第五十六話 脱出
第五十六話 脱出
『第一エクソシスト』
教会戦士は大きく三つの部隊に分けられる。
第三エクソシストは、完全な後方部隊。武器弾薬、食料その他の支給品の調達と運搬が主な役目であり、保安官など他組織への連絡や民間への聞き込み調査も行う。
第二エクソシストは、所謂『予備』扱いの部隊。第一線での活動が難しくなった戦闘員が第三では危険な場所へ向かう事もあれば、第一の人手が足りない際には戦闘にまで参加する事も。
そして第一エクソシスト。彼らこそが教会戦士が誇る戦闘部隊である。
厳しい訓練に耐え抜き、心身ともに戦士であると認められた存在。アンデッド、そして黒魔法使いの殲滅の為ならばどれだけ危険な任務でも実行し、成し遂げる集団。詳しい任務内容は極秘とされ、外部には『ほとんど』洩れない。
そんな部隊の一員だと言うのが、眼の前のイオという少年だ。
年齢は十代中盤から後半といった所。多く見積もっても二十歳は過ぎていないだろう。
だがこの修羅場での落ち着きようと何より立ち姿から感じる隙の無さが、彼の持つ陽光を背負った銀十字以上の説得力を出していた。
「なるほど、第一エクソシストの方でしたか。どうりで」
「やはり気づかれていたんですね。……これでも変装には自信があったので少しショックですね」
苦笑を浮かべるイオさん。その姿は大人びた少女の様にも見えるが、骨格が違う。
馬車から降りる際の動きで違和感を覚え、それから少し観察した結果服装で誤魔化しているだけで男性の骨格をしていると気付く事ができた。
ついでに、歩き方を偽装しているが根っこの部分でウォルター神父の動き方に似ているとも。
「え、え……お、男?」
「エクソシストって教会戦士の事よね?でもあれって男の人だけって……」
「嘘でしょ……?」
と言っても、他の街娘たちは完全に騙せていたし吸血鬼共も気づいた様子はなかった。
正直、自分も己が女装しているからこそ気づけたと言える。この仕事を受ける前だったなら街で彼と遭遇し、暫く会話をしたとしても見抜く事はできなかったかもしれない。
「ですが、貴方ほどの『剣士』に気づかれたのなら納得です」
イオが微笑みを浮かべながら続ける。
「『剣爛のシュミット』。お噂は我らの様な世俗に疎い者達の耳にも届いております」
やはり彼もこちらに気づいていたか。時折、こちらがミスをした時にすぐ動ける様な立ち位置をとっていたのは偶然ではなかったらしい。
この人、かなり強いな。純粋な接近戦がどこまでかはわからないが、間違いなく『戦士』である。
彼の言葉に、また女性達が目を見開いた。
「え、嘘!剣爛ってあの!?」
「あのってどの?」
「ソードマン・キラーよ!」
「私はウィンターファミリーって海賊を皆殺しにしたって聞いたわよ」
「たしかラインバレル公爵家のお屋敷に入っていくのを見たって噂も……」
「あたしは殺した敵の首をいつも台所に飾っているって聞いた事があるわ」
「銃弾を斬ったって話も……」
一部おかしな部分もあるが、噂とはそういうものなので一々気にしない。
むしろこの場ではその方が好都合だろう。女性達の不安気だった目に希望が宿りだしているのだから。
吸血鬼退治の専門家と、お貴族様とも繋がりのある武力で名を上げている男。
そんな存在がこの場にいる事で『脱出できるかもしれない』と希望を持ってくれるのなら、多少変な噂が流れていようが安いものだ。自暴自棄になられるよりは余程良い。
「嘘よ!」
だが、そんな中で先ほど自分の肩を掴んできた女性が声を上げる。
彼女は、僕とイオさんを力強く指差した。
「だって二人ともこの中で桁外れに美人じゃない!」
……何を言うかと思えば。
「貴女も十分お綺麗ですよ」
「僕に至っては暗いから女性に見えているだけです」
「嘘よぉ!」
頭を抱える女性。こんな状況で錯乱しているのだろう。可哀想に。
自分からすればこの人は大変魅力的な女性である。胸は目測D前後、体のバランスがいいし顔も間違いなく美人さんだ。
そして括れた腰の下にある安産型のお尻が特に素晴らしいと思う。乳派の自分が思わず転向を考える程の尻だ。あえて『デカケツ』と呼んだ方がいいかとスカート越しでも思う。
いやセクハラだし彼氏さんがいると思しき相手には絶対に言わないが。とりあえず結婚予定だと言うその人物はタンスの角に指を全てぶつければいいと思う。
そんな事より、今は脱出が先だ。イオさんも同意見なのだろう。錯乱している女性を放置してこちらに視線を戻していた。
「先ほどの会話、ジェイソンの意識を誘導する為のものですか?」
「ええ。上手くいっているかは不安ですが」
「ご謙遜を。プロ顔負けの演技でしたよ。どうでしょうか、潜入任務専門でもいいので教会に所属なさる気はありませんか?」
「いえ、生憎と聖職者には向かない人間です。それに、そう言った話は脱出した後にしましょう」
「それもそうですね」
「待って待って待って。え、どういう事?」
錯乱から立ち直ったのか、先ほどの女性が話に入ってきた。
丁度いい、他の女性達もまだ混乱している様だしこのまま説明するとしよう。
そう思いイオさんに視線を向ければ、彼もすぐに頷いてきた。
「アレはジェイソンに我々の脱出を警戒させるための演技です」
「なので正門から脱出します」
「とりあえず黒髪の方を殴ればいいのね?」
拳を構える彼女に両手を向けて落ち着く様に促す。
「待ってください。これは脱出するための作戦です」
「それがなんで無駄に相手を警戒させる事になるのよぉ!」
「結論から言いますと、正門以外に敵の目を向ける為ですね」
「は?」
疑問符をあげるも、拳は下げてくれた女性にイオさんが話を引き継いで説明する。
「先の会話でジェイソンはシュミットさんの脱走を警戒しているはずです。そして、ここは古城。塞いでいる可能性もありますが、元々抜け道ぐらいは存在しているはずです」
「これだけ大きい建物なら人の出入りも多かったはず。出入り口も複数あったでしょう。そういった人が通れる場所を、奴は警戒するはずです。それこそスケルトンに見張らせるとか」
「だからこそ、正門への注意は疎かになるはずですよ。相手の人員も無限なわけがない。全員で逃げる為にも少しでも相手の手数を減らさなくてはいけませんから」
「え、えっと、よくわからないけど作戦通りなのはわかったわ」
二人交互に喋ったせいかあまり伝わっていない気もするが、とりあえず指示通りに動いてくれそうなら問題ない。
こういう言い方は好みでないが、彼女らには何の期待もしていないのだから。なんせ誘拐されただけの被害者であり、荒事に慣れていると思えないので。
こちらの話に耳を傾け、静かに後をついてきてくれるだけでも御の字。それ以上は望まないつもりだ。
「と、とりあえず正門から逃げるのはわかったけど、その後はどうするの?橋を渡っても、あるのはヴァンパイアの村よ?」
「そこに関しては、僕の相棒と第二エクソシストのウォルター神父が近くまで来ているはずです。こちらが騒ぎを起こせば救援に来てくれるでしょう」
「おや、ウォルター神父が。それは心強いですね。しかし……」
少し驚いた様子のイオさんが、すぐに眉を八の字にした。
「しかし?」
「いえ、その……その事で少し問題が」
「問題?」
何だろうか……やはり、速度差?
吸血鬼の身体能力は高いし、変身能力とやらで霧や蝙蝠にもなる。追跡されれば合流前に追いつかれるか。
ほんの少しの逡巡の後、彼は困った様子で唇を動かした。
「こちらが騒ぎを起こす前に、向こう側で何かが起きるかもしれません。ですので、今の内に正門までは行っておかないと敵と鉢合わせてしまうかも……」
「え?」
「僕の『相棒』が、その……少々過激な性格でして」
奇しくも同じく相棒と呼ぶ相手がいるらしいイオさんが、気まずそうに目を逸らす。
……過激な性格ではうちのお馬鹿様も大概だが、まさかアレ以上とかないだろうな?
一瞬だけうちのお馬鹿様と件の相棒殿が高笑いしながらダイナマイトをばら撒いて銃を乱射している光景が浮かんだ。
「と、とりあえず、行動を開始しましょうか」
「そうですね!」
そんな不安を誤魔化す様に言葉を吐き出し、イオさんも力強く頷く。
自分は太ももからナイフを抜き、彼もまた同じようにスカートの中から掌大の拳銃を取り出す。
吸血鬼が慢心だらけの種族というのは本当らしく、鞄の類以外は簡単なボディチェックすらなかった。教会戦士が女装しての潜入を常套手段にするわけである。
そんな事を思いながら、壁に近寄って耳を澄ました。元々気配がないのはわかっていたが、念のため。
音も魔力の反応もなし。ドアノブに手をかければ、流石に鍵がかかっている様子だった。
壊すかと一瞬考えるも、脇からイオさんが顔を出し針金で鍵穴を弄りだす。まさか……。
───カチャン。
「さ、開きましたよ」
「……いいんですか、聖職者」
「吸血鬼の住処でなら問題ありません」
「それもそうですね」
小さく笑い合い、ゆっくりと扉をあけた。暗闇が続くもマッチの火一つでこの眼なら十分。
あらかじめ細工のしてあったヒールをへし折った後、音もなく階段を上る。ついでに魔力を制御して魔力探知への対策を行った。骨の相手なら目や耳より魔力の方が重要だろうから。
案の定階段の上にいたスケルトン。数は一体しかいなかったので、瞬時にその首をナイフで切断する。
短剣術の応用で、銀製のナイフでも問題なく斬れた。その手に握られていた槍が床に倒れる前に握るも、流石にばらけて落ちる骨の音までは消せない。一緒におちたメイド服で多少はマシだったと思うが……。
数秒経つが、誰も来る様子はない。それに安堵しつつ槍の穂先を切り落とした。
穂先の方はいらないしその辺に置いて……いや。
「イオさん、油って持っていますか?」
「少しだけなら」
「ください。松明代わりにしたいので」
「どうぞ」
崩れたスケルトンに一度だけ手を合わせた後、メイド服の一部を穂先の方に巻き付けてから油をかけた。
そしてマッチで火をつけて光源にする。元より暗闇ではアンデッドが有利だ。明かりをつけて目立った所で十数人も民間人をつれていたら変わらないだろう。
それよりも、視線を残った柄の方に向ける。
室内用なのか二メートルほどの短槍だったのが、今は一メートル程。端の方を持てば片手剣と同じ風に扱える。
元より剣術の技能は色々と緩い。そもそもアンロックできたのも蜘蛛の巣をはらおうと落ちていた枝を一度振っただけだったのだから。
ナイフを鞘に納め、槍の柄の方を右手に。吸血鬼相手なら銀の武器が必要だが、スケルトン相手なら棒で十分だ。
「では、僕が先導します」
「なら後ろは任せてください」
短くイオさんとそうやり取りをして、城の中を進む。
左手に持った松明擬きで明るさを確保しながら、極力足音を消して小走りに。だが背後の女性らの足音が思ったよりも響く。
こうなれば時間との勝負。相手が異変に気付くよりも速く、脱出をしなければならない。
思い付きの作戦は成功していた様で、道中のスケルトンの数は少なかった。目についた端から頭蓋を叩き割り無力化させていく。
崩れ落ちたそれらに、思う所がないわけではない。もう少し早く自分達が来ていれば死んでいなかったかもしれないのだ。
しかし、それで罪悪感を覚える程ぬるくなってはいない。悪いのは吸血鬼である。彼女らの無念の為にもこの地にいる怪物どもを殲滅しよう。
ついでに僕を散々女扱いした事や数々のセクハラ行為に関しても復讐しておこうと思う。あくまでついでだが。
「あんた、さっきは悪かったね……」
そうして進んでいれば、背後にいた女性がそんな事を言ってきた。
例のお尻が大きい人である。
「いえ、あの状況であればしょうがありません」
「ありがと……来月に結婚する恋人の顔を思い出したらついね」
申し訳なさそうに笑い、彼女は続けた。
「ここから帰れたら改めて告白するんだ……命の危険にあったからこそ、この思いをしっかり伝えなきゃ」
「はぁ」
「そうだ。帰れたら一杯奢らせてよ。お父さんが酒場の店主をやっているんだ」
「……どうも」
「ふふっ……そう言えば、彼氏には『また明日』って言って別れたんだっけ。心配しているかなぁ」
「………そうですね」
「あんたがいてくれて助かったよ。流石『剣爛』様!怪物相手でも圧倒的じゃないか!」
「わざとですか?」
「え、なにが?」
「何でもありません」
なんだこの死亡フラグで頭上が埋め尽くされていそうな人。一瞬セルエルセスが文化爆弾でも投げ込んだ結果なのかと思ったぞ。
たんに不安でやたら多弁になっているだけらしい。落ち着いた様に見えて目は忙しなく動いているし汗も掻いている。姉御っぽい容姿に関して意外とネガティブな質なのかもしれない。
しかしそれで他の女性達が少しは落ち着いているのでマシ……か?近くに自分よりパニックになっている人がいると逆に冷静になれるアレだろう。
そんな事を考えていれば、城のホールにたどり着いた。
あまりにもあっさりし過ぎていて拍子抜けするも、罠かもしれないと警戒心を強める。
立ち止まって周囲の気配を探り、背後を振り返ってイオさんに視線で意見を求めた。すると、あちらも同じ事を考えていた様で数秒悩んだ後に頷いてくる。
こちらも頷き返し、前進。
「やった、これで帰れるんだね……!」
この人殴ってでも黙らせた方がいいかもしれない。
だが無駄に増やされた死亡フラグは破棄されたのか、あるいは乱立し過ぎて自壊したのか。無事に正門を開ける事に成功する。
流石に無音とはいかず、門を開いた音に反応してスケルトンの足音が複数近づいてきた。
「くっ、このまま守られているだけじゃ女が廃る!ここは任せてあんたらは」
「いやそういうの良いので」
「あふん」
眼をグルグルとさせながら腕まくりを始めたデカケツ女性の頭をはたき、他の人達に引きずって行ってもらう事にした。
パニックになった一般人って怖いな……何するかわからないから。
「イオさん、この人達をお願いします」
「いいのですか?殿なら僕が」
「いえ、いいんです」
右肩に柄を乗せながら、城を見上げた。
「ここにいた方が、相棒と合流しやすい気がするので」
その時、爆音が村の方から聞こえてきた。
どうやら、イオさんの方のお仲間が暴れ出したらしい。一瞬だけ彼と目くばせした後、軽く肩をすくめ合う。
何ともまあ、騒がしい相棒を持つとお互い苦労するものだ。
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