第四十四話 二難去って
第四十四話 二難去って
七日間の航海がトラブルによって延びてしまったものの、九日目の早朝にティターン号は目的の港へと到着した。
嵐の中で受けた砲撃と捕鯨銛によって豪華客船は幽霊船じみた姿になっており、港にいた者達を大いに驚かせたらしい。着岸する前に船員が手旗信号で伝えた事でやってきていた保安官達が人混みをかき分けて進んでくる。
そうして海賊と繋がっていた罪で捕縛されていた例のビップを船員から受け取った彼らだったが、髪は抜け落ち虚ろな目で『あー……うー……』としか言えない彼の姿に頬を引き攣らせていた。
……うん。まあ、取り調べ頑張ってください。誓って必要以上に肉体的な暴行はしていませんから、普通の医者はいらないと思います。
自分達も船を降り、ようやく揺れない地面に立ててホッと胸を撫で下ろした。
「師匠!!」
「先生!!」
そうしていると、ドタドタと例の青年たちがこちらに走ってきた。
「師匠でも先生でもありませんが」
「シュミット先生。貴方のおかげで、俺達は皆無事に港に着けました。ありがとうございました!」
「いえいえ。こちらもあなた方には助けられましたから。お礼を言うのは僕もですよ」
勢いよく頭をさげる彼らに、自分も軽く腰を曲げる。
「そして、俺達この航海でわかりました……」
ぐっと、青年達が己の胸に手を当てる。
「ぶっちゃけ剣より銃の方が強いなって!」
「先生みたいな例外ならともかく!!」
「ピストル向けられた時超恐かったっス!!」
「それはそうでしょうね」
反論のしようもないしする気もない。
自分やソードマン。後は海上ならボニータの様な輩は並みの相手に銃を使われようが後れを取る事はないが、それは敵との間に実力差があるからの話。状況次第だが、伯仲した者同士ならリーチの長い方が勝つ。
普通に護身としての事を考えれば、剣術を必死に磨くよりピストルを買った方がいい。
「でも、これからも応援していますよ先生!」
「なんかあった時に依頼したいのは本当ですからね師匠!」
「貴族様の家と商談する時剣を扱えると受けがいいので、機会があったら御指南お願いします!」
「今は別の仕事中なので確約できませんが、ええ。いつかそのうち」
「「「おたっしゃでー!!!」」」
嵐の様に……いいや。それは言い過ぎか。
騒がしく去っていく青年達に軽く手を振って見送っていると、話しかける機会を伺っていたのかニック船長がひょっこりと顔を出す。
ただし帽子を取り、コートで制服を隠しながらだが。
「ど、どうもシュミットさん。今少しよろしいでしょうか」
「すみません、仕事中ですのであまり長くは……」
「ちょ、ちょっとでいいんです!」
必死の形相でこちらの肩を掴んでくる船長。いったいどうしたのか。
「その仕事が終わった後、すぐに私どもの会社に来てはいただけないでしょうか?」
「はい?」
「シュミットさん。いやシュミット先生にですね、うちの会社の専属冒険者になって頂きたいなーっと。も、もちろん報酬は相場以上の物を出せる様社長に掛け合いますので……」
ああ、なるほど。今回予算を削減のため素人同然の用心棒達を雇った結果、安全性に関して信用がガタ落ちしたから海賊を討ち取った奴を雇って今後は大丈夫だとアピールしたいと。
……いやもうそういう段階超えてないか?
「現在別の依頼を受けている最中ですので、他の案件について考える事はできません。申し訳ございませんが、新しい用心棒については他をお当たり下さい」
「そ、そうですか……」
煤けた背中で歩いて行くニック船長には悪いが、泥船に乗りたいとは思わん。
まあ……仮にも豪華客船の船長を任せられていた人だし、ここから路頭に迷う事はないだろう。裁判で会社に全責任を押し付けられたりしなければだが。
「いやぁ、モテモテだねぇシュミットせぇんせっ」
「揶揄わないでくださいよ……」
ニヤニヤと笑うアリサさんに肩をすくめ、三人で移動しながら表情を引き締める。
「それで。王都にはどうやって連絡しますか?」
「魔物が壊すから都市間の『電信』はないんだよねー。だから早馬を使う事になるかなー。一応汽車も王都行きがあるから、そっちにも手紙を託す予定ではあるけど」
「そうですか」
電信。自分は詳しくないのだが、王都やその周辺の大きな街の中には電信柱が幾つもたっていてケーブルを繋げているのだとか。
流石に電話はない様だが、『モールス信号』で政府機関等の重要な施設間で色々とやり取りをしているらしい。
なお、モールス信号という単語自体はアリサさん曰くドルトレス王が残したセルエルセス王の手記より解読した文章に書いてあった名前との事。
「……思ったのですが、地上が駄目ならケーブルを地下とかに通すのは?」
「前にそれを試した事があるけど、地中を行く魔物に千切られたらしくってね……」
「あー……」
モグラとは訳が違うのがこの世界の地下にはいるのだったな、そう言えば。
「一応コンクリートで覆った大規模な地下通路で電信用のケーブル通せないかって話はあるけどね。ま、今はそれよりも宿をとって王都に色々と伝える手紙を書かないとね」
「了解」
そんな会話をしながら歩いていると、妙に視線を感じる。
ざわざわとこちらを見て会話をしている人も多い。何だと思えば、ティターン号の乗客や船員が何人かいた。僅かに聞こえる声から、海賊との戦いについて話しているらしい。
何やらその話を聞いて走り出す者もいる。しょうがないとは言え、視線を集めすぎだ。
元々三人揃って目立つ外見ではある。美女に剣士にてるてる坊主だ。しかし、特に自分への視線が多すぎる。これではどこから敵が来るかわかりづらい。
いっそ、僕をまた囮にしてみるか?流石にまた変なのが釣れる事もないだろう。
「……どうやら注目を浴びている様です。僕だけでも一度離れて、宿で合流しますか?」
「そこまでしなくていいでしょ。もう裏切り者の正体はわかったんだから、堂々としていればいいのさ!」
「あ、じゃあフードとっていい?」
「それはやめて?」
カラカラと笑いながらリリーシャ様のフードを指先で押さえるアリサさん。
随分と気が抜けているが、無理もない。護衛として二週間以上行動しているのだ。神経がかなり擦り減っているのかもしれない。
アリサさんは普段の言動こそチャランポランのお馬鹿様だが、その瞳は自然体を保ったままキョロキョロと油断なく動いていたのをこれまでの道中見ている。護衛としての意識はこの旅路で十分に保たれていた。その分精神的な疲労は大きいはず。
だが、最後まで油断はしない方が良い。むしろ、ゴールが見えているからこそ更なる警戒が必要だと個人的には思っている。
理由は単純だ。狩人なら、相手が巣穴から出て来た所か入っていく瞬間を狙う。
狩りの仕方は他人によって様々だが、メジャーなやり方と言えるのがそれだ。暗殺の定石は知らないが、前世のテレビで見た『金で雇った浮浪者に荷物と偽った爆弾を持たせる』とか『通り魔に見せかけてチンピラに刺させる』以外だとそういった事が思いつく。
巣穴───王都に来るとわかっているのなら、その近くで何かしら仕掛けてくるはずだ。
「号外、号外だよ~!また村が一つ消えたよぉ!」
気を引き締めた直後、そんな物騒な言葉が聞こえてきた。
一瞬で表情を引き締めたアリサさんに目配せした後、新聞を配っている少年に近づく。
「すみません、一部ください」
「まいど~!って、うお。まさか『ソードマン・キラー』……!?」
「貰っていきますね」
こちらの顔を凝視してくる少年に代金を握らせて、新聞を一部引き抜いていく。
二人の所に戻り、道の端でリリーシャ様を守る様に立ちながら記事を開いた。
『謎の怪物が蹂躙。ツオール村の住民、全滅か』
白黒なのでわかりづらいが、倒壊した家屋や崩れた柵が散らばる村の写真が掲載されている。
更には、そこに映っている足跡。自分も見た事のない形のそれは、近くに転がるドアノブと比較して異様な大きさである事がわかった。
クマの数倍……いいや、十倍以上。前世動物園で見たゾウの足跡より大きいかもしれない。
だがそれ以上に気になるのは、村の住民が全員死亡したという記述だ。
どれだけ強大な獣とは言え、単独で村人全員を殺しきれるだろうか。いいや、そもそも『食事』が目的ならこのサイズでも全て襲って食おうとは思わないはず。群れならば別かもしれないが。
それでも。開拓村の様な辺境ならともかく、都会近くの村なら何人か馬に乗って別の村や街に逃げられそうなものだ。
このタイミングで、こんな不可解な事件。今回の仕事と無関係とは思えない。
「……嘘ぉん」
隣でアリサさんが顔を引き攣らせている。
「アリサちゃん、どうしたの?」
自分と同じように疑問符を浮かべるリリーシャ様に、彼女は新聞に指を向ける事で答えた。
アリサさんの指先にある文章。そこに書いている部分を読んで自分も眉をしかめた。
『ニール子爵より王都に続く街道の使用を一時停止するよう布告が出された。また、汽車の運行も見合わせが検討中。原因究明と謎の生物対策のため街の守備隊が───』
どうやら、早馬を送ってレイヤル家の裏切りについて王都に伝えるのは難しい様だ。
「巣穴への道を塞ぐタイプの狩人だったか……」
さてはて。どうしたものかな、これは。
とりあえず宿に向かい、アリサさんはこの街の長に会いに。そして自分はリリーシャ様と共に部屋で待機し、少しでも『謎の怪物』とやらについて知ろうと新聞を読み込む事にした。
……仕方のない事とは言え、ずっと後手に回っているな。
どうにも嫌な予感がする。
新聞にも書いているが、こんな事件王都の守備隊が黙っていない。既に討伐隊は動いているから解決はすぐだという街長の声明は出されていた。
待っていても王都に続く道は解放される。時間は今こちらの味方だ。ついでに言えば、かなり大回りになるが王都へのルートがないわけではない。事実、この街の住民の中でもそちらの道を使って王都へと向かっている者もいると書いてあった。
……色々と準備ができただろう相手の描いた盤面でありながら、だ。
「シュミット……」
不安そうなリリーシャ様に、笑みを浮かべる。
今生では意識して笑った事があんまりないので、もしかしたら少し不格好かもしれないけど。
「ご安心ください。必ず無事に王都までお送りいたします」
「うん……シュミットやアリサちゃんも、一緒だからね?」
「ええ」
無論、死ぬ気などない。護衛対象の為に命を捨てられるほどできた人間ではないのだ。
だがまあ……死なせたくないとは思っている。
これも『人間』に戻ってしまった弊害か。知人の命を見捨てるのもできなくなっているらしい。
「腹をくくるか……」
彼女に聞こえない程度の小声で呟いて、宿の一階で買い漁ったここ数日の記事を見比べていく。情報は力だ。知らない土地と相手では一行一文字の知識が黄金となる……かもしれないし、ならないかもしれない。その是非は、生き残った後にわかるはずだ。
───相手が巣穴へ続く道を塞いだのなら、やる事は決まっている。
狩人が次の行動に移るより早く、囲いを噛み砕くだけだ。
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