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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第三章 黒魔法
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第六十話 陽光を背負った十字

第六十話 陽光を背負った十字




 石でできた橋が炸裂した様な衝撃と土煙。それらを置き去りにして、黒紅の騎士が迫る。


『ぬぅぅん!』


「っ……!」


 横薙ぎの一閃にレイピアの根元を合わせ、全力で左から右へと振るう。相手の力を受けてはいけない。受け流せ。


 鍔から切っ先にかけて細くなっていく刃の上を、バルディッシュの分厚い穂先が滑っていく。


 切っ先を離れた瞬間に鳴り響く剣戟の音。しかし、それが合図とばかりに二撃目が既に繰り出されている。


 袈裟懸けの斬撃を一歩下がって回避し、横薙ぎを屈んで凌ぎ、逆袈裟をナックルガードで受け流した。


 直後、バルディッシュがダミアンを中心にぐるりと回る。そして繰り出される石突きの一撃への反応が僅かに遅れた。


「がっ……!?」


 柄頭で石突きを横から殴った物の、捌ききれずに脇腹をかすめる。ただそれだけで、肋骨が乾いた音を出し肉が潰れ内臓に衝撃が走った。


 ゴム毬の様に飛んでいく体。回る視界と薄れる意識の中、奥歯を噛み締めて跳ね起きる。


 片膝をつく様な体勢で顔をあげたが、まずい。このまま追撃がきたら……!


「……?」


 ダミアンは足を動かさず、代わりに左腕を軽く上げていた。


 そして籠手の隙間から溢れ出た赤黒い霧が武器の姿をとる。血の様に紅いジャベリンが、赤雷を纏って浮遊していた。その数、六本。


『放て』


 無造作に下げられた左腕と、発せられた声。それを号令として宙を駆ける六本の狂槍が、大気を抉る奇怪な音と共にこの身を食い破らんと殺到する。


 先の違和感について考える間もない。全力で回避運動に移る。


 僅かな時間差で迫るそれらを、順に回避していく。一から三は全力で横に駆ける事で置き去りにした。


だが四本目からはステップでの回避は不可。ならばとそれを蹴りつけ踏み台に宙へ。五本目をナックルガードで殴り飛ばし、六本目を両断する。


 遅れて爆発するジャベリン。それらを背に欄干に着地した瞬間、既に次の一手が打たれていた。


『おぉぉぉ!!』


 石で出来ている欄干を砕きながら迫るバルディッシュ。雄叫びと共に突撃してくるダミアンに、自分は奴の上を飛び越える事で回避した。


 続けてほぼ真上から刺突を放つ。狙うは鎧の隙間、そこから心臓を穿てば……!


『あまいっ!』


「ぐぅ!?」


 だが、振るわれた裏拳が切っ先を殴り飛ばす。


 何という衝撃か。剣が一瞬たわみ、己の手首に信じられない負荷がかかる。肩ごと後ろへ引く様に動かし、どうにか衝撃を逃した。


 その勢いも合わさって大きく後ろへ跳び───跳び、過ぎた。


 この浮遊時間はまずい!


『オ゛ォ……!』


 欄干を砕き振り抜いたバルディッシュ。それが、大きく振りかぶられる。


 ダミアンがその刃をぶつけた先は、石畳の橋。砲弾でも着弾した様な轟音をたてて無数の礫が飛来する。


 先の様に回避はできない。爪先が地面につく間際、咄嗟にレイピアの切っ先を下にして正中線を守りつつ、体を斜めにして右膝も上げた。


 弾丸並みの速度で飛んできた石礫の数々。それが皮膚を裂き肉を抉っていく。


 頭と内臓は守れたが、右半身から大量の血が流れでた。大小様々な傷口から痛みが脳へと届くも、怯んでいる暇などない。


 たたらを踏んで数歩下がりながら、両足を踏ん張る。


 そんなこちらを前に、ダミアンは斬り込んでこなかった。


 先と同じように左手をあげ、紅のジャベリンを空に浮かべその先端をこちらに向ける。


『放て』


 解き放たれた六本の猟犬。先と違うのは、その軌道。


 まるでそれぞれが別個の生命体である様にバラバラの動きで、しかし確実にこちらを狙ってきている。


 遠距離ではなぶり殺しにされる。たとえ不利でも、強引に距離を詰めろ!


 迫るそれらを前に、足を踏み出す。


 真っすぐとこちらへ飛ぶ二本に対し体を前へ投げ出しながら横回転。体を地面と水平にしながらの斬撃を回避しながら放ち両断する。


 その爆風を背に加速し、弧を描いて背後から追いかけてくる二本に対し跳躍で回避。真下を通り過ぎた片方に切っ先を引っかけ軌道を逸らし、ジャベリン同士を接触。爆散させた。


 最後、真上から降ってくる残り二本。それがこちらの頭と肩を貫く瞬間に体を回し、紙一重で避けながら一纏めに斬り飛ばす。


 そして、更に爆炎を背に浴びながらようやく爪先を地面につけた。減速はしない。このままの勢いで、突っ込む!


『……拙い。だが、やはりあの怪物を思い出させる』


 ぐるりと、ダミアンがバルディッシュを持ち変える。石突きを穂先の様に前へ出した構え。刃側を逆手にとった状態でこちらを待ち構えるらしい。


 長柄の武器で格闘戦をする気か……!こちらにとってはありがたいが、それだけ自信があるという事。


 相手の全身を視界に入れながら、紅色の刃へと集中する。


「おおおお!」


 裂帛の気合を込めて、斬撃を撃ち込む。


 レイピアと言ってもその重量や切れ味は通常の剣と変わらない。むしろ重心が鍔周りに偏っている分、使い手の筋力を要求する。


 だから、斬撃を止めない。初手の勢いを殺さず、刃を回し続ける。


 相手に何もさせるものかと連続攻撃。一撃一撃に鎧事叩き割るという殺意を籠めて振るうも、全て柄に防がれた。


 膂力ではあちらが圧倒的に勝っている上に、武器の性能もこちらが負けているらしい。


 押し切れない。更には左腕の傷口が、そして石礫で受けた裂傷と打撲の痛みが集中力を切らせ様としてくる。


 出血も洒落にならない。折れた肋骨もいつ肺に刺さるかわからない今、少しでも奴の防御を崩さんと刃を加速させた。


 ───後になって考えれば、それが焦りとなって動きに現れたのだ。


『ぬぅ』


 柄に刃を叩きつけた直後、ぶつかった箇所を起点に切っ先を閃かせる。


 狙うは兜のスリット。銀の刃で目を抉れば必ず隙ができる。


 その動きを嫌ってか、ダミアンが飛び退く様に一歩分引いた。両者の間にできた距離。それは長柄武器のそれと呼ぶにはまだ足らないもの。


 石突きは受けた時と同じく足元にある。それなら、膝を狙える!


 フルプレートアーマーと言っても動き回る為に隙間はあるのだ。その膝関節目掛けて全力の刺突を放った。


「え……っ」


 その瞬間、自分の足に何かが当たる。


 これは、石突き。


『ふん!』


 強引に開かれた足。踏み出し過ぎた右足の分刀身の軌道がズレて切っ先は奴の腿鎧をかすめて終わった。


 誘われた!?不安定な体勢のこちら目掛けて、ダミアンが殴りつける様にバルディッシュを振るってくる。


 このままでは側頭部をかち割られると、足を開かされた勢いを利用して体を前へ投げ出し側転。ナックルガードを地面につけ、跳ぶ。


 空振りしたバルディッシュの刃。だが、それであの吸血鬼は止まらない。


 具足に包まれた足を石畳に力強く踏みつけ、砕いた。


 それほどの踏み込みでもって放たれた石突きによる打撃。こちらの頭蓋を破壊せんと迫る一撃に、寸前で刀身を滑り込ませた。


 鍔近くで受けた打撃。その威力は自分の体を吹き飛ばすには十分過ぎた。


 弾き飛ばされ、数度石畳を跳ねた後に転がる。今度は、すぐさま立ち上がれない。血を流し過ぎた。


「ごっ、ふぅぅ……!」


 呼吸も少しおかしい。片膝をつき、レイピアを杖代わりにしてのろのろと立ち上がろうとする。


 どう見ても隙だらけ。そこらの犬でも討ち取れそうな自分に。



『っ……、しぃ……!』



 やはり、ダミアンは追撃をしかけてこない。


 それどころか魔法のジャベリンを放つ事さえせず、バルディッシュを構え直して僅かに肩を震わせていた。


 己が優勢である事に愉悦する様でも、手にした技量に歓喜する様でもない。


 あれは……疲労。


 老人の見た目ならば吸血鬼でもああも疲れてしまうものなのか?そう疑問に思うも、自分にとっては好都合だ。


 歯を食いしばり、立ち上がる。


 まだ倒れるわけにはいかない。死にたくない。やりたい事も、行きたい場所も、また話したい人もいる。


 生きたい……!生きてやる!


『……本当にしぶとい。潔く死んではどうだ?死体は丁寧に扱うと約束しよう』


「断る。死んだ後の魂ならともかく、自分の死体の扱いなど知った事か」


『これだから野蛮な輩は』


「そうだな。あいにくと開拓村の生まれだ。高貴な生まれの考えなんぞわからん」


 剣を構えなおし、耳元で響く様な心臓の音を感じながらダミアンを睨みつけた。


「お前の様な奴から見れば汚い出自だ。生き汚く、足掻いてやる」


『……そうか』


 対する、バルディッシュを握り直すダミアン・ドゥ・フィレンツ。


 手堅く中段で武器を構え、兜のスリットから覗く紅の瞳がこちらを射貫く。


『そう言う戦士は何でもやる。どれほど汚泥に濡れようが、儂の心臓を狙ってきたものだ。油断はせん。貴様の才がこれ以上伸びる前に、ここで殺す』


 これだから長生きな奴は……油断ぐらい、存分にしてほしいのだがな。


 敵に褒められても何ら嬉しくない。お願いだから早く死んでくれと願うばかりだ。


 そう思いながら、踏み出そうとした瞬間。


 ───タァァン……!!


 顔の横を何かが通り過ぎた。


『ぬぅ!?』


 そしてほぼ同時にダミアンの鎧が火花を散らせる。奴の体に弾かれたそれは、月の光で銀色に輝いた。


「相棒!!」


 聞き慣れたその声。首だけ振り返れば、金色の髪を振り乱して駆けてくるアリサさんの姿があった。その斜め後ろにウォルター神父もいる。


 目が合った。その瞬間彼女が満面の笑みを浮かべて……こちらの左腕を見た瞬間、顔を強張らせる。


「貴様ぁ!」


 瞬時に憤怒を浮かべ、レバーを動かしライフルを連射する相棒。それをよそにウォルター神父がこちらに組みついてきた。


 強引に橋の脇に退避させられ、その時の衝撃で膝をついてしまう。


「ウォルター神父……」


「じっとしてください!その傷で少しでも動けば死にますよ!?」


 隻眼で睨みつけられるが、そうも言っていられない。


 正論ではある。しかし、相手が相手だ。アリサさんとウォルター神父だけでは……!


 現に、何発もライフル弾を受けてダミアンは傷一つ負っていない。撃たれながら、これ幸いと体力の回復に努めているのが見て取れた。アレは通常の鎧ではない。


 そして、ガチリとライフルが弾切れを起こす。


『……来たのは死にかけの教会戦士一騎と、女子が一人。随分と少ない援軍だな、シュミットよ』


 兜の下から聞こえてくるしわがれた声。それに対し答える余裕もない。


 一度抜けてしまった気を取り直し、石の欄干に左半身を擦り付ける様にしながら立ち上がろうとする。


「ごめん、相棒」


 突然の謝罪をしながら、アリサさんがライフルを捨てた。


「謝られる筋合いなどありません。ライフルが弾切れなら拳銃で援護を。自分とウォルター神父が───」


「ウォルター神父、シュミット君を連れてさがっていて下さい」


 一歩、アリサさんが踏み出した。


 拳銃を抜く様子もなく、無手のまま。


 同時に、彼女の体から膨大な魔力の流れを感じた。まるで蛇口を一杯に捻った様な、ありえない勢いで魔力が垂れ流されていく。


 ざわりと、悪寒が走った。



『一度にたくさん魔力を使う様な事をしたら更に縮まっちゃうけど───』



「待ってください、待て!」


「ここは私に任せて、ゆっくりしていてね。シュミット君」


 一瞬だけこちらに振り返り、笑みを浮かべる彼女。腰の後ろに提げていた剣を地面に落とし、その歩みを止める事はない。


 相対するダミアンが、鎧の下で硬い唾を飲んだ音が響く。


『なるほど、その魔力。亜竜の……!』


「『チャージ』『プロテクション』『アクセル』……」


 アリサさんの体を魔力が覆う。


「『エンチェント:ヒソップ』」


 そして、両腕の手首に現れた純白の華。腕輪となって花開いたそれが、彼女の両拳を白く輝かせる。


 瞬間、大気が爆ぜた。


 そうとしか表現のしようのない、衝撃波。ウォルター神父ごと体を後ろに押しやられ、砂埃と風に目を細めながらも相棒の背を探す。


 見つけたその先には、拳を振り抜いた彼女と。


『ご、ぉぉ……!』


 胸鎧に大きなへこみを作ったダミアンの姿があった。


 続けて放たれる拳の暴風。打撃一つが砲撃となり、巻き起こされた拳圧が大気を乱す。


 そのラッシュに、あのダミアンが防戦一方となっていた。バルディッシュで受け、流し、捌き切れない物を鎧の厚い箇所で防ごうとしている。


 だが、それら達人の動きで行う防御全てを只の拳が突き破る。


 恐らく白魔法による付与で太陽の光を帯びているだろう拳打は、吸血鬼を殺すに足る威力を持っているはずだ。


 だが、かなりの魔力を使っている。それなら彼女の呪いは……!


「ウォルター神父、頼みがあります」


「いけません。貴方を連れて後退します」


 真剣な面持ちで、唇を噛み切りながら彼がこちらの腕を掴んできた。


 それを振り払おうとすれば、強引に引っ張られる。


「彼女の覚悟を無駄にしてはいけません。貴方がたを今回の一件に巻き込んだのは私です。死んで詫びても足らぬのは承知の上。ですが」


「僕の腕を、とって来てください」


 懺悔など聞いている余裕などない。


 ウォルター神父を睨みつけ、唇を動かせる。


「貴方の責など僕には知った事じゃない。殴らないといけない相手ができました」


「それは……」


「腕を持って来ないのなら、僕はここを一歩たりとも動きません」


「……わかりました。腕を繋げるのは高等魔法ですが、必ずや上に通してみせます。敵討ちは、いつか必ず共に参りましょう」


 何やら勘違いした様子で斬り飛ばされた腕を拾いに行った彼から視線をはずし、一度だけ相棒の方へ。


 ダミアンの体が殴り飛ばされ、鎧の破片が宵闇に散る。しかし、致命傷は全て避けているのが見て取れた


 対するアリサさんは、無傷でありながら顔に苦悶が浮かんでいる。技量の差が如実に出ているのだ。


 あのお馬鹿様の表情を目に焼き付けた後に、そっと瞼を閉じた。


 ───汽車であの男と戦った記憶。


 ソードマン。紛れもなく、剣士というカテゴリにおいて己の知る限り最強の男。


 彼との戦いを、『記録』へと変える。


 続けてボニータとの決戦も、レイヤルの狩りも。その他彼らが連れていた戦士達との戦いの記憶を、全て燃料に。


 脳の中身を弄られる様な不快感。内側から肉体が変異していく感覚。猛烈な吐き気を飲み下し、変換する。


 剣の技量が足りていない。あの吸血鬼を上回る腕がいる。


 片手では勝ちえない。何よりこの粗末な刃ではない本来の剣で斬る必要がある。


 必要な解が出ているのなら、後はそれを習得するまでの事。


『剣術』


『白魔法』


 それぞれ習熟度と習得に先の経験全てを注ぎ込む。同時に、再びこみ上げてきた猛烈な不快感。暗転しかける視界の中で、ガチリと錠の開いた音が響く。


 その音をたてた『技能』に意識を向け、内容を流し見した瞬間に習得。


 ……ああ、なるほど。もしかしたら、これがダミアンの言っていた……。


「シュミットさん。貴方の腕を回収しました。持っていてください。私は貴方を運びます」


 ウォルター神父からひったくる様に左手を受け取り、傷口を押し当てた。


 嫌になるほど綺麗な断面だ。おかげで、簡単にくっつけられる。


「『エクス・ヒール』……」


「なっ」


 彼の驚愕の声に、答えている暇はない。


 一から生やすのでは魔力を使い切る。それでは、『戦えない』。


 繋がった腕の調子を確かめる間も惜しいと、レイピアを左手で握り立ち上がった。腕をくっつけた際に溢れた白の魔法が、多少体を癒してくれたらしい。


 これは重畳。まるで世界が奴を殴れと言っている様だ。


「では、行ってきます」


「……はっ!?ちょ」


 駆けだし、途中で落ちていた剣を右手に拾い上げて。


 バルディッシュの刃と拳を打ち付け合い、数メートル下がった両者にできた隙。激戦の中にできた空白。それを絶対に逃してはならない。


 大きく息を吸い込んで、全身全霊をこの一撃に籠めるつもりで腕を振り上げた。



「ふんんんっっ!!」


「ごっへぇ!!?」



 そう。お馬鹿様の空っぽの脳天を柄頭でぶん殴るために。


 ごいん、と響いた音。それに吸血鬼と神父さんが揃って目を見開く中、相棒の額にもう一発柄頭を叩き込んで後ろに下がらせた。


「い、いったい!?痛いよシュミット君!?」


「黙れ。死ね」


「死ね!?」


 ああ、もう。スカートで動きづらい。


 脱ぐ暇もなかったが、この際だとレイピアでスリットをいれた。これで少しはマシになったか。


「というか、腕!なんで腕繋がってるの!?生えたの!?」


「お馬鹿様、戦闘中です。真面目にやってください」


「戦闘中に殴ってきた人に言われたくないよ!?私、味方!君、味方殴った!!」


「真面目にやれと言っています」


 彼女もかなり動揺しているらしい。魔力の流れを無意識に普段のソレへと戻していた。


 当たり前と言えば当たり前だ。意識せずとも制御できる様にしていなければ、睡眠中に寿命が尽きるだろうから。


「真面目って、私は真剣にっ」


「剣じゃないでしょう」


「はぁ!?」


「貴女の武器は、剣でも拳でもありません」


 脳みその足りていないお馬鹿様にもわかる様に、丁寧に教えてやる。


「前に出られたら剣を振りづらいでしょう。いつも通りにお願いします」


「………」


 左右の剣を構える。


 二刀流なんぞやった事がないが、技能だけはある。やってやれない事はない。何より。これからする事には『刃が二本必要』だ。


 編み出した人なら、きっと剣一本でもできたのだろう。そういう技だ。


 だがあいにくと未熟な身ゆえ。少々ズル(チート)をさせてもらおうか。


『……茶番は済んだか、人間』


「そちらこそ、息は整ったか。老いぼれ」


 どうやらダミアンの方は持ち直した。魔力で修復したらしい鎧も健在。バルディッシュを構えた姿は、最初に視た時と変わらぬ圧力を持っている。


『ああ、十分に。誇り高き一騎打ちに来てくれた様で嬉しいぞ』


「いいや。生憎と誉を気にするつもりはない。二対一でいかせてもらう」


 自分は騎士ではないし、貴族でもない。


 ただの開拓村生まれの、冒険者をやっているシュミットだ。


「二人でやりますよ、相棒」


「……うん!」


 二丁のリボルバーを抜いた彼女を背に、一歩前へ出る。


『ほう、亜竜の力は借りぬと?実力差をわかっておらぬとは、思えんがな』


 嘲笑う様な声ながら、ダミアンの構えに油断はない。こちらの手札を警戒する様に、重心を低くし紅い瞳で見つめてきている。


 警戒されようが奇策と呼べる物は持っていない。ただ、代わりに。


「『エンチェント』」


 ハンナさんが鍛えた剣を縦に。


 装飾過美な銀のレイピアを横に。


 白刃と白銀で十字を作る様にして───そこに陽光の輝きを与える。



「『サンライト・クロス』」



 これは、誰かが作り上げた魔法と剣技の合わせ技。


 自分が覚えられる技能は、人が編み出した物のみ。過去、未来、現在。そのどれかで築かれた技を、別の経験を代価に習得する。


 これもまた、過去に誰かが作り上げた白魔法の一種。剣術と白魔法を、ひたすらに高めた先にあったもの。


 だが、


『それ、は……』


 ここに知る者が一人。否、一体。


 ならば作り出した存在もおのずとわかる。残念ながら、『聖女』とやらがどんな人物かは知らないが。その技は、ありがたく使わせてもらおう。


 陽光を背負った十字を解いて、二刀を構え直した。


「さあ、吸血鬼」


 多少傷は癒えようが満身創痍な事は変わらない。正直、立っている事さえも厳しかった。


「夜はまだ終わらない」


 それでも。


「第二ラウンドだ」


 背後から流れる硝煙の臭いが、負けるはずがないと伝えてくる。


「今度こそ、その心臓を奪わせてもらう」


『化け物が……!』


 振り上げられたバルディッシュ。引き絞られた二本の剣。


 そして、上げられた撃鉄。


 月光が、それら全ての武器を照らし出した。




読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言]  シュミット君、物凄くカッコイイっ。  けれど~  女装まんまのドレス姿なのであった――っ。  …………  偽装オッパイも、そのまま^^;  死闘の中、ひるがえるドレス&切り裂いたスカート…
[良い点] 守る為に前に出るんじゃなく、相棒として共に戦う為に後ろに下がらせるの、めっちゃいい [一言] めっちゃカッコいいシーンなんだけど… 吸血鬼相手に十字の構えって、どうしても何処ぞの異教徒絶対…
[一言] シュミットくん、今度こそ聖女認定(笑 聖女の技まで使えるようになっちゃったんだから、しかたないよね!
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