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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第二章 王都への道
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第四十一話 海上の決戦

第四十一話 海上の決戦




 接近する両艦。そのうち、前回と一見して違いがわかるのは二隻の損傷具合と海賊船の接近する方向だろう。


 前回は後方から緩やかなカーブで隣接してきたが、今回は斜め方向とは言え船首をティターン号に向けたまま。減速もせずに接近している。


「体当たりするつもりか」


 甲板に膝立ちになった状態でそれを見て、ぼそりと呟く。


 ラムアタックと言っただろうか。船首の形状は普通なので、海面より下の部分に衝角がついているのだろう。


 前回の襲撃時、撤退する際に捕鯨銛を破棄して急速離脱したのは聞いていた。予備がないのならそれを狙ってくると、船長たちと予測していた通りである。


 海賊側も人数が減っているからか操舵に集中していて砲撃はない。故に、あちらが衝突する前にこちらのライフル砲で撃沈してやればいいのだが……。


 あちらにはまだ、桁外れの狙撃手がいる。砲撃しようとすれば、砲手は間違いなく射殺されるだろう。


 相手が全ての砲に対応するのは物理的に不可能だ。だから理論上は一斉に撃ちまくれば問題ないが、実行するのは人間である。


 誰だって『最初の犠牲者』にはなりたくない。練度も士気も低い用心棒達ではなおの事だ。その辺りを責めた所で何も変わらないので、無事港につけたら文句の一つも言うとしよう。


 だが、『砲手がいないから』と言う理由でこの船に穴が開くのを黙って見過ごすなどあるものか。海の藻屑となるのはごめん被る。


「マジでやるの?相棒」


「怖いのなら別の人にやってもらいますが?」


「冗談。君の命を預かるのは私の役目でしょ。この席をまだ誰かに譲る気はないさ」


 そう言って巨大な鉄塊を手に笑うアリサさん。


 黒と灰色の衣服を雨で濡らす彼女の手にあるのは、このティターン号の応急処置用に載せられていた鉄板数枚を縄で固定しただけのもの。盾と呼ぶには不格好なそれは、しかし十センチ近いの厚さを持つ。ライフル弾だろうが貫通は難しい。


 そして、そんなアリサさんにこちらも頷いて返す。


「そうですね。貴女以外にその役は任せられません」


「おぉ?デレ?デレってやつなのシュミット君」


「いえ。純粋に腕力が必要なので」


「そぉれは乙女に対してどうなのかなシュミットくぅん!?」


 ……何より、貴女以外に命を預けるのは僕も嫌ですし。


 そんな言葉は口には出さず、己も役目を果たすために準備をする。


「『チャージ』、『チャージ』、『チャージ』……!」


 身体防御も加速も無しにした分、筋力強化の三重がけ。それだけで骨が軋みそうになるのを感じながら、魔力制御で強引に抑える。


 そして、足元の『銛』を手に取った。


 重さ約六キロ。長さ三メートル弱。人間が素手で投げる槍とは言えないこれは、奴らがこの船に打ち込んで破棄した『捕鯨銛』である。


 多少捩じるなり曲げるなりして持ちやすくしたが、それでも投槍として使えたものではない。


 だが──それでも『銛は投げる物だ』。



『技能:投擲術』



 銛を担ぐように構え、重心を落とす。


 重量だけなら砲丸投げの選手とて似た様な物を投げているのだ。重心だのなんだのが違うとは言え、扱えない事はない。


「頼りにしていますよ、相棒」


「任せな、相棒」


 立ち上がり、広い甲板の上を走り出した。雨と風でお世辞にも穏やかとは言えない足場を上昇した筋力で踏みつけながら助走をつけていく。滑る事はない。雨水を蹴散らし、甲板に足を食い込ませているのだから。


 狙うは一点。そして、敵狙撃手が照準を定めるのも一カ所だろう。


 先の戦闘で亡くなった用心棒や船員。狙撃された者は全員が『心臓を射貫かれていた』。そして、自分が海に落ちた時も心臓を狙っていたはず。それが拘りなのか命中率の問題かはどうでもよい。ただ、『そこさえ防げばいい』のだから。


 己の直感が告げている。ボニータが獣なら、クロウドは狩人だ。一種の職人である。ならば、そのやり方を簡単には変えない。


 自分の後ろをピッタリと走る彼女の気配を感じながら、鋼鉄の銛を大きく振りかぶった。


 魔力と重量の問題でギシリと骨が音を出し、筋繊維が軋みをあげる。


 だが、構うな。この痛み、この感覚ならば戦闘に支障はない。ただ全力で、この投擲を完遂する!



「雄々!!」



 咆哮と共に投げた捕鯨銛。強化魔法により限界まで高められた腕から放たれた銛は、放物線を描く事なく狙った箇所、約七十メートル先の海賊船のマストへと一直線に飛んでいく。


 この一投は間違いなく命中するという確信。


 ───そして、きっと敵も狙いを外さない。


「おぉりゃぁ!」


 指から銛が離れたのと同時に、自分と海賊船との間に割り込む様にして相棒が盾を構えて跳び込んだ。


 直後、轟音。鉄塊同士がぶつかる甲高くも腹に響く音が広がり、彼女の体が大きく後ろに吹き飛んだ。


 それを己の体で受け止め、纏めて甲板に転がる。背中に鈍痛を感じるも、視線を腕の中の人物へと向けた。半瞬遅れて、衝撃で散らばった鉄板がガラガラと甲板に散らばる。


「生きていますか……」


「勿論だぜ相棒ぅ……」


 二人そろって気だるげな声を出し、アリサさんの上にあるラスト一枚の鉄板に視線を向けた。その最後の一枚でようやく止まった弾丸に、不思議と笑いがこみあげてくる。


 何ともまあ、我ながら悪運の強い。あるいはそれは彼女の方か。


「さて、銛は……っと」


 膝立ちに海賊船の様子を見やれば、向こうの船から破砕音と悲鳴が聞こえてきた。


 どうやら、マストが折れて別のマストに倒れたらしい。これで一時的ながら敵狙撃手は無力化できたはずだ。


 同時に、受けていた風の加速を失ったのとマストの破損で船の軌道自体がずれたらしい。ラムアタックを狙っていた海賊船は斜めにティターン号へと船体を擦り付け、耳障りな轟音と共に木片を散らしていた。


 強い揺れを感じながら、柵に巻き付けてあった捕鯨銛の鉄線を軽く引っ張る。問題なく使えそうだ。


「行ってきます。こちらは頼みましたよ」


「おう、任された」


 彼女が突き出してきた拳に軽く握り拳を合わせ、ベルトの後ろに挿してあった鉄棒を手に走り出す。


 甲板を囲う鉄柵を飛び越え、宙に。そのまま鉄線に棒をひっかけて海賊船へと滑り降りていった。


 慌ただしく海賊達が走る真上に到着し、鉄棒を手放す。そのまま自由落下の最中に剣を抜き、着地際に海賊を二人斬り伏せた。


「な、なんだぁ!?」


「敵だ!ママを斬った奴だ!」


 がなりながらピストルを向けてきた海賊の頭が血しぶきをあげる。


 上からの狙撃。アリサさんの援護射撃に続けと、ティターン号から次々と弾丸が海賊船へと降り注ぐ。


 それに応戦しようと物陰に隠れる海賊達を無視して、駆けた。『奴』をこの程度で仕留められるとは思っていない。何かをする前に、あの首を落とす。


 そう思ったのは相手も同じだったらしい。海賊船の甲板には、一人の女がティターン号にボックスピストルで申し訳程度に制圧攻撃をしていた。


 こちらを見るなり銃をホルスターにしまい、そいつは耳まで届く口を歪める。


「ようこそ、あたし達の船へ。乗り心地はいかがかな」


「最悪ですね。沈めばいいと思います」


「そう言うなよ小僧、お前の墓場になるんだからなぁ」


 剣を構えなおす自分に、奴もまた構えをとる。


 左手はフック。右手にはカットラスの刀身を外したナックルガードのみ。銃も刃はない。だが代わりに、その右足が鈍く光っている。


 その構えは、前世のテレビで見たボクサーのそれに近い。我流だろうが、一朝一夕のものにも見えなかった。


 だが。はっきり言って何故あの足でこの嵐の中立っていられるのかがわからない。多少の工夫はされている様だが、それでも間違いなくバランスが悪いだろう。


理性は見掛け倒しのハッタリだと捉えていた。しかし、一切の油断が許されない強敵であると本能が告げている。


この感覚は覚えがあった。勢子として狩りに加わって遭遇した、傷だらけの猛獣。眼の前の奴も同じだ。海賊、ボニータは正しく手負いの獣である。


「あんたはチャチな弾丸じゃ殺しきれねぇ。かといって重い銃じゃ当たらねぇ。気にくわないが、『あの剣士』と同じだ。だったら、こいつで沈めるしかねぇだろ」


「ピストルよりも己の拳の方が強いと?」


「試してやるさ、あんたの体でね」


 二隻の間では銃撃戦が始まっていた。用心棒達が牽制程度にしかならない以上、アリサさんの援護は期待できない。彼女には横槍を無くすことに専念してもらっている。


 故に、これは一騎打ち。決闘だ。


 海賊船の後部で大きな破砕音が響き、船が揺れた。この船も限界がきている。


 先の襲撃で撤退時に砲撃を受けて破損しているとは聞いたが、そもそもこの嵐。いかに風と波を乗りこなそうが、物理的にダメージは入る。それが先の捕鯨銛と今も押し寄せる荒波にこの海賊船が沈もうとしているのだ。


 しかし、想定内ではある。背後を振り返る事もティターン号に視線を向ける事もなく、正面の海賊にだけ意識を向け続けた。


「この船はもうじき沈む。今降伏するのなら溺れ死ぬのではなく陸で楽に死ねるぞ」


「……ハッ!冗談。あたしらの居場所はここだけだ。この船が沈むのなら、運命を共にするまでよぉ」


 動揺の色はない。既に覚悟は済ませてあったか。


 ファイティングポーズの様なものをとるボニータに、こちらもまた正眼で構えた。


「てめぇも道連れだがなぁ、小僧!!」


「心中相手としては好みじゃないですね……!」


 同時に駆けだし、互いの刃を振り上げる。


 二振りの剣が衝突し、銃声の響く中で甲高い音をたてた。



*   *      *



サイド なし



「何をしている、撃て!撃つんだ!敵船を沈めろ!」


「し、しかし。この距離で撃てば我が艦も道連れになる可能性が……」


「何を言っている!ティターン号を信じろ!軍艦ではないと言っても、それぐらいの頑丈さはある!」


「それは万全な状態であって、このボロボロの状態では……」


「ええい貸せ!私が自ら撃つ!」


「ちょ、やめてください!」


 砲台の一つでそんなやり取りがされる中、強引に船内へと続く扉が開かれた。


 何事かとそちらを見た彼らの視線の先に、白いローブを着た人物とその周囲に立つ角材を持った青年たちが立っている。


「まったく、アリサちゃんも人使いが荒いなぁ。傍から離れないでって言ったくせに」


「だ、誰だ君は!」


 聞こえてきた少女の声にタキシード姿の男性が声を荒げる。風でめくれそうなフードを押さえ、ローブの人物はその人物を睨み返した。


「それはこっちの台詞だよ。貴方は何者なの?この船会社の取引先?それとも──海賊の仲間?」


「……っ!なにを」


「すっかり騙されたよ。シュミットを襲った変態さん」


 タキシードの人物。それは、シュミットを航海初日に襲い拘束されていたビップであった。


 彼は目を見開くも、すぐに反論する。


「なんの事だ。海賊の仲間?私はこうして、海賊船を沈めようと」


「証拠隠滅のためでしょう?あの船にある、貴方が海に流して知らせたこの船の航路を書いた紙とか、そういうのを消すために」


 淡々と告げられた言葉。それを聞いていた砲手たちが視線をビップと少女の間で彷徨わせる。


「え、こ、これはいったい……」


「どうしてあの海賊達がこの船の進路を知っていたか、不思議だったんだ。そして、やっぱりこの船に内通者がいると結論を出したの……五分前にアリサちゃんが」


 最後の部分だけ少女はぼそぼそと告げる。


「だから、このタイミングで砲撃をするなという命令を無視する人。その人物が犯人に違いない。伝声管でブリッジに連絡があって見に来たら貴方がいたって事」


「……ふん。それが何の証拠になる。私はただ必死に、この船を守ろうとしただけだ」


「演技が上手いね。でも、『私』に嘘はあんまり通じないよ」


 フードの下で翡翠色の瞳が薄っすらと光る。


 エルフは人間より五感の鋭い種族であるが、それ以上に第六感。魔力感知こそが最も優れた感覚である。


 衣服を身に纏う事はエルフにとって両耳と片目を塞ぐに等しい行為だが、片目があれば目の前の人物の魔力を見るぐらいはできるのだ。


 そして、その揺らぎも多少なら判別できる。魔力の扱いに優れた王族ならばなおの事。


 普段は『マナー』としてあまりやらないが、こういう事態なら別だとリリーシャは全力で相手の魔力の動きを観察していた。


「シュミットに語っていた告白は嘘に視えなかった。凄いよ、本当に。貴方には役者の才───」


「違う!!!」


「!?」


 突如男性のあげた雄叫びに、その場にいた者達が一斉に肩を跳ねさせる。


 それだけの圧力。気迫のこもった声だった。


「……確信があるらしい。ならば、『愛』の為に白状しようじゃないか」


「あ、あい?」


「そうだとも、少女よ」


 キラキラと純粋な眼で男は語る。


「確かに私は、会社の為『とあるお方』からの頼みを断れずこの船に乗った。来るかもわからぬ悪党に情報を流すために。そこで……運命に出会ったのだ」


「うんめい……」


「任務の事も、あの時は全てが頭から吹き飛んだ。ただこの沸き上がった気持ちに振り回され、あのような凶行に及んでしまったのだよ。我ながら、恥ずべき事だった。暴力ではなく愛を言葉にするべきだったのに……」


 自嘲する様に、男は笑った。


 その曇りなき瞳を潤ませ、彼は顔を上げる。


「私はこの船会社にとって無視できない存在だからね。暴漢の容疑で捕まっても、船員たちに聞けば航路を教えてもらえたよ。流石に普段は部屋から出られなかったが、海賊船と戦うためと言えば自由に動ける」


「でも、あの船にはシュミットも乗っているんだよ?愛する人を殺すのが、人間なの?」


「……彼と私は、残念ながら敵同士。結ばれる事はない。違う出会いをしていたら、別の未来もあったかもしれないがね」


 そう言って、彼は懐からピストルを抜く。道中で護身用にと、一発だけ弾の入ったそれを用心棒から受け取っていたのだ。


「だから……彼があの海に沈んだ後、私も後を追う覚悟だ。その邪魔はさせない!」


 銃口がローブの少女へ向けられそうになるも、彼女が発した呪文にピストルがはたき落とされた。


「ぐぅ!?」


「皆、やっちゃって!」


「はい!」


 そしてすかさず前に出るのは、彼女と共にこの場へやってきた乗客達。シュミットのファンボーイ達である。


「いくぞ、皆!」


「シュミット先生直伝!」


「必殺!」


 それぞれが角材を振り上げる。


「「「囲んで殴る!!」」」


「ぐわああああああ!?」


 黒髪の剣士が見たら『おやじ狩り』と評しそうな光景だが、『護国の剣士達が使った誉れ高い戦術』と教えたのも同一人物である。


 ぼこ殴りにされるビップと互いに顔を見合わせるばかりの用心棒達。そんな彼らをよそに、リリーシャが砲台から海賊船を見下ろした。


 そこでは幾つもの銃声が雷鳴に紛れて響き、そして甲板の方では激しい火花が散っている。


「殺されないでね、シュミット……海に落ちたら、何度だって助けに行くから」


 ローブの裾を強く掴みながら、エルフの姫は剣士の無事を祈った。


 そして、邪魔になってはならないと船の内側に戻る。自分の立場を忘れたわけではない。この位置に長居しては敵狙撃手に撃たれる可能性もある。


 ……それでも。いつでもあの剣士を助けに行けるように、甲板に続く扉へと向かいながら。





読んで頂きありがとうございます。

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男に狙われるストレスは如何ほどなのか
[良い点] 響く再戦の号砲。 衝角突撃も豪快だが古式ゆかしい手銛投擲でマストを圧し折ったうえに 相手のお株を奪う乗り移りによる奇襲。鮮やかだ。 そうして見えるは傷つきながらも更に猛る嵐の獣。船を棺と…
[一言] 剣士様の戦い方じゃない…
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