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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第三章 黒魔法
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第五十九話 ヴァンパイアロード

第五十九話 ヴァンパイアロード




『ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』


 雄叫びを上げ、ジェイソンが正面から突っ込んでくる。


 あの巨体だ。まともに打ち合うのは厳しいかもしれない。叩きつける様に放たれた左の爪を避け、奴の右手側に駆ける。


 それを予測していたかの様に振るわれる犬の様な尾。石畳を削りながら迫るそれに、斜め前へと跳ぶ事で回避。


 幸いこの橋は広い。石で作られた欄干に飛び移り、そのまま奴の背後へ。


 だが、相手も速い。巨体になったと言うのに俊敏さが増している。こちらの動きをしっかりと目で追いかけ、自分の足が再び地面に着く頃には振り返って次の攻撃態勢に入っていた。


 大きさは三メートルほどだが、長い爪のせいか更に大きく見える。一本一本がグレードソードの様な厚みと鋭さをもつそれらが、槍衾の様に揃えられて突きを放ってきた。


 再びジェイソンの右手側に避け、懐に飛び込もうとする。しかしこちらの踏み込みに合わせて奴も後退。むしろ距離を取られた。


 剣の間合いには入らないつもりか。厄介だな……。


 十数メートル離れた状態から、ジェイソンが尻尾を大きく振るった。大きな破砕音をあげて飛び散る石礫。それらが散弾の様にこちらへ迫る。


「ちっ……!」


 生身であれを受けるのはまずい。横に飛び退き、避けきれなかった物はレイピアのナックルガードで防ぐ。


『踊れ、ミーア。このままこの距離でなぶり殺してくれる!』


「近づかれるのが怖いのか?」


『っ……黙れ!!』


 貴族を名乗る割に随分と語彙の少ない奴だ。


 しかし放たれる散弾めいた石礫は厄介である。第二射をしのぎ、橋の上を目だけ動かして確認した。


 この場から逃げるのはできれば避けたい。身体能力であちらが勝っている以上、背中を晒すのは返って危険だ。


 であれば……。


 左手に持っていたナイフを口に咥えた自分に放たれた、三射目。それに対し───前へ出る。


 いくら散弾めいていると言っても、やっている事はただ尾で石を弾いているだけ。本物の散弾とは違い当然の様に隙間はある上、音の速さにも至っていない。


 ならば、見て避ける事もできる。


 最低限のステップで石礫の隙間を通り抜け、全速力で両足を動かした。ジェイソンのロバとなった顔に驚愕が浮かぶが、奴は再度尻尾で石畳を殴り飛ばす。


 四射目、それを側転する様にして回避。勢いそのまま跳ねて橋の欄干に乗り一切減速せずに駆ける。


『こ、の……!』


 ジェイソンが一歩後退して五射目を放つ。それに対し橋の中央付近へと跳び込む様にスライディングして避けると、同時に転がっていたスケルトンの槍を拾い上げた。


 六射目が放たれる直前に石突きを橋の表面にある凹凸に当てて体を縦回転させ、立ち上がった。足は止めない。止まれば死ぬ。


 迫る石礫に対し前転で回避し、跳ね起きると同時に短槍を投擲。狙い違わず、それはジェイソンの右目へと吸い込まれた。


『小癪な!』


 だが、銀の武器ではないそれに大した効果などない。紫色の血が舞うも奴が痛みを感じた様子はなかった。


 それでも、傷の再生に三秒はかかる。鼻をへし折った時に治るまでの時間がそうだった。


 塞がれた視界側に入るとフェイントを入れてから、奴の左手側へ。一瞬ジェイソンの動きが鈍ったその一瞬の隙に、自分は懐に入っている。


『なぁ!?』


 ここは、剣の間合いだ。慌てて左手を振るおうが遅い。


 ずぐりと、鳩尾から心臓めかげて銀のレイピアが貫いた。


『ぁ、ぁぁ……!』


 糸が切れた様に脱力するジェイソンの巨体。それが崩れ落ちるよりも速く、ぐるりと刃を回す。


『ま、待って───!』


 そのまま剣を横へ振るい、勢い止めずに三連。心臓を破壊し、念のため首と左腕、そして頭蓋を両断する。


 弧を描く様に散る紫の血飛沫。それと共に落ちる縦に割れたロバの口が、何かを呟いた。


『ははう……』


 それらが地面につくより速く、全てが灰に変わる。


 舞い上がる灰が風に流される中、その向こうに気配を感じた。


 城の方に振り返り剣を構えなおし、ナイフを左手に持ち直す。ちょうどそのタイミングで灰が流れ切って相手の姿が見える様になる。


「………」


 そこには、目を見開いた一人の老人がいた。


 長い髪を後ろに流し、灰色に近い金色の髭を蓄えた紫に近い青肌の翁。黒いローブ姿は夜の闇に溶け込む様で、赤い瞳だけが爛々と輝いている。


 だが、その眼はこちらを見ていない。彼の視線の先には、灰に埋もれた貴族服だけがある。


「……逝ったか、愚かな息子よ」


 そっと目を閉じる老人。その姿は隙だらけだった。


 隙だらけの、はずだった。


「っ………!?」


 自分が何故、今この瞬間に切りかからないのかがわからない。どう見ても相手は吸血鬼だ。そのうえ外見年齢は七十を超えている。ジェイソンの様な若々しさはない。


 ぽたり、ぽたりと汗が滴り落ちる。先の戦闘での疲労からくる発汗ではないと、考えるまでもなくわかった。


 眼の前にいる、この謎の老人を相手に自分は絶え間なく汗を掻いているのだ。ただ相対しているだけで!本能が告げる、最大級の警告としてとめどなく冷や汗が流れ落ちている……!


「弱く、短慮で、そのくせ頑固だった息子よ。およそ家督を継がせられんと思った愚息よ。どう鍛えればよいのか、見当もつかんかった幼子よ」


 ゆっくりと、紅い瞳が開かれる。


「先に月へ行き、母と共に過ごすがよい。親不孝な、愛する我が子よ」


 月……たしか人が太陽を信仰する様に、吸血鬼も月に祈りを捧げるのだったか。いいや、今はそんな事はどうでもいい。


 自分がとった行動は、背を見せずに全力の後退。このままこの『化け物』と戦ってはならない。そう叫ぶ本能に従い、また理性の告げた内容的にも戦闘は避けたかった。


 ジェイソンを息子と呼んだという事は、エリザベートの……!


 ずるりと、奴のローブの下から溢れた赤黒い霧。それが老人の全身を包み込み、西洋甲冑へと姿を変える。


『そして享楽的な我が娘よ。儂がこの怪物を討ち取るまで、死ぬでないぞ』


 紅と黒で彩られた甲冑に、右手には黒い柄と禍々しい紅い刃のバルディッシュ。


 二メートルにいくか否かといった背丈の老人が、ゆっくりと武器を構えた。


 直後、左手に衝撃。二十メートル以上あった距離が詰められ、眼の前には紅の眼光がある。


「っ───!」


 それに驚く間もなく、奴が放った『二撃目』をレイピアで受け流す。


 だがその重さは尋常ではない。まるで巨岩を相手にしている様な、そんな衝撃が右腕に走った。


 元々後退していた事もあって体が後ろに吹き飛ぶが、そうでなかったら肩を脱臼していたかもしれない。


 橋の上に足で二本線を引きながら、着地。衝撃を膝で緩和させながら構え直せば、背後から『ぼとり』という音が聞こえてきた。


 見なくともわかる。そこには、


『……なんだ、やはりあの怪物ではなかったか』



 己の斬り飛ばされた左腕が落ちているのだと。



 二の腕の半ばから切断され、斬られた事を思い出したかの様に半瞬遅れてどばりと傷口から大量の血が流れ出た。


 それに対し素早く首のリボンを抜き取って止血を試みる。剣は手放せない。右手の人差し指と中指で端を挟み、もう片方は口で引っ張った。


 肉が潰れ更なる激痛が走ったが、気にしている余裕はない。ブラックアウトしかける視界で、鎧の老人を睨み続ける。


 アレから目を逸らしてはならない。その瞬間、今度こそ死ぬ。


 刃についた血を汚らしいとばかりに振り払い、構えなおす鎧。


『それにしても、まさかジェイソンもエリザベートも貴様を女子おなごと間違えるとはな。血の臭いばかりに気がいって、骨格を見るのを忘れておる。変装は教会の十八番だろうに。もっとも、儂も水晶越しでは見紛うたがな』


 魔力も使って止血にかかる。この出血量は危険だが、それ以上に激痛で視界が歪む。呼吸さえも怪しくなってきた。


 心臓がうるさい。傷口どころか頭まで痛くなってくる。何より、片腕を失った喪失感が戦いの最中だというのに胸を蝕んでいくのが自覚できた。


 心が折れそうになる。しかし、それだけは駄目だ。ここで膝をつく程度の『生への執着』しか持たぬのなら、開拓村でとうに死んでいる。


 生きる為に、抗え。


『教会め、聖女を人工的に作り出そうとしたか、それとも奴が子でも残していたのか。まあ、どちらでも良い』


 彼我の戦闘力の差は、残念ながら圧倒的に不利だろう。


 奴に意識を向けながらも必死にこの状況を打開できる技能を探しているが、そもそも何かを習得するにしろ習熟度を上げるにしろ必ず隙が出来る。それを見逃してくれるとは思えない。


 撤退は論外だ。先の踏み込みをしてくる相手に、そんな事をできるはずがない。


 であれば。


「すぅー……ふぅぅぅ……」


 呼吸を整え、未だ脳を焼く激痛を少しでも抑えながら剣を『敵』に向けた。


 相棒が到着し、他の教会戦士達の救援が来るまで持ちこたえる。賭けだが……激痛で回らない頭ではそれしか思い浮かばない。


『ほう、逃げずに立ち向かうか。よろしい。であれば、儂も名乗るとしよう。貴様には勇敢な戦士であってもらわねば、心臓を奪われた愚息も浮かばれん故な』


 一歩、鎧姿の吸血鬼が踏み出す。


 ただそれだけの行動で、大気が揺れた様な錯覚を抱かせる。それほどの重み。


『我が名はダミアン。ヴァンパイアロードの一角、ダミアン・ドゥ・フィレンツである。名を名乗れ、人間と呼ばれる怪物よ』


「……シュミット」


 片腕分変わってしまった重心を調整しながら、答える。


『家名は?』


「ない」


『そうか……人間の国でも路傍の石同然の輩であったとは』


 残念そうに呟く吸血鬼、ダミアンが僅かにバルディッシュの穂先を上げた。


 ───来る。


『では、貴様の死後に適当な王族の末裔にでもしておこう。滅ぼした国には困っておらん。では……名誉を抱きながら、死ぬがよい』


 雲の隙間から僅かに覗く月光の下。銃声と雄叫びが轟く村を背後に、刃のぶつかる音が響く。


 夜はまだ、終わらない。




読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] なぜ腕を斬り飛ばした…! 狙うべきのは別のところでしょうか…! シュミット君をシュミットちゃんにする機会なのに…!(ぇ
[一言] 最期まで残念だったジェイソンに黙祷。巨体なら尻尾パシパシで散弾飛ばすよりバイタル部位を守りつつ突進で質量攻撃したほうが有効なのに…… シュミットくんとジェイソンにどれだけ技量差があろうが体格…
[一言] ようやく主人公の女装を見破れる人が登場した…… そんなに主人公は聖女とやらに似てたのなら聖女も転生者だったんやろなぁ
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