第五十三話 吸血鬼の村
第五十三話 吸血鬼の村
馬車に揺られて約一日といった所か。曇り空なら吸血鬼もフードを深く被れば活動できるらしい。
鬱蒼とした森の中を抜け、ようやく馬車が止まった。
「降りろ」
「ひ、ひぃぃ……!」
幌が開かれて男が顔を出すと、捕まっていた女性達が引きつった様な悲鳴をあげる。
無理もない。どこぞのお馬鹿様でもあるまいし、謎の男に連れ去られて恐くないはずがないだろう。全員ただの街娘といった様子なのだ。
だがそんな事などお構いなしに、男は不機嫌そうに牙を剥きだしにする。
「早く降りろ!引きずり降ろされたいか!」
その怒声に女性達が更に縮こまる中、これは危険だと立ち上がって馬車の外へ向かう。
自分が動いたからか、他の人達も恐る恐る降り始めた。こういう時犯人を刺激し過ぎてはいけないと前世で聞いた事がある。
さて……どこについたのやら。
そう思い軽く見まわせば、隣にも馬車が一台止まっていた。
そちらからも女性達が……ん?
先頭で降りて来た少女に妙な違和感を覚える。
栗色の髪を短めのポニーテールにした、線の細い儚げな少女だった。地味目の服装ながらかなり整った顔立ちをしており、憂いを帯びた表情は庇護欲を駆り立てる。
の、だが……まさか。
「おい、立ち止まるな」
「っ……」
肩を押され、促されるまま歩き出す。
そうして視線を正面に向ければ、そこには『寒村』と言った様子の村があった。
木を骨組みにした石壁の家々が立ち並んでいるが、どれもボロボロだ。それに畑と呼べる物も見当たらないし、家畜の類も先ほどまで使っていた馬車の馬のみ。
そんな村で、わらわらと男達が姿を現していく。
人数は五十人以上。これだけの人数がいて畑も家畜もなし。森を通る際にも獣たちの気配を感じなかった。
つまり通常の食事は不要という事であり、全員顔色の悪さに反して肉付きはいい事から吸血鬼である可能性が高い。
表情に出さない様にしながら驚く。これほどの数がまだ残っていたのか?流石に予想外が過ぎる。
「おお、あれが今回の餌か」
「一番美人なのはどれだ?先に『下』の方だけでも貰えねぇかな」
「けひひ……上玉が多いなおい」
下卑た笑いを浮かべ、彼らは連れてこられた女性達を舐めまわす様に見ていく。被害者達はそれに更なる恐怖を感じて怯えているが、その反応さえ楽しんでいる風だった。
そんな彼らの視線が、段々と自分に集中していく。誘拐された被害者全員を舐める様に動いていた目がピタリと止まって、まじまじとこちらを見つめていた。
これは予想通り。むしろここまでこう言った反応がなかった事こそ驚きである。
やはり男だとバレたのだ。自分を連れて来た間抜け以外はちゃんと目が見えているらしい。
致し方ない。暴れるのはもう少し後の予定だったが、ここで───。
「美しい……」
……んん?
「なんて美しさだ」
「信じられねぇ、あれほどの美女見た事ねぇぞ」
「す、すげぇ……な、なあ、血は貰えなくていい。代わりにヤらせてくれ!」
なるほど、吸血鬼は全員目が悪いらしい。
そう思おう。思いたい。思わせてくれ。
ハッキリと焦点が合っているし、全身を彼らの視線が這いまわっているが気のせいだ。そうに違いない。
背筋に怖気が走るのを感じていれば、じりじりと男達の距離が近づいている事に気づく。
そして、うち一人がこちらに駆けよろうとしてきた。
「やらせろ!最初は俺のもんだ!」
「馬鹿、やめろ!」
だが、その顔面を誘拐した男の一人が殴りつけた。
「何しやがる!?」
「『ご主人様達』より先に手を出してみろ、殺されるぞ!連帯責任で俺達までだ!」
ご主人様達、ねぇ。
馬車に自分達を乗せる時や、移動中にこいつらの会話を少しだけ盗み聞いていた。
どうにも奴らに命令をしている存在がいるらしい。忠誠心というよりは恐怖心で従っている様なので、吸血鬼達の中でも上の力を持っていると推測される。更に、複数形。
……これはまた、想像以上に面倒な依頼になった。
「う、で、でもよ、血はこの際諦めるけど、犯すぐらいならいいだろう!?」
「ふざけるな、この距離でも奴の匂いでわかるだろう!」
そう言って誘拐役の男がこちらを指差してきた。
「あの匂いは一度も異性と交わった事のない純潔の香りだ!!」
よし、殺す。
「処女だぞ処女!処女の生き血だ!」
「す、すげぇ……なんて美味そうな匂いだ」
「ああ、このむせ返る様な純潔の香り……嗅いでいるだけで狂っちまいそうだ」
「すぅー……!すぅー……!ぐへ、ぐへへ……!」
吸血鬼殺すべし。
視界に入っている奴らの顔を頭に叩き込む。動きからクマ並みの膂力と推測。しかし立ち姿から戦闘経験は碌にない者ばかりだろう。ナイフ一本でも殺しきれる。
どこへ逃げようと見つけ出して殺すと決めた。天日干しか串刺しの二択ぐらいは選ばせてやる。
頭の中で数々の罵倒が浮かぶも、ここで暴れて他の被害者達に危害が及ぶのは寝覚めが悪い。どうにか自重する。
「がまんできねぇ!前が駄目なら後ろだけでも───」
「のけ」
瞬間、こちらを見ながらやたら深呼吸していた男の首が飛んだ。
シンッと静まる吸血鬼達。その中から、一人の男が姿を現す。
寒村めいたこの場所に似つかわしくない貴族服を身に纏い、手には装飾過美なレイピアを持っている。
だが注目すべき所はそこではない。
肌が青い。青白いのではなく、言葉そのままに青いのだ。
精悍な顔つきをしたその男は金髪をオールバックに撫でつけており、血の付いたレイピアを軽く振るう。
「い、いってぇええええええ!?」
首を切られた吸血鬼が絶叫をあげた。その姿に後ろから女性達の悲鳴があがるも、村の吸血鬼達は一言も発さず視線を地面や明後日の方向にやっていた。
頭を失った体は断面から煙を出しながら慌てた様に腕を彷徨わせており、落ちた首は悲鳴をあげている。そんな奇妙な光景に一切興味がない様子で、貴族服の男は体の方を蹴り飛ばした。
「贄はまず父上がおわす城に運ぶのが決まりだ。それが守れぬというのなら……」
「ひっ、ま、待ってくだせぇ!お願いです!それだけは、それだけは!」
転がった男の体を踏みつけ、青肌の男はレイピアの切っ先を心臓のあたりに向ける。
あの刀身、まさか銀か?推定吸血鬼の一体である奴がそんな物を使うのは意外だったが、使用例を目の前にすれば納得もいく。
村の吸血鬼が全員怯えているのだ。あれは『粛清用』の武器なのだろう。
「よかろう。今回だけは見逃してやる。だが次はない。よく覚えておけ」
「へ、へへぇ……!」
転がった体から足をどかし、青肌の男は首無しの脇腹を蹴った後にこちらへと向き直った。
「ほう……」
視線が合うと、奴は何やらため息を吐く。
それが妙に気色悪くて自分の腕にサブイボが立つのがわかった。
「女、名は?」
「ミーア……です……」
声から性別がバレる可能性を考え、小声で答える。
お馬鹿様が『シュミット君の声なら喋ってもバレないよ』と抜かしていたが、流石にそんな事はあるまい。喉仏だってわかりづらいだけであるのだぞ?
小声で言ったおかげか青肌の男はこちらの性別に気づいた様子もなく、剣を鞘に納めて無警戒に近づいてくる。
いや、気づけ。近くで見たらどう見ても男だろう。『剣爛』と呼ばれる程度には猛者である自覚はあるぞ。
「ふむ……素晴らしい。人間などただの猿だと思っていたが、これは見事だ」
こちらの顎を無遠慮に掴み、強引に顔を上げさせてくる。
「気に入った。コレは俺の嫁にしてもいい」
ニヤリと笑った口元から牙を覗かせ、男はそんな事をのたまった。
ビキリと、己の額に青筋が浮かんだのを自覚する。
……吸血鬼は皆殺しという教会戦士の言い分は正しかった様だ。
カツラで額は隠れているし、引きつった表情は恐怖心故だと思ったのだろう。男は嗜虐的な笑みを浮かべ、顎にやっていた手を首から肩。そして腰へと下ろしてくる。
「そう怯えるな。貴様はこれより、高貴なる夜の一族に加えられるのだからな」
自分の中で、嫌いなものの中に蜥蜴に続いて蝙蝠が加わった瞬間である。
* * *
サイド なし
シュミットがセクハラを受けている吸血鬼の村。それを森の中にある丘からひっそりと監視する者達がいた。
「よし、突撃しましょう」
口元こそ笑みを浮かべながら、眼が座っているアリサがライフルを手にウォルター神父へと視線を向けた。
「いいえ、まだです」
だが、それに対して神父は顔も向けずただ双眼鏡で村の様子を観察している。
それに対し当然不満を抱き、アリサは眉をひそめた。
「敵の拠点は見つかりました。とっとと攻めて終わらせてもいいのでは?」
「ご友人が囚われて不安なのはわかります。しかし、今は耐えてください」
そう言ってウォルター神父は指を寒村とはやや違う方向に向けた。
アリサはそれに疑問を抱きながらも、素直にそちらの方向へ己の双眼鏡を向ける。そして、小さく『げっ』と令嬢らしからぬ声をあげた。
木々に囲まれてわかりづらいが、城らしき建物があったのだ。
王都にある豪華かつ優美なものではない。古臭く、蔦だらけの城。しかし『戦う事』が想定された造りでもある。
大きさはそれほどでもないが、城は城だ。三人で正面から攻め込むのは厳しい。
「依頼をした者として申し訳ないのですが、どうやら相手を見誤っていた様です。よもやこれほどの規模で下級ヴァンパイアが揃えられ、純粋種までいるとは」
「下級に純粋?」
「……アリサさんは、前に熱心な様子で教会に通いその術を身に着けていると聞いたのですが」
若干呆れた様子のウォルター神父に、アリサは愛想笑いで誤魔化す。
彼女は『とある理由』で数年間教会戦士達に知識と技を教えてもらっていた。本来門外不出のものばかりであったが、そこはラインバレル公爵家。コネの多さには事欠かない。
何より、公爵とシュナイゼル子爵に教会戦士達は色々と普段から便宜を図ってもらっている。断りはしなかった。
白魔法もその頃に習得したのである。だが、アリサは『諦めて』しまった。そして覚悟を決めたのである。
故に、自分の興味ある知識や普段使う技術以外ほとんど忘れてしまったわけだ。
「下級ヴァンパイアは純粋種……生まれながらに怪物である者達が人間に僅かながら己の血を与えて眷属にした者達です。基本的に、ここ数年の被害は生き残った下級ヴァンパイアによって起こされていました」
「なら純粋種は?」
「他のアンデッド同様、死者の肉体が起き上がり怪物となった存在です。その誕生に謎は多いですが、今は置いておきましょう」
そう語るウォルター神父の声は淡々としていながらも、双眼鏡の下から出てきた瞳はアリサ以上に冷淡だった。しかし、その内心は冷静とは真逆。感情の炎が荒れ狂っている。
そこには怒りや憎しみはない。ただひたすらに義憤と使命感のみが燃えている。
「一刻も早くヴァンパイア共を浄化し、その魂を呪われた身から救済したくはあります。ですが、あの城にはこれまで連れ去られた被害者達がまだいるはず。最優先事項はヴァンパイアの殲滅ですが、助けられる命は助けなければ」
その言葉にアリサも頭を掻いて、渋々ながらも頷いた。
「その通りですね。すみません、焦りました」
「いいえ。ご友人を心配するのは正しき事です。貴女がお噂通り優しい方で安心しました」
彼女にニッコリと笑みを向けた後、ウォルター神父はまた真面目な顔に戻って城と寒村を睨む。
「しかし、これは我らだけでは……人手が足りませんな」
「ほう、では我らと共同作戦といきませんか」
「「!?」」
背後から聞こえて来た声に、二人して咄嗟に振り返りながら銃を向ける。
だがその先にいた人物は動じた様子もなく、鷹の様に鋭い目を温和そうに細めた。
「お久しぶりです、ウォルター神父」
「貴方は……!」
無事な方の左目を見開き、神父はその人物から銃口を下げる。
「そしてそちらもお久しぶりですね、アリサ様」
「ど、どうもぉ……」
アリサは顔を引き攣らせ、彼女にしてはあまりにも下手糞な愛想笑いを浮かべて手を振った。
それに頷いて返しながら、『カソック』をつけた人物は笑う。
「随分と鈍っている様子ですね。敵を視ている時は、己も誰かに視られていると考えてくださいと口を酸っぱくして教えたはずですが」
穏やかな声ながら低く響くそれに、アリサは愛想笑いのまま涙目になった。
何を隠そう、目の前の人物は。
「勘弁して下さい、せんせぇ……」
アリサに銃の扱いを教えた、その人なのだから。
「この様な大捕り物で油断慢心はいけません。後でお話があります」
「ひぇ」
ここに相棒と呼ばれる黒髪の剣士がいたら驚きつつも小さく笑いそうな程に、アリサは情けない声をあげる。彼女の頭の中には教会での厳しい訓練の記憶が駆け巡っていた。
公爵家の令嬢であろうと関係ない。戦い方を叩き込むのなら、そこに容赦という文字が存在しないのが教会戦士である。
なお、その横でウォルター神父が『先生』を前にして初心な乙女の様に頬を赤らめていた事を彼女はスルーした。
だって教会戦士だし、と。
読んで頂きありがとうございます。
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