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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第三章 黒魔法
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第五十二話 必要なこと

第五十二話 必要なこと



 時は少しだけ遡る。


 ウォルター神父から依頼があった次の日の朝には汽車に乗り、一番新しい事件があったというサンダース子爵が治める街、『サンダース』に三日程で到着。


 ……統治を任されている家の名前が街の名前なのは、微妙に違和感を覚えてしまうのは転生者の自分だけなのだろうか。


 まあそんな事はどうでもいい。剣士、美女、筋肉神父という組み合わせは非常に目立つという事で、一端喫茶店に。


「私はコーヒーとショートケーキを」


「僕はコーヒーだけで」


「私はいりま「この人にもコーヒーを」」


「かしこまりました」


 要らないと言おうとしたウォルター神父の声を遮り、アリサさんが注文する。


 そんな彼女に彼は少し困った様な顔を浮かべた。


「申し訳ありませんが、私はあまりお金が……」


「うん、教会戦士の方が清貧を是としているのは知っているんですけど、お店で何も注文しないのはねぇ。ここは全員私の奢りという事で」


「そんな、そこまでして頂くのは」


「いや僕は自分の分を普通に払いますが」


「まあまあ。神父さんのは教会へのお布施って事で。シュミット君には、うん……邪魔しちゃったぽいし」


「 」


「お気遣い、感謝いたします」


 呑気に礼を言っているウォルター神父の横で、自分の顔が引きつっているのが自覚できた。


 気まずそうに目を逸らし若干頬を赤らめている辺り、確実に自分があの夜どこに行こうとしていたのかアリサさんに見抜かれている。


 知り合い。それも仕事仲間の異性に『夜の事情』がバレるのは非常に辛い……!まだ行ってすらいないのに……!


 運ばれてきたコーヒーを美味しそうに飲む神父さんとは別に、自分達だけ微妙に気まずい空気が流れる。


「さて……早速で申し訳ないのですが、仕事の話といきましょう」


「そうですねそうしましょう」


「うんうん。仕事でここに来たわけだしね!」


 ウォルター神父。貴方は素晴らしい聖職者だと今は心から思います。


 真剣な面持ちの彼に二人そろって何度も頷くと、ウォルター神父も満足気に頷いて返してきた。


「お二人ともやる気十分な様子で何よりです」


 彼はそう言って、懐から一枚の紙を取り出した。


 それはこの街と周辺の村々の地図。ただし人工衛星どころか飛行機もない時代なうえに、国防の為精巧な地図など出回っていない。かなり簡易的なものだったが、書き込まれたバツ印や『被害』の詳細の方が重要だ。


「移動中もお話した通り、このサンダースを含め七つの街と村で若い女性の行方不明事件が頻発しております。その中でまだ比較的被害者の少ないこの街で何かわかるかもしれません」


「それなんですが、この一帯でこれほど事件を起こしたのなら犯人はもう移動しているのでは……?」


 犯罪には詳しくないが、個人的には一カ所で幾つも事件を起こせば警戒されて当たり前である。実際自分達に依頼が来たのだから。


 となれば、場所を移すかほとぼりが冷めるまで潜伏するか。そのどちらかが普通に思える。少なくともこの地に拘る理由が浮かばない。


「当然の疑問です。しかし、ヴァンパイアが犯人ならば話は別なのです」


「というと?」


「まず、奴らは非常にプライドが高い。自分達を亜人を含めた我々人類の上位種であると考えているのです」


 それは確かに前世の吸血鬼の特徴に一致するし、今生で聞いた話でもそんな種族だった気がする。


「ヴァンパイアは寿命がエルフに匹敵、あるいは上回る分世代交代や意識の改革がほとんどありません。故に、その行動には傲慢さという名の油断が残っています」


「なるほど。しかし、相手の油断だけを頼りにするのは……」


 本音を言えば、自分は今回の事件がヴァンパイアの犯行ではないと思っている。


 それほどに奴らの目撃例はここ十数年間少ないのだ。教会戦士達の奮闘により、大半が『浄化』されたと聞く。


 人間の人攫い集団の可能性もあるのだ。吸血鬼特有の慢心など期待できない。


「二つ目の理由として、そもそもヴァンパイア共は活動時間だけでなく範囲もかなり限られるのです」


「……日光ですか?」


「ええ」


 深く頷き、陽光を背負った十字架を大事そうに握るウォルター神父。


 この世界の吸血鬼の弱点は三つ。


『太陽光』『銀の武器』『白魔法』


 白木の杭とかはないのかと思ったが、今は無視。基本的には吸血鬼を殺すには日の光か白魔法で灰にするか、銀の武器を心臓に突き立てるのみだと言う。


「ヴァンパイア共は高い身体能力と魔力。そして黒魔法で様々な事ができますが、長距離を移動するには日光が壁となります。我らが女神の加護は、いつも世界を照らしてくださっている……」


 感慨深げに窓の外を見て、太陽に祈る様な仕草をするウォルター神父。


「ちなみに、白魔法は太陽光を再現する呪文もあるからヴァンパイアを始めアンデッドには有効なんだよ」


「なるほど」


 アリサさんの補足に頷く。


 そう言えばスキルツリーにそんな感じのが……あったわ。それも下位の呪文で。


 これを機に白魔法を覚えるのもわるくないかもしれない。幸い経験値はリリーシャ様の依頼で山ほどある。


 なんせ白魔法と黒魔法は───。


「そういうわけで、奴らがすぐに大きく移動する事は考えにくいのです。また、短期間でこれだけの被害。一体だけではなく複数のヴァンパイアが関わっている可能性があるのです」


 祈りを終えたウォルター神父の声に思考を中断し、現在の仕事へと意識を集中する。


「そうでしたか。素人が余計な事を言ってしまい申し訳ありません」


「いいえ。むしろ疑問に思った事はどんどんおっしゃってください。通常の神父と違い相談に乗る事は少ないですが、私も聖職者の端くれ。何より共に世界を守る為動く者として、遠慮などはいりません」


「そ、そうですか」


 彼の目は冗談やあえての誇張ではなく、本気で言っている様にしか見えない。


 世界を守るという発言。どうにも教会の人達は『黒魔法』と『アンデッド』に関して凄まじい敵対心と同時に、それらを狩る事への強い義務感を持っている様に思える。その中心に、この考えがあるのだ。前に流し読みしたこの世界の聖書にも似た様な文言があった。


 それこそ、ウォルター神父の場合目の前に吸血鬼や黒魔法使いがいたら相討ち覚悟で突撃しそうな気迫まである。


「ですが……もしも今回の事件が人間の犯したものであった場合、私達教会の出る幕ではありません。あくまで我らが動くのは『黒魔法』と『アンデッド』関連のみ。その際には以降の捜査を保安官の方々にお任せする予定です。お二人にもその辺りの事をご承知いただきたい」


「ええ、わかっています」


「はーい」


 そのくせ、それ以外の存在に対しては理性的な様子だ。社会ルールをきちんと守る姿勢がある。


 どうにも前世で宗教と関りの薄い人生を送っていた身には馴染みづらい人だ。しかしアリサさんが特に気にした様子もないので、少なくとも教会戦士というのはこういう感じらしい。


 しかし、自分はただの雇われ。今後とも教会とは仲良くしたいが、彼らの人格や教義に口を出す気はない。むしろ『これぐらいの方が都合がいい』かもしれないぐらいだ。


 今回の調査で犯人が釣れたのなら高確率でヴァンパイア。釣れなければ人間。それぐらいの気持ちでいけばいい。後者なら後は保安官に任せれば良いだけ。前者なら……教会戦士のお手並み拝見といかせて頂こう。


 個人的に、彼らの戦力を少しでも知っておきたい。


「では、どうやってヴァンパイア共の根城を暴き、囚われている方々を救出。そして怨敵である怪物共を掃討する。その方法に移らせて頂きます」


 そう言って、ウォルター神父はこちらの方をじっと見つめてきた。


 はて、自分にいったい何をしろと?



*   *   *



「天使は、ここにいた……!」


「何言ってんですかお馬鹿様」


 サンダースにある教会の一室にて。


 僕(転生者)は神の存在に疑問を抱いていた。


「完璧です……予想以上だ……!」


 感動した様にこちらをキラキラと見つめる筋肉だるまに、自分はただ無表情で返すしかない。


 チラリと、傍にあった鏡に視線を向ける。


 セミロングだがそれでも必要以上に毛量の多いカツラを被り、女性物の衣服に身を包んだ自分がそこにいた。


 深窓の令嬢とまではいかずともある程度儲けている商人の娘といった感じか、上品な印象を受ける。……服装だけは。


 上は黒に近い灰色のゆったりとしたシャツで、胸元には大き目の白いリボン。手には白いフリルのついた黒の手袋が嵌められている。


 ハイウエストの白いスカートは膝下までふわりと広がっており、そこから伸びる足にはヒール付きのブーツ。腰の両サイドにはこれまた大きい白のリボンがつけられていた。


 耳にぶら下がる挟むタイプのイヤリングは縦に長く、少し動くだけで揺れて先端の宝石を煌めかせる。


 端的に言おう。女装である。身長百八十を超える自分が、商家のお嬢さんみたいな恰好をさせられていた。


「いやバレるでしょ」


「いいえ、絶対に男だなどと思われません!」


「地上に降りたエンジェル。奏でるメロディーふーわふっわ……」


「現実に戻ってくださいお馬鹿様」


 カツラの前髪のせいで微妙に視界が狭くなっているが、それでも彼女のアホ面はよくわかる。


「貴方の記事を見た時に思ったのです。まるで女装する為に産まれた様なお方だと……!」


「ふざけているのなら殴りますよ神父さん」


「冗談ではありません!シュミットさん、いいえ、ミーアさん!」


「勝手に名前を変えないでください」


「メイクもなしにただ詰め物と女性物の服を着ただけで大陸一の美女と言われても納得のいく容姿!そのうえ数々の賞金首を討ち取った武勇!これほどヴァンパイアを釣りだす囮役に相応しい方はおりません!!」


 まさか褒めているのか?それで??


 尊敬さえしている様にこちらを見つめるウォルター神父。駄目だ、やはり聖職者はわからん。


「仕事に必要だからと言われるまま着ましたが……そもそも何故教会にこんな物が?」


 胸の詰め物を軽く持ち上げる。


 見事な巨乳だが、当然偽乳である。どれだけ触れようがありがたみなどない。むしろ邪魔だ。


 肩幅を誤魔化すためとは言え、盛りすぎでは?


「それは女装が教会戦士の常套手段だからですね。一般の無力な方を囮にするわけにはいかない。しかしヴァンパイア共は女性の生き血を欲する。ならば我らが女性になればいい。百年以上続けられる伝統の手法です」


 そうなのか。


「私も二十年前はよくやっていたものです……」


 そうなのか……!?


 思わず、しみじみと頷くウォルター神父の全身を見る。


 二メートル越えの身長に神父服越しでもわかる筋肉の鎧。たしか今年で三十六歳らしいので、二十年前は十六歳。既に身長や骨格はかなりのものだったはず。


 その身体で、女装……?しかも趣味ならともかく仕事で……?


 騙される奴がいるのか?いくら何でもそんな女の人この世に───。


『ハッハァー!道連れだ小僧っ!!』


 ……ボニータがいるんだし、意外といるのか。


 嵐の海で戦った強敵を思い出し、一人で納得する。世界は広い。自分の狭い見識だけで物事を判断するのは早計が過ぎる。


 それはそれとしてこの人の女装姿は想像したくない。セクシャルな問題は複雑かつ繊細なのでご自由にと言いたいが、見たいか否かは別だ。


「はっ、私はなにを!?」


「やっと目覚めましたか」


「え、天使?」


「まだ寝言が出る様で」


 殴ったら起きるかな……。


「落ち着くんだ相棒。とりあえず剣を置こうか」


「安心して下さい。鞘で殴ります」


「どこに安心できる要素が!?」


 じりじりと後退する彼女に、小さくため息をつく。


「まったく……そもそもなんで僕が囮を」


「え?ミーアさんが囮をすると、アリサさんから提案があったのですが……ご存じないのですか?」


 そっと剣を抜こうとする自分。


 笑顔で重心を落とすアリサさん。


「よーし落ち着けあいぼぉう。まずは話し合おうじゃないか」


「そうですね、話し合いは大切です。何故先に話し合わなかったのですか?」


「だってその方が面白そうだったから!」


「首を出してください。それで手打ちにします」


「手打ちじゃなくって打ち首だよぅ!?」


 失礼な。ちゃんと皮一枚残す慈悲と腕ぐらいはある。


「もういっそアリサさんが囮になればいいのでは?」


「ごめん。私は眼の前に吸血鬼がいて静かにしていられる自信がない」


「でしょうね」


 ハイテンションで殴りかかる姿が見える見える。


 何故か頷いているウォルター神父。


「そうですね。私も囮をした時、何度目の前のヴァンパイアを滅するのを我慢したか……やはり信仰。信仰とは拳」


 違う、そうじゃない。


「まったく……わかりました。これも仕事だと言うのなら仕方がありません」


 そもそも、これを着る段階で理解はしているのだ。納得していないだけで。


 提示された報酬は一人百セル。悪くない金額だ。賞金やリリーシャ様の護衛依頼で金銭感覚が狂いそうになっているが、十分に大金である。


 何よりこれは貴重な『機会』だ。教会戦士の事をもっと知っておきたい。


 女装して人攫いへの囮になるぐらいはやってやるとも。


「ああ、ミーアさん」


「その偽名はいったい……?」


「シュミット君の名前から語感で私が決めておいたよ」


「そうですか。心の底からどうでもよかったです」


「相棒が冷たい」


 当たり前だお馬鹿様。


 そんなやり取りをよそに、ウォルター神父が左手で鞘に納められたナイフを差し出してきた。


「これは?」


「剣を持ち歩くわけにもいかないでしょうし、護身用に。これならば街娘が持っていてもそこまで不審ではありません」


 受け取り、少しだけ抜いてみる。


 柄も鞘も碌に装飾のないシンプルなものだが、刃だけは違っていた。


「銀のナイフ、ですか」


「犯人がヴァンパイアだった場合に備え、念のため。ですが戦闘は極力控え、ご自分の命を守る事を優先してください」


「了解しました」


「隠し場所は太ももあたりが良いかと」


「……了解しました」


 ベルトも差し出してきた神父さんから、一瞬ためらったものの受け取る。


 スカートの下は何が悲しいのかガーターベルト付きのニーソックスを履かされていた。ナイフを抜く時はそれを晒す事になると……うん、最後の手段だな。


「すごく、エッチだと思う」


「本気で殴りますよお馬鹿様」


 何頬を赤らめてるんだこの人。むしろ貴女がガーターベルトをつけろ。絶対に似合うから。


 ……いけない。夜のギルドに行けなかったせいで思考がピンクよりになっている。


 平常心だ。どうせこんな女装に引っかかる間抜けなどいない。数日間我慢して、『効果がなかったですね』でこの服ともおさらばである。


 世間知らずな神父さんとお馬鹿様に代わって、他の作戦でも考えながら囮をやるとしよう。


 この様な格好で夜とは言え街を歩くのは不本意だが、仕方がない。笑い物になってくるとしよう。



*  *   *



 そして現在。ガタゴトと揺れる馬車の荷台で遠い目をする。


 釣れちゃったよ……。


 夜の街を歩きだして一時間。たったそれだけでヴァンパイアは引っかかった。貴様ら夜目が効かないのか?


 羽交い絞めにされ下水道に連れ込まれたかと思えば、そこを通って街の外に。人外の膂力を持っているらしく、不自然に破壊された壁もあってあっさりと出られてしまった。


 そして何故かやたら尻を撫でられたわけだが……いつまでも黄昏ているわけにもいかない。


 この場にいる女性達を助ける為にも、何より仕事を完遂する為にも役目を果たさなければ。


 袖の下から出した小瓶。それを念のため周囲に見えない様に片手で蓋を開け、少しだけ中の粉末を宙に振るう。


 地面に落ちる事なく漂うそれらは、幌の隙間から馬車の後ろへと流れていった。


 ウォルター神父が用意した吸血鬼には気づかれず追う為の目印。奴らの根城までこれを巻くのが自分の役目である。


 ただし、彼にはちゃんと『己の命を最優先とさせてもらう』と事前に言った。それを了承してもらっているのだし、到着前に女装が気づかれた場合。あるいは到着して危険な状態に陥った場合は脱出を最優先でやらせてもらう。


 ……ただ、まあ。


 内心でため息をつき、脳内のスキルツリーを眺める。


 教会と、いいや教会戦士と接点を持つのは悪くない。むしろ、必要かもしれない。



 なんせ───黒魔法と『龍』に関する項目が、やけに近いのだから。



 ドラゴンと黒魔法は無関係ではない。それが、チートによって示されていた。




読んで頂きありがとうございます。

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[良い点] 呪いって明らかに黒魔法ですもんね。 というより別ツリーということは上位互換か黒魔法の元とかかな。 [一言] 黒魔法が竜の技術から生まれたとしたら白魔法はどこから生まれたんかなあ。 ベクトル…
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