第四十六話 轟く砲声
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第四十六話 轟く砲声
「死ぃねええええええ!!」
レイヤルの下。怪物の体から突き出た銃口砲口全てが『うぞり』と肉を蠢かせてこちらに向けられる。
それらが火を噴くよりも先に、全力で駆けだした。
『■■■■■■───ッ!!』
背後を通り過ぎる暴虐の嵐。生木は一瞬で蜂の巣となって散り散りとなり、大地はめくれ上がって土砂を降らせた。
鼓膜が裂けんばかりの轟音を背に、ひたすらに足を動かす。
木々の隙間を縫うように走るその足を、一切減速させない。半瞬躊躇えばその瞬間死神はこの首に鎌をかける事だろう。
事前に得られていた知識とそこからくる予測は少ない。
『足跡が非常に大きく、一見して生物のそれとは思えない』
『被害があった場所では死体すら残っていない。守備隊も同様』
───『超重量かつ巨体の存在。その体を支える食事量と大口』
『八日間、官民問わず怪物の姿の目撃例はなし』
『大きな爆発があったのか地面の土が広範囲でめくれていた。ただし、どこも比較的柔らかい地面ばかり』
───『地下を移動していると推測』
『遭遇した村人、及び守備隊に生存者なし』
『村人も抵抗したのか、銃撃の痕が崩れた家屋にあり』
───『村人や軍人だけでなく怪物も武装している可能性あり』
たったこれだけ。少なすぎて笑えてくるが、結果だけ見れば街に留まらなくてよかった。
王都の様な重要な土地でもなければ地面にコンクリートの巨大な土台を街規模で作りはしない。ニール子爵の街では、奴の侵入を防げずに奇襲を受けていただろう。
もっとも、ここで死ねばそれと同じ結末となるわけだが。
「くっ……!」
「ひゃひゃひゃ!!踊れ!逃げろ!私に媚びろ、駄犬んんんん!!」
降り注ぐ砕けた木々や割れた石の破片が背を襲う。拳大の石が左肩を直撃した直後、すぐ後ろで砲撃が着弾して衝撃波が叩きつけられた。
眼の前に迫る太い木の幹。それに対し空中で両足を向け、ぶつかる瞬間に蹴りつける。
そのまま三角飛びの要領で木から木へと跳び、左手で頑丈そうな枝を掴んで方向転換。右手以外の四肢をフルに使って減速どころか先の衝撃波も利用して加速していく。
「なんだぁ、それは!まるで猿だなぁ!!」
空中で体を縦に反転。ピックを投擲する。
レイヤルの骨の体と怪物をつなぐ触手に刺さるも、効いた様子はない。血は僅かに流れたが、それだけだ。
反撃としてライフル弾が複数飛んでくる。銃口を見て回避など言っていられない。ひたすらに遮蔽物と足で被弾を避けた。
こうも動きながらでは詠唱もやり辛いが……やるしかない。
脳内で『魔力制御』の熟練度に経験値を割り振り、強化。まるで血管が一人手に動いた様な不快感を覚えながら口を動かす。
「『アクセル』『プロテクション』『チャージ』……!」
更に加速。木の皮を蹴り砕き、地面に深い足跡をつけて雑木林を疾走する。
「な、お、おらん!どこだ!!」
狼狽した様子で何もない眼窩を体ごと動かし周囲を探るレイヤル。下の怪物も血まみれの口で謎の唸り声を上げている。
まずい。『見失われては困る』。
そう思いピックでも投げようとした、その時だった。
「ではぁ……そろそろ『猟犬』を放つとしようか」
骨の口が、歪に嗤った。
『■■■■■■───……!』
怪物のでっぷりと膨らんだ腹。それが、縦に開いていく。
花弁でも開く様に体毛の下の青紫色をした肉が動き、そこを通って別の異形が姿を現した。
『グルルル……』
狼と人を混ぜた様な魔物。ライカンスロープ。
赤い瞳をギラギラとさせながら、纏わりついた体液を振り払わんと全身を震わせながら遠吠えをあげた。
『ゥォォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』
それは、一つだけではない。
次々と怪物の腹から排出されるライカンスロープ。その数、七体。
それらの咆哮が重なり、そして十四つの瞳がこちらを向いた。
「これは……!」
この展開も、予想外だな!
回れ右をしてまた走り出せば、ライカン共も追いかけてくる。そして、『猟犬』達の動きに飼い主も自分の位置に気づいた。
「そこかぁ!!」
発せられる幾つもの銃声。それらが当たらない事を祈りながら、振り返りもせず走った。
ひたすらに木々を盾とする位置取りをし、味覚以外の五感を全力で稼働させる。
狩人としての技能が俯瞰する様に怪物とライカン共の位置を頭の中に浮かび上がらせ、それに従い剣を振るった。
『ブォ!?』
「一つ!」
木の陰から待ち構える様に襲いかかってきた個体の首を刎ね、吠える。
更に左手側の茂みから飛び出したライカンの頭を踏みつけ、跳躍。追いかけてきた別の個体の右腕を斬り飛ばし返す刀で袈裟懸けに両断した。
『ギャッィ!!』
「二つ!」
かつて戦った時とは違う。魔法による身体能力の強化に、何より武装の性能。
地形を利用して囲まれさえしなければ!
「貴様ぁ!!」
木々の密度の少ない場所に出ると同時に、振り返って剣を斜めに構え正中線を庇った。
間髪入れずに襲い来る銃撃。およそ十の弾丸のうち八つが外れ、一発が剣腹を滑っていき一発が左腿をかすめる。
衝撃と、腿に焼ける様な痛み。視覚で確認する必要もなく皮が千切れ肉が裂けたのだと理解する。
だが、この程度ではまだ止まらない。
「殺す!殺す殺す殺す!」
「吠えるだけか、一代貴族!」
「ころぉす!!」
顔の皮膚などないのに、レイヤルが激情に身をゆだねているのがわかる。
怪物と成り果てて理性のタカが緩んだか。随分と安い挑発にのってくれる。
銃撃の衝撃で後退する自分の左右にライカンが一体ずつ追いすがり、同時に剛腕を振るってきた。
鉈の様に鋭く分厚い爪。その一撃は人間の首の骨を折るのに十分すぎる破壊力を持つ。
故に、まともに受けてやる気など無い。背を地面につけるつもりで仰け反りながら、体を横回転。一刀で腕二本を切り落とす。
ライカン共の悲鳴を背に、左手を地面について前転して足先が地につくなりまた駆けた。
同時に左手を動かしノールックでピックを後方に投擲。振り返る暇はないが、隻腕にしたライカンの片方に直撃し赤い華を咲かせた事を聴覚が伝えてくる。
「はぁ……はぁ……!みぃっつ!」
これは、思った以上に疲れる。
砲煙弾雨とでも言えばいいのか。いいや、撃っているのは片方だけなので、やや違うかもしれない。
意味のない罵声をまき散らしながら、十分な殺意を吐き出す銃口と砲口。骨の口と交換してくれればどれだけ楽になるか。
すぐ隣の木はガトリングガンで薙ぎ払われ、斜め後ろには砲弾が着弾しこの身を吹き飛ばさんとする。
あげくの果てにはライカンどもはその凶暴さでもって、死の雨の中を無防備に跳び込んでくる。
まったくもって、これは報酬によほどの色を付けてもらわねば割に合わない。己の命が安い事は承知の上だが、自分にとっては替えのない最重要な一品ものなのだから。
弾丸が周囲を抉り、マズルフラッシュが月光以上に照らす中。木の上から跳びかかってきたライカンの右腕を叩き切りそのまま心臓を貫いた。
刀身をぐるりと捻りながら、その個体の体を背負う様に体を反転。同時に左手でナイフを引き抜く。
そして別の木の陰から飛び出した隻腕の個体の爪を受け止めた。
ギシリとナイフが軋みをあげる。残念ながらこれはドワーフ製ではない。打ち合わずに刀身を滑らせる。
強化された身体能力で胸を貫いたライカンを背負ったまま、走りながら戦闘を続行。弾避けに使う。
正面の個体とは互いに片手で打ち合いながら、ひたすらに押し込んだ。奴の爪が脇腹をかすめるも、傷ついたのはボディアーマーのみ。お返しに蹴りを腹に入れてやる。
『ギャッ!』
『ゴ、ボォォ……』
短い悲鳴に紛れて、背後からうめき声。背負っていた個体が爪をこちらの顔に突き立てようとするのをナイフで弾く。
それを好機と見たか正面にライカンが重心を低くしタックルを仕掛けてきた。だが、遅い。
足を畳む様に跳躍。そして下に来たそいつの頭を踏みつけて跳び、飛んできた砲弾で肉片に変わるのを見下ろす。
ついでに背負っていた個体の剣を抜きながら、太い首を蹴り砕いて更に距離を稼ぐ。
枝葉の中に跳び込んで、地面をゴロゴロと転がりながら着地。一切止まる事なく足を動かした。
「っ……四、五……!」
肺が痛い。四肢の関節も異音を発している。
だが立ち止まれない。今すぐの休憩を求める肉体の悲鳴を無視し、理性と本能が合わさってこの身の更なる酷使を命じた。
少し前の木が砲弾で弾き飛び、その爆炎と木片の中を両の腕を交差させて突っ込む。
そして、視界が晴れた先に木々はない。遮蔽物の碌にない、平原が広がる。
「これが狩りというものだよ、駄ぁ犬んん……!」
木々をなぎ倒して追いかけてくるレイヤルが髑髏の顔で嗤ったのを感じ取る。
「この身を隠す物のない場所でぇ、逃げられると思うなぁ!」
「すぅ……」
───ピィィィィィィ……!
左手で指笛を作り、全力で吹く。
硝煙と黒煙にまみれた雑木林の端まで響いたその音に、答えてくれる嘶きが一つ。
「ヒヒィィィィィィン!!」
馬車から外しておいた馬の片方が、林を抜けて並走してきた。
本当に賢い子だ……!
走りながらその背に飛び乗り、手綱を握って操作する。そうすれば、先ほどまで進んでいたルートに鉛の雨が降り注いだ。
「ちぃ!鬱陶しい!いい加減己が運命を受け入れろ、野良犬がぁ!」
「よく吠えるな、痩せ犬」
「きさっ……!」
どうやらこっちの世界でも通じる表現だったらしい。
でっぷりとした怪物の体を引きずり、骨の身を晒すレイヤルがわなわなと両手を震わせる。
「こ、の……どこまでも減らず口を!」
更に激しさを増した銃撃。だが、元々大した狙いをつけられていないそれらは激情により明後日の方向に大半が飛んでいく。
それでも狙いは付けさせない様に馬を走らせれば、四つ足の状態で追いすがる影が二つ。
残り二体のライカン。どちらも人の頭など容易く噛み砕ける大口の隙間から涎をダラダラと流し、爛々と輝く瞳でこちらを見ていた。
『ブオ゛オ゛ッ!』
『ガァァッ!!』
左右から襲ってくる爪と牙に、背後から迫る銃火。
それら全てを、駆ける駿馬は避けてみせた。
「はぁ!」
『ブルル……!』
汽車の一件でとった技能が、手足の延長の様に馬を操る。
己の足よりも速く、そして大きな体。それがこの身の一部となった様な感覚は全能感に似たものさえ与えてくる。
なるほど、レイヤルの当主がああも狂うのもわかるというもの。もっとも、奴の場合はそれ以外にも『何か』されている可能性があるが。
雑木林と違い踏み慣らされた土と脛程度の草花しかないここは、これ以上ない程に馬の走りやすい環境だ。鈍重なモグラ擬きやライカンスロープでは追いつけない。
それでも、この戦いを『狩り』だと言うだけあってライカンの攻撃を避けた所をレイヤルも狙って撃ってくる。
弾丸が馬と自分をかすめ、至近弾の衝撃と石礫が降り注ぐ。瞬く間に、自分達の身に幾つもの傷が出来上がっていった。
時折背後を振り返り、ピックを投擲してライカンの鼻先をかすめさせ牽制。続けて向けられた砲口から逃れるため手綱を引く。
「ひぃひゃひゃひゃひゃひゃ!!減らず口もなくなってきたなぁ、駄犬んん!ようやく己の立場がわかったらしい」
「ふぅ……ふぅ……骨の癖に良く回る舌だな、三下……!」
「ヒヒヒ、そういうお前の舌は随分と動きが鈍い。どれ、血で口の中を溢れさせれば回りも良くなるかな?」
自分達を狙って放たれた砲撃。それを回避させようと馬を跳ねさせれば、横からライカンが飛びかかってきた。
瞬時にその首を刎ねるも、勢いは止まらない。こちらの体に首から下が衝突し、落馬させる。
「ぐぅ……!」
首の分を抜いても二百キロを超える巨体に押されながらの落下に、咄嗟に後頭部を守るも背中に鈍い痛みが走った。うめき声をあげただけで肺が引きつる様な感覚さえする。
のしかかった死体をどかそうとして、向けられた銃口に対し咄嗟に盾に。毛皮と分厚い筋肉に覆われたライカンの体越しに強い衝撃を受ける。
最後の一体が、そんな動けない自分に向かってきていた。近づかせまいとピックを投擲するも、腕を盾にされて防がれた。骨まで刺さったものの急所まで届いていない。
だが、衝撃で一瞬怯んだライカンの頭が横から蹴り砕かれた。
『ヒヒン……!』
……名馬だな。本当に。
だが彼の奮戦もここまで。賢い子だけあって、何度もこちらを振り返りつつも怪物の脅威から逃れるため走って逃げて行ってしまった。
それでいい。今の一撃だけで十分すぎる援護だ。
なにより。
「随分と手こずらせてくれたな、駄犬」
一歩踏み出すごとに地面が小さく揺れ、巨体を引きずる音が重く響く怪物。それが、ほんの十数メートル先にまで来ている。
ゆらゆらと揺れながら骨の体を月光に照らさせ、レイヤルはカタカタと歯を鳴らした。声の抑揚的にも笑っているのだろう。
今気が付いたが、怪物の首と思しき部分には錨にでも使いそうな鎖が巻かれていた。と言っても、先端は千切れてなくなっているが。
のしかかっているライカンの体を押しのけ、流れ出た血を踏みつけて立ち上がる。
「今度は外さん。この距離で全火力を投入すればいかにすばしっこい貴様でも避けようがあるまい」
ずらりと並んだ銃口砲口その数五十以上。
正直言って、こいつがまともな腕を持っていたらこの程度の傷では済んでいなかっただろう。まあ、それでも十分に全身痛いのだが。
右手で剣を正面に構え、呼吸を整える。
「なんだぁ?まだ戦う気なのか。よかろう、その精神力に免じて今命乞いをするのなら命だけは助けてやる。ちょうど猟犬は全て貴様に殺されてしまったのでな」
レイヤルがこちらに右手の人差し指を向ける。
それを睨みつけながら、己の背に庇う様にして左手を回した。
奴から、見えない様に。
「服を脱ぎ、剣を捨て首を垂れろ。その口で宣言するのだ。『私はレイヤル伯爵の犬でございます』とな」
相も変わらず、あの口は意味のない事だけを垂れ流す。
何か情報が手に入るかとも思って耳を傾ければ、出てきたのはこれか。だがまあ、こいつの精神状態がわかるのも事実。
魔力を左手の指先に回し、魔法を行使する。
詠唱すらも必要としない、簡単な魔法。基礎中の基礎であり、全ての魔法使いが使えると言っても過言ではないそれ。
指先に、ライター程度の火をつけるだけの生活魔法。
「さあ、どうした?それとも人間様の言葉はわからんかぁ?」
「一つ、お尋ねしたいのですが」
「はっ!貴様程度が質問だとぉ?つまらん冗談だな駄犬!そんな権利が、矮小な身でしかない貴様にあるとでも!?」
浴びせられる罵声。言い方は随分と上品だが、似た様な事を開拓村で散々言われてきた。
やはり、こいつを飼い主にしようなどとは欠片も思えん。もっとも、『人間』に戻った身としてはそもそも犬になるつもりもないが。
「貴方……王都で働いている時からそんな馬鹿だったんですか?」
「……どうやら、よほど死にたいらしいなぁ」
「だって、そうでしょう?」
ジジジジと音をたてて『導火線を火が伝っていくダイナマイト』を、レイヤル目掛けて投擲した。
「そもそも、誰を狙ってここに来たんですか?」
「っ───!?」
右手で頭を庇いながら後ろに飛び退く。直後、爆音。
あらかじめアリサさんに弄ってもらっていた事もあり、黄色の煙が舞うばかりで威力自体は低い。
「小賢しい、この程度の目くらましで!!」
なんだ、その見た目で視覚だよりだったのか。
鼻や耳を潰すつもりで初手に爆弾を食わせたが、まさかそんなものでこちらを追っていたとは。
どうやってその身体を手に入れたのかは知らないが、随分と見掛け倒しな事である。
周囲に弾幕を張るレイヤル。更には怪物の腕の様な前足を振るって煙をどかした。
それらを地面に伏せる事で回避し、更に後退。距離をとる。
平地でばら撒いた煙など簡単に振り払われ、むしろ硝煙の方が厚いのではないかと言うほどになった。
「……くだらん。こんな小細工で私を───」
砲弾が地面に着弾し、奴の声をかき消した。
「は?」
レイヤルが撃った物ではない。
今の合図を受け、月光とマズルフラッシュで散々に己の姿を月夜に晒している怪物を狙って放たれた砲撃だ。
「標的を忘れた段階で貴様はただの獣だ、間抜け」
何より。僕の相棒が、いったい誰だと思っている。
無駄に顔とスタイルのいい、ネジが十本ほど外れたお馬鹿様だぞ?
読んで頂きありがとうございます。
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