第三十九話 嵐の後
第三十九話 嵐の後
「……いくつか質問をする前に、言っておきたい事があります」
「うん、いーよー。あ、けどその前に寒かったりしない?一応暖房の結界張ってあるけど」
「おかげさまで『体温は』問題ありません」
諸事情につきリリーシャ様に背を向け体育座りした状態で喋る。
「助けて頂きありがとうございました。おかげで死なずに済みました」
「どういたしましてー。昨晩の事は思い出せる?何時間も意識が戻らなかったけど……」
「ええ、なんとか」
少しずつ思い出す、あの夜の事。
嵐の海の中に落ちた自分を追ってこの方も飛び込んで来たのだ。それに驚きながらも心配する余裕もなく、体を大の字にして沈むのを回避しようとしていた。
だが今になって冷静に考えると、装備の重量的にそんな方法で体を浮かせるのは不可能。溺れそうになり慌てて経験値を水泳系のものに割り振ろうとしていた所を、彼女に抱きかかえられたのだ。
そこから先は意識を失ったのだと思う。目が覚めたらこの入り江だったのだから。
「でも、私が助けなくってもシュミットなら自力でどうにかしていたと思うけど……」
「いいえ。僕はそこまで万能ではありません。本当にありがとうございました」
たぶん、経験値を割り振れば生き残る事はできただろう。しかし五体満足で済んだかどうかはわからない。
特に左腕。今は彼女の治療のおかげで問題なく動かす事ができるが、やたら威力の高いライフル弾のせいで骨が露出するほどの怪我を負っていたのだ。その傷から失血死していた可能性もあるし、腕を失っていた可能性もある。
誇張ではなく、リリーシャ様は恩人だ。治療もしてくれたようだし。
「え、えへへ……照れますなぁ」
「感謝を伝えた所で質問をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「うん!なんでも言って。全部答えてあげる!!」
「何故二人そろって全裸なのですか?」
「………」
おい無言になるなお馬鹿様二号。
「……濡れた服を着ていたら風邪を引いちゃうから!!」
「そうでしたか。それはそうと太陽の位置からして昼近くですが、まだ乾いていなかったりしますか?」
「…………」
黙るな。
「すぅ……ふぅ。シュミット」
「はい」
「服って、この世に必要な物なのかな」
「人間には必要なものです」
「そこは魔法で!!」
「魔法を四六時中使っているわけにはいかないので」
「ちぇー」
顔を見なくともリリーシャ様が唇を尖らせているのがわかる。全裸で。
……落ち着け、落ち着くんだシュミット。そして落ち着くのだマイサン。今は、今は駄目だ。むしろ今だけは駄目なんだ。イチイバルに帰ったらその足で夜のギルドに行くから、耐えてくれ。でもお前の元気な姿を見られて少し安心しているよ。
最近、オッサンの変態にばかり遭遇していたから……段々と自分の息子に対して猜疑心を抱いていたのである。よかった。僕は男だ。
「しょうがないなー。裸を強要するのは人間の国では罪に当たるって聞いた事があるから、シュミットは服を着ていいよ」
「ありがとうございます。そしてリリーシャ様も服を着てください」
「いい、シュミット。エルフの森では相手に着衣を強要するのは犯罪なんだよ?」
「そうなんですか、勉強になりました。ですがここは人間の国です。こちらの法に従ってください」
「……どうしても?」
「はい」
「でもシュミット私の裸を見て少し嬉しそうにしていなかった?」
「キノセイデス」
無心だ……無心となるのだ。
背後にいるリリーシャ様の全裸を想像してはいけない。エルフの国から今回の事について抗議がなかったとしても、王国側にとっては国賓の全裸を見た平民の男とか『とりあえず殺しとくかー』ぐらいの扱いになってもおかしくない。
なんなら真面目に『他国とかに国賓である女性の裸を見た男をそのままにしたって思われると恥ずかしいし……』という感じで首に縄をかけられる可能性もある。
デッドオアアライブだ。裸か死か。違う、生か死かだ。
そうだ、こういう時はこれまで遭遇した変態達の顔を思い浮かべろ。そうすればマイサンも静まり……驚くほどに静まったな。
「むー……私が裸だとこっちを見て話してくれないの?」
「当たり前です」
「わかった……しょうがないから着てあげる。用事は済ませたし」
「用事?」
「風の魔法でアリサちゃんに大まかな場所と二人とも生きている事を伝えたんだよ。繊細な魔法だから、裸じゃないとできないし」
「そんな魔法が……」
「エルフにしか使えないし、こういう穏やかな天気じゃないと声を届かせられないけどねー」
それでも十分凄い魔法だ。アリサさんから王都周辺では『電信』というのが使われ始めているとは聞いたが、それでも情報伝達には難がある。
使い方次第ではそれこそ戦争でも経済でも優位に立つ事ができるだろう。
凄いなエルフ。裸族の癖に。
「はい、隣にシュミットの服置いておくねー」
「ありがとうございます」
急いで服を着ると、背後から非常にゆっくりと衣擦れの音が聞こえてきた。
よほど服を着るのが嫌なのか、布面積は少ないのにやたら時間がかかる。何回かため息まで聞こえてきた。
……なんか、妙にドキドキする。本人にその意図はないのだろうが、こう、焦らされているというか。
落ち着け、僕!思い出せ、変態を!!
「もういいよー」
その言葉を信用し、振り返る。よかった、服を着ている。
でもローブは脱いでいるので、相変わらず手足は剥き出しだ。編み上げサンダルだけの白く美しい脚につい視線がいきそうになるし、そこから目を逸らせば超ミニなスカートや小ぶりだが形のいい胸へと意識が向きそうになる。
小さく咳払いをして誤魔化し、話題を変えた。
「重ね重ねすみませんが、僕の装備についてお聞きしてもいいでしょうか」
「それならあの辺に干してあるよー。たぶん全部あると思うけど、足りない物があったら言ってね」
そう言ってリリーシャ様が指さす先には、ボディアーマーと片手半剣が砂浜に置かれていた。
「本当にありがとうございます……」
肩の力がどっと抜ける。あれは一財産と言っていい金をかけてあるのだ。状況が状況なので失っていてもしょうがないと割り切り、依頼完了後に依頼主へ経費として請求するつもりだった。しかし、無事ならそれに越した事はない。
装備を確認しながら装着する自分を見ながら、リリーシャ様が砂浜へと座る。
「……ね、シュミット」
「はい」
何か話があるかと思い姿勢を正せば、彼女は己の隣をポンポンと叩いた。
座れと言う意味らしい。流石にすぐ隣に座るのは気が引けたので、人ひとり分あけて砂浜に腰を下ろす。
「あのさ。シュミットが開拓村の出身って、本当?」
「……聞こえていたのですか」
「うん。海賊の襲撃で皆パニックになって、アリサちゃんの後ろにいたんだけど人の波に流されちゃってね。ブリッジの方に押されちゃったの。そしたら色々聞こえてきて……私も、シュミットほどじゃないけど耳がいいんだ」
軽くピコピコと長い耳を動かすリリーシャ様。彼女は申し訳なさそうに目を伏して、たどたどしく言葉を続ける。
「その、さ……シュミットは貴族じゃないんだよね」
「はい」
「もしかして、『転生者』?」
……まあ、この人エルフの王族だもんなぁ。
どう誤魔化すかと思考を巡らせたところで、少し慌てた声でリリーシャ様が続ける。
「あ、いや。無理に聞き出す気はないの。それに私の勘違いかもしれないし……ただ、これだけは教えて?」
その顔は、今までの気の抜けた見た目年齢相応の少女のものではなかった。
顔立ちは十代半ばの少女のまま、心の奥底まで覗き込んできそうな理性溢れる瞳と、為政者としての冷徹さも持った表情。
ようやく、知識ではなく実感としてこの人がエルフの姫なのだと認識する。
「シュミットの事、アリサちゃんは知っているの?」
「……ええ。転生者とやらの事について、僕の知る限りは話していますよ」
この眼には嘘がつけない。そう本能で理解し、少しだけ濁しながらも真実を告げる。
こちらの言葉に満足したのか、一度目を閉じた後リリーシャ様はへにゃりと顔から力を抜いた。
「そっかー。無理に聞いてごめんねー。あの子には、転生者の事を知る『権利』があると思ったからー」
「どういう意味ですか?」
「うーん……それも、ごめん。アリサちゃんが言っていないのなら、私の口からは言えないや」
「そうですか」
ならしょうがないな。
そう思い引き下がると、リリーシャ様は少し意外そうに首を傾げる。
「気にならないの?」
「いいえ。ですが、秘密にしたい事なんでしょう?なら、聞きませんよ。あの人が言いたくなったら聞きますが」
「そっか……」
くすりと彼女は笑う。その表情もまた、これまでと違ってどこか大人びたものだった気がする。
「ありがとうね、シュミット」
「いいえ。特に感謝される事でもありませんし」
「それでも、だよ。あの子と、これからも仲良くしてあげてね」
「はぁ……」
何というか、視線が親戚のおばちゃんと言うか……その事をストレートに言うと流石に怒られるだろうから口には出さないが。
ともかく、転生者云々の話は終わったらしい。またリリーシャ様は気まずそうに視線を彷徨わせた後、意を決したようにまた喋り出した。
「その、さ。もう一つ聞いていい?」
「僕に答えられる範囲なら」
「シュミットはさ……私の事、恨んでいないの?」
「はい?」
どういう意味かと首を傾げる。
「今回の襲撃は、私を狙ったものだよ。汽車も、船も。私のせいで沢山の人が死んだし、シュミットだって大怪我をしたんだもの。恨んで、当然だよ」
「いえ。他の人は知りませんが、僕は別に恨む気はありませんよ?」
「嘘。だって、血まみれで……本当に死んじゃうんじゃないかって心配で……」
「死んではいませんから。何より、僕は仕事で貴女の護衛についています。……今回は、助けられてしまいましたが」
そこは少し恰好がつかないなと、我ながら思う。
「満足のいく報酬を提示され、その為に命を懸けた。感謝されるのは気分が良いので嬉しいですが、謝罪されるのはお門違いです」
「そう、なの……?」
「はい。それと、あの襲撃自体は僕らだけが狙いだったわけではないようです」
「え?」
不思議そうなリリーシャ様に、真っすぐと視線を向ける。
「サム達に関しては列車強盗が元より奴らの生業。それにあの晩。海賊の頭であるボニータという女と喋りましたが、奴はティターン号の乗客から命と金品を奪う『ついでに』僕たち三人の命を狙ったのだと言っていました」
「ついでに?」
「ついでに」
はっきりと頷き返す。
「汽車も船も、我々が乗ろうが乗るまいが襲撃は起きていました。一から百まで、御身が中心の事件ではありません。……まったく無関係でもありませんが」
実際、あの船を襲う決め手程度にはなったかもしれないので。僕らの首をとって海賊団に箔をつけるとかなんとか、それで帝国に売り込む的な事を言っていた気がするし。
サムに関しても、元々列車強盗で有名だった男だがあの汽車を狙ったのもソードマンを連れていたのも裏切り者が関係している。そして、奴の狙いはリリーシャ様だ。
困った。こういう時、どうやって慰めればいいのかわからない。
だから、とりあえず思いついた事をそのまま口にしてみる。不敬罪に問われない範囲で。
「そもそも悪いのは帝国と繫がり、リリーシャ様の命を狙った王国の貴族です」
「でも、死んだのは本来政治には関わりのなかった人達なんだよ?貴族や兵士じゃない、普通に暮らしていた人達なんだ」
「そこは関係ありません。確かに亡くなった方々にはご冥福をお祈りしますが、やはりリリーシャ様のせいではないのです。殺したのは犯罪者共であり、命じたのは裏切り者。逆に、貴女が責任を感じる所などあるのですか?」
「だって……私が同じ汽車や船に乗らなければ」
「別の道を使えば、その道で襲撃があったでしょう。そして、別の者達が巻き込まれていたかもしれません。ついでに言えば、王国内に貴女を呼んだのも王国です」
そう言ってから、少しまずいかと一瞬口をつぐむ。
「失礼しました。今のは王族批判ともとれるので忘れて頂けたら幸いです」
「それは、いいけど……」
「ありがとうございます。とにかく、リリーシャ様は悪くありません。九割ぐらい」
「……一割は?」
「貴女の運が悪いのかもとは少し思いました」
いやほんと、ティターン号の航路が嵐に衝突する形でなければあそこまでの被害は出なかったと思うのだ。
その辺りこの人の運は酷いと思う。お祓いとか行った方が良いのではないだろうか。
僕?いや今回自分はただの護衛なので、きっと僕の運は関係ない。恐らく、メイビー。街に来てから色々とあり過ぎたが、今回ばかりは違うだろう。
「ぷ、くく……」
「リリーシャ様?」
突然噴き出した彼女に、『まさか狂ったのか』と心配になる。先ほどから表情や雰囲気の年齢がバラバラなのだ。成熟した大人の様かと思えば、今度は不安定な少女のそれに。
これがエルフ……長命種というものなのかもしれない。それに、リリーシャ様も見た目こそ十代だが実年齢は恐らく九十を超えているだろう。彼女には、死んだ者達が年端のいかない子供たちに視えたのかもしれない。
精神に限界がきたのかと心配したが、顔をあげたリリーシャ様の目はちゃんと焦点が合っていた。彼女は真っすぐとこちらを見返し、面白そうに笑う。
「そこは、百%貴女は悪くありませんとかって言う所じゃないの?」
「いえ……責めてほしい時もあるのかなぁと」
「それは否定しないけど……くっ……『運が悪いのが悪い』は初めて言われたよ」
堪えきれないとばかりに笑いながら彼女は喋る。
なんとなく、その姿はエルフの姫様ではなく十代の少女に思えた。
……いや。この人元から尊い血のお方って空気なかったわ。お馬鹿様二号としか思えなかった気がする。
先ほどまでの雰囲気がおかしかっただけでリリーシャ様はアリサさんと同じトンチキお嬢様である。
「なんだか、悩んでいるのが馬鹿らしくなってきちゃった。そっかー、私は運以外悪くないのかー」
「そうですね。王都についたらエルフの使者として王国貴族に抗議の一つでもなされたら良いかと」
「えー?それ王国の民が言っちゃっていいのー?」
「そうは言われましても、僕はただの平民ですので」
「私の一族が賠償金を請求した時、その支払いのしわ寄せがくるのはたぶん民の方だよー?」
「あんまり厳しい重税が課されるなら、国外にでも移住しますよ」
「ほほう。じゃあその時はエルフの森に来なよー!シュミットならきっと上手くやっていけるって!」
「そうですか?」
「うん!銃を使わないし、魔力も多いし。あ、でも」
リリーシャ様の視線がこちらの股間に向かう。なんですか、今はちゃんと通常モードですよ。
「そのサイズは裸だと歩きづらいかも。もう少し小さくならない?」
「そもそも裸で生活する予定はありませんが???」
「えー?」
えーっじゃねえよ。
お願いだから僕の裸については忘れて頂きたい。こちらも貴女の裸は忘れ……忘れ……一週間ぐらいしたら忘れるので。勘弁願いたい。
「人間って不思議だなー。服を着ていたら魔力を感じにくいのにー」
「僕らからしたらエルフ族の方が不思議ですよ……」
そんな会話をしていたら、海の向こうに一隻の蒸気船が見える。
元は豪華絢爛な船だったろうに、捕鯨銛やら砲撃やらでボロボロになった船体を見て自分達は両手を大きく振るのだった。
* * *
サイド なし
『獣人の血が混じっているなんて……』
『いいさ、労働力としてはむしろ使える』
『でも変な病気を持っていたら困るな』
『おら、もっと速く進め!』
『す、すみません。でも、お腹が空いて……』
『んなもんその辺の土でも食ってろ!』
『おい、奴隷が逃げたぞ!』
『まずいぞ、俺達の村がまだ奴隷を使っているなんて知られたら』
『構うかよ!開拓村の事なんざ、貴族様が興味を持つわけねぇ!』
『なんだ、こいつ。密航者か?』
『お、お願いします!一生懸命働くから、保安官に突き出すのだけは』
『あー、まあいいや。水夫が集まらなくって困っていたんだ』
『くそ、嵐だ!』
『マストが倒れてきたぞー!!』
『ぎ、ギイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!?』
『……こりゃ駄目だな。どうする、この死にかけ』
『たず、げ、だずげ、て……』
『他の回復の見込みがない奴と一緒に海へ放り込んどけ。感染症はごめんだ』
『───なんだお前。捨てられたのか?』
「んがっ」
バチリとボニータが目を覚ませば、見慣れた天井があった。
「ママぁ!」
「ママが目を覚ました!!」
涙を流して喜ぶ海賊達。そんな部下を見ながら、はて、何があったのだったかと彼女は体をおこし左手で頭を掻こうとした。
「あん?ああ、思い出した思い出した」
左手と右足、そして右目。それらを失い、体中に包帯がグルグル巻きにされている。
揺れる船室で、右手でボリボリと頭を掻く彼女の元に慌てた様子で海賊達が集まってくる。
「ママ、ママ生きてる!?」
「馬鹿野郎、俺達のママが死ぬか!」
「ママ、俺の事わかる!?痛いとこない!?」
十二人のむさくるしい男達が揃いも揃って心配してくる姿に、ボニータは鼻を鳴らす。
「生きているさ。この程度で死ぬかい。それとニック。あんたがこの前あたしのパンツと雑巾を間違えたのは忘れてないよ」
「「「ママ~!!」」」
号泣のあまりピエロのメイクがぐちゃぐちゃになる海賊達。彼らをかき分け、一際小柄な。それでいて厚みのある体つきの男が前に出る。
目のあたりを黒い布で覆っているのに平然と揺れる船の中を歩くクロウド。彼は顔を……正確には『髭』をボニータの方へと向ける。
「よう、寝坊助。あの時もボロボロのくせして気持ちよさそうに眠っていたな」
「よしてくれよ。十年以上も前の話を」
「儂にとっては昨日と大差ないさ。ハニー」
「そういうのはもっとムードの良い時にいいなよ、ダーリン」
肩をすくめるボニータの横の机に、クロウドは麻袋に包まれた荷物を置く。かなりの重量があるのか、ゴトリという音が響いた。
「腕と足、そして目を失ったな。これからどうする」
「どうもしないさ。いつも通り、ウィンターファミリーは『奪われてきた分を奪い返し続ける』」
耳まで届く口を歪めて笑う彼女に、クロウドは淡々と『そうか』とだけ返した。
「そんなこったろうと思った。義手と義足の代わりになる物を用意しておいたぞ」
「ありがとよー、ダーリン。愛してるぜぇ」
「儂もだよ」
ケタケタと笑った後、ボニータが室内を見回す。
煤のついたランタンが照らす男達の顔を順に見て言って、彼女は息を吐いた。
「生き残ったのはこれだけかい」
「ベンジャミンとマイケルは見張りと操舵で残っているよ。でも、それ以外の奴らは……」
「そうかい」
クロウドが突き出した酒瓶の栓を歯ではずし、ぐびりとボニータは葡萄酒を飲む。
「もう一度、あの船に攻め込む。嵐はまた来るはずだ。だが、かたき討ちなんて考えるんじゃないよ。あたしは海賊だ。そんなしみったれな事はしない」
狂ったピエロの様に嗤う女は、ギラギラと目を輝かせる。
「ただ奪い、殺し、取り返せ。あたしたちの人生を」
「応ッ!!」
威勢よく返す部下達に……血のつながらない家族たちにボニータは笑った後、酒瓶をクロウドに返す。
「さて。早速義手と義足を頼むよ、ダーリン」
「いいのか。麻酔はもう使い切った。もう少し飲んでからの方がいい」
「いいや。そんな暇はないよ。酔いが残った状態で、あの剣士とまた戦えば一瞬で首を刎ねられちまう」
楽しそうに笑う彼女に、海賊の一人が声をあげる。
「え、でもママ。あの黒髪の奴も海に落ちたって」
「あれぐらいで死ぬものかね。奴は、間違いなく海の神様に愛されている」
確信を抱いた瞳で、ボニータは虚空を睨み開拓村の出だと言った剣士の綺麗な顔を思い出した。
「あの時、奴が船の壁に張りつけていたらダーリンが狙撃していた。だが、風も海も奴を海面に叩き落とす事を選んだんだ。その上で、エルフがあの剣士を助けに行く所を見た」
愛する者の狙撃が、その後成功したかどうかはあえてボニータは口に出しはしなかった。彼女でさえ、その成否が予測できない。
なんせ、回避不可能なタイミングと位置でライフル弾を受け流した化け物である。彼女の中で、半信半疑だった『ソードマン・キラー』の噂は真実であると定まった。
故に、笑うのだ。あれほどの獲物ならば、この海賊団の名を表と裏に届かせる事が叶うのだと。
「もう一度あたしと奴は戦うだろう。その時は、あの綺麗な面を剥がしてやろうじゃないか。生きたままねぇ」
出会い方が違えばあの剣士も自分達の家族になっていたかもしれない。一瞬だけそう思うも、ボニータの思考からそんな温い考えは消え去った。
彼女は海賊である。そして、この場にいる者達も。
「お前達、気合をいれなぁ!」
「へい!!」
麻酔も無しに始まる手術。その最中、ボニータは鼻歌すら歌ってみせる。
海のろくでなし集団。人の皮を被った鬼畜外道。海賊達に、獲物と決めた相手への容赦などない。
自分が奪われた物をもつ存在を蹂躙する光景を夢想し、彼女は笑いながら新しい手足を得た。
再戦の時は、たった一日後。
二度目の嵐の夜となる。
読んで頂きありがとうございます。
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