞こえるがもう遅い。
早食いと早寝は次男三男の必須技能である。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.シュミット君チョロすぎない?
A.今の彼には会話が成立する相手というだけで好感度が十倍ぐらいに上がります。
以下、無駄に長い本編に関係情報。読み飛ばしても問題ありません。
Q.セルエルセス陛下とドルトレス陛下ってどんな人だったの?
A.
セルエルセス陛下
・『異世界に王族転生!?しょうがないから頑張ります~金で買った魔物肉で最強に~』
・正室の産んだ第一子として誕生。幼馴染の令嬢とかメイドとイチャイチャして過ごす。
・チートパワーで攻め込んできたローレシア帝国を押し返す。
・帝国との戦いに備え『亜人』達と協力関係を結び共に戦う。
・ローレシア帝国と停戦まで持ち込んで大陸中にゲイロンド王国は強国であると印象付ける。
・前世の価値観により奴隷制の廃止を宣言。
・前世風の下着を広めたりバニーガールを作ったりした。ブルマと競泳水着は流石に無理だった。
・後宮には五十人の妻がいた。王級勤めのメイド(男爵令嬢以上)にも手を出していた。
・子供の数が三ケタ。
・電気や蒸気機関を始め前世の知識をうろ覚えながら手記に残す。
・後世で最強の名君と謳われる。ソシャゲが出る時代になったら豪快で女好きな王様として書かれそう。
ドルトレス陛下
・戦争と改革で起きた国内の混乱を鎮めた。
・無駄にいる兄弟たちと生涯殺し合ったり懐柔したり。
・先王が始めた奴隷制度の廃止を現実的なものに整え実行。一生かけて完遂。
・『金本位制』『冒険者制度』などの経済改革を実施。
・内乱の芽が百個以上あったのを全部潰すか無力化。
・ついでに責めてきそうな帝国で内乱起こさせたり贋金ばら撒いたりしまくった。
・ストレスで血尿と腹痛に苦しみ続けた逸話がある。
・それでも百二歳までボケる事無く生きたあたり転生者の子供は頑丈。
・以降二百年近く大きな戦乱のない国の礎を作った。
・後継者は一番無害だった弟の子供を養子として引き取り、引継ぎを完璧にやった。今もその血は続いている。
・父親の手記を解読し、後の者達にできる限り転生者やそれに関する知識を残した。
・後世では歴史家から評価される王様。ただし『ストレスで子供ができなかった』事と『ストレスの限界で偶に秘書たちと全員で女装して遊んでいた事があった』逸話のせいで女性説が有名。ソシャゲとかで『病弱な薄幸の美少女』として実装される。苦労人で普段男装しているけど脱いだら意外と胸がある系の銀髪美少女。周回ゲーだったら人権級のサポートキャラ。『どうせ私は陰湿だし父上と違って地味ですよー』といじけている系チョロイン属性。
ついでに秘書たちもソシャゲができる時代には女体化される。なんならドルトレス陛下がメインヒロインのギャルゲーとかも作られる。秘書たちはサブヒロイン。