第四話 初依頼
第四話 初依頼
『依頼内容』
イチイバルから北東にある村で『森コボルト』の被害が出ている。最低七体はいるので、駆除をお願いしたい。
報酬:一人につき三セル。ただし三人まで。
* * *
「なるほど。あの街の名前は『イチイバル』というのですね」
「そ。イチイバル家が治めている街だからね」
依頼をしてきた村に向かうため、自分達は森の中にある街道を進んでいた。
アリサさん曰くその村に向かう『駅馬車』は一週間後らしいので、片道徒歩二日ほどだから歩いて向かう事に。
その道中で、自分はひたすらアリサさんに質問攻めをしていた。
「イチイバル家と言うのは?」
「イチイバル男爵の家だね。この国、『ゲイロンド王国』では自分の領地を持っているのは伯爵以上。そして、子爵から騎士爵は伯爵以上の貴族から各街や村々の管理を頼まれているんだよ。まあ、法衣貴族とかで土地の管理以外の仕事をしている貴族もいるけどねー」
「そうなんですか……」
貴族制がある事は村にいた頃も知っていたが、そこまで詳しくはなかったので彼女の話はかなり助かる。
「では、お金の種類についてお聞きしても?」
「いいともー。うちの国では高い順に十セル、五セル、一セル。ここまでが紙幣ね?そんで貨幣が五百『ドルト』、百ドルト、五十ドルト、十ドルト、五ドルト、一ドルト。合計に八種類になるよ。外国はまた違うけどね」
……似ている。
セルを千円に、ドルトを円に変えると日本円のそれにそっくりだ。
やはり十進法が使われているからだろうか?自分としては分かり易いからありがたいが……。
「あ、そうだ。ちなみにだけど、どうしてお金の単位が『セル』と『ドルト』なのかは知ってる?」
「いえ、まったく」
「それはねー。二百年前にあった『ローレシア帝国』との戦争で大活躍した『セルエルセス・フォン・ゲイロンド』陛下と、その次の王様である『ドルトレス・フォン・ゲイロンド』陛下の名前からとっているからなんだよー」
「へー」
人名からだったのか。
「もしや、紙幣やコインに書かれたる人物が?」
「そーそー」
紙幣には『トランプの王様』といった男性の絵が、コインの裏には鷲鼻の神経質そうな男性の絵が描かれていたのを思い出す。
偉人か何かかと思っていたが、昔の王様だったのか。
「セルエルセス陛下は凄く強かったらしいよ。たった一人で一万の軍勢を薙ぎ払ったとか、腕の一振りで地割れが起きたとか」
「それは、また……」
随分と誇張したもので、と言いそうになったのを堪える。平民が故人とは言え王様の悪口を言うのは危ない。
前世でも昔の偉い人が『たった一騎で千人の敵を~』とかあったので、その類だろう。
いくらこの世界がファンタジーで、自分もチート転生者だとは言え。流石にそんな事ができるとは思えない。
……いや、どうだろう。前世から言ったら転生の段階で不可能。その辺は一端保留にするか。
「んで、ドルトレス陛下は戦後の疲弊した経済を立て直した王様で、先王が始めた奴隷制度の廃止を完遂した人でもあるの。二代続けて国を護った英雄という事で、今でも大人気な王様達なのさ」
「そういう事でしたか。……もしや、昨日軍曹が言っていた北の方での戦争。それはローレシア帝国が関係しているのですか?」
「そうだよー」
あっさりとアリサさんが頷く。
「二百年前の大戦後もあの国は残っていてね。本格的な攻勢はないけど、国境線沿いの貴族同士でずっと争っているのさ」
「なるほど。軍曹はそこにいたのですね」
戦争と言っても小競り合いクラスのものだったか。どうりで街の空気が戦中とは思えなかったわけだ。
次の質問をしようとした時、気になった物があったので森の方を見る。
「すみません、少しだけ失礼します」
「ん?どったん。お花摘み?」
「いえ。山菜摘みです」
「ひょ?」
木々の隙間を通り、先ほど視えた山菜を根だけ残して上だけナイフで刈り取る。うん、食べ頃だな。
そうして道に戻ってきた後、しまったと眉をしかめる。
「すみません。もしかして森で山菜を勝手に採るのは違法だったりしますか?」
「うんにゃ。村周辺ならともかく、街道の端にある森や山なら別に。けど、よく気づけたね」
「一応、周囲には注意していましたので」
開拓村時代の癖の様なものだ。
自分は時折、村の近くにある山への狩りに『勢子』として大人達に同行していた。
そこで他の次男坊や三男坊と一緒に鹿や猪を追い立てる役をしていたのだが、その際にこっそり山菜の類を集めていたのである。
次男三男なんて、生きるか死ぬかギリギリの食事しか与えられない。皆寝静まった夜中か、そう言う時でしか食料の確保ができないのだ。
それだけでなく、追い立てている獲物以外にも注意を払わないと横合いから出て来たクマや猪に殺されるからという理由もあるが。実際それで死んだ人もいるし、僕も背後から狼に狙われた事がある。
「ほへー。これが採れたての山菜かぁ」
物珍しそうにこちらの手にある物を眺めるアリサさん。
まさか、店売りの物しか見た事がないのか?これがシティガール……。凄まじいカルチャーギャップを感じる。
「後で野営する際に食べましょう。これは湯がけばそのまま食べられる物なので」
「おー。ならその辺は頼んでいい?私、野営の時は買っておいたパンと干し肉と缶詰だけで済ませるタイプだから」
「……体壊しますよ、それ」
「街にいる間はちゃんと考えて食べているからだいじょーブイ!」
ドヤ顔でブイサインをするアリサさん。
だが、冒険者なんて職業を考えたら彼女でも栄養バランスに気を遣っている方なのかもしれない。体が資本の職業だが、そもそもビタミンがどうのという知識がこの世界にどれだけ浸透しているのかがわからない。
うちの村だと神父さんが病気の村人相手に『瀉血』を大真面目にやっていた。
瀉血とは、体内にある不要な物や毒を血と共に排出させる治療法である。こう、刃物で血管をズバッと。前世でも昔はやられていたとか。
その治療法が有効な場合も存在するが、彼は『とりあえず瀉血』とばかりにやっていたのを覚えている。
都会だとどうなのだろうか。自分がいた村の文明との隔離具合を考えるとどうなっているのかわからない。
「……瀉血って知ってます?」
「え?教会の黒歴史のこと?」
どうやら都会では時代遅れらしい。
* * *
「そろそろ休憩しますか」
微かに川の音が聞こえてきたし、太陽の高さを確認してそう問いかける。
「んー、そうだねー」
アリサさんが懐中時計を取り出し時間を確認しながら答えた。
……時計の見た目は前世と同じ。十二進数で刻まれている。ライラさんから聞いたギルドの受付時間や街中で鳴る時報の鐘で察してはいたが、こちらでもそうなのか。
やはり、少し妙である。あまりにも前世と似た部分があり過ぎるのだ。人類が生息している世界なのだから似るのは当たり前と言われればそれまでだが。
……まさか、な。
「枯れ枝を集めてもらえますか?僕はそれ以外の準備を」
「オッケー。場所はどの辺にする?」
「……あの樹の根元とかどうでしょう。火を使っても煙が上の葉っぱで散らされるかと」
「ほうほう。詳しいねシュミット君」
「開拓村から街までの道のりで慣れました」
村を出て二週間は街道近くの森を転々とし、自然の恵みにあやかっていたのだ。慣れもする。
道中の村々に寄ろうものなら野盗扱いで攻撃されるのが目に見えていた。狩った獲物を代価に駅馬車?とやらに乗る事ができたのは幸運だったと言える。狼に襲われたが、そこはしょうがない。
そんなこんなで樹の根元に穴を掘ったり簡単ながら料理ができそうな環境を整えていく。
……鉈と片手用スコップがこうも便利に感じる事になろうとは。前世では考えられなかったな。
「集めてきたよー」
「ありがとうございます。こちらも準備はできています」
後は火を待つだけとなったので、穴に薪用の枝を組んでいく。さて、では街で購入したマッチを。
「ほいっと」
「……え?」
マッチ箱を取り出した所で、アリサさんが指先につけた火であっさりと枝に火をつけてしまった。
……え?
「ま、魔法?」
「そうだけど、そんな驚く?」
愕然としていたら逆に驚かれた。
まさか、こんな所で魔法を目にする事になろうとは。驚きを隠せないままアリサさんに問いかける。
「アリサさん、魔法が使えたんですか?」
「……ああ。なるほど」
ポンと、彼女は得心が行ったとばかりに手を叩く。
「えっとね。貴族とかその血が入っている大きな商人や教会の人は魔法が使えるんだよ。発動用の道具はいるけど」
そう言って、彼女は右手の人差し指につけたリングを見せてきた。
「これが『魔導器』。昔は杖が主流だったけど、今は指輪や腕輪、ペンダントがメジャーかな?」
「そう、なんですか」
「うん。私が大きな商家の出だって言っていないっけ?」
言われた気がする。いや、貴女は商人どころか絶対に貴族の出だろうとは思うけども。
それより、魔法を視たのは初めてだ。どうせならもっと劇的な場面で目にしたい感情もあるが、それ以上に興奮で何度もアリサさんの指と焚火で視線を行き来させる。
「こう言ったら失礼かもしれないけど、反応が面白いねぇシュミット君」
「はっ!失礼しました」
見過ぎたか。慌てて軽く頭をさげ、調理の準備に取り掛かる。
「……ちなみにですが、火だけでなく水も出せますか?」
「出せるよ。けど私、大量の魔力を一度に使えないんだよねぇ。魔法がへたっぴだから。出せるのは一回で一リットルぐらい」
「十分すぎますよ……」
凄いな、魔法。
* * *
それから移動を再開し、夜に。
思ったよりいいペースで進めているらしく、予定より早く目的の村に到着しそうだ。
それが、疑問でもあった。
アリサさんは胸と尻と太もも以外華奢な体つきをしている。とても自分と同じように背嚢を背負い、多少踏み慣らされているとは言え地面の道を碌に汗も掻かずにひょいひょいと進めるだろうか。
やけに力が強い事もある。それも魔法なのだろうか。
「いやー、シュミット君料理上手だねー!」
「いえ。それほどでも」
そう答えるも、悪い気はしない。
前世そこまで料理をする方ではなかったのだが、今生では塩すら自由に使えない環境でいかに美味い物を食べるかと苦慮していた事もあり少しは料理技術が向上したと思う。
大きな木の根元で野営をし、樹の枝にロープの片側を巻いて切り落としたその辺の葉の付いた枝を立て掛ける事でテントもどきを作った。
葉っぱも多少集めたし、ブランケットを羽織れば温暖な気候だから凍え死ぬ事もあるまい。
穴の中の焚火を視ながら、アリサさんに質問する。
「……アリサさんは、質問ばかりする自分を怒らないのですか?」
「うん、なんで?」
「いえ。面倒にならないのかと」
思い出すのは、開拓村での生活。
どうにかして情報を得ようと大人達に質問しては殴られたものだ。
あの村では大人が答えられない事を問えば『馬鹿にしている』として棒で叩かれ、怒られない範囲を探って慎重に質問を重ねれば『そんな暇があるなら働け』と蹴り飛ばされる。
神父さんは比較的温厚な人だったが、三男が気軽に質問できる人ではない。少なくとも村の地位ではそうだった。
それが原因なせいかはわからないが、堰を切った様に彼女には質問をし続けている。いくら知らねばならない事が多いとは言え、流石に失礼だった。
申し訳なく思いながら彼女の顔を窺えば、そこには優し気な微笑みがあった。
「気にしなくていいよ。私も面白かったしね」
「面白い、ですか?」
「うん。私は人と話す事が好きでね。無言の空間ってどうにも苦手なんだ。それと、一人の時間も嫌い」
「そう、なんですか」
「そーなんです。だから今後一緒に活動していくなら、君の方こそ私の事を五月蠅いし面倒くさいって思うかもしれない。だけど、そこは可愛くて美人な相棒だからと笑顔で許してくれたまえ」
ニッコリと笑う彼女に、思わず苦笑する。
「わかりました。その時は面倒くさいという言葉を飲み込んで笑顔を浮かべます」
「ひどくなーい!?君それは酷くなーい!?」
この人、本当に愉快な人だな。
プリプリと分かり易く怒ってみせる彼女に、笑いがおさまらない。
色々と怪しい人だが、それはお互い様。それでも彼女の根っこは善性であると思う。
ああ、いけない。異性とこうも親しく話すのは前世も今生もないので、少し照れくさくなってきた。
「寝る順番を決めましょう。どちらがいいですか?」
「……私が天下一の美貌とスタイルと聖女のごとき優しさを持つ美少女だからって、煩悩が刺激されて襲ってきたりしない?」
「しませんよ。あと言い過ぎかと」
「なにをー?君が私の胸とか見ているの気づいているんだからなー?」
「!!??」
「おおう、分かり易いぐらい動揺するじゃん。これは安全だわ」
眼を泳がせながら冷や汗を流す。
………も、黙秘権を行使させて頂く。この世界にそんなものがあるかは知らないが。
* * *
日も完全に沈み、星空と周囲からは隠す様にしてある焚火の炎を光源として絵本を読む。
やはり一朝一夕で覚えられるものではなさそうだ。だが、少しずつでも積み重ねていこう。
チラリと、テントもどきの中でブランケットに包まれ眠っているアリサさんを見やる。
この人、ああ言っていたわりに無防備だな。僕に前世の知識がなければリビドーに任せて襲いかかっていたかもしれないのに。
信頼……は、流石にないだろう。会ってまだ二日目だ。
この人の事が本当にわからない。何を考えているのやら。
その時、枝を踏み折る音が聞こえた。
「………」
できるだけ音をたてない様にしながら本を置き、腰に提げた剣の感触を確かめる。
「起きてください、アリサさん」
「ん~?こうたい……?」
「いいえ」
寝ぼけ眼の彼女に、静かに告げる。
「敵襲です。準備を」
やはりこの世界は、随分と物騒なようだ。
読んで頂きありがとうございます。
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